第5話 更生
「不良少年を預かっている?」リナは驚いてノッコに聞いた。
「そう・・・不良」ノッコはため息をついて答えた。
二人はともに休日だったので都心のイタリアン系のレストランでランチを食べていた。
「はー・・・ひきこもりの次は不良少年か・・・あなたも大変だね」
「そうまさに大変・・・その一言につきるって感じ。何言っても言うこと聞かないしさ。本当参っちゃうは。」
ノッコはリナに同情してほしくてそう言った。
「でもさー一緒に暮らしてるんでしょ?その勝君って子と。そんな不良の危険な子と一緒に暮らしててよく平気だよね、ノッコは。すごいよ」リナは感心しているようだった。
「私だってさー最初は嫌だったよ。なんか無理やり頼まれた感じだったからさ。でも引き受けた以上は負けたくないから何とかしてやろうと思ってたの。でもさ、何も言うこと聞かないし、もうほんとお手上げ。もうそんな生活がかれこれ一週間だよ。うちは不良預かる場所じゃないっつーの。何で私のところに依頼するんだか」
ノッコは不満を吐き出してそう言った。
「それってさー都の方じゃもう手に負えないからってたらいまわしにされて、責任押し付けられてるだけじゃない?」
「え、やっぱそうなのかな?」ノッコは驚いてそう聞いた。
「分からないよ、そんなこと。私たち一アーティストにしか過ぎないんだから。行政やら学校やらのやり取りなんて知りようがないじゃない」
「そりゃそうだよね・・・でもさ、都庁の人も頑張っていろいろ受け入れ先の機関を探したみたいだよ。でもどこも人手不足だから受け入れ先がないんだってさ」
リナはため息をついた
「あんたさ、そんなの更生所でも問題起こすような超のつく不良少年預かるのなんて大変だからどこも躊躇するに決まってるじゃん。ある程度の不良なら預かるんだろうけど・・・でもそれも限度ってもんがあるでしょ」
リナはいつものように冷静な批判家のような口調でそう言った。
「えーそうなの?そりゃ弱ったな」
「そうだと思うよ。でも、あなたがその子の面倒本当に見たいならやるしかないんじゃない?あなた次第だよ。でも、都だってあなたに押し付けてるんだから嫌だって言えば解放してもらえるんじゃない?」
「それがね、もうサインしちゃったから・・・生活援助金っていうのだけでなくお礼金までもらっちゃったから。後でよく読んだら、「生活態度の改善が見られるまで責任を負います」、みたいな事項が書いてあった」
「えーそれはもうだめだよ。何でよく契約書読まないでサインしちゃったのよ」
「だってどうしてもって言うから」
「あなたちょっと常識がなさすぎ」リナは少し呆れながらもノッコを心配そうに見た。
ここ1週間の彼の一日中の行動を見る限りだと、ほとんど物置部屋にいて昼飯や夕飯を食べる時に時々ぶらりと外出をしているようだった。ノッコは仕事で時々外出することもあったが、帰っても彼は部屋にいるようだった。ある日物置部屋を少しだけ覗いてみたが、勝はスマートフォンで何やらメールをしたりゲームをしたりしているようだった。床を見ると、コンビニで買った雑誌やら漫画やらが散乱していた。中にはパチンコの情報誌みたいなのがあるようだった。まだ18歳未満なのにパチンコをやるのはよくなかったが、注意してもまた反発するだけだと思ったのでノッコは何も言わないことにした。
さらに1週間くらい過ぎたが勝は相変わらず同じような生活をしていたので、ノッコはまた思い切って話しかけた。勝がちゃんと生活記録を長谷川さんに書いているのか気になった。長谷川さんが何も言ってこないということはちゃんと送っているのだろうとは思ったが、念のため確認したかったので物置部屋のドアをノックして聞いてみた。
「あのさーちゃんと長谷川さんに生活記録送ってる?」
勝はしばらく黙ってたが
「うるせーなちゃんと送ってるよ」と言ってきた。
「そう、それならいいんだけど・・・」
とノッコがリビングに戻ろうとすると
