第2話 少年とLUNA SEA
リナと喧嘩して以来少し自信をなくしたノッコだったが、自分の信念を曲げることは全く考えていなかった。一度こうと決めたら絶対に自分を曲げない性格だった。だが、自分が一体何をしたいのか、具体的にどうすればいいのか、いまいちはっきりと分からなかった。自分の頭だけで考えてもなかなかアイディアが思いつかなかったので、何となくネットで色々と調べてみた。すると、ノッコは日本の抱える社会問題としてひきこもりや自殺などが悲惨な状況だというのを知った。あと、色々なNPOが日本にもあるのだということを知った。若者の悩み相談のNPO、ひきこもりの雇用、就職支援、ホームレス支援など実に様々な形態のNPOがあった。ノッコは実のところNPOのこともチャリティーイベントがきっかけで知ったばかりで、その実態もほとんど何も知らなかった。NPOとNGOの違いすら分かっていなかった。でも、様々なNPO団体のホームページを見てあることをひらめいた。そうだ、自分もこういうホームページを立ち上げよう。そうすれば誰かが見てくれるかもしれない、と思った。
ノッコはホームページ制作の経験はあまりなかったが、自分の音楽関連のブログをずっとやっていたのでその知識を活かして、また他のNPO団体のホームページを参考にしつつ、何日かかけてホームページを立ち上げた。あまりド派手なホームページにするのはよくないと思ったので、薄い青いカラーをたくさん使用してみた。まず、団体の概要と説明をホームページの最初に書いた。それには何を書こうか迷ったが、ネットで調べて一番多くヒットした社会問題である「ひきこもり」「自殺」をキーワードにしようとした。でも、ホームページに自殺なんて書くのはどうか、と思ったのでひきこもり対策、を目標にすることにした。ホームページの冒頭に次のようなことを書いてみた。
「現代の日本社会は過酷な競争社会により多くの悩みを抱え、孤独の中に生きている人たちがたくさんいると思います。その中でも深刻な社会問題がひきこもりだと思います。自分の人生に希望を持てずに生きるのは辛いことです。私はそういった社会を「音楽」で明るい未来に変えたいと考えます。音楽は人に感動を与えると同時に生きる希望や勇気を与えると信じています。具体的にはまだ活動内容は決めていませんが、自宅で作曲やピアノ演奏、音楽鑑賞などを通じて悩みの問題の解決を図りたいと思っています。」
ノッコは我ながらよくできた冒頭文だと思って自己満足に浸った。ホームページにはノッコのPCのアドレスだけ記載して「お問い合わせ等がございましたらこちらにご連絡ください」と記載した。住所や電話番号などは悪用されると思ったので書かないことにした。連絡が来た場合に連絡先を伝えることにした。活動場所はどこか他に借りる必要もないと思ったので自宅のアパートにすることにした。ホームページはひきこもり、音楽などでヒットするように検索エンジンに登録した。ホームページのタイトルは「音楽の力」とつけた。
1か月たってもなかなか連絡は来なかった。メールアドレスを時折開いてみたが、仕事以外のメールは一切入っていなかった。ノッコは普段通りに仕事はしていたが、自分の活動に興味を持ってくれる人がいないかやきもきしていた。なかなか連絡が来ないのでホームページを変えてみようかと思った。しかしそんな中ある日メールが1件ノッコに入っていた。
「ホームページを見て連絡させていただきました。私××区××町在住の須藤綾子と申します。連絡先がメールアドレスしか記載されておりませんでしたのでメールにて失礼いたします。実は、息子が学校のいじめが原因でひきこもりになっています。そちらのホームページを見て是非ご相談できないかと思いましてご連絡差し上げました。」
初めてのメールアドレスにノッコは興奮した。そして、自分の思いが通じて理解してくれる人が現れたのが何よりも嬉しかった。さっそく返事を須藤さんへ書くことにした。
「須藤様
ご連絡ありがとうございます。ホームページをご覧になったとのことですが、是非一度こちらへお越しください。住所と地図を下記リンクに貼り付け致します。日時については候補を二、三挙げていただければ幸いです。」
