02
損をするやつのことが割と好きだ。
いや、この言い方だとちょっと主語が大きい。なんというべきか、損をする役回りを受け持ってしまうやつのことが、好ましいと思うのだ。
もちろん得になる方向へ立ち回るやつの方が目立つし、他人から一目置かれるし、そのおかげで自分の意見を通しやすくなったりする。
でもさ、わざわざそんなやつのことを、俺が好きにならなくたって――どうせ、みんなはそいつのことを好きだろ?
だからこそ――というのはちょっと違うか。
でも、まあ、続けよう。
ようするに、得な立ち回りをするやつの影には、損な役回りを引き受けているやつがいるってことだ。まだ高校生の俺にだって人生経験として実感できるくらいには、そういう損なやつがいるのを知っている。
仕方ないなぁ、みたいな顔をしてあれこれ引き受けて、特に誰からも感謝されなくて、それも知ってるよ、みたいな感じでさ。
そういうやつのことが、俺は割と好きだ……と、思っていた。
自分でそういう役回りを引き受けようとは思ってなかったけど。
◇◇◇
放課後が訪れて生徒会室へ向かう。
最初こそ違和感がひどかったものの、人は慣れる生き物だ。さして親しくもないやつから副会長と呼ばれることにも、そろそろ慣れてきた。
生徒会室の扉を開け「お疲れっす」なんて呟いてみせれば、メンバーのうち半数以上が微妙なリアクションだった。
「あっ、モモくんだ。お疲れ。紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
にこにこ笑いながら言う中性的美少年は、会計監査の
俺と同じ二年。クラスは違う。
華奢で背が小さく、ちょっと驚くほど顔の造形が整っていて、やや色白。一年の頃には文化祭で女装させられそうになって逃げ惑っていたらしい。
「悪いな。それじゃ、コーヒーで」
生徒会室には長机がコの字型に配置されており、俺と涼は隣になる。マグカップに注がれたインスタントコーヒーを受け取りつつ席に腰を下ろす。
まだ熱い液体を啜り、ほっと息を吐けば、隣に座った涼がなんだか嬉しそうな顔をしていた。俺は下手くそな笑みを返し、それに涼がニコニコしながら頷く。
癒やしである。
この生徒会における唯一の。
しかし残念ながら、癒やされているだけでは話が進まない。
「それで、今日はなんかあるっすか?」
一応、という感じで他のメンバーに仕事の確認をする。
「桃井に頼める仕事は、こっちにはない」
真っ先に答えたのは、書紀の
テーブルの上に載せたノートPCをカタカタ鳴らしているのは、彼女の抱えている仕事のせいだろう。
涼と同じくらい背が低く、こけしみたいな髪型をしている佐久間先輩がキーボードを叩いている様子はなんだかちょっとしたおかしみを感じるが、この人を弄る勇気が俺にはないので、わざわざ口にはしない。
ほら、冗談を言い合える距離感って、あるじゃん。
現代型の座敷童だと心の中では思ってるけど。
「こっちも、モモくんには、ないかな」
曖昧に微笑むのは、会計の
外見がキレイな女は二種類に分かれる――などと言いたくなるが、残念ながらそこまで女性経験がないので、美人についての一家言を俺は持ち合わせていない。
なので土門先輩に対しての個人的印象を語ることになるのだが、
……たぶん、この人、俺のことが嫌いっぽい。
その理由はコの字型の上座に座っているやつにある。
おわしますは、
三年なので先輩というべきなのだが、内心でまでは言いたくない。
へらへら笑いながらこっちを見ている眼鏡のいけ好かないイケメン。こいつのこういう厭らしい表情は、生徒会に関わるまで知らなかったし知りたくもなかった。
無関係な場所から見てる分には、誠実そうな男に見えたものだ。