「ちゃんといいこと書いてあるから気にするな」と意外なことを言った。
「何それどういう意味?」
勝は笑ったように
「ちゃんと反省しているようなこと書いてあるから。そういうこと書かなきゃあんたも困るんだろ?早く俺に出てってほしいから」
ノッコはそんなこと言われるとは思っていなかったので
「そんなことないよ・・・別に。ただ気になったから聞いただけ」と言った。
「いや・・・いいなここは。更生所と違って嘘書けるから。外出してても何も言われないし、反省してますって書きまくれば長谷川もそのうち俺を解放するだろうから。そうすればあんたも助かるだろ」
ノッコは
「別にー出てってほしいなんて思ってないね。ただ嘘書くのはよくないねー」
勝はノッコの発言に驚いたようだった。
「出てってほしいと思ってない?」
勝はまた黙り込んでしまったので、ノッコはリビングに戻った。
また何日か過ぎた昼過ぎの頃だった。勝は何をしているのか知らなかったがノッコは外食して帰って来てリビングにいた。今日は今度ライブでやる曲を練習しようと思ってピアノを弾くことにした。自分のポップスの曲を弾き語りで弾いてみた。
「Ding Dong」という曲だった。
「Ding dong 特別じゃなく Ding Dong あなたは誰だっていいDing Dongまだ見ぬ明日へ自分を信じて」
そんな感じの歌詞のややアップテンポの明るい歌を歌った。何度かその曲を弾いていると、
リビングに入る入口のところになんと勝が立っていた。
ノッコは驚いて
「どうしたの勝君」
勝は黙ったまま突っ立っていた。
ノッコは驚いたが部屋から出てきてくれたことがやや嬉しかったので
「もしかして、私の歌・・・聴きに来た?」と明るく聞いてみた。
勝は
「別に・・・うるさいから気になってきただけだ」とふてくされるように言った。
「あー別に何でもいいよ。とにかく聴きにきてくれたのね」
「ちっ」と舌打ちをするように勝はソファに座った。
「ねえ、こっちきてピアノ弾いてみない?」
「何度も言わせるなよ。やらねーよ」
ノッコはしょうがないなーという感じでため息をついたが
「じゃあさ、何か好きな曲ある?弾いてあげるから」と言ってみた。
「そんなもんねーよ」と言ったが
「そんなことないでしょ。全く音楽聴かないなんて人滅多にいないし。何でもいいから一番好きな曲いってみなよ、ほら早く」
勝はいやいやそうにため息をついて
「・・・尾崎豊・・・」とぼそっと言った。
「ずいぶん渋いの好きなんだね。尾崎豊ね・・・OK・・・じゃあ弾くね」
そういってノッコは「Oh my little girl」を弾いた。昔学生の頃よく聴いてたのですらすらと弾けた。
5分くらいで弾き終わると
「どう・・・?」とノッコはさりげなく聞いてみた。
勝は無表情のままだったが
「いいんじゃないの・・・」と言った。
初めて何か感情らしきものを勝が発言したのでノッコは嬉しくなった。
「あのね・・・もっと感動的なコメント言えないかね、一応プロが弾いてるんだから」
勝は黙ったままだった。
「冗談よ」とノッコは言った。
しばらく二人は沈黙していたが、ノッコは
「何か音楽かけようか?好きな曲ある?尾崎豊はないけどなーさすがに」
「別になんでもいいよ。あんたが好きなのかければいいだろ」
「何でもって・・・じゃあ・・・お言葉に甘えて好きなのかけるね」
そう言ってノッコはCDケースからあるCDを取り出した。
ガーシュウィンの「ラプソディーインブルー」だった。
コンポからラプソディーインブルーを流した。
ゆるやかなテンポの有名なフレーズのイントロが始まった。しばらく音楽を聴いていた。
勝も何も言わずにただ聴いていた。特に興味ないという態度で。
「いいでしょ?私ね、クラシックはそこまで聴かないんだけど、このジャズっぽいリズムカルな曲調が好きなの。ジャズとクラシックを組み合わせてしまったガーシュウィンは本当にすごいと思う」
勝は相変わらず何もコメントを言おうとはしなかったのでノッコは続けて一人で話した。