その後、日時についての候補のメールが来たので、ノッコは自分の仕事が空いている日時を選んで返信した。また、息子も連れていった方がいいかと相談があったので、息子さんが拒否されなければ是非一緒にお越しください、との返事をした。
一週間後の月曜日の午後3時頃ノッコは時間が空いていたので約束通り須藤さんと会うことにした。アパートの外の方で車が止まる音がした。その後しばらくしたらインターフォーンがなったのでノッコは「はーい」と言ってドアを開けた。
「あの、失礼致します、ご連絡させていただきました須藤です。」
「はじめまして、私山本と申します。お越しいただいてありがとうございます」
須藤さんのお母さんの横に息子さんが立っていた。中学生か高校生くらいのようだった。
ノッコがバンダナのようなものを巻いていてパンチのある恰好だったのでお母さんは少し驚いたようだった。
「あの、遅らせばながらこちら息子の徹と言います。」とお母さんは言った。
「あ、はい。こんにちは、徹君」
とノッコは明るく挨拶したが、徹は全く返事をしなかった。
それを見てお母さんの綾子さんは、
「すみません」とノッコに恥ずかしそうに頭を下げた。
ノッコは二人をソファに案内してお茶を出した。お茶を出すと綾子さんが
「ありがとうございます」といってまた頭を下げた。
しばらく沈黙が続いてしまったのでノッコは話を切り出すことにした。
「あの、今日はありがとうございます。メールで簡単には伺ったのですが・・・あの」
「あ、すみません。メールで具体的に書かなかったもので。」
「いえいえ、とんでもないです」
といってノッコは手を横に振った。
「メールでお話しさせていただきました通り、徹はどうやら・・・その・・・いじめを受けているようで、それが苦に学校に行かなくなりました。はじめは徹に学校に行くようにしかっていたのですが、なかなか言うことを聞かないもので」
ノッコは黙って話を聞き続けた。
「それで何とかしないといけないので学校側に問い合わせをしたのですが・・・・ですが学校側からはなかなか事情を説明していただけません。心理カウンセラーにも何度か伺っても今のところ解決には至らないような状態です。」
「そうですが」とノッコはうなずいた。
ノッコは中々深刻な悩みだと思いながら聞いていた。ノッコは学生時代にいじめられたことなんかなかったが、現代の学校のいじめ問題の深刻さを知ったような気がした。
「そうですか、私もいじめの問題は深刻だと思います。ひきこもりになったのも徹君の複雑な悩みとか深い傷とか色々あると思います。きっと悩みを吐き出せるようなことが必要なんだと思います。それにしても学校側の対応はひどいですよね。徹君が学校に行かなくなってもまだ何も事情を調べようとしないんですか?」
ノッコは半分怒ったようにそう言った。
「徹の学校は公立校ですし進学校でもありませんから、生徒が学校に来なくなってもそこまで対応してくれないのです。それにもう高校1年ですし・・・義務教育じゃありませんし。始めの方は何度か先生がうちの方へお見えになりましたが、今は全然来られません。」
ノッコはいじめ問題に対する徹君の学校側の対応に少しだけ怒りがこみ上げた。
綾子さんはふと思い出したようにノッコに話しかけた。
「それで、こちらの法人なんですが・・・NPO法人なのでしょうか?あ・・・いえ・・・差支えなかったらでいいのですが、ホームページにそのような記載が一切なかったものですから。ただひきこもり、と検索したら出てきたもので・・・」綾子さんは不安そうにそう聞いてきた。
ノッコはホームページに何も書いていなかったことを思い出した。そもそもよく分からずにNPOを立ち上げてしまっていたのでどう説明したらいいのか分からなかったが
「あ、はいNPO法人です!」ととりあえずそう言ってしまった。
「そうですか」と綾子は安心したようだった。
「ホームページに何も記載されていなかったようなので・・・あの具体的にはどのようなことをなさっているんですか?何でも音楽でひきこもりを立ち直らせる・・・とか」
