第7話 個性を出さなきゃ


その週末にリナは休日だったのでノッコのお父さんの喫茶レストラン「クレッシェンド」を訪れていた。ノッコとリナは音大時代からの知り合いなので、その時からリナはこの喫茶レストランでノッコと一緒に昼食などを食べていてその頃からお父さんとは親しかった。

「ああ、リナちゃんか」ノッコのお父さんの勝則はリナがレストランに入ってくるのを見てそう話しかけた。

「はい、また昼食食べにきちゃいました・・・」とリナは言ってカウンター席に座った。

「何がいい?リナちゃん」と勝則は聞いた。

「はい・・・オムレツがいいです。チーズ抜きで」リナはチーズが入っているオムレツはあまり好きではなかった。

「OK、ちょっと待っててね?」そう言いながら勝則はオムレツを作り始めた。

「そう言えば・・・ノッコから例の話何か聞きました、お父さん?」リナは聞いた。

勝則はオムレツの野菜を炒めながら

「ああ、紀子この前店に来てね。色々聞いたよ。リナちゃんの言ってた通り新しいこと始めたみたいだね」

「どう思いました?」

「どうって・・・そうだな・・・ちょっとだけ反対しちゃったよ。リナちゃんが心配してたように、私もやっぱり紀子が音楽業の仕事をおざなりにするのは心配だからね。そしたらね・・・紀子のやつ怒って帰ってっちゃったよ」

それを聞いてリナは

「怒っちゃった?・・・もう、ノッコったらいい年してホントしょうがないな。お父さんだって心配してるのに、ねえ?」

「ああ、確かにね」そう言いながら勝則はオムレツの野菜をフライパンでうまく玉子でくるんだ。

「はい、どうぞ」と勝則は言ってオムレツをリナに出した。

「ありがとうございまーす。あーおいしそう!」と言ってリナはオムレツを食べ始めた。

「でもね・・・」勝則は何か話し始めた。リナは勝則をじーっと見た。

「最初は心配したけどね・・・そんなことやってる場合なのかって・・・でも、紀子がそんなにやりたいならね・・・もう何も言わないことにしたよ。それにもう親がどうこういうような年齢じゃないしね。好きにしたらいいんじゃないかな」

リナはオムレツのフォークとナイフを皿に置いて

「そうですか・・・私も最初は反対したんです。ノッコCDの売り上げだって落ち込んでるし、そんなボランティアみたいなことしてる場合なのかって。そう言って一度喧嘩になったんです。でも・・・ノッコ真剣みたいだから・・・本当にやりたいって心から思ってるみたいだから・・・応援することにしたんです。最初は大丈夫なかーって見てたんですけど、東京都からも功績が評価されて表彰までされたみたいですよ」

勝則は店の窓から遠くを眺めるようにいった。

「そうなのか、それはすごいな・・・。何でそんなこと急に始めたんだろうって思ってたんだけどね・・・今思えば何となく分かる気がするよ」

「分かる?」リナはオムレツを食べながらそう聞いた。

「リナちゃんも知っているように・・・あの子は本当の親を知らない。なぜ本当のご両親に捨てられたのかも分からないんだ。だから紀子には昔から知らず知らずに寂しい思いをさせてたのかもしれない。でも、紀子はいつも元気そうに振舞うし寂しいとかそんなこと決して口には出さないし、私にも「本当の親に会いたい」ってたったの一度しか言ったことがないんだ。でも、きっと心の中には・・・深い傷があるに違いないんだ」

勝則は寂しそうにそう言った。

「そうですよね・・・」リナはノッコからその話を学生時代に聞いたことあるが、改めてお父さんから話を聞いてノッコの苦労が分かった気がした。

「でもね・・・そんな悲しい経験をしているからこそ紀子は誰よりも悲しみが分かるのかもしれないね。だから・・・困ってる人をほっとけないのかもしれない・・・」

リナはオムレツを食べ終わったのでフォークとナイフを皿に揃えて置いた。

「私も・・・そう思います。ノッコのその想いはすごいと思います。」

「ありがとう、リナちゃん。でもね・・・全く心配がないわけじゃないんだ。仕事の方は大丈夫なのかなって・・・。紀子が結婚してくれてたら何も心配ないんだけどね。この考え方古いかな?」

