第36話 お……おはよう、ございます……

 目が覚めると、手を繋いだまま眠ってしまったのか、隣で眠るセプトの顔があった。

 起き上がろうとして、手を離そうとしたが、ぎゅっと握られているので、取れそうにもない。


 仕方がないので、セプトの顔を眺めていた。

 確かに、昨日言っていたとおり、王妃の顔とは似ても似つかない。側妃の子どもなのだと見れば納得できた。

 長いまつ毛に、切れ長の目、筋の通った高い鼻にと整った顔をこんなにじっくり見つめたことはなかった。

 ふぅっと息を吹きかければ、前髪がふわりと浮く。

 いつも前髪を後ろにねめつけているので、違う様子は新鮮だ。



「これは、モテるわね……どこの令嬢も声をかけられれば、ホイホイとついて行きたくなる悪い顔だわ!」



 クスクス笑っていると起きたのか、それとも観察していたときには起きていたのか……笑いだす。



「悪い顔って……人の寝顔の感想がそれか……?」

「だって、そうは思わない?ついてきた令嬢は数知れずって感じだもの」



 起きたので、セプトはこちらを見れるように頬杖をついて、ゴロンところがり見てきた。



「そういうビアンカも、泣かせた男が多いんじゃないか?」

「私は、殿下に恋をしていたので、他なんて目にも入っていませんでしたからね……そんな人、いないんじゃないかしら?刻印も見える場所にあったから、最初から、その気にもならないでしょ?」

「そうは言っても、高嶺の花ほど落としてみたい……そんな悪い男もいるだろ?」

「たとえば……セプトみたいに?」

「……俺は、来るもの拒まずなだけで、高嶺の花とは、無縁だったけど?」



 ふぅーんと興味なさげに言うと、妬いてくれた?とちょっと心配げに見つめてくる。



 コホン……


 ベッドの中、二人で話し込んでいたので、ニーアが部屋に着ていたことに気付かなかった。

 それに、ニーアのほうが、動揺しているような声で挨拶をされる。



「お……おはよう、ございます……」

「おはよう、ニーア」



 ベッドから起き上がろうとしたら、まだ、離さないでいた手を引き寄せられる。



「きゃっ!」

「もう少しだけ……ニーア、もう少しだけ、目を瞑って……!」

「はぁ……殿下……、もう少しだけですよ?承知いたしましたので、先にお食事の用意をしてまいります。アリエル様も行きましょうか」

「え……えぇ……」



 私たちは、ニーアだけが起こしに来てくれたのだと思っていたので、アリエルが部屋にいたことに驚き、気まずくなる。

 パタンと閉まる扉。



「アリエルが一緒にいたのね……」

「あぁ、そのよう……だな」

「ほら、起きますよ!」

「もう少しだけいいって、ニーアが言っていただろ?」

「ニーアが、動揺してましたけど?」

「まぁ、それは、俺と一緒のベッドで眠っていたからだろ?想像力豊かな侍女だなぁ……」



 ポカっと胸を叩く。

 痛くも痒くもないと笑うセプトは置いといて、私は抜け出そうとするが、そうはさせてくれない。



「逃げるなって」

「逃げてないわよ?もう起きないと……そういえば、セプトっていくつなの?」

「19だけど?」

「そうなの?」

「私、そんなことも知らないのね……何も知らないんだ」

「まぁ、そんなのは、これから知っていけばいいだろ?」

「……そうね。じゃあ、そろそろ、起きて朝ごはんをいただきましょう。もう少しだけは、もういいんじゃなくて?」

「もう少しは、もう少しなんだけどな……そういえば、今日は、鳥籠へ帰るのか?」

「そのつもりだけど……何?寂しいの?」



 茶化したつもりでいったのだが、どうも寂しいらしい。目は口程に物を言うのだ。



「そんなことない」

「また、来るわよ!」

「また?それは、いつ?明日?明後日?」

「気が向いたら?子どもみたいな質問ね?」

「……あぁ、すまない。でも、側に……いて欲しい」



 素直な言葉に少しだけ心が動く。手を離してというと、今度は離してくれた。

 そのまま離れていくのだろうと思っていたのか、逆にぎゅっと抱きしめたら驚いたようだ。



「いつでも呼んでくれたら、来るわよ!セプトから来てくれてもいいし……こっそり真夜中のデートも楽しそうね!」



 セプトの胸に頬をあて、甘えるようにすると心臓の鼓動が早くなった。



「真夜中のデートか……おもしろそうだ!」

「でしょ?この前、カインに連れて行ってもらった庭を二人でゆっくり散策したり……東屋でお話したり……眠れない日は、そんな穏やかな時間を共に過ごして、同じベッドで眠ればいいわ!」

「あぁ、いい提案だ」

「じゃあ、そろそろ……起きる?」

「そうだな。もう少しの時間は、そろそろ限界な気がする」



 ふふっと笑いながら、起き上がる。今日は、執務も休みにしてもらったようで、ゆっくりしてもいいらしい。

 夜着を着たまま、寝室からでようとしたら、ガウンをふわりとかけられた。



「薄着だからな、着ておけ」

「ありがとう」



 お礼をいい、ドアノブに手をかけたとき、後ろから抱きしめられ、首筋にキスをされた。

 もうっと抗議をしようとしたら、次は唇を塞がれる。



「寝室をでたら、二人きりじゃなくなるから……」



 ちょっと可愛らしく言うので、仕方ないな……とため息をついた。

 今度こそ扉を開けたとき、そこにニーアが立っていて、ビックリした。

 そして、さっきのセプトの言葉が扉越しに聞こえていたのか……ほんのり頬が赤い。



「セプトのせいで、誤解されそうだわ!」

「ニーア、しっかり誤解をしておいてくれ!」



 目を白黒させながら、私たちの顔をニーアが交互に見つめてきた。

 誤解の部分は、あえて解かず、私とセプトは整えられた席へと座る。



「隣じゃないんだな?」

「そんなに隣がいいの?」

「あぁ、うん……なんとなく。ビアンカは、そうじゃないのか?」

「えぇ、対面で話をしながら食べれたほうが、顔も見れていいわ!」

「そういう考えもあるのか。ビアンカの顔を見ながら……」



 そう言われると嫌ね?なんて言うと、なんてこと!なんて慌てだす。

 私の知っているセプトでもなく、昨日のセプトではなく、セプトの新しい顔に笑うとニーアもクスクスと笑う。

 優しい朝のひとときに、今日の始まりが素晴らしいものになるのではないか……胸が躍るような気がしたのは言うまでもなかった。

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