「あ、はいまだ立ち上げたばかりなので具体的には・・・わかりませんが、こちらで楽しく音楽を弾いたり作曲を学んだり、音楽鑑賞したりそれについて楽しく語り合ったりしようと思ってます」
「それで・・・具体的には・・・よくなるのですか?」NPOを立ち上げたばかり、という話を聞いて綾子さんは少し不安になったようで詳しく聞いておきたいようだった。
「はい、私自身音楽によって救われた経験もあります。音楽は勇気と元気を与える力があると確信してます。ですから絶対によくなるはずです」
ノッコは自分でもよく分からないが、とりあえずそうきっぱりと答えてしまった。
「そうですか・・・徹はピアノが弾けますので大丈夫だとは思いますが・・・音楽療法というのですよね・・・それは何か専門的な資格があったと思うのですが・・・確か音楽療法士とか聞いたことがあります。そういう専門的な資格をお持ちなのですか?」
音楽療法士と言われてもノッコにはよく分からなかった。
「いえ・・・そのような資格は持っていません。ですが私はシンガーソングライターをやっておりますので、音楽については多少の自信はあります。私NOKKOというものです、ご存じではないとは思いますが・・・」ノッコはそう言った。
「そうですか・・・申し訳ございませんが存じ上げません・・・すみません。ですが作曲の専門家でしたら大丈夫ですよね・・・」と綾子さんはそう言いつつもノッコが音楽療法の専門家ではないと聞いて少し不安そうだった。
「それで、ご料金の方は?ホームページに何も記載されていないようだったのですが・・・」
「え、料金ですか?」ノッコはそんなこと何も考えていなかったので戸惑ってしまった。
「料金は・・・一応まだ決めておりません。立ち上げたばかりですし当面無料にしようかと思っています」
「無料?」と聞いて綾子さんは面食らったように驚いたようだった。
「何かだめ・・・ですか?」
「いえ、わたくしもNPOのことはあまりよく存じあげませんが、NPOというのは・・・何かの寄付事業だとか・・・混み入った事情がない限りいくらか報酬を受け取る場合が多いようですよ」
「そうなんですか・・・」ノッコはよく分からなかったのでそのまま黙ってしまった。
「それでは・・・一回これくらいでいかがですか?」といってノッコに5000円を渡そうとした。
「いえいえ、いいですよそんな」
と何度も断ったので綾子も引き下がった。しかし、無料と聞いて逆に不安になったようだった。
「あの、今日はどうすればいいでしょうか・・・徹は・・・」
ずっと黙ったままだった徹の方を見てノッコは
「そうですね・・・じゃあ1、2時間ほど徹君にこちらにいていただいていいですか?」
ノッコは今度アルバムの新作を出すので夜自宅でその予備レコーディング作業などをする予定だったが、夕方まではいいだろうと思ってそう答えた。
「そうですか・・・じゃあ私は近くで夕飯の買い物などをしてきますので1時間ほどでこちらに戻ってきます」
そう言って玄関の方へ行った。
「あの・・・よかったらご一緒にどうぞ」ノッコはお母さんを誘った。
「ありがとうございます。ですが、徹が見てほしくないっていうものですから・・・じゃあ、徹をどうぞ宜しくお願い致します」そう言ってアパートを出て行った。
ノッコはソファにうつむいて座ったままの徹の方を見た。ずっとだんまりだったので、励ますように話しかけた。
「徹君よね?はじめまして、山本紀子です。あだ名はノッコです」
元気よくそう話しかけたが徹は相変わらず黙ったままだった。
ノッコはちょっと困ってしまったが、めげずに
「いじめって大変よね・・・お母様も心配してらっしゃるし・・・早く元気にならなくちゃね」
そう言ってみたが、徹はまだうつむいたままだった。
「徹君・・・ピアノ弾けるんでしょ?お母さんがさっきそうおっしゃってたから・・・よかったら弾いてみない?元気になるよ?」
徹はしばらく黙ってたが、ずっと閉じたままだった口を初めて開いた。
「少し・・・だけ」
ノッコは徹が初めて話してくれたので嬉しかった。
「じゃあこっち来て座ってみて」
ノッコはそう言いながらピアノの座席の方へ徹を案内した。