「いえ・・・当然の心配だと思いますよ。私が同じようなことしてたらきっと私の両親も心配すると思うし。それに、私の両親も私の結婚のこととかよく心配します」

「そうなの?」

「私たち女性アーティストって結婚するのが本当に難しいんです。音楽業界って何だかんだいって男社会な気がするんです。だから、女アーティストっていうだけで敬遠されるんですよね・・・なんか個性が強すぎるとか女らしくないから、とかって周りから言われて。だから私恋人作るのだっていつも苦労するんですよね」

「そうかい、でもリナちゃんはもてそうだけどね。紀子なんか恋人らしい恋人ができたことがないよ。困ったもんだ」勝則は少し笑っていった。

「私は全然もてませんよ。婚期だって逃しちゃったし。ノッコは女性アーティストの中でもとりわけ不器用なんですよ。個性が強すぎちゃって、いつも真っ直ぐで純粋で。女らしさのアピールとか全然できないし。だから男の人と付き合ったりするの向いてないんですよ」

「そっか・・・リナちゃんは長いつきあいだけあって紀子のことよく分かってるね」

「いえ、そんな。私の想像ですけど。でも・・・不器用だからこそ真っ直ぐでピュアですよね」

「そう言ってくれると嬉しいよ」

「でも・・・だから逆に心配なんですよね。真っ直ぐすぎちゃって、まっすぐ突っ込みすぎちゃって何かで失敗しないか心配なんですよね」

「そうか・・・そう言われてみると心配だな。紀子のこと・・・見守ってやってね、リナちゃん」勝則がリナにそうお願いすると

「はい。特に何ができるってわけじゃないですけど・・・」

リナはそう言った後に

「コーヒーください」と食後の一杯を頼んだ。

「了解」勝則はそういってコーヒーを作り出した。



次の金曜日にまた貴子はノッコのアパートにやってきた。いつものように二人で楽しくピアノを弾いていて、一通り弾き終わると

「ねえ、ノッコさん。ノッコさんは何でジャズが好きなんですか?」

貴子は急にそう聞いてきた。ノッコは何て答えていいか少しの間戸惑っていたが、

「そうだなー。きっかけは、小さい頃にお父さんにガーシュウィンのCDを買ってもらったことかな。それ以来ジャズが好きになった。でも・・・一番Jazzが好きだけど、別にJazzだけが好きなわけじゃないよ。Jazzの作曲が一番自分にしっくりきたってだけで・・・他のジャンルの曲もなんでも好きよ。作曲家の間ではクラシックが一番敷居が高いとかハイレベルだとか言われるけどね・・・私は、音楽にジャンルは関係ないと思う。音楽はジャンルなんか関係なくどれも素晴らしいものだと思うから。でも、しいて言うならね・・・Jazzは心をうきうきさせてくれるかな。Jazzがスウィングするように私の心も・・・スウィングさせてくれる」

とノッコはとても楽しそうに語った。それを見て貴子は

「ノッコさんは、本当に音楽が好きなんだね。私・・・そういうの・・・憧れる・・・」

と言った。

「そう?」ノッコはそう言った。

「その、ファッションも憧れる。何か個性があって。私、公立校で厳しいから・・・好きなファッション着れないし」ノッコは冬なのに相変わらずウェスターンのシャツとジーンズを着ていた。

「そっか、そりゃ大変だね。でも週末とかには何でも好きなの着られるんでしょ?」

「そうですけど・・・そんな派手な恰好したら親にいろいろ言われますし」

「そっか」そんなの気にしなければいいじゃない・・・と言おうとしたが貴子の家庭の事情をよく知らなかったので、ノッコはやめた。

貴子は少し黙ってしまったがやがて話した。

「ねえ、ノッコさんは・・・なんで私がここに来てるのか・・・聞かないの?」

「何で・・・?」それはノッコも貴子に聞こうとして聞けなかったことだった。

「私、ずっと黙ったままなのに・・・聞かないの?」

「うーん・・・誰にでも言いたくないことってあるでしょ?私にもそういうのってあるし。貴子ちゃんが言いたくなったらで言いんじゃない?」

それを聞くと貴子は嬉しそうな顔になり、

「今日・・・もう少しここに居てもいいですか?」と言った。

「いいけど、ご両親が心配するんじゃない?貴子ちゃん・・・門限とかあるんでしょ?それにご両親ここに毎週貴子ちゃんが来てるのご存じないっていうから・・・多分心配すると思う」時刻はすでに夜7時になっていた。