「私がなぜこの曲が好きかっていうとね。ジャズが好きっていうのもあるんだけど、特に思い出があるんだ。私ね、小さいころから音楽が好きで、父親がドライブしているときにカーステレオとかラジオから流れてくる曲を絶えずお父さんに「この曲何?」って聞いてた。そしたらお父さんも「ノッコは本当に音楽が好きだね」だなんて言って」
ノッコは照れ笑いするように続けて思い出を語りだした。
「そしたら、ある日ね、ラジオからこの曲が流れてて・・・私はよく覚えてないんだけどその時何度もこの曲もう一度聞きたいってだだこねたらしいの。小学生ながらにもこの曲に何かを感じたんだと思う。そしたらね・・その年の誕生日プレゼントにお父さんがこのCD買ってくれた。ガーシュウィンのラプソディーインブルーを。それからね、店でよくこの曲流してくれた。あ・・・店って言うのは私の実家の喫茶レストランね。父さん冗談交じりによく言ってた。「紀子のせいでガーシュウィン好きのお客さんばかりになっちゃうな」って。笑いながら」
ノッコは楽しそうに思い出を語っていると、勝はいきなりソファから立ち上がってコンポの方へ向かっていった。
「ちょっとどうしたの勝君・・・」
コンポの前に立つと
「くだらねー話してんじゃねーよ」と突然怒り出したようにコンポからCDを無理やり取り出した。
「ちょっと何?」ノッコは勝の行動の意味が分からなかった。
するとガーシュウィンのCDを両手で力を入れて思いきり真っ二つに割ってしまった。
「バチッ」と音がした。少しだけCDの破片が床に飛び散った。
「楽しそうに思い出語ってんじゃねーよ」と勝は怒鳴って真っ二つに割れたCDを床にたたきつけた。CDはころころと床を転がってやがて寂しそうにコトンと倒れた。
「ちょっと、何すんのよ?」
ノッコは何が起きたのか意味が分からなかった。自分が何か変なことを言ったのだろうか?しかし、それと同時に同じくらい強い怒りが込み上げてきた。気が付いた時には勝をおもいきり平手打ちしていた。
「パシン」と強烈な音がした。
ノッコは一瞬自分が取った行動が衝動的なことだと知ってふと我に返った。
ノッコは謝ろうとしたが勝は
「だから・・・だから、どいつもこいつも信用できねーんだよ」
と言ってアパートを出て行ってしまった。ドアがバッタンとゆっくり閉じる音がした。
ノッコはしばらく呆然とリビングに立ち尽くしていた。しかし、しばらくすると割れた破片のCDを集めた。何やら悲しくなってきたので涙が少しだけこぼれてしまった。ノッコは普段はほとんど泣かないのに、なぜか急激に悲しみに襲われた。ノッコはCDを割られたことがショックだったが、玄関口の方を見て勝のことも心配になった。しばらくすると、ノッコはキッチンの換気扇を回してタバコを一服した。吹かしたタバコの煙はしばらくたつと悲しそうに換気扇に吸い込まれて消えて行った。
3日たっても勝は戻ってこなかった。ノッコは平手打ちをしたことを少しだけ後悔した。しかし、自分の思い出を壊されたので怒りが抑えきれなかったのも事実だった。しかし、3日も戻ってこないとなるとさすがに心配になってきたので思い切って長谷川さんに電話をすることにした。
「あの・・・山本ですが・・・実は・・・勝君が家を出てしまって帰ってこないんです」
と率直に話を切り出した。
長谷川は「はー」と電話越しに軽くため息をついたようだった。
「そうですか・・・ご連絡ありがとうございます。どこに向かったかはご存じではありませんよね?」
「はい、突然だったものですから・・・」
「困りましたね・・・どこか当てがあれば探せるのですが・・・」
長谷川はしばらく電話越しに考え事をしているようだった。
「あの・・・ご実家に帰られてるなんてことはないでしょうか?」とノッコは聞いてみた。
「いえ・・・それはないと思います。一応勝君は法的には更生施設にまだいることになっていて勝手な行動をしたり許可なく実家には帰れないようになってるんです。今はまだ更生中で施設にいなければいけない身分ですし帰れば違法ですから」
