第3話
僕の日常は神社で怪しげな男と会ってからも何ら変わったことはなかった。
しかし変化はいつだって急に起こる。
僕はある日、朝目が覚めると日付が二日とんでいた。
デジタル時計で確認した。
スマートフォンで確認した。
新聞で。テレビで。
しかし現実は、日付が二日とんでいた。
外に出て、スーパーのカレンダーを、駅前の電子モニターを確認しに行く。
事実は変わらない。
空白の二日間だ。
僕は春休み期間中なので特段支障はないのだが、寝過ごしたみたいだった。
しかし寝過ごすレベルの睡眠の長さではないし、もしや体のどこかが悪いのではと疑う程だが、体調はいたっていつも通りだ。
寝過ぎたことによる倦怠感もまるで無い。
丸二日間も寝るなんてやっぱり不可能だと思ったので、別の可能性を考えてみることにした。
ということは、…… 何か超常現象が起きて時間が飛んだとか。
オカルト好きな幼馴染みが好きそうな話だなと思った。
しかしなぜ?
『世界が僕をだまそうとしている』などと思うほど、僕の思考回路はぶっ壊れていない。
頬をつねろうが、まだ冷たい水道水を顔に容赦なく浴びせようが、二日飛んでいるのは変わらぬ事実らしい。
なぜニュースになっていないのだろうか。
人々は洗脳されていて、僕だけがその事実に気づいているとか?
ばかばかしい。
しかし本当に僕だけが真実を知っているとしたら………… 。
僕はこれからどうすればいいのだろうか。
右往左往していた頃、これら諸々の疑問は内閣府宮内庁の所属を名乗る男が僕の家を訪ねたことで解決する。
宮内庁とはいえ、袴では無く黒いスーツだった。
見知らぬ男の、しかも正装姿に自宅に一人でいる僕は玄関先で対応に困った。
またしてもおかしな人に目をつけられたのかと疑ってみたのだが、僕が日付について混乱している
ことをなぜか知っているらしい。
話があると言うことなので、考え、迷った末にその男を居間に上げた。
「君が阿久津君に逢ったのですね」
「アクツ君とは?」
「ああ、黒髪のやる気なさそうな男です。彼は君に何か言いましたか?」
一瞬、あの男にもちゃんと名前があったのだなと思った。
別に疑っていたわけではないが、しっかりとこの世に存在する人物だったらしい。
あの男に何か言われた気もするがあのときの奇妙な印象が強すぎて、逆に何を言われたのかは覚えていない。
何を言われたかが理解できなかったということもありえるが。
「そもそもこれって、どういうことですか?何で二日も日付が飛んでいるのに、なぜ誰も気にせず、普通に生活ができているのですか?」
目の前の男の冷静さを見るに状況は察している様子だった。
まあまあと僕をなだめるように広げた両手を軽く上下させて、にっこりと微笑んでくる。
吸い込まれるような黒いスーツは毛玉一つないくらい清潔だった。
「自分はこの仕事が初めてですので、うまく説明できるか分かりませんが。まずは落ち着いて聞いてください。世界が二日飛んだのではありません。君が丸二日間寝ていたのです。」
………… ありえない。
明日世界が滅ぶと言われたくらいに。
僕の驚いた様子にその男は幾分満足そうに声を上げて上品に笑う。
少し癪だった。
「君は日本史がどうやって正しく伝わってきているか疑問に思ったことはありますか?恐らく阿久津君が選んだ君ならきっとあるはずです。本当に聖徳太子は十人の話を同時に聞けたのか。歴史の陰に隠れてしまった功績者はいるのではないか。そもそも歴史なんて虚偽かもしれない。とか。ありますよね。歴史を読み解くに当たって、昔の冷たい書物を解析しているとでも思っていましたか?それは少し違います。書物じゃなくて実際は人伝いなのです。過去から現代に渡る正しい歴史を脈々と受け伝えている者がいるのです。温かいでしょ」
「……温かいかどうかはさておいて。そんな話、僕は聞いたことありませんが」
「聞いたことがないのは当たり前です。なにせ、ごくごく一部の人間にしか知らされていない事実ですから。何せ歴史の中には、現代社会の認識と異なっていたり、表向きには明かしたくない家系図であったり。国家機密のものもありますからね」
「それを僕に言ってもいいんですか?」
僕は行く先の不穏な空気を感じ取りつつも、決勝戦を明日に控えた高校球児たちの決戦前夜の無性な気震いを感じた。
『あなたが選ばれたのです』
なんてうたい文句を詐欺師が常用するのも頷ける。
僕は身体で怯えつつも、内心は話の続きを早く聞きたいと思ってしまったことがどうやら態度に出ていたらしい。
男は僕を見て意味ありげに微笑み、一つ深呼吸して話の前に意図的に間(タメ)を作る。
僕はこれ以上感情が表情に出ないように、と気をつけながらただ男の言動をじっと見ていた。
「…… 。君は鋭いのですね。その人知れず秘密裏に歴史を伝える者というのが阿久津君であり、君なのです。君の身辺調査は軽くしました。君は幼馴染みの啓介と早紀ととても仲が良いようですが、このことはお二人に限らず誰にも知らせない方が良いことを助言します」
「…… なんでですか?」
「それに君の寿命、ひいては体質が変わったからです。今から詳しく話させていただきます。阿久津君が君を選んだからですが、ただつまるところ君が選ばれた理由は阿久津君にしか分かりません。まあこれから長い付き合いになるでしょうし、どうぞよろしくお願いしますね」
おっとそうでした、まずは名乗っておきます。
そう言って男は上品な紙質の名刺を差し出す。
ーー内閣府宮内庁管轄下、特別歴史記憶伝承保安官山本直哉ーー
こうして僕は何やらよく分からない出来事に巻き込まれ、怪しげな連中に目をつけられた。
ついでによく分からない者になってしまっていた。
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