貴子はこの前も「帰りたくない」というようなことを言っていたのを思い出した。

貴子はまた大人しくなってしまったのでノッコは

「そうだ!・・・明後日の日曜日とか・・・貴子ちゃん空いてたりする?」

「はい・・・」貴子は何だろう、という顔をした。

「もしよかったら・・・原宿にでも行かない?竹下通りで待ち合わせ」

「はい・・・別に空いてますけど。でも、何するんですか?」貴子は不思議そうに聞いた。

「それはねー・・・ついてからのお楽しみ」ノッコは笑いながら言った。

ノッコはまたグランドピアノの上に置いてある小物入れの中から家の鍵のスペアを取り出して

「あとね・・・アパートの鍵渡しとく。金曜日じゃなくても放課後いつでも来ていいよ。私平日は半分仕事だから、金曜日以外の夜はいないこととかあるかもしれないから。ここに来てピアノ弾いててもいいし、CD聞いててもいいし、そこにティーバッグもあるからソファとかでお茶も飲んでていいわよ」

貴子は嬉しそうに

「いいんですか?」

「いいよ、女同士だから危険なこととかも何にもないし」

「はい、ありがとうございます!あ・・・でも私・・・金曜日以外は大体放課後部活があるから・・・」

そう言えば初めてアパートに来た時にそんなこと言ってたっけ、とノッコは思い出した。

「そっか・・・じゃあ無理だね」

「あ・・・でも・・・時々部活休んでこっちに来ます」

「いいの?何か部活熱心にやってるんじゃないの?」

「いいんです。あの・・・私、もう行かないと。鍵ありがとうございます。お邪魔しました」

そう言って貴子はアパートを出て行った。


日曜日の昼の13時頃に約束通りノッコは貴子と竹下通り口で待ち合わせをした。日曜日なので原宿は人でごったがえしていた。季節はもう冬だったのでセーターなどを着ているひとが多かった。あの後、携帯メールで時間を二人で決めたのだった。ノッコは時間の2分くらい前につくと貴子はすでに待っていたようだった。

「ごめん、貴子ちゃん、待った?」

「いえ、今来たばっかりです。あの・・・これからどこ行くんですか?」

「着いてからのお楽しみ・・・」とノッコは笑いながら言い、貴子を案内した。貴子はどきどきしながらついていった。

竹下通りの人混みを切り分けながら二人は歩いて行った。

しばらくすると店の前にたどり着いた。

「じゃーん、ここよ」

ノッコが指差した店は洋服屋のようだった。中に入ってみると、不思議な個性的ファッションの店のようだった。ウェスターン、ミリタリーや豹柄ジャケットなど奇抜なファッションばかりを集めている店だった。中にはチャイナドレスや変わったワンピースや奥の方には変なコスプレみたいなのまでも置いてあった。

