03
「それにしてもモモくん、会長に気に入られてるよね」
一緒に生徒会室を出た涼が、廊下を進みながら小さく笑んで言った。
そんじょそこらの美少女ではとてもかなわない笑い方だったので、発言内容が不本意だったにもかかわらず嫌な気分に一切ならなかった。
「そうかも知んねーけど、なんだって俺なんかを生徒会に誘ったのか、未だに理解に苦しむよな。別に成績優秀ってわけでもないし、委員長タイプでもないし」
スクールカーストとかいう言葉は吐き気がする程度に嫌いだが、それに照らし合わせれば桃井英志は『真ん中よりちょい下』くらいをキープしていたはずだ。
かなり小さい頃から、俺は学校という空間では中心からちょっと外れた場所にポジションを取っていたと思う。
真ん中でゲラゲラ笑ってるやつらは煩くて好きじゃなかったし、端っこでぼそぼそ喋ってるやつらは、仲間に入るのが難しそうだった。
一人でいるのが、それほど苦じゃないのもあっただろう。
かといって他人といるのが嫌いなわけでもない。
まあ、普通だよ、普通。
虚しい言葉だが。
「性格の問題かなぁ。会長って、モモくんみたいな人が好きなんじゃないかな。ぼくにはあんなイヤラシイ笑い方、しないもん」
「おかげで土門先輩に嫉妬されるんだが。理不尽すぎるだろ」
「幼馴染同士なんだっけ。傍から見ても、くっついちゃえばいいのにって思うよね」
「もしくは余裕こいてる会長がムカつくから、どっかのブサメンに寝取られちまえと思うけどな。……まあ、二割くらい」
「二割くらいなんだ。あと、イケメンじゃダメなんだ」
「そりゃ、想い合ってる同士でくっついた方がいいだろ。どっちかと言えば。それに、この世のイケメンは現状よりも美味しい思いをするべきじゃないね」
「モモくんのそういうところだよ、そういうところ」
ふふふ、と微笑む涼。
なんかちょっと悔しかったので、涼の腕を掴まえて廊下の壁に背中を押し付け、壁ドンしてやった。
「わぁっ! なに!? なんで壁ドンするの!?」
「なんだかよく判らねーことを言う口は、この口か?」
調子に乗って顎クイもしてやった。
親指と人差し指で涼の顎を挟んでこっちを向かせたわけだが、改めて至近距離で見れば、やっぱりこいつ、めちゃくちゃ美人さんだ。
なんかこう、優しく整っている。
美形にありがちな近寄り難さが涼にはない。
「……モモくん……」
ふっ、と俺から目をそらす涼の頬は赤くなっていた。
こっちもちょっとドキっとした。
危ない扉が開きかけた。
「やれやれ」
いつもの言葉を口から吐き出し、廊下の壁から涼を引き剥がして、華奢な背中を軽く叩いておく。
「もうっ! なんなんだよモモくん!」
「なんとなくやったことだから気にすんな」
ぶっちゃけ、ノリである。マジで意味がない。
なんかいじりたくなるんだよ、涼のこと。
俺を癒やしすぎるのが罪なのだ。
まあ、こういうことをしてると小沢涼ファンクラブに――主に男がメインの非公式な集まり――思いっきり敵視されるのだが。
「ところで軽音部について、なにか知ってるか?」
俺はなにも知らない、と付け加えておく。
涼はやわらかな苦笑を浮かべ、答えてくれる。
「ぼくもそんなに詳しいわけじゃないけど、同じクラスの
「あいつかよ」
正直なリアクションをしてしまった。
涼はまた同じような苦笑を重ねる。
「ああ、やっぱりモモくんはあんまり好きなタイプじゃないんだ?」
「なんにでも首を突っ込む森継忠だろ。一年の頃から有名じゃんか。他人のトラブルを見つけては引っ掻き回してケリつけて女にモテる。後片付けは他人任せ。当人はイイコトして気分良さそう……まっ、偏見まみれなのは判ってるけどさ」
たぶん当人には当人なりの苦労があるのだろう。
わざわざ
「……ってか『やっぱり』ってどういうことだよ?」
「えぇ? うーんと……モモくんは、人の迷惑をあんまり考えない人のこと、好きじゃないでしょ」
「そんなやつ、誰だって好きじゃないだろ」
「『そんなやつだ』って気づかない人もいるんだよ。それに『そんなやつ』も『それだけのやつ』じゃないんだよ、たぶんね」
ほんの一瞬だけ、涼の表情に陰が差した。
きっとそれなりのなにかがあったのだろう。
「かもな」
と、頷いたあたりで、いつの間にか部室棟の階段まで辿り着いていた。俺の目的地は三階の軽音部で、涼は一階に用がある。
「じゃあ、頑張ってね」
「ああ。そっちも」
軽く手を挙げる涼に手を振り返し、そういえば軽音部についての話は全然できなかったな、というようなことを考えた。
◇◇◇
放課後の廊下を歩いていると、いつだって場違いな気分になる。
なんだか財布も持たずにコンビニに入ったような、そういう居心地の悪さを感じるのだ。普通に教室で授業を受けてる最中はそんなふうに思わないし、文芸部室や生徒会室にいる間も、そんなことはない。
じゃあ授業中の教室が自分の居場所なのかと問われれば、首を横に振るだろう。そもそも『自分の居場所』なんてものを俺はあまり信じてないからだ。
ここが自分の場所だな、と感じる瞬間はある。
……いや、ホントを言えばあんまりないけど、でもちょっとはある。ちょっとでもあるならそれでいいじゃんと思う。
それはともかくとして、やっぱり放課後の廊下は居心地が悪い。
カツカツという自分の足音、どっかの部室から漏れる話し声の欠片、吹奏楽部のパート練習なのか、本校舎の方からフルートの音色が聞こえてくる。
鼓膜を刺激する青春のカケラたちを聞き流し、廊下を進む。
軽音部室の前に辿り着いても、ギターやドラムやベースの音は聞こえなかった。
「……やってないのか……?」
やや訝りながら、とりあえずドアをノックしてみる。
少し待って反応がないのを確認し、誰もいなきゃ鍵がかかってるはずだとドアノブを捻ってみると、あっさり開いてしまった。
部室には、泣き出す寸前の迷子、みたいな雰囲気のロック少女が座り込んでいた。
ブレザーのタイの色から見ると、俺と同じ二年だ。でも顔と名前が一致しない。なにしろ俺はあまり顔が広くないし、知り合いも多くない。
床にへたり込んでいるので身長は判らないが、印象としてはスラっとしている。胴に対して手足が長い。で、ショートカットにしてる髪の一部に白いメッシュが入ってる。耳には銀のイヤーカフ。
「あー……どうも。生徒会っす」
割と気まずかったので、雑に片手を挙げて言ってみる。
ロック少女は五秒くらいぼんやりとドアを開けた俺を眺めてから、ふと気づいたふうに眉の角度を釣り上げた。
「なんの用?」
「えーっと……」
なんて言えばいいんだ?
そのくらいのことを俺はどうして考えずに廊下を歩いていたのか、数分前の俺に問い詰めたかったが、もちろん叶わぬ願いだ。
なのでとりあえず、やれやれと肩をすくめておいた。
おもっくそ睨まれたが。
そりゃそうだよな。
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