第11話 ホームパーティー


公園で夕日を見て以来守は学校に再び行くようになった。恵子さんからのメールにそのことが書かれていた。

「山本様 お世話になっております。何か色々と相談に乗っていただいたようで、おかげさまで守はまた学校に行くようになりました。ですが、今後は守のことはこちらで何とか致しますのでこれ以上守と会わないでやってください。もう高校3年にもなりますので

そろそろ受験にも本腰を入れて貰わないといけませんので。色々とありがとうございました。」

ノッコはそれを見て安心したが、守君は一体どうしようとしているのかが分からなかった。やはり医者を目指すのだろうか?こればっかりはノッコが決めることではなかったので何とも言えなかった。公園で夕日を見た日に守から携帯のアドレスを聞いたのでメールをちょっとだけしてみたが、守から返事は来なかった。しかし、そんなある日守がノッコのアパートに一人でひょっこりやって来た。

「守君、どうしたの急に」

「突然ごめんなさい、親に内緒で来ちゃいました。今時間大丈夫ですか?」

ノッコはピアノの練習をしていたが

「別にいいよ・・・ちょっと休憩しようと思ってたから」と言って守をソファに座らせた。

「最近どう?」

「学校にはちゃんと行ってます。塾にもまた通い始めました。病気もよくなってきたかな・・・」

「塾に?じゃあやっぱり医者を目指すことにしたんだ・・・」とノッコはそう聞くと

「いえ・・・ちゃんと勉強してないと親が不安がるから一応勉強してるだけかな。でも、自分のやりたいこととか今見つけようとしてるところ。まだ・・・親には言えないんだけど・・・見つかったら絶対言うつもりなんです」

「そっか・・・」ノッコは嬉しそうにそう言った。

守もうなずいた。

「あのさ・・・守君・・・元気になったら気分転換にどっか行こうか?今度の休日とか・・・遊園地とか・・・どう?」

守はちょっとびっくりして

「え、遊園地ですか?どうしてそんなところに?」と聞いた

「気分転換に楽しいことするといいのよ?私も久しぶりに行きたい気分だし・・・」

「ちょっと・・・僕はもう高校生ですよ?」守は恥ずかしそうにそう言うと

「そんなこと言ったら私なんかもうおばさんですよ?年齢は気にしない気にしない・・・よし決定!日曜日の午前10時に水道橋駅で集合ね。着いたらメールするからね」

ノッコはそう言うと守はしぶしぶ「わかった」と言った。



金曜日の夜にリナから携帯に電話がかかってきた。金曜日の夜はノッコがぐうたらしているのをリナは知っていたのでかけてきた。

「もしもし、ノッコ?」

「はーい、何リナ?」

「あのさー来月ジャズフェスティバルにノッコ出るでしょ?」

ノッコは白川の計らいで久しぶりにジャズフェスティバルに出ることが決まっていた。

「うん、出るよ?それで?」

「それで?じゃないよ、ビッグイベントだからお祝いしてあげようと思ったのに。エミとマユも来るからさ。うちで6時から軽くワイン飲んだり立食のホームパーティーしようと思うんだよね。あなた主賓なんだから当然来てよね。無理なら来週とかにまた延ばしてもらわないといけないから」