徹は椅子の方へ歩いていった。大人しいが素直な子のようだった。
徹はグランドピアノの前の椅子に座りノッコは隣に椅子を持ってきて座った。
「徹君どんな曲弾くの?ピアノ弾けるって」
「昔ヤマハとかでクラシック習ってました。でももう忘れた」
「そっか」
ノッコは普段はクラシックをあまり弾かなかったが、音大時代に課題で嫌と言うほど弾いたので、プロピアニストほどではないがそれなりに弾けた。
「そっか、どういう曲弾く?ベートーベン、モーツアルト、ショパン?」
「昔、エリーゼのためにとか発表会で弾いた」
「そっか、エリーゼのためにね、ちょっと待ってて」
ノッコは本棚から「エリーゼのために」の楽譜を持ってきた。本棚にはクラシック以外にもたくさんの楽譜がぎゅうづめに詰まっていた。
ノッコはピアノの楽譜立てに「エリーゼのために」の楽譜を開いた。
「ちょっと弾いてみない?思い出して弾いてみると楽しいかもよ」
徹は戸惑った様子だったが、少ししたらピアノに手を置いた。楽譜を見ながら冒頭を弾き始めた。最初はわりとすらすらと弾けているようだった。
「すごいじゃない、徹君」
だが、展開した後になると途端に間違え始めた。
「ここからはよく覚えてない」と徹はぼそっとつぶやくように言った。
「へーでも久しぶりに弾いたのに忘れてないですごいよ」ノッコは本当に感心してそう言った。
「そうかな、でももっとすごい子なんてたくさんいたよ」
徹は謙遜したようにそう言った。
「まあ、そうだけど・・・でも久しぶりに弾いて思い出せるってすごいよ。クラシック向いてるんじゃない?」
「クラシックは別にそんな好きじゃありません。昔しょうがなく習ってただけだから」
小学生くらいでピアノを辞める子はたくさんいるが、大半はクラシックが好きになれないとかそのような話はノッコもよく聞く。徹がクラシックは好きじゃないというのはよく分かった。ノッコもクラシックがとりわけ好きというわけではなかったが、偉大なる作曲家たちが否定されたみたいで悲しくなった。
「じゃあさ・・・どんな曲弾きたい?クラシックじゃなくてなんでもいいよ」
徹は少し黙っていたがやがて答えた。
「最近の曲。シド・・・とか」
「シド?」
シドというのは確かロックバンドだった。ノッコはロックも時々聞いたがさすがに最近のロックまではよく分からなかった。
「ごめん、それ楽譜ないや・・・」
徹は黙ってしまった。
「ポップスは?ポップスだったら楽譜あるんだ。さすがに最近のはないけど・・・」
「LUNA SEAとか・・・」
徹はロックが好きなようだった。
「LUNA SEAもどちらかというとロックだなー」LUNA SEAの楽譜もなかった。
「徹君ロック好きなんだね。世代が違うのに昔のも知ってるんだ」
ロックの楽譜はあまりなかったが、かろうじてB’zの楽譜はあった。
「B’zの楽譜ならあったよ。」
といって楽譜を本棚から持ってきた。ノッコは洋楽ロックは好きだったので洋楽ロックっぽいB’zは好きだったのでピアノソロの楽譜を持っていた。
徹の前で楽譜を開いてあげたが
「あまりB’zは聴かない。ハードなロックじゃなくてビジュアルバンドが好き」
と徹に言われてしまった。中々趣味がはっきりとしているようだった。
「そっか・・・」ノッコはJAZZアーティストの割と色んなジャンルの曲を聴く方だったがビジュアルバンドはあまり詳しくなかった。趣味が合わないので困った。
そもそもポップスはあまり楽譜がないことに気が付いた。ノッコは楽譜がなくても一度その曲を聴くとコピーできてしまうので、クラシックやジャズ以外の楽譜はそもそもあまり買わなかった。
ノッコは楽譜がないのでコピーしようとした。ビジュアルバンドは普段はあまり聴かないが、有名な曲は大体知っていたので思い出しながらピアノで弾いてみることにした。
「ちょっとLUNA SEA弾いてみるね。ちょっと横にずれてくれる?徹君」
そういって徹に横に移動してもらった。
ピアノに手を置きLUNA SEAの「TRUE BLUE」を弾いてみた。
うる覚えだったが割とコード進行がシンプルな曲だったので何とか弾けた。徹は目を丸くしていた。