始業式のときとか、生徒会長からなんかあったりするじゃん。そういうときの生島一成は、それはそれは誠実そうで、でもそれ一辺倒ではなく、人間的厚みのようなものを感じさせてくれた。カリスマ、とでもいうようなナニカだ。
今となっては、ムカツキ、とでもいうような感情を持たせてくれる存在に成り果ててしまったが。
俺はやれやれと溜息を吐いてからインスタントコーヒーを啜り、会長にだけは視線を合わせないようにして生徒会室を眺め回した。
しかし残念ながら、他の面々の視線は会長へ注がれていた。
仕方ないのでマグカップをテーブルに置く。
「で、なんか仕事ありますか、会長?」
浮かべた疑問符に、会長は浮かべていた笑みを引っ込める。
かわりに現れたのは、もっと厭ったらしいニヤニヤ笑いだった。
◇◇◇
「いやぁ、モモちゃんが仕事欲しがってくれて助かるよ。そうだな、副会長様に相応しい仕事、俺はちゃんと用意してるよ。いや、助かるなぁ」
空々しいという言葉に姿形を与えたら、たぶんこうなるだろう。
「ちっ」
思わず聞こえるくらいの大きさで舌打ちしてしまったが、会長はますます嬉しそうになるばかりで、嫌味が効かない。
やれやれ、とまた溜息。
「で、今回の案件はなんすか? 前回は空手部室前の血痕事件でしたっけ。救急箱の中身がすっからかんだったってオチの」
「しかも鼻血だった。誰一人ポケットティッシュを持ってなかったオマケつきだ」
「今度は猫捜しとか言わねーっすよね。なんか夢に出て喋る猫がいるって噂、確かめて来いなんて言われても困るっすよ」
「ああ、あれはガチだ」
「……そっすか」
あまりにも寒いギャグだったので、雑なリアクションを取ってやった。ついでに再度コーヒーを啜っておく。
こういう態度を取ってると、会長の脇――涼の正面――に座っている土門先輩の笑みに迫力が増していくのが判るのだが、ぶっちゃけ、理不尽だろ。
生徒会長、生島一成。
会計、土門鳩子。
ふたりは幼馴染で、互いに想い合っている。
でも、まだ恋人同士ではない。
土門先輩の方が会長にガチ惚れっぽい。
会長の方もしっかり矢印は向けているようなのだが、ふたりの距離感からすると付き合ってはいないようで――しかし、どう考えたって時間の問題だ。
会長が俺をやたら楽しそうに構うせいで土門先輩が嫉妬してるっぽいのは……なんというか、あまりにも不本意だ。
「ええと……それで会長、モモくんの仕事は……?」
見かねた美少年がおずおずと挙手してくれた。会長があからさまに残念そうな顔をしやがるのは、さすがに小沢涼へは意地悪な態度を取りにくいのだろう。
「――軽音部だ」
と、少しだけタメてから会長は言った。
「軽音部、っすか?」
「そう。今回のモモちゃんの仕事は、軽音部でなんかトラブってそうだから、処理できそうなら処理して来ること。無理そうなら事情を把握してこっちに報告する」
「トラブってそう……ね」
これが『トラブルが起きている』のなら理解できる。実際に面倒や問題があるのなら、目立つし気にするやつもいるだろうから。
でも『トラブってそう』くらいの話が会長のところまで辿りつくのは、よくよく考えると異常だ。軽音部に仲の良いやついる、というわけでもなさそうなのに。
訝る俺に、会長はすっげぇドヤ顔を見せてきた。
「システムの構築だよ、モモちゃん。どっかの捜しものが上手い女じゃないんだ、イベントの方からあれこれ転がってくるわけないだろ。こっちにあれこれ集まってくるように、色々と調整してんだよ」
「……なんだってそんな面倒なことを?」
「本当の面倒が起きる前に、面倒事は潰しておいた方がいいだろ」
あっけらかんと答える会長。
を、脇に控えている土門先輩は嬉しそうに眺めていた。
……爆発しねーかな、こいつら。
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