「ちょっとーいきなり言われても困るよ。主賓の予定は早めに聞いてよ」

「そんなこといったってさ・・・ここんとこあなた週末ライブとか全然ないし、休日はどうせデートも何もないんでしょ?」

「私も予定あるわよ・・・日曜はちょっと・・・遊園地に行くから」

リナは驚いて

「え、遊園地、まさか男と?え、デート?」

「ちょっとうるさいな。デートじゃないよ。守君と・・・ちょっとね」

「守君って・・・例の医者の子?」

「そうよ」ノッコがそう言うとリナは電話越しに少し笑った。

「何よ・・・何がおかしいのよ」

「ちょっとさ・・・守君ってまだ高校生でしょ?年の離れたおばさんと高校生って、ちょっと何それ」リナはまだ笑っていた。

「いいじゃない。守君やっと自分の道を今決めようと頑張ろうとしてるのよ。だから元気づけようと思って」

「へー自分の道って何?医者はやめるってこと?」

「そうなの・・・まだ分からないけど今それを必死に探そうとしてるの」

「へーそうなんだ・・・」

「あ・・・そうだ、リナも一緒に来てくれる?遊園地に」

「え?ちょ・・・ちょっと何で私まで行かなきゃいけないのよ」リナは慌ててそう言った。

「リナ、守君のことよく分かってたじゃない・・・リナに教えてもらったんだからね。守君が挫折して人生に悩んでるんじゃないかってこと」

「あ・・・あれはちょっとそう思ってアドバイスしただけじゃん」

「とにかく来てよね。来てくれないならパーティーも行かないから」

「ちょっと、何なのよノッコ。それはないでしょ」

リナは少し電話越しにため息をついて

「はー、分かったわよ。行きます。その代わりパーティーには絶対来るんだよ。あなたのためにやるんだから」言った。

「ありがと、リナ。あ・・・あとついでにさ・・・遊園地のあとホームパーティーにも守君連れてっていい?」

「え・・・ちょ・・・ちょっと・・・それはさすがに関係者ばっかりだから部外者いるのはまずいんじゃない?」

「えーだってエミとかマユだけでしょ?来るのって?守君今何か自分の道探そうとしてるんなら、色々な人に会って刺激もらった方がいいかと思って」

「まあ・・・そりゃそうかもしれないけどさ・・・でも・・・社長も来るよ?あと社長が呼んだジャズフェスティバルの関係者の人も来るって。守君のことどう説明するのよ?会せたら言い訳できないじゃない。NPOのことばれちゃうよ」社長も来るという言葉には驚いたがノッコは

「そうなんだ。でも別にいいよ、もうばれてるからさ。一度社長には呼び出されて注意されたから」

リナはため息をついた。

「ばれてるって・・・あんたねー・・・そんなんじゃ社長に会えないじゃない。今回あなたが久しぶりにジャズフェスティバルに出れるのだって社長が散々頭下げてくれたからなんだよ?社長は必死だよ?だから今回是非ノッコと話がしたいからって来ることになってるんだから・・・それなのにパーティーで守君を見たらどう思うことやら・・・」

「そうだけど・・・仕方ないじゃない・・・とにかく守君はパーティーに連れてきますから」といってノッコは電話を切った。

プープーと電話の切れる音がした。

「もう!決めたら絶対に譲らないんだから・・・」電話を切られたリナは怒って携帯をべベッドに放り投げた。


日曜日の午後10時に水道橋駅で待ち合わせてノッコとリナと守は東京ミッドウェーランドに行った。

「ノッコさー、何でコーヒーカップなのよ・・・普通さーコーヒーカップっていったらカップル同士でしょ?」

三人でコーヒーカップに乗っていた。確かにコーヒーカップに乗っているのは周りにカップルしかいないようだった。コーヒーカップでの30代の女二人と高校生の男一人の組み合わせは少し異様だった。