「すごい・・・何ですぐ弾けるの?」
「今コピーしたの」
「すごいですね」徹は感激したようだった。LUNA SEAのピアノ演奏にも興味を持ったらしく
「僕もLUNA SEA弾いてみたいです」と言った。
徹がそう言うとノッコは嬉しくなったので、優しいシンプルなアレンジに変えて徹に教えようとした。
だが、楽譜がないとなかなか弾くのが難しいようで覚えられないようだった。
ノッコは工夫して色々教えようとしたが、徹は断念してしまった。
「難しい」徹はため息をついた。
ノッコは曲のコピーができたので即興演奏などはお手のものだったが、コピーができない人は楽譜がないとなかなか即興演奏をするのは難しい、ということに気がついた。
「もう一回トライしてみない?」
ノッコは優しくそう言ったが、
「もういいよ、疲れるし。やっぱりピアノはあまり向いてないんです」
徹はそう言って席を立ちあがりソファーに座ってしまった。
ノッコはもう一度ピアノを勧めようとしたが、徹があまり乗り気じゃないようなのでやめることにした。
少し沈黙が続いた。ノッコは困ってしまったので
「ねえ、ロックが好きならロックとかかけてみる?」と切り出してみた。
「え?今ですか?」
「うん、そう」
「何でですか?」
「音楽聴けば元気になるでしょ?」
そう言ってCDの棚をござござと探し始めた。「確かこの辺に・・・あった!」
ノッコが取り出したCDはメタリカだった。
「ビジュアルバンドのCDはあまりないけど、メタリカならあるよ。」
とノッコは言ってメタリカのCDをかけた。「Master of puppets」だった。
ものすごい迫力のギターが鳴り響いた。
「本場のロックってすごいよね。というかヘビメタっていうのか」ノッコがそう言うと
「確かにすごい・・・」と徹は賛同したようだった。
曲が終わると、ノッコは
「もっと聴く?」と徹に聞いたが、
「いや、いいです」と徹は言った。
「やっぱりハードなのは好きじゃない?」
「やっぱりビジュアルバンドの方がかっこいいです」と徹は答えた。
「そっか」といって少しだけため息をつきながらオーディオコンポからCDを取り出した。
せっかく励まそうとしているのに、徹くんは中々趣味にうるさくであくまでビジュアルバンドが好きなようなのでノッコは曲を勧めるのを諦めた。
「何で徹君はビジュアルバンドが好きなの?世代的にも少し違うと思うけど」
ノッコは負けじと聞いてみた。
「何でかな?年の離れた年上の兄貴がいて教えてもらった。そしたらかっこよかったから。クラスのやつらは今流行っているアイドルの曲ばかり聴くけど僕はそういうの興味ない」
と徹は答えた。
「そうなんだー。でも流行に流されないってかっこいいよ。自分があるってことだし。自分が好きな音楽をたくさん聴くといいよ。元気がでるから。それが一番いいし」
「そうかな・・・」と言ってその後徹はまた黙り始めてしまった。
何か疲れたようであまり話したくないようだったのでしばらくそっとしておくことにした。その後沈黙が続いてしまったが、しばらくすると母親の綾子さんが迎えに来た。ちょうど1時間くらい立ったようだった。少しだけ困ってたので、グッドタイミングだとノッコは思った。
ノッコは綾子さんをまたソファーに案内した。
「どうもありがとうございました」と綾子さんはお礼をしてきたので
「いえいえ、とんでもないです」とノッコは気楽にそう答えた。
「どうでしたか徹は?」
「あ、そうですねー」と返答に困ってしまったので徹の方を向いた。徹はまたうつむいたままだった。それを綾子さんは不安そうに見た。
「あの、次回はどうすればいいですか?」
「そうですね。またご都合のいい日の候補日をメールで送っていただいてもいいですし、今ここで決められてもいいですよ」とノッコは答えた。
「そうですか、ではまた来週の同じ時間に伺ってもいいですか?」
ノッコは自分の来週の予定を頭の中で確認してから
「いいですよ」と返答した。
「あの、何か申込書みたいな書類を書いたりしなくていいのでしょうか?」と綾子さんは聞いてきたが、ノッコはそんなものは用意してなかったので