「そうですか・・・」とノッコは残念そうに言った。
「あの・・・ですがね・・・万が一ってこともありますから一応調べます」
「私も電話した方がいいでしょうか?」とノッコは聞いてみた。
「いえ・・・結構です。こちらからご実家へは確認の電話をしてみます。山本様は他に心あたりありましたらあたってみてください」
「そうですか・・・学校へは顔を出しているってことはないでしょうか?」
「それも・・・ないとは思いますが・・・学校にも私が電話してみます」と長谷川は言った。
「ご迷惑おかけしますね。こちらもね・・・あの子には本当に手を焼いてるんですよ。一向に言うことを聞かないし。手を煩わせてしまってすみませんね」長谷川は謝ってきた。
「いえ、そんなことありません」
「それでは、宜しくお願い致します」といって長谷川は電話を切った。
3日後に長谷川から連絡があったが、実家にも学校にも勝君は顔を出していない、とのことだった。念のために更生所へも連絡したが戻ってはいなかった、とのことだった。長谷川は彼の学校関係の友人宅などを手掛かりに引き続き彼の行方を調べます、とのことだった。
次の日ノッコはラジオ番組に出演した。JazzWaveというジャズ専門のラジオ番組だった。ジャズの音楽が流れると同時にDJの人が話し出した。
「ようこそFMJazzWaveです。いつもありがとうございます。私当番組DJのDJ三上です。今週のゲストはジャズシンガーソングライターのNokkoさんでーす。どうぞ最後までおつきあいのほどお願いします。」
ラジオのDJというとついハイテンションな人を連想するが、ジャズ専門の静かな番組なのでDJの人は普通のテンションだった。
「宜しくお願いします」とノッコは言った。
JazzWaveはノッコが正式にデビューしてからCDのリリースなどをするたびに出演させてもらっていてお世話になっていた。毎回ジャズ関連のアーティストや作曲家や評論家やプロディーサーなどをゲストに迎えてトークをしている番組だった。今度ノッコはCDをリリースするのでその宣伝に来ていた。
「いつもながらご活躍応援させていただいております」
「ありがとうございます」
「私デビュー以来ずっとNokkoさんの曲全部買っているんですよ。ジャズ好きにはたまらない、というかCDの発売日いつも楽しみにしてます」
「そうですか・・・ありがとうございます。でも最近地味な曲が多くないですかね・・・」
「そんなことありません。あ・・・でもそうかデビュー時に比べたらそうかもしれませんね。何かそういったご心境に変化とかあるんですか?地味な曲が作りたいとか。アーティストの方ってフィーリングで曲を作られるっていうじゃありませんか」
「いえー別にそんな。ただ会社の方針でそういう曲調が多くなってるだけですよ」
「そうなんですか、結構そういうのってあるんですねー・・・へー・・・」
DJ三上はあいずちを打ちながらそう言った。
「あ・・・この番組をお聞きくださってる方はNokkoさんをもちろんご存じだと思いますが念の為プロフィールをご紹介させてくださいませ」そういってDJ三上はノッコのプロフールを読み上げた。ノッコが事前に用意した資料の一つである。
「えーNokkoさんは××音大ご出身でそこでピアノ科を卒業されてますが、ご自身でジャズ、ポップス、映像音楽などの作曲理論のご勉強されて、卒業後は東京を中心にジャンルを問わず色々な曲で地道なライブ活動をされておりました。そこで200×年にORBIC RECORD社の現社長の白川氏に声をかけられメジャーデビューを果たされました。その後はジャズを主にご自身で作曲されたものを毎年リリースされており、200×年には何と一度東京ジャズフェスティバルにもご参加されております。また、日本だけでなくニューヨークでもライブ活動をしていて大変注目されております。繊細かつキャッチーなメロディーと爽快なテンポでジャズファンの方を魅了しております。」