貴子は普段は地味な安物の服屋しかいかなかったので、ド派手な店に驚いて立ち尽くしてしまった。

「私よくここの店にくんのよ。変わった服たくさん売ってるから。っていってもウェスターンのシャツばっかり買うんだけどね。貴子ちゃんも好きなだけみて」

貴子はそう言われると、こくんと頷いて店の中を周り始めた。

色々な服を手に取って鏡の前で広げて眺めたりしてるみたいだった。

「よかったら、試着してみたら?」ノッコがそう勧めると

貴子は何やら着てきたみたいだった。

「これ、どうですか?」と言って着てきたのはウェスターンのシャツに穴の空いたジーンズだった。

「貴子ちゃん、それ・・・」ノッコは驚いた。

「私・・・ノッコさんのファッション憧れるから」

「私の真似してもしょうがないよ・・・もっと自分の好きなの選ばないとさ」

「でも、これがいいんです」

ノッコはちょっとだけため息をついた。貴子が好きなファッションを見つけてくれると思ってこの店を紹介したのに。

「じゃあ・・・ウェスターンのシャツだけ買って、他にも買います」と言ってまた服を選び試着してきた。

貴子は派手目のレインボー模様のワンピースを着てきた。

「どう・・・ですか?」貴子はノッコの方を見て聞いてきた。

「いいじゃない・・・すごく似合ってるよ」

貴子は制服姿のときとは全然違って輝いて見えた。貴子は嬉しそうになり

「じゃあ、これにします!」

と行ってレジの方へ行った。

「8650円になります」レジ係りの人がそう言うと貴子は、

「あ・・・」と言った。5000円しか持ってきてなかったようだった。

「どうしたの?貴子ちゃんお金足りない?」

「はい、ウェスターンのシャツ諦めます」と言うと、ノッコは

「いいわよ、私が出すから」と言って足りない分をレジに支払った。

「あの・・・いいんですか?」

「いいの、いいの、私が無理やり誘ったんだから」

「・・・・・ありがとうございます」貴子はお礼を言った。

二人は店を出た。

竹下通りに出ると貴子は袋から服を眺めて少しだけ微笑んだ。

ノッコは

「よかったら週末とか着てみなよ」

「でも・・・うちの親多分びっくりしちゃうかも」

「いいじゃない・・・別に・・・何着ようと貴子ちゃんの自由でしょ?」

「そうですけど・・・」

「将来アーティストになりたいなら、もっと個性を出さなくちゃ」ノッコがそう言うと

貴子は嬉しそうにこくんとうなずいた。

「何か昼ごはんでも食べよっか?何がいい?」

「あ・・・でももうお金ないから」と貴子は遠慮したが

「大丈夫、大丈夫、おごってあげるから。何食べよっか?」

「何でもいいです。ノッコさんのおすすめが・・・いいかな」と貴子が言ったので

「そう?じゃああそこ行こっかな」

ノッコは竹下通りの在日トルコ人がやっているケバブの屋台に貴子を連れて行った。

「シシケバブ二つください」

「はい、ありがとうございます」

シシケバブをノッコは受け取ると

「はい、貴子ちゃん」と言って貴子に渡した。

「ありがとうございます」

近くに小さな椅子があったので二人はそこに腰かけてシシケバブをほおばった。

「私時々こういうの食べたくなるのよねー。こういうの好きじゃなかった?」

「初めて食べたけど・・・おいしいです」

「そう、よかったよかった」そう言いながらノッコはケバブをばくばく食べていた。

貴子はノッコが豪快に食べるのを少し眺めていた。ノッコはその視線に気がつくと、

「どうしたの?」と貴子に聞いた。

「いえ・・・女二人で屋台で食べるなんて・・・何かノッコさんて変わってるなーって・・・」

「そうかなー?」ノッコはそう言って少し笑った。

貴子もつられて少し笑ってしまった。

ケバブを食べ終えるとノッコは

「何かスパイシーだったから、甘いもの食べたくない?」と言ったので

貴子は

「じゃあ・・・近くのスイーツの店行きませんか?ケーキとかフルーツとか食べられます。前に友達と一度行ったことあるんです」

「そう?じゃあそこ行こっか」と今度は貴子がノッコを案内した。

スイーツ「Corona」という店で竹下通りの外れにあった。

「へー可愛い店だね」とノッコが言った。二人は注文することにした。貴子はショートケーキを、ノッコはチョコレートパフェを頼んだ。写真で見る限りどでかそうなチョコレートパフェを頼んでいた。来ると、ショートケーキは普通のサイズだったが、チョコレートパフェはやはりどでかい超特大サイズだった。

「ノッコさん、それすごいですね・・・」

「いいの、いいの、まだお腹好いてたし。それに、私チョコ大好きなのよ」といってあっという間に平らげてしまった。

その食べっぷりに貴子は驚いてしまった。

食べ終わると、

「貴子ちゃんどうする?もっと色んな店行く?それとももう用ないなら帰る?」とノッコは聞いた。

貴子は

「あの・・・今日は夜まで一緒にいていいですか?友達の家にいるって言ってあるから門限まで大丈夫です」

ノッコは今日は何もするつもりがなかったので

「OKいいよ」と行って二人は店を出た。

「じゃあ、色々とぶらぶらしよっか」ノッコがそう言うと

二人で雑貨屋や、小物屋、靴屋などをぶらぶら歩いて夜になった。

「夕飯どうしよっか?」とノッコが聞くとまた貴子は

「どこでもいいです」と答えた。

「じゃあ・・・居酒屋でも行こうか?」

「え・・・居酒屋ですか?そんなとこ入ったことありません。大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫!お酒飲まなければ未成年も入れるから」