「いえ大丈夫です。必要ありません」と言ったら、綾子さんは不思議そうに「そうですか・・・」と言った。
「それではありがとうございました」といって綾子さんと徹は帰っていった。
次の週になるとまた徹はお母さんに連れられてやってきた。お母さんは近くの喫茶店にいる、と言ってまた出て行った。
「元気だった?徹君」
徹は返事をしなかった。
しばらく沈黙が続いてしまった。
「あ、そうだ徹君LUNA SEAが好きだっていうから・・・じゃーん・・・楽譜買ってきちゃった」
といってノッコはLUNASEAのピアノソロの楽譜を徹に見せた。徹がLUNA SEAが好きだと言ったのでノッコはわざわざ楽器店に行ってちょうどいいものを買ったのだった。
徹は少しだけ興味をそそられたようだったが、
「わざわざ買ったんですか?」と少し皮肉っぽく言った。
「あ・・・うん。これなら徹君楽しく弾けるんじゃないかと思って」
徹は先週と違って自分からすすんでグランドピアノの前に座ったので、ノッコは明るく
「じゃあこれ楽譜開くね。何の曲弾きたい?」と徹に聞いた。
「・・・Rosier」
「Rosierね・・・えーと・・・36ページか・・・」
と言って36ページを開いて楽譜立てに楽譜を立てた。
徹は暫く楽譜を眺めていたがやがて弾き始めた。最初は弾き間違えていたがやがてゆっくりと弾けるようになっていった。
「そうそう、うまい」ノッコは徹が間違ったところを色々とアドバイスしながら教えていった。徹は30分もしないうちにゆっくりと弾けるようになった。楽譜があれば徹はすんなりと弾けるようだった。でもそれはそうだ、とノッコは思った。クラシックがある程度弾けていたのならポップスは簡単に弾けるはずだったのだ。
「徹君すごいじゃない、簡単に弾けるようになっちゃった」
「別に大したことないよ」と徹はさらりと無感動な表情でそう言った。
「他の曲も弾いてみる?」ノッコは勧めてみた。
「いえ、いいです」といって徹は立ち上がってソファにまた腰かけてしまった。ノッコはどう対処したらいいか分からなくなり困ってしまった。LUNA SEAが好きだというからせっかく楽譜を買ってきたのに・・・ノッコは少しだけため息をつきたくなった。
「じゃあLUNA SEAの曲でも聴こうか。でもCDもってないや・・・徹君今Ipodに持ってたりしない?」徹がIpodを持っているか分からなかったが、今どきの子なら大抵持っているだとうと思って聞いてみた。
「持ってます。LUNA SEAも入ってます」と徹は言ってIpodを鞄から取り出してノッコに手渡した。
「じゃあコンポに繋げて聴こうか」といって手渡されたIpodをノッコはコンポに繋げてLUNA SEAの曲を選曲してスピーカーから流した。何の曲がいいか、と聞いたら何でもいい、と徹は返事をしたので、ノッコはよく分からなかったが「END OF SORROW」を流してみた。音楽が流れた。イントロからサビが流れ始めた。しばらくしたらギターのソロイントロが流れた。
「すごいよね・・・このドラムとギター」
徹は「うん」と答えた。
「徹君はなんでLUNA SEAがそんなに好きなの?なんか音楽的にかっこいいとかかな?」
「かっこいいから。バンドの雰囲気が」と徹はそっけなく答えた。
「そっか」音楽的というか本当にビジュアルのかっこよさが好きなんだな、と思った。
「すごいよねこのギターの迫力」とノッコはそう言いったが徹はまただんまりしてしまった。
しばらく二人は黙って曲を聴いていた。
ノッコはいじめのことはあまり触れない方がいいのかと思ったが、徹がなかなか心を開いてくれないのでいじめのことを聞いてみることにした。
「でもさ・・・あの・・・いじめってひどい話だよね。学校側の対応もひどい話だよね」
徹は黙っていた。
「でも、気にすることないよ。徹君の何が気に入らないのか分からないけどさ・・・いじめる方が絶対悪いと思うし」
徹は相変わらず黙ったままだった。
「お母さんも心配してるし。学校側にも訴えてくれるって。こうして心配して私のところにも連れてきてくれてるんだし。だから早く元気にならなくちゃね」
黙っていた徹が急に話し出した。