DJ三上はノッコのプロフィールを読み上げた。自分が用意したプロフィールの資料に繊細かつキャッチーなメロディーなんて書かれていなかったが、DJ三上が付け足したようだった。
「ありがとうございます」とノッコは言った。
「えーNokkoさん。最近はどうですか、ライブとかの状況は。実に気になるところなのですが」
「ライブはまだ告知されてないのですが近々ホールでやろうかと思ってます。まだ公表できませんが」
「そうですか、楽しみにしております。CDも来週発売なんですよね?」
「はい、おかげさまで「it’s me」というアルバムの発売が決まりました」
「おめでとうございます。私も絶対買いますね。で・・・今回のアルバムのコンセプトのようなものは何ですか?」
「そうですねー・・・「it’s me」というのはこれは自分っていう世界観をテーマにしてますね。人って自分をなかなかさらけ出せないでつい殻にこもってしまうことってあるとおもうんです。だからそんな中で「これは私よ」みたいに自己主張させてよっていう感じの曲をたくさん作りました。そういったわけで今回のアルバムは詞の世界を大切にしているので歌が入っている曲がメインです」
「そうですか。相変わらず深いですねー。「it’s me」というのはアルバムのタイトルですが、この中にも「it`s me」って曲があるのですよね?」
「そうです。でも他の曲もテーマは似てるんです。今回のアルバムはそういうテーマで行こうということになりましたので」
「そうですか・・・他の曲のタイトルは全部ここではさすがに全部聞けないですよね?」
「そうですねー10曲もありますから」ノッコは少し笑い気味にそう言った。
「そうですよねー、すみませんね。無理いっちゃって。このアルバムのリリース情報は番組の最後にお知らせ致します!」とDJ三上は元気よく言った。
「ところで、Nokkoさん。この番組私担当させていただいてしみじみ思うんですが、ジャズファンが昔より少なくて寂しんですが・・・どう思われますか?」
「そうですね・・・私ニューヨークでもたまーにライブやらせていただいてるんですが、向こうはファンの活気が違いますね。日本はジャズ愛好家が少なくなってきてて少し寂しいようにも思えます」
「そうですよねー私もそう思います。何でですかね?私はジャズ大好きなんですが」
「そうですね・・・やっぱり時代の流れもあると思います。でも現代でもジャズが好きな方は大好きですしジャズが今後廃れてくってことはないと思いますね。私はいつもジャズのスウィング感から元気をもらってますから、少しでも多くの人が元気をもらってくれると嬉しいですね」
「そうですかー・・・私も元気もらってますよ」とDJ三上は明るく言った。
「Nokkoさんのアルバムの中から発売前に特別許可をもらいまして「it’s me」だけ当番組で流したいと思います。それでは「it’s me」お聴きください!」
といってDJ三上は曲を流した。
曲が流れ終わると
「素晴らしい曲ですねー。私も今初めて聞きましたが胸にぐっとくるというか思わず感動しました」
DJ三上は相変わらず褒め上手で大げさだった。
「ありがとうございます」ノッコは大げさにほめられて少し照れくさくなってしまった。
その後質問コーナーがあり、CDのリリース情報が流れ番組が終了することになった。
「えー私もCDの発売楽しみにしております。皆さんも是非買ってくださいね。それではNokkoさん今日はありがとうございました。またいつでもお越しくださいね」
「はい、こちらこそありがとうございます」
「えーそれではみなさんごきげんよう。来週のゲストはジャズ評論家の森本俊之さんです。
来週もこうご期待!それではまた来週!」
DJ三上が話終わるとジャズの音楽が流れ番組は終了した。
ノッコはスタジオの関係者の方たちにお礼とあいさつをして、スタジオを出た。