「いいじゃないリナ、コーヒーカップってなんかみんなで話しやすいじゃない」

ノッコが嬉しそうにそう言うとリナはため息をついた。

「守君も楽しいでしょ?」ノッコがそう言うと守は

「はい」と楽しそうに言った。

リナは

「いいのよ、こんなおばさんにわざわざ気を使って合わせなくても」と言った。

「おばさんで悪かったわねー。あなたもおばさんじゃない」とノッコが言うと二人は言い争いになった。

それを見て守は笑っていた。

「今度あれ乗ろうよ」ノッコははしゃいで二人を誘ってジェットコースターに乗った。

「もう、私速いの苦手なのに」リナは言いながら付いて行った。

「キャー」と大はしゃぎしながらみんなジェットコースターに乗っていた。

リナと守は隣同士に座ってノッコは後ろに一人座っていた。

リナもノッコも絶叫していた。守も少しだけ楽しそうに叫んだ。

「次はあれ行こう」とノッコは絶叫マシーンを指差した。

「あなたが一番楽しそうなんだけど・・・私もうさっきのジェットコースターで少し酔ったから無理」とリナは言ったが

「年寄臭いこといわないの」とノッコは無理やりリナを引っ張って行った。

絶叫マシーンでもノッコとリナは絶叫した。守も楽しそうだった。

一通り色々な乗り物に乗ると三人は遊園地の休憩用の椅子に座った。

ノッコがたこ焼きやクレープや飲み物を買ってきた。

「はい、どーぞ」といってテーブルに置いた。

「ありがとうー」とリナはいっておいしそうにたこ焼きを食べ始めた。

「ありがとうございます」守もお礼を言った。

しばらく食べたり飲んだりしていたが守はあまり食べなかった。

「それにしてもカップルばっかりだねー。やっぱり休日だからかな」

「休日じゃなくても遊園地はカップルがそもそも多いのー」リナはたこ焼きを食べながらそう言った。

「それは失礼しましたー」とノッコは言った。

「遠慮しないで食べなよ、守君」リナが守にそう話しかけると

「はい」と言って守もたこ焼きを食べ始めた。

一通り食べ終わるとノッコが

「ごめん、わたしちょっくらお便所行ってくる。ちょっと待ってて」と言って走ってトイレを探してかけていった。

「ちょっとーいちおう男の子の前なんだから便所とか言わないでよね。普通はお手洗いでしょ。せめてトイレくらいにしてほしいは」とリナは言うと守は少し笑った。

笑ってる守にリナは話しかけた。

「守君だっけ・・・さっき朝ちょっとしか挨拶できなかったけど・・・ノッコの音大時代からの友人の片瀬里奈です。みんなは私のことリナって言います」

「はい、はじめまして僕は川澄守っていいます。ノッコさんに色々とお世話になってまして・・・」と守は真面目そうに堅苦しく言うと

「知ってるよーノッコから全部聞いてるから。ノッコは・・・どうですか?」とリナは聞いた。

「どう・・・ってどういうことですか?」

「うーん、ノッコの性格とか、守君と合うとか合わないとか・・・守君の悩みの解決につながってるかなーとか」

守はしばらく黙っていたが

「はい・・・ノッコさんすごく優しいです。僕に色々教えてくれるし・・・ちょっと・・・変わってるけど」と言うと

「そっかー・・・一応慕われてるんだね・・・よかった・・・よかった」

守はまた黙ってしまうと

「ノッコのこと・・・宜しくね・・・ちょっと不器用で非常識でがさつなところあるけど・・・ハートはあるから・・・」

とリナはノッコのことをそう言った。

「いえ・・・僕の方がお世話になってる・・・・」と守がそう言いかけると

「ごめーん、待ったー?」とノッコが押し入ってきた。

「別に便所の人なんか待ってないわよ」リナが言った。

「何々、二人で何話してたの?」ノッコが興味深々に聞くとリナは

「別にーあなたが何でノッコっ呼ばれてるのかって話してたの」と言った。

「何よそれ」

「実際どうなの?そういえば音大のときからもうすでにあだ名はノッコだったよね?」

「何でもいいじゃない・・・山本紀子ってあまりに平凡じゃない?だから中学のときにノッコってあだ名自分で考えて友達にそう呼ばせたの」

「えー、そうだったんだ・・・じゃあ中学のときからなんだ」リナは驚いてそう言った。

「そういうあなたはどうなの?リナは?」

「私は別にそのまんまじゃない。本名も里奈だし」

「でも、カタリーナってアーティスト名は?」

「まあ、片瀬と里奈だから何となく略してカタリーナってところかな・・・あと、リナをかっこよくしただけ。なんかいかにもアーティスト歌手って感じでしょ?」