「そんなこと言っても・・・僕の母親は僕の話なんかあまり聞いてくれないよ。ただ僕に早く学校行ってほしいから色々やってるだけだよ」
徹の思わぬ発言にノッコはびっくりひた。
「そんなこと・・・ないってば。こうして徹君のこと心配しれてるんだしさ。」
「じゃあ何でいじめた側の家に行って抗議してくれないの?母さんも学校も。僕がいじめられているのは事実なのに、誰も和樹のやつの家に行って事情を話そうとしない」
和樹というのはどうやらいじめている子の名前のようだった。ノッコはなんて話していいか分からなくなってしまった。学校のいじめ問題については込み入ったことはよく分からなかったが、おそらく学校側はいじめの問題を隠ぺいしたのだろう、と思った。よくニュースでやっているいじめ問題では、学校側がいじめ問題を隠ぺいしたい理由は学校の名誉問題もあるらしい。また、大した証拠もないのに学校側はいじめをしている側を責めるわけにもいかなという複雑な事情もあるようだった。
「そんなことないと思うよ。お母さんだって真面目に学校側に訴えようとしてらっしゃるみたいだし。徹君のことちゃんと考えてるよ」
「そんなことしている暇があったら先にいじめている側を処罰してほしい。そっちの方が先だよ」
「それは・・・」色々と事情が複雑だから中々そう簡単にもいかない、ということをノッコは徹に説明しようとしたが、かえって傷つけてしまうかと思って言わないことにした。
「もう誰も当てにならないよ。誰も信用できない」
徹は大人に心を閉ざしてしまっているようだった。
「でも、少なくとも徹君のことお母さんは心配しているのは本当でしょ?だから私のところに連れてきてるんだし」
「そうかもしれないけど、本当は学校に早く行ってほしいんだよ。行ってもらわないと困るから」
徹の言っていることも当たっている面もあるけど、お母さんが心配しているのも事実なのだとノッコは思っていたので、徹に再度そう説明しようとした。しかし、徹は
「ここにだって僕本当は来たくもなかった。カウンセラーだとかよく分からないとこにも連れいかれたし。そんなことよりも早く和樹を処罰してほしい。そうじゃないと僕安心して学校に行かれない」
来たくなかった、という言葉にノッコはショックを受けた。音楽が好きだから、早く治りたいから徹君は自分のところに来たのだと思っていたからだ。お母さんが心配して色々やっているのに感謝が全くない徹君にも少しノッコはむっときたが、自分が無力だと知ったノッコは何も言えなくなってしまった。
そうこうやり取りをしている間にお母さんの綾子さんが帰ってきた。
綾子さんは「本日もありがとうございました」とお礼を述べた後に、「来週もまた同じ時間でお願いできすか?」と聞いてきた。
ノッコは来週の月曜日は会社に行く予定があったので、火曜日の3時にしてもらうことにした。
「それでは火曜日にお願い致します」そういって綾子さんは徹を連れて帰っていった。
来週の火曜日に徹君はまた来るのだと思っていたが、月曜日に会社から帰宅後の夜にPCのメールを開いたら綾子さんからメッセージがあった。
「山本様
お世話になっております。明日徹とそちらへ伺おうと思っていたのですが、徹が今日突然明日は行きたくないと言い出しました。何度も行くように叱ったのですが、言うことを聞かないようです。今度はいつ行くのか、と徹に聞き出したものの「もう行かない」とだだをこねる始末です。本当に申し訳ございませんが、しばらく伺うことはできないようです。徹がまた行きたいと言いましたらその際は宜しくお願い申し上げます」
ノッコは少しショックを受けたが、「全然かまいません。徹君が来たくなったらまた是非お越しください」と簡単に返事をした。
3週間あまりノッコは仕事に没頭していたが、なかなか連絡が来なかったので徹君のことが心配になった。そしてノッコは綾子さんに簡単に「徹君のその後の状況はいかがですか?」とメールした。すると次の日にメールが来た。
「山本様