仕事を終えて駅前で軽くラーメンを食べてから自分のアパートに向かうとすでに夜遅くなっていた。空には半月が明るく不気味に浮かんでいた。駅からアパートまでの途中でコンビニに寄って缶ビール1ケース買って帰った。アパートまで帰り着くと入口に誰か立ってるようだった。最初は暗くて見えづらかったが、よく見るとそれは勝だった。
「勝君、どうしたの?」
勝は罰が悪そうに突っ立っていた。
「別に・・・しょうがないから帰ってきてやっただけだ」
「どこ行ってたの、長谷川さんに言っていろいろあなたのこと探してもらってたんだよ。学校にも実家にも帰ってないって」
「そんなとこ帰れるわけないだろ」
「じゃあ学校の友達の家とか?」
「俺を更生所に入れた学校の仲間連中なんかと会えるかよ。学校以外の仲間の家に居ただけ」
「もしかして、不良仲間とか・・・?」ノッコがそう聞くと
「不良だったらいけないのかよ?」勝はそう言ってタバコに火をつけて吹かし始めた。
「未成年なのに・・・タバコ吸うんだ」
「悪いのか?お前も注意すんのかよ?」勝は少し切れ気味にそう言った。
「別に・・・吸いたきゃ吸えば?」
ノッコの意外な発言に勝は目を丸くした。
「え・・・?」
「よっこらしょっと」そう言ってアパートの入口のコンクリートの段差にノッコは腰かけた。そして同じようにタバコを取り出して吹かし始めた。何回か吹かすと
「私もね・・・少しだけ不良だったしね。高校のとき隠れてタバコ吸ってたから」
ノッコの意外な過去を驚きながら勝はただ茫然と聞いていた。
「私さ、不良の受け入れなんか最初やるつもりなかったんだけどさ・・・でも不良の気持ちはわからないでもないよ。まあさすがに窃盗だとか暴行事件とかはやらなかったけど」
ノッコは笑いながらそう言った。
「私ね・・・両親・・・本当の親じゃないんだ。育ての親で血が繋がってないの。小さいときはそんなこと何も知らないまま育った。それをね・・・ある日高校生の時に知ってしまってショックを受けた。本当にショックだった。それ以来・・・人生が真っ青になって・・・学校も一時さぼり気味になったし・・・学校や親には内緒で隠れてタバコとか吸うようになった」
ノッコが自分の過去を話しているのを勝はただだんまりと聞いていた。
「何があったのか知らなけどさ・・・思春期のときって一番大変だからね。そういうときってあれやっちゃダメこれやっちゃダメって言っても子供は言うこと聞かないもんだと思うしさ。私もそうだったし。あなたそういうとこ私に少し似てるから分かる」
勝はしばらく黙って聞いていたが、やがて
「あんた変わってるな。更生所のやつらは俺がタバコすったり勝手に外出するとどなる一方で。何度注意しても俺が止めなかったもんだから部屋に呼び出されて説教された。それでむかついたから思いきりぶんなぐったら追い出された。あんたも更生所と同じような連中かと思った」
「よく分からないね。そうやって更生させることも必要かもしれないけど、私はタバコ吸いたきゃ吸えばいいって思う。酒も好きなときに好きなだけ飲むし。私は不良を更生させるとかどうでもいい。ただ困ってる人を音楽で助けたいからこの仕事始めただけだし」
そう言ってノッコはタバコの火を消してまた「よっこいしょ」と立ち上がって階段を上って2階の自分の部屋まで行こうとした。階段から「何してんの、そんなとこ突っ立ってないで入れば」と言った。
「ビールもたくさん買ってきたから部屋で飲もうか」と言って缶ビールの入ったコンビニのビニール袋を勝に見せた。
「ビール飲ませるのかよ?」と勝は驚いて言った。
ノッコは笑いながら部屋に入って行った。
勝はしばらく30分くらい考え事をしていたがやがてアパートに入って行った。
ノッコはシャワーを浴び終わってから寝室で着替えをしているようだった。
勝はソファで一人黙ったまま座っていた。
ノッコが着替え終わってリビングに入ってくると
