05





 話は先週の金曜に遡る。

 ちなみに今日は月曜だが、一旦置いておこう。


 その日の結城由紀は、放課後になって軽音部へ足を運んでいた。

 軽音部員のほとんどはゴースト化しているらしく、用があるとき以外はあまり部室に立ち寄らないという。用とは、例えば新曲をつくったから部室に集まろうぜ、みたいな話があるとか、そんなこんなだ。枝葉なのでそこは端折る。


 数少ない例外は、副部長である結城由紀。

 それに一年の新入部員。


 軽音部に入るやつは二種類いて、楽器を演奏できるやつか、できないやつかに別れる。後者の場合は部室で楽器の練習をすることになるわけだが、親切な先輩がいなけりゃ自主練習する以外にない。


 で、結城は親切な先輩だった。

 彼女は自宅ではあまりギターを触らないらしく――そう、結城由紀はギタリストなのだ――専ら、部室でギターを弾いているという。

 趣味的に部室に入り浸っているうちに、気づけば副部長になっていたとか。


 そんなわけで結城は親切な先輩として、新入部員にギターを教えていた。

 一年の木村きむら日向ひなたという女子が、よく部室に顔を出した。


 他にも新入部員はいたが、あっさりゴーストと化したのが半数、残り半数はイマイチ部活っぽさのない軽音部が合わなくて退部してしまったらしいが、とりあえず部を維持できる人数がいれば問題ない。


「どうせ学祭で演奏するくらいしか学校でやることもないしね。ライブやったり、ネットに曲をアップしたりなんかは部活動じゃないもの」


 ということらしい。

 話が曲がりくねったが、とにかく――先週の土曜だ。


 その日も結城は部室に顔を出した。

 部室の鍵を持っているのは副部長の結城と、三年のゴースト部長だけなので、放課後になると早めに部室へ向かうのがルーチンだという。


 いつもどおりに部室を開け、ギターを弾いていると、木村日向がやって来た。

 彼女は自分のギターを持っていないので、軽音部のギターを貸してやり、結城は後輩女子にギターを教えていた。


「ほら、十年くらい前にバンドのアニメが流行ったの、知ってる? あれの影響でギターを買った人が軽音部に入ったはいいけど、あっさり辞めたそうなの。で、せっかく買ったギターは部に寄付したって」


 そしてそのギターは主に新入部員が使用するようになった。結城も一年の頃は自分のギターを持っておらず、ちょくちょく使っていたそうだ。


 ともあれ、そのあたりまでは「いつもどおり」の光景だった。

 しかしその日は、たまたま森継忠が顔を出した。


 小沢涼と同じ二年B組の、イケメン首突っ込み野郎だ。

 ちょっと主観的にすぎるか。


 あえて好意的に言うなら、他人のルールに縛られず、自分のルールに従い、困ってるやつを見れば助けたがる、そういうやつだ。

 一年の頃からそうだったし、噂を聞く限り、今でもそうなのだろう。

 よく遅刻や早退を繰り返すので、ざっとした印象だと不良っぽいが、実際の不良とは全然違う。なんというべきか、陽キャの外れモノ、って感じ。

 それもまた俺の主観ではあるが。


 閑話休題。


 とにかく森継が部室にやって来て、木村日向とはじめましての挨拶をした。そんでもって、まだ初心者の木村日向とセッションをしようと言い出した。


「いいじゃん。なんとか弾ける曲に俺が合わせるからさ、こういうのってコードだスケールだってのより、まず楽しむことだぜ」


 そんなことを言いながら部室に置きっぱなしのベースを取り出し、アンプにシールドを繋ぎだした。木村日向は困ったような顔をしていたが、嫌がってはいないようだったので、結城は好きにさせることにした。


 で、結局はギターの方もアンプに繋ぎ、木村日向の拙い演奏に、森継がベースを合わせるという演奏が始まった。

 実際のところ、森継の提案はそう悪いものじゃなかった。初心者の下手くそなギターでも、ベースでグルーヴを作ってやれば割と楽しく演奏はできるのだ――というのは結城の談だ。俺は楽器が弾けないのでよく判らない。


 木村日向も最初のうちは恐る恐るといった様子だったが、途中からは楽しそうに演奏していたそうだ。

 それを見た森継が、次にはこんなことを言い出した。


「立って弾いてみようぜ。ステージで弾くときは立って演奏するんだから」


 というのは、普段の練習中は椅子に座って太ももにギターを乗せて演奏するものらしい。だから最初のうちは立って演奏するのは難しいのだとか。

 けれども、このとき木村日向は割とテンションが上がっていて、森継が演奏するベースに煽られるように立ち上がった。


 そして悲劇が起こる。当然のように。


 部室はさして広くもないし、木村日向はギターの初心者で、立って演奏する練習なんかほとんどしていなかった。だっていうのに森継のリードで調子に乗せてしまうものだから――ふとした瞬間、脚をもつれさせてしまった。


