第32話 馬子にも衣裳
「こちらにどうぞ」
私はアリエルの後ろについて行くことにした。振り返ると、ニーアがどうしたら……と戸惑っていたので、いらっしゃいと声をかける。
アリエルは、貴族の令嬢なのだろう。所作も綺麗だし、何より、専属になれるほどの人材なのだ。同じ侍女であっても、ニーアからしたら、雲の上の存在となる。
誰しも初めからそんな存在にはなれないだろうが……この容姿だ。たぶん、セプトにいろいろと教えることも含め専属侍女なのだろう。
「あの……」
「どうかして?」
「殿下が、最近、とても嬉しそうにビアンカ様のお名前を呼ばれるので……」
「どんな令嬢が、見極めてやろう!的なことを思っていたのかしら?」
「失礼ながら……」
「あなたを蔑ろにするつもりはない、のではなくて。結局、セプトにとって、あなたは色んな意味で特別なのでしょ?」
意味ありげに含みを持たせてアリエルに問うと、顔が若干赤くなった。
ほらね?そういうことですよ……
妃と枕を共にする前の教育は、年上の侍女がすることが多い。見た感じ、それほど年も離れていなくても、専属になれたのは、そういうことだと言われなくてもわかる。
セプトの女性の扱い方というのも、やたら慣れているのは、アリエルが側にいるからなのだろう。まぁ、それなりに遊び歩いていたこともあると本人も認めていたのだけど……
「その、私の処遇については……」
「知らないわ!別に妃と言っても、私はしょせんお飾りだもの。そのうち、側妃として迎えるんじゃなくて?」
「ビアンカ様っ!」
後ろで黙ってついてきていたニーアが、口を開いた。
「どうしたの?ニーア」
「あの、セプト殿下は、その……」
「あぁ、側妃は向かえないって言っていたわね?」
ホッとするニーアとは対照的に、アリエルの顔は強張った。
「別に……」
「妃となる方の前で、話すことではありません。アリエル様にどんなご事情があろうとも、ビアンカ様だけが殿下の正妃なのですから」
もっともらしいことを言われ、確かにと答えた。アリエルには、セプトと話をしてどうしたいか決めてもらうわと言い、寝室へと入る。
私のドレスが用意されている。何故、寝室に私のドレスがあったのか……毎朝、このドレスを見ていたらしい。
嫁入り前の女の子が、ウエディングドレスを見て目覚めたいわ!というなら可愛らしいが、ドレスを着ないセプトが毎朝見たいというのは、変な話である。
「素敵なお色ですね!」
「えぇ、とっても」
夜空を思わせるような色合いのドレスだった。きっと、私の髪の色が映えるだろう。
「それでは、メイドを呼びますので……」
アリエルは寝室から出て行き、変わりに数人のメイドが入ってきた。手には化粧道具やらいっぱい持ってきたが、私の顔を見て化粧はなしになった。
ニーアが、一番張り切って用意をしてくれる。
暗い色のドレスの効果もあり、白い肌、輝くような金髪がさらに輝くようであった。
鏡を覗き込んだニーアが、出来上がりに満足したのか、ニッコリ笑っているのが見える。
「ビアンカ様。あとは、こちらを……」
「エメラルド?」
「はい、殿下からの贈り物です。本日は、こちらを付けていってください」
豪奢なエメラルドのネックレスを付けてもらうと、いっきに豪華さがました。顔周りにもとエメラルドのピアス、手首にブレスレットをつければ、総額いくらになるだろうか……ため息が出た。
まいりましょうと寝室から出ると、セプトと目が合った。微笑むと、惚けたような何とも言えない顔をしている。
「馬子にも衣裳?」
「……いや、いつも以上に綺麗だ」
「わぁ、いつも以上って言うのが嬉しいわね!さすが、セプトね!そこは、いつもと変わらずよね?」
部屋に入ったので、いつもと同じ口調で冗談を言い合っている私たち。これが、私とセプトの普通なのだが、私とのやり取りを知らない侍女やメイドは、とても驚いていた。
表情豊かに話をしているセプトは、珍しいみたいだ。
「ビアンカ様、素敵ですね!そのエメラルドも、とてもお似合いです!」
「ありがとう、カイン!」
「むっ、明らかにカインに褒められた方が嬉しそうなんだが?」
「カインに褒められた方が、嬉しいからに決まっているでしょ?」
「……一応、ビアンカの夫になるのはだな……」
「わかっているわ!でも、嬉しいことを素直に喜びたいだけよ!もぅ、私を縛るものは、あなた以外いないのだから!」
何か、まずいこといったのだろうか?口をあんぐり開けて、固まってしまったセプト。
放置したまま、セプトの隣の席に座る。
「もう少し、そっちに行ってくれるかしら?」
「あ、あぁ……」
正気に戻ったのか、少しズレてくれたおかげで、座ることができた。そこにアリエルが、お茶を用意してくれる。すでに二人が飲んでいるものだ。だから、毒見はされない。
パチンと指を鳴らす。行儀のいいものではないことはわかっていても……しないと気が済まなかった。
すると、カップが真っ二つに割れた。
さっきの今で、毒はないだろうと思っていたが……普段、鳥籠からでない私に何かできる機会は、今のようなときしかないのだろう。
「「ビアンカ」様!」
「大丈夫よ!ドレスにもかかっていないし……」
「ドレスなんて、どうでもいい。本当になんともないか?」
「えぇ、なんとも。どうも、何か入っていたかカップに塗ってあったみたいですね。もったいないけど……ニーア、悪いんだけど入れ直してくれるかしら?」
かしこまりましたと頭を下げ、部屋から出ていく。調理場へ向かったのだろう。ポットとカップをもらいに。
お湯なら私が魔法で出せるので、必要ない。茶葉は、ニーアの懐にいつも持っていてくれる。
「誰が、やった?」
セプトは振り返り、みなを見たが誰も出てこない。別に構わない。こんな日に、誰かが罰せられるのも、不本意ではあるのだ。
「セプト、いいわ。こんなこともよくあることだし」
「しかしだな?」
「やった本人が、一番わかってる」
「それでも、仮にも王子の婚約者になんていうことをしてくれるんだ!」
「私が気にしてないのだからいいのよ。セプトにもし同じことをしたら、命はないと思っておいてくだされば、かまいませんよ!」
ニッコリとセプトに笑いかけると、カインが笑い始める。
「どうしまして?」
「……いえ、セプト様のことを大事になさっているのだと」
「えぇ、一応と言えど、私の婚約者ですもの。未来の夫に毒など盛られたら……未亡人になってしまうではないですか?」
「確かに……」
「縁起でもない!」
「そんなこと言って……セプトも盛られていたこともあったでしょ?」
いつぞやのことを思い出した。微毒ではあったが、毒が盛られていた。たぶん、惚れ薬とかの類ではないかとふんでいたが、私にはわからなかった。
祝いの日なのだから、忘れましょうといえば、それでいいのならとセプトは頷いてくれる。ぽっと出の私をよく思っていない人は少なからずいるということがわかった。
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