「あー何してるの?シャワー浴びてくれば?なんか髪の毛不潔だよ?友達の家であまり入ってなかったんでしょ?」
勝は何も言わなかったのでノッコはグラスに氷を入れて勝にビールを出した。
ソファに座るとノッコはグラス一杯のビールを一気に飲み干した。
「うまーい、何か生きてるって感じ」
勝はビールを飲もうとしなかったので
「さすがにビールは飲んだことないか・・・」と催促するように言った。
「別に・・・何度か飲んだことあるよ」
「じゃあ気にせず飲めば。飲みたいときは飲めばスカッとするよ」
「あんた・・・本当に変わってるな」と言ってノッコと同じように一気にグラス一杯分を飲みほした。
「おお、いくねー」とノッコは親父くさいセリフを言った。
ノッコはしばらく黙ってたが、勝の本心が知りたくなったので聞いてみることにした。
「勝君さ・・・あなた前に言ったよね。誰も信用できない、って。なんでそうなっちゃったの?」
思い切って聞いてみたが勝は黙ったままだった。
「言いたくないならいいけど・・・」
勝は残りのビールをグラスについで一気に飲み干してから
「ごめん」と言って物置部屋へ入って行ってしまった。
ノッコは軽くため息をついた。
次の日ノッコはリビングのノートPCを開いて会社とCDリリースの最終確認のメールのやり取りをしていた。すると勝がリビングに入ってきた。
「どうしたの、勝君?」
勝はまた物置部屋に引き返そうとしてしまったので、
「ちょっと待ってよ。何か話があるんじゃないの?」
ノッコが呼び止めようとすると勝はまたノッコの方を向いて
「あの・・・・実はさ・・・」と話し始めた。
1週間後くらいにノッコのアパートに勝のお父さんの岡田哲也と東京不良更生センターの中村という男がノッコのアパートを訪れてきた。勝も同席して欲しいとのことだったので4人でソファに座った。
「あの申し遅れまして、私と東京不良更生センターの中村と申します」と言ってノッコに名刺を差し出した。
「あの、どういったご用件でしょうか?」ノッコは聞いてみた。
不良更生センターの中村は単刀直入に話してきた。
「あの・・・遠まわしに言っても分かりづらいかと思いますので・・・単刀直入にお話しさせていただければと思います。勝君のお父様は勝君をご自宅にお引き取りになりたいとおっしゃられています。どうか勝君の受け渡しお願いできませんでしょうか?」
「それは、どういうことですか?私は東京都の依頼でこの件を引き受けているのですが・・・
契約書にだってサインしてますし」
中村は事情を話し始めた。
「分かりました、事情をお話し致します。勝君は窃盗罪を同じ店で繰り返してて常習犯だったので店側は学校側に早急な処分を求めておりました。学校側は退学処分にしようとしたのですが、お父様が反対されましたところ、店側はそれでは納得しないようだったので、学校側は不良更生所に勝君を入所させる処分を決定致しました。勝君を一端入所させたものの、態度の改善が見られなく問題も起こしたとのことで彼は追放処分にされたのですが、店側はそれでは納得がいかない、とのことなので色々と受け入れ先を探したのです。ですが、なかなか受け入れ先が見つからなかったのでやむ負えなくあなたのNPO法人で受け入れてもらうことになったのです。ですが、お父様はご子息をあまりに長い間拘束するのは人権侵害だと東京都と東京不良更生センターを訴えておりまして。ですので、裁判沙汰になる前に私どもは勝君をお父様にお引渡ししようと思っております。店側も裁判沙汰は避けたいのでこれ以上の拘束はしなくていいといっております。後はあなたが了承するかどうかだけです。東京都から依頼を受けていらっしゃるとのことで、そちらは権利を移転されたと考えるのが妥当かもしれませんが、東京都はすでに勝君の拘束の権利を放棄してますので契約書の権利移転の効力もほとんどないかと思われます」
ノッコは事情の大体は理解した。するとお父さんの哲也が話し出した。
