第33話 エメラルドのブレスレット

 ニーアが入れ直してくれたお茶を飲みながら、晩餐までの時間をどうするのか尋ねた。



「商人を呼んである。昨日、言っていただろ?」

「贈り物の話?」

「あぁ、もう忘れていたのか?」

「そういうわけじゃないけど……こんなにもらったのに……まだ?」

「それは、今日の晩餐用のもの。婚約式までに指輪を用意しないといけないから」

「あぁ、なるほど。好きなものを選んでもいいの?」

「当たり前だ。それなりに用意はしてある」

「国が傾くくらい高いのでもいいの?」



 えっ?と、焦ってこちらを向くセプト。

 からかったのだが、冗談をいうとは思ってなかったらしく、驚いていた。



「冗談だよ?」

「……だよね?」

「うん、そうだね」

「二人とも何をしているのですか?」



 私達のやり取りを見ていたカインが呆れ気味に小さくため息をついた。

 コンコンとノックがされ、入るよう声をかけると、王宮お抱え商人が入ってきた。

 セプトの隣に座る私を見て、こちらも驚いている。

 婚約者へ贈る指輪をとは聞いていたが、まさか、婚約者当人がいるとは思っていなかったようだ。



「此度はご婚約、おめでとうございます。当店をお呼びいただき、誠にありがとう存じます。ご要望のものを数点持ってまいりましたので、ご覧いただきますようお願い申し上げます」