お世話になっております。わざわざご連絡ありがとうございます。あれから徹を色々と説得したのですが「もう行かない」と言うことを聞かないようです。申し訳ございませんが、そちらへは今後は伺えなくなりました。短い間でしたが本当にありがとうございました。ご料金は無料とのことですが、そちらへご郵送させていただければと思います。わずかばかりですがお受け取りいただくようお願い致します。」
ノッコは料金は必要ありません、と返事しようとしたがやめた。その代わりいてもたっていられなくなったので徹の実家を訪ねることにした。メールのやり取りのなかで住所は綾子さんから聞いていたので、その住所を手掛かりにLUNA SEAの楽譜を持って徹の実家を訪れた。
徹の実家はノッコの住む町からそれほど遠くなく、3駅ほど隣で駅から歩いて15分くらいのこじんまりとした住宅街にあった。
「ピンポーン」とノッコはインターフォンを鳴らした。
「はい」と言って綾子さんはドアを開けた。ノッコがドアの前にいたのに驚いた様子だった。
「あら、わざわざお見えになってどうなさったんですか?」
「いえ・・・ちょっと徹君に会えないかと思いまして・・・」
「・・・そうですか・・・」と不信そうにノッコを見た。
「あの・・・もう一度徹君とお話しさせていただけないでしょうか?」
「あの・・・その・・・お気持ちは嬉しいのですが・・・徹はもう誰とも会いたくないと言い出しまして。学校の友達が何人か見えたのに一向に会おうとしないんです」
徹君のひきこもりは深刻なままだったようだ。
「あの・・・少しだけでもいいから会わせてもらえないでしょうか?」
綾子さんは戸惑っているようだったが、
「では・・・徹に聞いてきます、少々お待ちいただけますでしょうか?」
そう言って数分間ノッコはドアの前で待っていた。しばらくすると綾子さんが戻ってきた。
「あの・・・事情を言ったのですが・・・やはり・・・徹は会いたくないと言っております」
ノッコはめげずに
「では私が直接部屋に行って徹君に話かけてもいいですか?」と言ったが、
「いえ、申し訳ございませんが同じだと思います。友達ですら会いたくないと否定するくらいですから・・・」
ノッコはしつこく「お願いします!」と言ったら
「あの・・・どうしてそんなに心配してくださるんですか?メールでもう結構だと申し上げたはずですが・・・。徹はピアノが弾けるので音楽なら何かきっかけになるかと思ったのですが・・・どうやらだめみたいですので・・・ですからこれ以上お伺いしてもあまり意味はない、と判断しましたので。申し訳ございませんが、お引き取りお願いします。」
ノッコは
「そんなことないと思います。もう一度お越しいただければ・・・」と再度お願いしようとした。
綾子さんはしつこいノッコに少し動揺したらしく、
「あの・・・もともとですね・・・事情を以前話させていただきましたように・・・他に手段がないと思って、わらにもすがる思いでそちらに伺ったのです。ですが、当の徹がピアノに興味はない、と言ってるものですから・・・これ以上お世話になるのもどうかと思います。学校側には早期に対応してもらうように要請するつもりですし、今後は精神科にも徹を連れていこうかと思っています。ですので、申し訳ございませんが、お引き取りお願い致します」
何度説明しても無駄のようだった。
「あ、あとそれから・・・」
思い出したように玄関の棚の上に置いてあった封筒を綾子さんは持ってきた。
「これ、少ないですが2回分のご料金です。受け取ってください」
「そんな、いりません」とノッコは言おうとしたが、綾子さんはノッコの手に封筒を無理やり押し込めた。
「では、失礼します。わざわざお越しいただいてありがとうございました」
そう言って綾子さんはドアを閉めようとした。
ノッコは
「あの・・・これ・・・楽譜なんですが・・・徹君にお渡しください」といってノッコは鞄からLUNA SEAのピアノソロの楽譜を取り出して綾子さんに渡そうとした。
最初綾子さんは不信そうだったが、
「分かりました。ありがとうございます。徹に渡しておきます」
楽譜を受け取ると綾子さんは頭を下げながらドアを閉めしまった。
ドアの前で取り残されたノッコは複雑な心境になった。
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