第3話 仲直り
徹君の一件以来ノッコは何とも言えないような寂しい気持ちになった。徹君には音楽で心を開いてもらうつもりだったのに、一向に開いてはもらえなかった。自分が思っているよりも音楽の力は無力なのだろうか。何か気持ちがむかむかしてきた。誰かに相談したくなったので、ノッコは実家を訪ねることにした。
ノッコの実家はノッコの住む町から40、50分ほどの郊外にあった。お父さんが郊外に喫茶レストラン「クレッシェンド」という店を経営していた。洒落た喫茶レストランだった。駅から近いというほどではなかったが遠くもなかった。駅前の商店街と住宅街のちょうど中間くらいの位置にあった。
「おお、紀子しぶりじゃないか」
ノッコのお父さんはノッコにそう言った。
「久しぶりお父さん」
そう言ってノッコは店のカウンターに座った。お父さんはカウンターの向こうでカルボナーラを調理していた。ノッコは席に座ってしばらく悩めしそうな顔つきでお父さんが料理を作っている姿を眺めていた。
ノッコのお父さんは山本勝則といい、還暦をとっくに過ぎていた。白髪が多くひげもまた白っぽくはやしていた。背は大きかったが年のせいか最近痩せて縮んで見えた。ノッコは実は本当のお父さんとお母さんがいなかった。ノッコが高校生の時に勝則から聞いた話では、何でもノッコは小さいときに病院の外に捨てられていたそうだった。何で捨てられたのかは分からなかった。それを病院が発見して児童施設にしばらく預けられていたが、そこで養子の募集をかけたら勝則と妻の礼子が養子に是非欲しいということで引き取ることになったそうだ。つまり育ての親だった。勝則と礼子夫妻は子供が事情により死産して二度と子供を授かれなったが、でもどうしても子供が欲しいということで養子をとることにしたそうだ。ノッコの育ての親勝則と礼子は昔からこの喫茶レストランを一緒に経営していたが、礼子はノッコが高校生のときに癌で亡くなってしまった。それから勝則は一人で店を切り盛りして男手ひとつでノッコのことを育ててくれた。
ノッコがぼーっとしていると、
「どうした、なんかさえない顔して」と勝則が言った。
「別にーなんでもない、今日休日だから昼ごはん食べにきただけ。私もパスタ食べたくなった。ペペロンチーノがいいお父さん」
「了解。何でもないってことないだろ。お前滅多に来ないくせにいつも何かあるとここに来るんだから」
図星だったので余計にバツが悪くなった。ノッコはむすっとした顔をした。
「何だ、やっぱり、なんかあったか」
「何でもない」
勝則はやれやれ、という顔つきでカルボナーラを客の方へ持って行った。
「お待たせ致しました。カルボナーラでございます」と言ってお客さんの机に置いた。
カウンター席に戻ってきた勝則は
「リナちゃんから聞いたよ。何か新しいこと始めたんだって?」
「え、リナここ来たの?」
「ああ、ついこの前ね。昼飯食べに来てくれて。それで、紀子のこと全部聞いた」
父はすでに全部知っていた。
勝則はペペロンチーノを作り始めた。
「何か言ってた?リナ」
「何かNPO法人って言うんだって?父さんよく分からないけど、それで音楽関連の仕事を始めたって。詳しくは分からないが。リナちゃん何やら心配してたぞ、大丈夫かなって」
「うん」
ノッコはスマートフォンから自分のNPO法人のホームページを開いて父に見せた。
「これはホームページ。ここにやってることの概要とか書いてある」
ノッコは団体の概要と説明のページを開いていた。勝則はフライパンにマッシュルームとタマネギと唐辛子をオリーブオイルで炒めながらスマートフォンを覗いて読んだ。読み終えると、
「ふーん、なるほどね」
勝則は納得したようだった。
「リナちゃんから大体聞いていたがそういうことか。でもどういう人たちを助けたいんだって?」
「ホームページに書いてあるでしょ。ひきこもりの人たちとかいろいろ悩んだり困ってる人たち」
「そうか・・・」勝則はそう言った後しばらく黙ったまま料理を作った。
5分くらいするとペペロンチーノが出来上がったので
「はい、お待たせ」
「ありがとう」と言ってノッコはペペロンチーノを食べ始めた。いつもながらおいしかった。ノッコが小さい頃から同じの昔なじみの味だった。
「どう思う?」とノッコはさりげなく聞いてみた。
「ああ、別にいいんじゃないか?いいことそうだし。ただな・・・」勝則は少しうつむいた。
「ただ・・・?」
「リナちゃんから聞いたが、今音楽業界は大不況で大変だそうじゃないか」
「だから?」ノッコは食べながら聞いた。
「いや、だからそういうようなことしてる時間があるのかって。音楽業に専念した方がいいんじゃないか?」
ノッコはため息をついた。
「リナになんか影響されたんでしょー?何言われたのか知らないけど別にほっといてよ。私は私でやりたいことをやってるだけなんだから」
「そうはいっても、心配なんだよ。いいことするのはいいことだが、自分の生活のことも考えないと。紀子がちゃんと結婚してたら何にも言わないんだが・・・」