「あぁ、早速並べてくれ」



 目の前の机の上に敷物が引かれ、そこに白い手袋をした商人が指輪やブレスレット、ネックレスなどの宝飾品を所狭しと並べていく。

 どれもこれも一級品なのがわかる。光り輝く宝石類に負けじと地金も光った。



「どれもこれも素敵ね!ねぇ、セプトはどれがいいと思う?」



 ちょっと甘えたような声を出し、王子に買ってもらえる贈り物にウキウキしています!という演出も加えた。

 セプトはこちらを見て驚いているし、わざとしているのはわかっているカインは震えている。



「こ、これなんて……」



 いつもと違う私に、セプトは戸惑っていた。その中でも、私のために選んでくれたのは、シンプルなデザインの指輪だった。

 土をいじったり本を読んだりと何かと手を使うことをしているので、セプトが選んでくれた指輪は、正直、私の好みでもあった。

 手に取って見る。



「セプト、嵌めてみて!」

「はいはい。どうぞ、奥様」



 私の演技にも慣れてきたのか、左手を取り薬指に嵌めてくれた。

 ダイヤモンドがキラリと光り、とても綺麗だ。



「どう?」

「うん、これがいい!」

「そう、じゃあ、これにするよ!」



 他にもゴテゴテと宝石のついた指輪がたくさんあったが、この指輪が私はとても気に入った。

 ただし、結婚指輪としてだ。



「婚約指輪だったな。うーん、どれが……」



 悩んでいるセプトには悪いが、気になるものがあった。

 たぶん、感じからして魔力持ちのブレスレットだろう。

 エメラルドが散りばめられているブレスレットが、対になっていた。



「そのブレスレット……」



 遠慮がちにいうと、これですか?と商人が差し出してくれる。

 それを手に取ると、やはり感じる。魔力持ちの宝飾品であった。

 少しだけ魔力を流すと、伝わってくる。優しい職人夫婦が、丹精込めて作ったものだ。



「それが欲しいのか?」



 私がじっと見ているのを見て、声をかけてくれる。

 大きさが違うので、男性女性とそれぞれにつけるものだろう。



「うん、これが欲しい!買ってくれる?」



 可愛らしくお願いをすると、これまた見たこともない顔で微笑むセプト。当たり前だと。

 アリエルに見せつけるつもりはないが、なかなかの破壊力だ。



「では、これを2つ」

「2つ?」

「お揃いですよ!」

「あ、あぁ、なるほど」

「お嫌ですか?私とお揃いは」



 意地らしく伏せ目がちに言うと、なんだか慌てて否定した。



「いや、いいに決まっている。それを2つ。うん、買おう。じゃあ、それで。後は……」

「他は、もういりませんわ。これが、どうしても欲しかったので」



 そう言って、手元にあったブレスレットをセプトの左手首につける。

 ニッコリ笑いかけ、なんだ?という表情をして訝しんでいるセプトの耳元で囁いた。



「愛の手錠ですよ。ふぅ……」



 慣れているはずのセプトも驚いたのか、顔が真っ赤になった。

 ふふっと満足げに微笑むと、もう一つのブレスレットをセプトに渡す。

 つけてくれというふうに左手を差し出すと、まだ、動揺しているのか、なかなか金具を外せなかった。



「あぁ、もぅ、ビアンカめっ!」

「なんですか?殿下」



 仕掛けた私がきょとんとすると、忌々しそうにしながら、やっとのことで、金具がはずれた。



「うまいものだな。愛の手錠だなんて」



 わざわざ言葉にしてから、私の左手首につけてくれる。

 お揃いのブレスレットをして、満足そうにすると、カインがもう堪えきれないと笑いだした。



「カイン!」

「いや、だって……ビアンカ様……セプト様を翻弄しすぎ!」

「いいでしょ?セプトが言ったんだから。私しかいないんだって!」

「確かに。誓いは聞いてましたからね!それにしたって……甘え上手すぎませんか?」

「甘えてもいい立場になったんだから、とことん甘えるわよ!私」



 微笑むと、みなが息をのむ。

 エメラルドには、幸運、幸福という意味がある。私の瞳もエメラルドに負けない色をしている。



「エメラルドには、夫婦愛っていう意味もあって、浮気防止の宝石ともいうの。ブレスレットを贈るのは、さっきも言った通り手枷ね。だから、愛の手錠と囁いたのはそれでよ?」



 いたずらっぽくいうと、なるほどっとカインが頷いた。



「これから、私はセプトの愛から逃げたくても逃げられないの。このブレスレットが切れたら、わからないけど……」



 つけてもらったお揃いのブレスレットを見る。なんだか、自分でも驚いてはいた。いつもと違うことをした私に。


 儀式での多少の毒は、私にも効いたのだろうか?


 そんなことを考えていると、セプトが人払いをする。

 商人も商品をいそいそ片付け、代金をもらいにいった。ここに残ったのは、私とセプトだけになった。



「本当にそれだけでよかったのか?」

「えぇ、これだけでよかったのです。手を出して」

「あぁ」



 ブレスレットをつけた左手を出してくれる。そこに私の左手を重ねた。

 目を閉じて、ゆっくりゆっくりブレスレットを意識しながら魔法を流した。


 ぽぅっと光るエメラルド。

 セプトは驚いような気配を感じたが、そのまま続ける。



「幸せの石、エメラルドよ。セプトをあらゆる危険から守りたまえ」



 ぱちっと目を開けると、エメラルドが元の色に戻っていく。



「綺麗だな……」

「えぇ、とっても」



 セプトを守るよう加護を与えたはずなのに、私のブレスレットまで反応していたらしい。



「聞いても、いいか?」

「えぇ、なんなりと」

「何故、このブレスレットを?」

「さっきも言いましたよ?」

「聞いた。でも、他にも理由がありそうで……さっき光っている間、とても気持ちのいい光に包まれたんだが……」

「加護を与えたのです。元々、このブレスレットにも魔力が備わっていましたし」

「危ないものではないのか?」

「魔法と言われると危ないような想像をされがちですが、ごく一般的なものですよ!」

「……それは?」

「愛です」

「まさか、ビアンカの口から、愛とは……」

「本当ですね。でも、このブレスレットを作った夫婦の宝飾職人は、お互いのことを心の底から愛していましたよ。だからこそ、宿った魔法です」

「見えるのか?」

「頻繁には見えませんけど、余程強い想いがあれば、みえることもあります」



 にこりと微笑むと、繋がれた手をぎゅっと握られる。



「ビアンカ」

「なんですか?」

「これから大変なことも多いかと思うが、どうぞよろしく頼む」

「こちらこそ。末永くよろしくお願いします!」



 繋いだ左手の甲をそろそろと引き寄せ唇にあてがった。

 ビックリしたけど、嫌ではない。


 私はお返しにとセプトの頬にキスをした。

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