「そうねーなんか外人気取ってる感じだけどね」ノッコがそう言うと

「何よあなたもNokkoなんてジャズアーティストの割に変な名前」

と言って二人は言いあっているのをみて守は少し笑った。

「何よ、守君まで笑うことないじゃない」ノッコは守につっこんだ。

笑いがさめると

「今日守君さ、この後私たちのホームパーティーに行きましょう。携帯で内容送ったでしょ?」ノッコがそう聞くと

守は「あ、はい」と言った後黙ってしまった。

「何か用事あった?「了解しました」って返事しかなかったから大丈夫かと思ったんだけど」

「あ、はい。用事はないです。でも・・・僕が行ってもいいんですか?」

「大丈夫よ、誰も気にしないから。内輪の軽い立食パーティーするだけだから。行きましょ?」ノッコがそう言うと守はこくん、とうなずいた。

「ねえ、ノッコどうする?6時までまだ結構時間あるよ?どっかで時間つぶす?」

「そうねー」

ノッコは迷ったが三人で景品屋で射撃をしたり、その後に遊園地内でお土産屋を回って時間をつぶしてからリナの家へ向かった。食事の準備があるので少しだけ早めに着くようにした。


リナのアパートは南青山の住宅街にあった。そんなに大きなアパートではなかったがリナらしくクラシックな感じでリビングにはシャンデリアやアンティークなデコレーションで部屋が飾ってあった。玄関を入ると左側の奥にトイレ付のユニットバスのシャワールームがあり、さらに奥には小さなクローゼットの部屋と寝室があった。玄関の正面に入るとリビングがあってはじのほうにはパーティー用のガラスのテーブルがあってそれを囲うように白いソファが置いてあった。ソファの横には40インチくらいのテレビが置いてあった。リナは料理とパーティ好きで何かお祝いがあったらそのたびに手料理を作って色々な人を呼んでいた。だからノッコとは関係のないオペラ関係の関係者なども頻繁に家に呼んで、そのソファを囲んで立食パーティーをしていた。リビングには奥の方には他にもオーブンやレンジや食器などが一通り綺麗にそろったキッチンがあった。キッチンにはカウンターがあってその横には丸い立ち飲み用のテーブルが置いてあった。キッチンの向こう側には四角い黒色の小さめのテーブルと同じく黒いイスがあって、その奥にはCDの収納棚や本棚などがあり壁に可愛い鳩時計がかかっていた。リビングの窓からはベランダにつながっていてリナの部屋は3階だったので南青山の景色が眺められた。ノッコは時々リナのアパートには来ていたがいつもながら整理整頓されていて綺麗だった。

ノッコと守はソファに座っていた。リナはキッチンで食事の用意をしているようだった。昨日の間に作ってあった、ローストチキンとサーモンなどの魚介のカルパッチョとオニオンスープだった。その他にもサラダや買ってきたスイーツなども少しだけ置いてあった。リナは料理が得意で見た目も中身も全部おいしそうだった。カウンターには赤ワインと白ワインとシャンパンのボトルとワイングラスが置いてあった。

「へーおいしそうじゃない」ノッコはこんなの自分にはとても作れないという感じでキッチンテーブルに置いてあった料理を覗いた。

「ちょっと覗き見してないでカウンターの上にある料理と食器類だけテーブルに運んでくれる?ローストチキンだけオーブンで焼くから。じきにエミとマユが来るから。社長はちょっと遅れるって。先食べてていいって連絡があった」

「はーい」といってノッコは手伝うことにした。守も少しだけ手伝った。

6時頃になるとピーンポーンとインタフォーンが鳴って、エミとマユがアパートに来た。

「こんばんは、リナ先輩」

「お久しぶりですノッコ先輩」

エミとマユはノッコたちのレコード会社の後輩で、エミはポップスの弾き語りの歌手をしていて、マユはシャンソンを歌っていた。二人とも20代くらいだった。

「ちょっとソファーでノッコと待っててよ、ローストチキン今焼いてるから」リナがそう言うと

「はーい、分かりました」

「わーおいしそう、リナ先輩いつもすごいですよね」エミが感動してそう言った。

マユが守に気がついて

「こんにちは、ノッコ先輩の知り合いですか?」

「あ、はい、川澄守といいます」守は恥ずかしそうにそう言った。業界の人たちがたくさんいるので少し緊張しているようだった。いつも自分の周りにいる普段会う人たちとちょっと雰囲気が違うので守はちょっとどきどきした。

