第37話 セプトがいないセプトの部屋で

 朝食の最中に、セプトは兄からの呼び出しがあり、渋々向かうことになった。

 今日は、執務を免除されていると言っても、そういうわけにもいかないらしい。



「はぁ……せっかくのビアンカとの時間が……」

「ほら、お兄様方に呼ばれているのでしょ?早く行ってきなさいよ?」

「俺が帰ってくるまで、絶対鳥籠には帰らないでくれ。わかった?」

「カインが迎えに来てくれたら、帰ろうと思っていたんだけど……仕方ないですね。鳥籠まで、送らせてあげますよ?」



 ちょっと上から物言ってみたが、明らかにセプトの顔が変わった。

 私とそんなに一緒にいたいのだろうか?嬉しいような恥ずかしいような、ソワソワしてしまう。



「すぐに終わらせてくる!」



 そう言って、セプトはぼやきながら部屋を出ていき、代わりにカインが部屋に入ってきた。

 部屋に残ったのは、私とニーアとカイン。それと、数名のメイドだけである。



「おはようございます。昨夜は、よく寝られましたか?」



 含みのある質問に、えぇとってもと笑顔付きで挨拶を返した。

 セプトとの昨夜は、月を眺め、少し話して、同じベッドに眠っただけだが、すでに、ここには勘違いしたニーアとアリエルが話しているだろうから、メイドたちもその勘違いを聞いているだろう。あっという間に、今朝の話は城中に広がるに違いない。



「今日は、鳥籠にお戻りになるのですか?」

「もちろんよ!私の住まいは、あの場所ですもの。セプトがお呼び出しから帰り次第、向かうわ!」

「もう、ここで住んでもいいんじゃないですか?」

「まだ、私は婚約者ですもの。ここには住めないわ」

「そのわりに、今朝はやたら機嫌がいい。昨夜は何かあったんでしょうね?」



 カインのその一言で、皆が聞き耳をたてた。

 何もなかったっていうと、また、いろいろあるので、質問には何も答えず微笑むだけに留めた。



「みんな、そんなに、セプトと私に興味があるの?」



 逆に問うと、カインは苦笑いしニーアは慌てて食器を片付けて始める。



「まぁ、気にはなりますよね。王子の婚約者ってだけで、ビアンカ様は注目されるし、まだ、王太子の決まっていないこの国で、王妃の子じゃないセプトに、ある意味大きな後ろ盾ができたわけで?これから、三つ巴の椅子取りゲームが始まるわけですし」

「三つ巴って……私は、セプトの後ろ盾にはなれないわ。爵位もなければ、何にもないただの素性の知れない女ですもの。セプトの婚約者になったことすら、驚きの話よ!」

「そうは、言っても……これの件があるから、陛下はビアンカ様にそれなりの地位を与えてくださると思いますけど?」

「返上したいわね、そんな地位。何も無い方が気楽でいいわ!いつでも、ほっぽり出して……逃げ……られない…………」



 逃げるの言葉にガクンと肩を落としてため息をついた。

 もう、セプトの婚約者から逃げるつもりは無い。そう、誓ったのだ。セプトがカインやニーアに誓ってくれたのと同じように、私もこのエメラルドに。

 少しずつ、温めていく恋や愛情があってもいいのではないかと思ったから、何も考えず、セプトに寄り添っていこうと決めたのだ。

 それに、私が逃げたら、まず、カインとニーアに影響を及ぼす。カインは貴族の子息だからいいだろうが、ニーアは平民だ。罰を受けない……そういうわけにはいかないだろう。

 こんなに尽くしてくれるニーアにそんな仕打ちをしたいわけではない。むしろ大切にしたい。



「逃げても、どこにもいく場所は無いですよ?なんなら、囲ってあげますけど……」

「セプトがダメなら、カインのお嫁さん?」



 クスクス笑うとあぁ、それも悪くないですね!とカインも笑った。

 私たちは冗談だと笑い飛ばせるが、中にはそうは取らないものもいる。



「でも、遠慮しておくわ!セプトがちゃんと私に縛られてくれると言っているし、昨日、贈ってもらったブレスレットは、やっぱり、手錠のようなのよね?」



 シャラとなるブレスレットを見せた。

 セプトとお揃いのエメラルドのブレスレットは、存在感をあらわにした。



「なるほど。余程二人の縁を繋げておきたいらしい」



 エメラルドの輝きを見て笑いあっていると、疲れた顔をしてセプトが戻ってきた。



「おかえりなさい。どうしたの?ひどい顔をしていてよ?」

「あぁ、兄上たちが……ビアンカに会わせろとやたらしつこくて……」

「セプトのお兄様たちなら、会っても構わないわよ?」

「俺が構う!」



 どうして?と小首を傾げると、カインが、やきもちやきだなと呟いた。



「セプト様のお兄様たちは、まぁ、いわゆる残念なイケメンというか、色好きで有名なんだ。ここで言う話ではないけど……」

「そうなんだ。ビアンカの噂を聞いて、二人とも躍起になって、落とそうとしている。しつこくて……もう誰にも渡さないって言っているのに」

「ふふっ、セプト、嬉しいわ!でも、お兄様方は、確か、私に触れられなかったのよね?」

「あぁ、そうだ。第一王子の側妃となるよう、最初話していたんだけど……触れれなかった。同じく、第二王子も。半ば諦めに近い形で、俺が触ったら、触れたんだけど……」

「私が選んだわけではないんだけど……相手がセプトで、よかったのかしらね?」



 そうだと思うと言いつつも、大きなため息をついている。



「儀式にも参列できなかったこともネチネチ言われるし……もう、いい加減にしてくれって言ったら、聖女のお披露目会のときに、挨拶させろときたもんだ。よっぽど、兄上たちはビアンカに好かれる自信がおありのようだな」



 なんだか可哀想になってきたので、セプトに手招きする。立ったままぶつくさ言っていたセプトは素直に私の側にやってきた。頭を引き寄せ、優しく撫でる。

 イライラとしていた雰囲気が、和らいでいく。



「何というか、目のやり場に困りますね?」



 ニーアが呟き、カインが苦笑いする。それと同時に甘えるセプトは腰に腕を回してきた。

 みなは、視線を逸らすが、チラチラと様子を伺っていることは、視線からわかった。



「そんなにカリカリしないで。私はセプトの側にいるから」

「あぁ……でも、兄上たちにかかれば……」

「大丈夫よ。自分でなんとかするわ!」

「そこは、俺の出番で……守らせてくれ!」

「わかったわ。お願いするわね!頼もしい婚約者様」



 あぁと嬉しそうにするセプト。



「それより、そろそろ鳥籠へ帰りましょ?もっと、ゆっくりしたいの」



 セプトは私のお願いにわかったと言い、馬車の用意をしてもらう。

 途中、この前、二人で散策する予定だった中庭へ連れて行ってもらうことになった。

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