貴子は不安そうだったが、竹下通りをまっすぐいって抜けたところの明治通り沿いの居酒屋「平民(へいたみ)」に貴子を半ば無理やり連れて行った。

二人はカウンター席に座った。店員は貴子のことをあやしげに見たが何も言わなかった。

貴子は居酒屋なんて初めてだったので少し緊張しているようだった。

「ノッコさんって・・・食べたり飲んだり好きなんだね」

「そうよー、好きなもの食べて、好きなもの飲める・・・これって幸せなことじゃない?」

そう言ってノッコは笑った。

食べ物とハイボールが来た。ノッコはハイボールをごくっと一気にたくさん飲んだ。二人でしばらくチジミやサラダなど色々と注文したものや前菜やおつまみを食べた。

「貴子ちゃんはさ・・・彼氏とかいないのー?」

「いない・・・」

「へーもてそうなのにね。男子たちはどこに目をつけてるんやら」

「でも・・・好きな人とかは・・・います」

「好きな人?」ノッコは聞き返した。

「でも・・・その人・・・教師なんです」

貴子は珍しく自分のことを積極的に話し出したが、貴子の話にノッコは少し驚いて飲んでいたハイボールを思わず吹き出しそうになってしまった。

「きょ・・・教師!?それって・・・もしかして学校の先生だったりとか?」

「はい。担任の人です」貴子は少し顔を赤らめてそう言った。

ノッコは今度は生ビールを頼んでまたいっきにたくさん飲んだ。

「えー、それってやばくないの?今どきの学校ってよく分からないけどさ・・・そういうの厳しいところもあるから」

「ノッコさん・・・意外と真面目なんだね。でも・・・大丈夫です。私の、勝手な片想いだから。ホームルームの後とかにいろいろ悩みを聞いてもらったりしてるだけですし」

「そっか、いい先生なんだね」

「はい、でも・・・向こうは私のことなんか何とも思ってないと思います」

ノッコはしばらく飲み食いした後に、さらにいろいろ注文した。貴子も少しだけ食べた。

「ノッコさんは・・・?彼氏・・・とかは?」

貴子の不意打ちのような質問にノッコは驚きながら

「え?私・・・?ちょっとやめてよ・・・そんなのいるわけないじゃない。こんなさ・・・一人で居酒屋来てハイボール飲む女だよ?」ノッコは大きな声で笑いながらそう言った。すでに少し酔いが回ってきていた。

「でも好きだからやめらんないのよね」と付け足した。

「今まで付き合ったことは?」

「ああ・・・付き合った人ね・・・」

ノッコは返答に困ってしまったので、飲み物を飲んでまたビビンバやブリの照り焼きなどを頼んで二人でしばらくの間料理を食べた。

「うーん、付き合ったことあるような、ないような」

「あるようなないような・・・?」貴子は不思議そうにノッコを見た。

「うん、音大の学生時代に友達の紹介で一度だけ付き合ったんだけどね」

「その人も音大の人?」

「ううん・・・普通の大学の人だった。でもね・・・1か月で振られた」ノッコはジンジャーハイボールを飲みながらそう言った。

「えー?振られたんですか?何でですか?」貴子は驚きながらそう言った。

「そう・・・・何かね・・・相手の人さ、音大に通う上品なお嬢様と付き合いたかったらしくてね。音大ってそういうイメージがあるのかなー?でもね、今思えば、私デートのとき飲み食いあまり遠慮せずにしちゃったりして。さすがにウェスターンのシャツはその時着てなかったけど、ジーンズとTシャツでデート行っちゃったりして」

「え、嘘すごい」

「それで・・・何かひかれちゃったみたいでね。「君はユニークで素敵だけと僕とは合わないみたいです」なんて言われて見事に振られた」ノッコはジンジャーハイボールを飲み干してまた笑いながらそう言った。

「他には付き合ったことないんですか?」

「そうねー、20代のときに知り合いに合コンみたいなのに誘われてそこで知り合った人に誘われて何度かデートしたけどね、同じく・・・また振られました」ノッコはうなづきながら話した。

「そんな中でもう30になっちゃったときにね・・・お父さんが心配して結婚前提で付き合ったらどうかって知り合いの息子さんを私に紹介しようとしたの。それで、何度かお見合いみたいなデートしたな。でもね、なんかしっくりこなかったから・・・お断りしちゃった」

「えー何でですか?もったいない。とりあえず付き合えばよかったじゃないですか?」

「何かさー結婚前提っていうのが・・・息苦しくて。その時私まだ結婚する気とかなかったし。向こうは堅実な会社員の人だったし、真剣に結婚のこと考えてくれてたみたいなんだけど。そうこうしている間に婚期逃しちゃって今に至ります」