「あのさ・・・あなたたちに前お願いしたでしょ?例のNPO法人のやつで・・・それで守君は私のところに今来ててさ」

「あーあれですかー。私ノッコ先輩に言われて署名したんですけど・・・よく分からないからホームページ見たんですよ。何か音楽で色々と悩んでる人をヘルプみたいなのやってるんですよね?」マユがそう聞いた。

「そうなの・・・そういうこと」

そんなこんな話をしているとローストチキンができたのでみんなでワインをあけて食事を食べることにした。守だけはジンジャーエールを飲んだ。

しばらくすると、白川社長もやってきたのでリナはドアを開けた。隣には例のジャズフェスティバルの関係者もいた。

「こんばんは、お邪魔します」白川がそう言うと

「いらっしゃいませ、どうぞ社長。もう先にいただいてますから。ソファにさあ座って」

「こちら、前話したJZ Labelの御山さんだ」と白川が言ったので

「あ、どうも、こんにちは。いつもお世話になっております」リナが御山に挨拶をすると

「こちらこそお世話になっております。JZ Labelの御山です。今日はお邪魔しますね」と御山もお辞儀をした。

「あ、これブルゴーニュ産のワインだ。家にあっておいしそうだから持ってきたよ。みんなに出してあげて」と白川はリナにワインを渡した。おいしそうに熟成した高価そうなワインのようだった。

「ありがとうございまーす。さあ、どうぞどうぞ」

そう言われて白川と御山もソファーに座った。

「こんばんは社長」

「こんばんは」エミとマユは挨拶した。

ノッコも社長にお辞儀をした。

白川は守に気がついたが挨拶はしなかった。

しばらくみんなで色々な談話をしながら食事を食べたりワインを飲んだりしていた。

だんだんみんな酔いが少し回ってきたらしく滑舌が増してきて、社長とマユは丸い立ち飲みテーブルで一緒に立ちながら、皿に盛ったチキンなどを軽く食べたり赤ワインを飲んでいた。その横には御山も立っていた。

リナがマライアキャリーやセリーヌディオンなどの洋楽コレクションをかけたので歌がリビング中になり響いていた。

「ちょっとー社長聞いてくださいよ。私コンサートでこの恰好で出ると評判悪いらしくってー」マユが笑いながら社長に話しかけていた。

リナはカウンターで白川社長にもらったワインボトルのコルクを開けようとしていた。その横ではエミがスイーツを皿に盛る手伝いなどをしながらリナに話しかけていた。「私今度発売するCDで初めてCM出させてもらえるんですよー」何やら二人も守にはよく分からない業界の話をしているようだった。