「大体大げさなんですよ。何度も窃盗したって言ったって未成年がたかだか少額の商品を盗んだだけですよ。それも全部弁償しましたし、罰金・慰謝料なども全て払いました。それなのに退学処分だのありえません。不良更生所もすぐに戻れると話しを聞いていたのに、勝の態度の改善が見られないからってだけで、何か月も未成年を拘束するなんて考えられません」哲也さんは怒ってそう言った。
ノッコは二人の話を聞いた後にやがて話し出した。
「事情はよく分かりました。ですが・・・勝君は引き渡すわけにはいけません」
勝君の父親と中村はしばらく顔を見合わせ、中村が話し出した。
「何かご事情があるのですか?都はもう権利放棄してますから、あなたには彼を拘束する義務もありません。」中村は少し強い口調で言った。
「そうですね、でもお渡しできません」
「都からはもう了承を得ていますし、あなたが断っても裁判ではほとんど勝ち目はないですよ?何をそんなにこだわられるのですか?」
「事情は全て勝君から聞きました。お父さん、あなた勝君がなぜ非行に走ったかご存じじゃないんですか?」ノッコは父親の哲也に向かってそう言った。
哲也は
「一体何のことでしょうか?」と言った。
ノッコは思い切って言った。
「しらばくれないでくれますか?あなたが・・・あなたが、勝君を虐待してたんでしょうが」
一瞬、中村は何のことだか分かららない、といった感じで
「え・・・どういう・・・こと・・・でしょうか?」と言った。
ノッコは続けて話し始めた。
「勝君はずっとお父さんに虐待されていたんです。お父さんは仕事をリストラされて、奥様は家を出ていってしまいました。その憂さ晴らしで勝君をずっと虐待していました。殴ったり蹴るだけでなく、お酒やたばこや夕飯の弁当を全部買いに行かせたり。それだけじゃありません。勝君がアルバイトで稼いだ金をパチンコや競馬のお金に時々使ってましたよね?早く引き戻したいのは勝君のためじゃなくて、家で勝君をこき使いたいからですよね?」
「え・・・・そう・・・なんですか?本当ですか岡田さん?」
中村はそう言ってお父さんの方を向いた。
「全部でっちあげだ。嘘に決まっている」とお父さんは怒り気味に言った。
「嘘ついても無駄ですよ。先日長谷川さんに連絡してすでに全部事情を話しましたから。今後は行政の方が改めて虐待の実態について調査してくださるそうです」
哲也は黙り込んでしまった。
「そうなんですか?岡田さん?」と中村は哲也に聞いた。
「帰る、気分が悪い」と言ってアパートを出ようとした。
「ちょっと待ってくださいよ。岡田さん。本当にそうなんですか?事情を話してください」
と中村は言いながら哲也を追いかけた。
二人はアパートを出て行ってしまった。
ソファにはノッコと勝が取り残された。
勝はうつむいたまま一言もしゃべらないままだった。
「出てっちゃったね」
「ああ」と一言だけ勝は言った。
その後
「ありがと・・・」とつぶやくように言った。
その後ノッコに長谷川さんから連絡があり、改めて専門の行政機関が勝の家庭を立ち入り調査することが決定した。そして、しばらくすると虐待の実態が改めて明らかになったそうだった。調査結果が分かるまではノッコが勝を預かっていたが、虐待の事実が判明すると、勝はしばらく都の虐待防止対策センターに預かられそこから学校に通うことになった。実家を出ていた勝のお母さんもその事実を知ると正式に離婚届を出して勝の親権を取る裁判を開始した。虐待の事実は明らかなので、ほぼ確実に母親が親権を取ることになっていた。
勝はノッコのアパートを出る時に
「ありがとうございました」とお辞儀をして出て行った。
「元気でね」とノッコは言いながらアパートの外まで見送ったが、勝は振り返らずにそのまま駅の方へ向かって行った。道は枯葉が舞っていた。
季節は秋が過ぎようとしていて冬に突入しようとしていた。
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