そう話した後にノッコはサワーを頼んでまたぐびぐび飲んだ。

貴子が

「何か・・・ノッコさんって面白い」と言って少し笑った。

「貴子ちゃん、笑うことないでしょ?」少し酔いながらノッコは言った。

「あ、ごめんなさい」と言って貴子は料理を食べた。

「あの・・・ノッコさんってライブとかやるんですか?」と貴子が聞いてきた。

「あ・・・うん、近いうちにやるよ。よかったら来る?来るんだったらチケット取ってあげるから」

「え・・・チケット取れるんですか?」貴子は驚いて聞いた。

「私出演者よ・・・会社に言えばチケットくらい取ってもらえるから。まだ間に合うと思うから」

「そうなんですか・・・ありがとうございます。じゃあお願いします!」と貴子は嬉しそうに言った。

「それより、貴子ちゃんもなんかさ、飲みなよ・・・」ノッコはかなり酔いが回ってきたらしく貴子にお酒を無理やり勧め出した。

「ちょっとノッコさん。私未成年だから無理」と貴子はびっくりして拒否し出した。

「一口くらいいいでしょ」と水が入っていた空いたグラスに瓶ビールを無理やり注ごうとした。

「ちょっとノッコさん酔ってるんじゃないの?」と言って貴子はグラスをはじにどけた。

「えー飲みたくない?」と言ってノッコは諦めた。

しばらく飲み食いし終わると貴子が

「そろそろ行きませんか?」と言ったので

「そう?」とノッコは言い、二人は居酒屋を出ることにした。


二人は居酒屋を出ると時計はすでに7時を過ぎていた。

「あ・・・そっか貴子ちゃんもうすぐ門限だからか・・・じゃあ・・・帰るかー」とノッコはご機嫌そうにそう言った。

「あの・・・今日はもう少し帰りたくないです」と貴子が言った。

「えー、ダメだよ。いくら休日でもあまり遅くなるとご両親心配するから」とノッコは言ったが、貴子はどうしても帰りたくない、とだだをこねた。

「じゃあしゃあないか。じゃあ・・・映画でも久しぶりに見るか。それ見たら帰るんだよ。ご両親にはちゃんと電話しなさい」ノッコがそう言い聞かせると貴子は携帯で自宅に電話した。話を聞くと友達の家に居るからもう少し遅くなります、と嘘をついているようだった。スマートフォンで調べると、新宿の名画座で「マジソン郡の橋」をやってるとのことだったので二人は新宿まで出ることにした。

新宿まで出て名画座で二人で「マジソン郡の橋」のリバイバルを見た。ノッコは感動屋さんなので映画館でマジソン郡の橋を見てうーうー泣いていた。また、居酒屋であれだけ飲んだのに映画館でも缶ビールを飲んでいた。

貴子は無表情でその映画を見ていた。


映画館で映画を見終わり外に出るとすでに時間は10時を過ぎていた。

「わー遅くなっちゃった。でも映画よかったー。あの映画音大時代に見に行って以来かなー。私結婚とか浮気とか縁がないからよくわかんないけど、ああいう情熱的なのだったら浮気もありかなー・・・なんて。ひっく」ノッコはもうかなり酔っ払い状態だった。

「それにメリルストリープの縁起が迫真よね。なんか本当に中年の熱愛・・・みたいな。クリントイーストウッドってあの映画の監督もやってるの知ってる?すごいよね。音楽もいいよねー」ノッコはご機嫌そうにしゃべりまくった。

貴子は黙ったままだったので、

「あれ、あれ・・・あんまああいう映画好きじゃなかった?」

「あ・・・いや別に」貴子は複雑な表情だった。

「まあ、高校生くらいじゃ中年の浮気なんかつまらなかったか」といってノッコは笑った。

二人は駅の改札口まで来ると

「じゃあ・・・帰りますかー」とノッコが背伸びをしながら言うと

「ねえ・・・やっぱりまだ帰りたくない」と貴子が言いだした。

「え、もうだめだよ、さすがに遅いから」

「あんな家・・・帰りたくないの」

「え・・・?」

「あ・・・いやなんでもない・・・今日はありがとう。じゃあねノッコさん」

そう言ってさっさと改札を抜けて走り出して行ってしまった。

ノッコはそう言い残して行った貴子が心配になった。だが、酔いすぎて自分がちゃんと帰れるかも心配になった。


次の金曜日の放課後に貴子はアパートにやって来なかった。ノッコは心配になったので貴子から教えてもらっていた携帯のアドレスにメールをしてみた。しかし、返事がなかった。次の週もやはり来なかった。今度は携帯に電話してみたが、貴子は出なかった。

どうしたんだろ・・・とノッコは思った。2週間後にライブがあるので貴子にチケットを取ってあげようかと思っていたのに、連絡が取れないまま期限が近くなり、もう取れないかな、と思っていた。

しばらく貴子は来ないままノッコは普段通り仕事をして、2週間後にライブに出た。貴子は来なかった

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