全員守の知らない別世界の会話をしているように聞こえた。ノッコはしばらく一人で食事をばくばく食べていたが、守が一人でソファにぽつんといたので話しかけた。

「あ、守君ごめんね・・・みんなの紹介してなかったよね・・・あそこにいるのが、レコード会社の白川社長で・・・あそこにいるのが・・・」と色々とノッコは守に説明した。

「あ、うん」とうなずきながら守はその話を聞いていた。

すると白川が

「ちょっとノッコ君、君もこっちに来て一緒に飲もう。御山さんのこと紹介するから」とノッコに話しかけてきた。

「あ、はーい。今行きます。ごめんね、守君」ノッコは機嫌よさそうに白川たちの方に行った。ノッコも少し酔っているようだった。

守はソファでしばらく一人で食事を食べていると、リナとエミがスイーツと開けたワインボトルを持ってきた。

「守君、楽しい?」リナが守にそう聞いた。

「はい、楽しいです。色んな知らない世界が知れて」と守はそう言った。

「よかったー、あ・・・よかったらこのスイーツ食べて」とリナは守にスイーツを勧めた。

「守君って今高校生とかですか?」エミがそう聞くと

「あ、はい××高校の3年にこの前なりました」と守が言うと

「えーすごいじゃない、有名な高校だよね?私でも知ってる」エミは驚いてそう言った。

「いえ、別に」守は下を向いて恥ずかしそうに言った。

「守君はね、色々と悩みがあってノッコに相談してるの。っていってもノッコが時々暴走してるんだけどね。私も時々ノッコにそのこととかで相談受けたりしてて」リナがそう言うと

「えー、頭のいい高校の子でも悩みってあるんですね。私なんかバカだったからそういうのよく分からない。え、どういったことで・・・」エミが少し酔いながらそうずばっと言うと

「ちょっとエミ」とリナはエミのしゃべるのを遮った。

「えー、何でですか先輩。私守君に色々聞きたいんです」とエミは残念そうに言った。

「あなたちょっと酔ってるから向こうで水道水でも飲んできなさい」

そう言ってリナはエミを無理やりキッチンの方へ行かせた。

リナは

「ごめんね、守君」と謝ると

守は「いえ、別に・・・」と言って

「あの・・・ちょっとベランダに行ってもいいですか?風に当たりたいから」とソファを立ち上がった。

「あ、いいわよー・・・ベランダの入口にサンダルあるから」

「ありがとうございます」そう言って守はベランダに一人で行った。

リナは心配そうに守がベランダに行くのを見た。

「先輩、ジャズフェスティバル頑張ってくださいよ」マユにそう言われてノッコは

「ありがとね、見に来てよ」そう言いながら、守がベランダに居るのに気が付き少し心配になった。

守はしばらく一人でベランダに立って夜風に当たりながらぼーっとしていた。ベランダからは南青山の住宅街が見えた。守の住んでいる世田谷も高級住宅地だったが、南青山はもっと派手な高級住宅地に見えた。高校生の守は普段は南青山なんかあまり来ないので景色が斬新だった。ベランダからは住宅街だけでなく、向こうには表参道らしきものが見えた。

しばらく15分くらいぼーっとしていると、ベランダに白川がやってきた。

「守君・・・だっけ?さっきノッコ君に教えてもらったよ」

そう言いながら白川は守の横に来た。片手には白ワインの入ったワイングラスを持っていた。

「あ、はい・・・今日はお邪魔してます」守は社長と呼ばれる人に話しかけられて何だか緊張しながらそう答えた。

「ノッコ君のNPO法人の方で・・・知り合ったんだってね・・・」

「あ、はい・・・色々とお世話になってます」

白川はしばらく黙っていたがやがて

「色々悩みを聞いてもらってるんだってね・・・」とさりげなく言った。

「え?」

「あ、いや・・・彼女のNPOのホームページを見る限りだと・・・あとノッコ君からさっき聞いた話しから察するにね・・・」

「はあ・・・そうですけど」守は白川が何を言いたいのかよく分からないのでとりあえずそう頷いた。

「どう・・・?ノッコ君は?」

「はい、色々と話を聞いてもらってます。音楽の楽しさとかも教えてもらってます」

「そっか・・・それはいいことだな」

守はまだ白川の言いたいことがよく見えなかった。

白川はため息をついた後に、逆向きになって背中をベランダの背もたれにもたれかけて上を見た。

「でもね・・・守君・・・君は・・・知らないかもしれないけど・・・。彼女は今大変な時期なんだ。君は高校生だからまだ社会のことはよく分からないかもしれないけど・・・音楽業界は大不況でね・・・見た目はこんなパーティーを開いたり派手かもしれないけど。