 幸い、木村日向に怪我はなかった。

 イケメン森継が手を伸ばして彼女を支えたからだ。


 ただ、木村日向が持っていたギターが、ロッカーの角に当たった。



◇◇◇



「ギターのヘッドの部分にね、弦を巻きつけておくペグっていう部品があるの。締めたり緩めたりしてチューニングするんだけど」


 と、結城由紀は壁際に配置されていたギターをひとつ手にとって、わざわざ説明してくれた。一週間くらいで部位の名前とかは忘れそうだが、とにかく。


 その、ペグとかいう部品が壊れたわけだ。


「かわいそうにな」


 やれやれ、と俺はため息を吐いて肩をすくめた。

 結城はジト目でこっちを睨んできたが、結局は俺と同じように肩をすくめる。


「それって、誰向けの同情? 壊れたギターが? ギターを壊しちゃった日向が? 原因をつくった森継? それともその場に居合わせた、あたし?」


「森継以外」


 と俺は即答した。結城はちょっとだけ苦笑した。


「それで、その日はとりあえずギターの壊れた場所を確認して、週明けの月曜にいつも使ってる楽器店に持って行くって話になって、解散」


「森継は、なんか言ってたか?」


「日向を慰めて、あたしにはちょっと謝って、それでオシマイ」


「やれやれ」


 なんであいつ、モテるんだろ?

 顔か? やっぱり顔か? いや、女子高生のみんながみんな、顔の良いやつを好むわけじゃないのは知ってる。だけどそれにしたって森継忠はモテるんだよな。

 俺の知ってる限りでも、何人かは森継をカッコイイとか言っていた気がする。


「で――今日、部室に来てみればギターがなかった、ってことか」


 ざっくりまとめてみれば、結城はこくりと頷いてくれた。

 そういう話であれば、部室に入った瞬間の結城由紀の表情も理解できるというものだ。副部長としての責任感やらなにやらが、虚脱を起こさせたのだろう。


 問題を整理すると、こういうことだ。


 金曜日にギターが壊れた。

 金曜日の時点では、壊れたギターは部室に置いてあった。

 部室の鍵は、結城か三年のゴースト部長しか持っていない。

 一応、職員室で各部室の鍵を借りられたはずだが、このときは書類に記入する必要があった気がする。

 月曜日の放課後、結城が部室へ来てみれば、壊れたギターがなくなっていた。


 つまり――誰かが壊れたギターを持ち去った、という話になる。


「そういえば今日は、その木村日向は?」


「今日は来ない。金曜のうちにそういう話になってた。まあ、来たってギター壊れてるし、そもそも今日はその壊れたギターを楽器店に持っていく予定だったからね」


 持ってくギター、ないけど。

 そう言って乾いた笑みを見せる結城。

 俺は笑い返さず、疑問符を返すことにした。


「……あーっと……それで、なにをどう、手を貸せばいいんだ?」


 そこが問題だった。

 なんとなく、犯人探しをして欲しいわけじゃないような気がする。


 問われた結城は微妙な顔をして曖昧に首を動かした。なんだかよく判らない、というような感じだったが、実際なんだかよく判らないのかも知れない。


 仕方ないので俺はまたやれやれと嘆息し、結城の気持ちが整理させるのを待つことにする。人生には待つことも重要なのだ。たぶん。


 それにしても――ギターの紛失事件、か。

 なんだって会長は軽音部でトラブルが起こりそうなんて話を聞きつけたのだろう。いや、違うか。この場合は「何故」ではなく「どのように」だ。

 どうやってこんな話を知り得るんだ?


 ――システムだよ、モモちゃん。


 あの身内向けのドヤ顔を思い出してイラっとするが、しかしこんな場所のこんな話を察知できるのであれば、ドヤるだけの資格はあるとも思う。


 たぶん、会長のところにはもっといろんな話が転がり込んでいるのだろう。その中から今回のこれを選んで俺に割り振ったのにも、なにか意味があるのだと思う。

 どんな意味があるのか、なんてことはあまり考えたくない。

 計算高い人間の計算式を見ても、大抵はウンザリさせられるだけだ。


「……ねえ、桃井」


 と、微妙な顔をしたままで結城は言った。


「考えてみたんだけど、面倒な話とかなくて、ただギターが戻って来れば、あたしとしてはそれでいいんだけど……そんなことって、ありえないでしょ?」


「程度の問題だろ。自分のところで面倒事が起きたんだから、多かれ少なかれ面倒なことにはなる。けど、一から十まで自分でやるよりはマシだ」


「……桃井がいるから」


「そう。手を貸しに来た」


 なるべくドヤ顔にならないよう、慎重に笑ってみせる。胸の中に反面教師を飼っておくのも、たまにはいいものだ。

 結城はそんな俺の顔を見て、やっぱり微妙な表情のまま、ちょっとだけ微笑んだ。




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