ノッコは父の心配にがっかりした。
「あー、お父さんだけは分かってくれると思ったのに、リナと同じこと言うんだね」
「リナちゃんだってお前のことを心配して言ってるんだよ。それにお父さんもういい年だし、そろそろこの店閉じて引退するつもりなんだ。だから老後はもうお前の面倒も見れないし。だからお前には安心して暮らせるようになってほしんだ」
ノッコはパスタのフォークを皿にぶっきらぼうに置いた。
「もういい、帰る!」
「おい、帰るって」
ノッコはカウンターのテーブルに1000円札を置いて、食べかけのパスタを残して店を出てしまった。子供のときと違って社会人になって一人暮らしを始めてからはノッコは店の食事代は払うことにしていた。
「おい、紀子」勝則は心配そうにノッコが店を出ていくのを見た。
次の週、ノッコはリリースするアルバムの打ち合わせで会社に来ていた。打ち合わせ中少しだけ上の空だった。するとそこに着信メールがあった。リナからだった。
「久しぶり、喧嘩以来だね。さっきノッコが会社にいるの見かけたよ。会社にいるんだったら久しぶりにこの後近くで飲みにいかない?私もちょうど打ち合わせで来てるんだ。六本木のバーステラで6時に待ってます」
ノッコは打ち合わせが5時くらいに終わったので会社の喫煙所で少しだけ時間をつぶした後にバーステラへ向かった。
「この前は突然帰ってしまってごめん。あれからどう?結局何か始めたの?」
リナはノッコに聞いた。ノッコはいつもながらマティーニを、リナは可愛い色したカシスオレンジを飲んでいた。
「あーあれか・・・ホームページ立ち上げてちょっとだけこういうこと始めてみたんだ」
といってノッコはスマートフォンからホームページのサイトをリナに見せた。
「ふーん」
リナは興味深そうにホームページを見ながらそう言った。
「で・・・どうなの進展は?」
ノッコはいじめが原因でひきこもりになった徹の事を話した。ひきこもりになったので徹が心を開かなくなったこと。音楽を通して心を開いてもらおうとしたがうまくいかなかったこと。徹が来なくなった後に自宅を訪問したが、お母さんに徹に会うのを断られもう来なくていいと言われたこと・・・などなど
「やっぱり、難しいのかなーこういうのって。なんか自信なくなっちゃってさ。」
ノッコはため息をつきながらそう言った。
「やっぱりね、そんなことだろうと思ったよ」
「ひどいな、頑張ってるのにさ・・・」ノッコはむすっとなってそう言った。
「嘘よ・・・冗談冗談」リナは笑いながら言った。
「私ね、音楽で人を助けられると思ってたんだけど、一向に心を開いてくれないんだよね。音楽で人を救うのって無理なのかな?」
「うーん・・・よく分からないけど・・・音楽で救われる人もいれば救われない人もいるんじゃない?そんなの人それぞれだよ。ノッコは音楽の力を過信しすぎ。ホームページには音楽の力って書いてあるけどさ。でもそこがノッコらしいけど」リナは冷静に説明するようにノッコに言った。
「やっぱりそうなのかなー。でもホームページを見て来てくれてるんだから、音楽に多少は興味を持ってくれてるんだろうって私は思ってたんだけど・・・」
「そりゃ最初はそうでしょう。その徹君って子のお母さんもそう思ってノッコのところに連れてきたんでしょ。でも、やってみたらやっぱり合わなかったってこともあるんじゃない?それはそれで仕方がないことでしょう」
「そうか・・・」ノッコは少し落胆した。ノッコがしょげているので
「まったく・・・そんなんでこの先大丈夫なの?」
ノッコは「分からないけど頑張る」と疲れたように答えた。
ノッコがうなだれているとリナは突然鞄から書類を取り出した。
「はい」とノッコに手渡した。よく見ると、NPOについて調べた印刷物だった。NPO法人の設立の仕方、メリットデメリットなどが書いてあった。
「リナ、これ・・・」ノッコは驚きながらリナの方を向いた。
「あなたのことだから何も知らないと思って」
リナはノッコのためにNPOについてネットで色々と調べてくれたようだった。
「それ見れば多少は参考になるでしょ?あとこれも渡しとく」
といってノッコは別の資料をノッコに渡した。
「これは?」とノッコは聞いた。
「何か来週NPO法人の設立セミナーみたいなのがあるみたいだよ。色々なことアドバイスしてもらえるみたい。私難しいことよく分からないけど、何か行政書士みたいな人が代表で設立のアドバイスや手続きの代行をしてくれてるみたいだね。せっかくだから行ってみたら?」
ノッコはリナの親切が嬉しくなった。
「ありがとう!色々と調べてくれたんだね。でもこういうのってやっぱり手続きとかが必要なんだね」
「そうだよ、あなた何にも知らないで始めようとしてたんだね」やれやれ、という顔でリナは言った。
「まあそうかもしれない・・・」と吹き出しそうになりながらノッコは言うと
リナは「もう」と言いながら笑った。
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