まあ、昔からの慣習で悪いところでもあるんだけど。そんな中で・・・彼女の売り上げも毎年下がっているし・・・会社としても今彼女の今後の方針をどうしようか大々的に考えてるところなんだ。私はね・・・昔彼女の音楽に惚れて彼女をスカウトしたんだ。それからずっと長い縁でね・・・。自分でスカウトしたから彼女の音楽にはとても愛着がある。だからね・・・彼女の音楽がつぶされるのが嫌なんだ。今後もし彼女が売れなくなったら、会社として困るだけでなく私自身も困るんだよ」

守はやっと社長の言わんとしている意味が何となくで分かった。

「彼女の音楽にはまだまだ無限の可能性がある。私はそれを台無しにしたくない。だからね・・・彼女にはあまり負荷をかけさせないでほしいんだ」

守は社長の言っている意味がようやく分かったが、何も言えなかった。

「分かってくれるよね」

少しため息をついて白川はまたリビングへ戻って行った。

守はその話を聞いて何も言えなくりまた景色を眺めた。

トイレから帰ってきたノッコは白川がベランダから入ってきたのを見た。ベランダには守がいるようだった。「二人で何を話してたんだろう?」と疑問に思った。

しばらく立食パーティーは続き、9時くらいになると白川が

「明日も仕事があるから失礼するよ。今日はごちそう様でした。じゃあ、ノッコ君来月のジャズフェスティバル頑張って」と言った。

御山も「私も失礼致します、今日はどうもお邪魔しました。お食事おいしかったです」と言って白川と一緒に帰っていった。エミとマユも「あ、社長・・・私たちも一緒に帰ります。先輩お邪魔しました。ありがとうございました」と言って後を追って出ていった。

リビングにはノッコとリナが取り残された。

「あー久しぶりにパーティー開いて楽しかった」とリナが背伸びをしながら言った。

「ほんとお疲れリナ。大人数だったから大変だったんじゃない?」

「別に、私料理とパーティー大好きだから」

「そっかそっか。無理してるのかと思ったからさ。楽しかったならよかった。片づけ手伝うよ」とノッコはリナと一緒に食器を片づけた。

守もベランダからリビングに入ってきて食器を片づけるのを手伝った。


表参道駅までノッコは守と夜道を歩いて行った。

「守君楽しかった?」

「はい、楽しかったです。こんなの初めてだったから少し緊張したけど」

「そっか、よかった、よかった」夜風で少し酔いがさめたがまだ気分がよかったので機嫌よくそう答えた。

「守君、社長とは何話してたの?ベランダに二人でいたでしょ?」

「いや・・・別に。ノッコさんとはどういうことやってるのかとか・・・そんなこと」

「へー、そうなんだ。何て教えたの?」

「色々悩みを聞いてもらったり、音楽の楽しさを教えてもらってますって」

「へー、そっか」ノッコは不思議そうに守を見た。

表参道駅まで着くと、

「じゃあ、ノッコさん今日はありがとうございました」とお辞儀をして守は地下鉄の階段を降りようとした。

「うん、じゃあまたね」

すると、守は階段の前で振り返り

「ねえノッコさん、人って何でこんなに・・・頑張らないといけないのかな・・・」とつぶやくように一言言った。

「え?」ノッコは一瞬何の事だかよく分からなかった。

「時々・・・生きてるのが・・嫌になる」

「え・・・?」

そう言うと守は地下鉄の階段を降りていってしまった。

「ちょっと、守君!」ノッコは守を呼び止めたが守は振り返らなかった。

階段を降りていく守の後ろ姿は元気がなさそうだった。


それから守はノッコのアパートに全く来なくなった。守のお母さんの話では学校にはちゃんと行っているとのことだったが、元気かどうか心配だったので守の携帯に一度だけメールをしてみたが、返事は来なかった。お母さんのPCアドレス宛てに送って守の様子を聞こうかと思ったが、「守とはもう会わないでください」と言われてしまったのでそれ以上聞くに聞けなかった。そんな不安とは関係なくジャズフェスティバルの開催が間近に迫っていたので、ノッコは練習に明け暮れることにした。まるでそのことを必死に忘れようとするかのように。

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