第21話 治験薬
翌日には、やはりミントは私の部屋にきて、ぬくぬくと育っていく植物たちを愛でていた。
「ミント?」
「なんでちゅか?」
「こんなに、ここに入り浸っていてもいいの?」
「あぁ、そういうことですか? 許可はとってあります。ここは、一応男子禁制の場所ではありますからね……長居はまずいでしょ?」
なら、なぜ通うのかと問い詰めたら、成長過程が著しい植物たちを観察するのがお役目らしい。さっきの赤ちゃん言葉から、通常の会話になったことでもわかるが、植物への愛情は並々ならぬものがある。
それにしても、慣れたとはいえ、長く居座り続けられるのは、あまり好きではなかった。
「そういえば、殿下から薬を作るための道具を一式取り揃えてくれるよう言われたのですけど、何か薬を作るのですか? 確かにここにある薬草で作ることは可能ですけど、冗談だと思いながら、一応準備は整えてきましたが……」
不意にミントから質問をされ、私は備品を見る手を止めた。
「えぇ、傷薬を。セプトから聞いていないかしら?」
「いえ、聞いていましたけど……カインの話ですよね? まだ、半信半疑だったもので」
「そう。今回は大々的に作るのではなく、カインの分だけをね。私の常備薬も作ろうかとも思っているけど、興味があるのかしら?」
「多いにありますね! その傷薬を始め、薬を作るときに手伝わせいただいても?」
長年、ミントは魔獣に傷つけられたと治療の研究をしていたと言うことをセプトから聞いていたので、ミントの申し出に頷こうかとも思ったが、私は首を横に振った。
「何故です? 薬の製法を盗まれたくないからと言うことですか?」
「そういうわけじゃないの。ただ、薬を調合するミントなら分かると思うんだけど……」
「微妙な匙加減ということですかね?」
「えぇ、そうね。手伝ってもらえるのは嬉しいのだけど、私は専門的に作っているわけではなくて感覚的なものだから、ミントへの説明が難しいの」
「そういうことなら……」と引き下がってくれたが、見学することだけは許可した。この国を思うのは、私よりミントの方だ。できるのであれば、ミントが作るべきものだろう。
「薬草は、あとどれくらいで採れますか?」
「私のところだとあと2日。翌朝に薬を作ることを考えて、3日後の朝食後。傷薬を作ろうと思うのだけど、時間は大丈夫かしら?」
「えぇ、では、その日を楽しみに。あぁ、あと、薬草を採り終わったあとはどうされるのですか? 次植える種は、どんなものにしますか? もっと、他にも試したい植物があるのですが」
「次の種は、必要ないわよ? 根は残しておくと、また、はえてくるから……」
「わかりました。って、そんなことが可能なのですか?」
「可能よ? あぁ、そっちの鉢植えのだけは、根も使うから、種も欲しいんだった」
「その植物と、他にもいくつか揃えます」
ミントは、そう言って、また、観察を始める。余程、成長の早い植物が気に入ったのだろう。
昼食の時間になって、セプトが来るまで、ずっと植物たちと話をしていた。
◆◇◆
今日は治験薬を作る日である。朝食も食べ、セプトと話しているとミントが意気揚々と入ってきた。
「おはようございます!」
「ミントは、毎朝こんな調子なのか?」
「えぇ、そんな感じね。おはよう、ミント!」
「今日は、楽しみですね!」
恍惚としているミントに若干引きながら、「準備をしましょうか」と声をかけた。
朝食が並んでいたテーブルの上をニーアが片付けてくれ、薬を作るための道具を並べてくれる。
「さて、収穫しましょうか?」
「俺も手伝う!」
「セプトは、執務があるんじゃないの?」
「執務は……今日は午前中は免除されたから大丈夫」
「……大丈夫ね。そのあと執務をびっしりするつもりなのでしょ?」
あはは……と、空笑いするセプト。「それよりもっ!」と、ミントは成長した薬草を早く収穫したそうである。
「必要なものは……これと、これと、これね!」
「普通の傷薬を作るときと同じ薬草なのですね? 何か、他にあるんでしょうか?」
「えっ? これだけで作るのよ?」
収穫を終えた私を見ながら、セプトもミントもビックリしていた。
普通の傷薬を作るものと同じなら、何故、ミントが作るもので治らないのか……というのが、セプトとミントの思うところなのだろう。
「じゃあ、作りましょうか。水でまず洗いますよ!」
パチンと指を鳴らせば水が出てきて、薬草を綺麗にしていく。その後は、鍋にお湯を沸かして、その間に薬草の根っこをすりつぶしていく。
グリグリと乳棒をこねくり回していると、ミントがものすごく近づいてきた。じぃーっと見つめられるが、気にしないように進めて行く。
「作り方も同じ……のような気がしますけど?」
「そうなの? 私は、ミントが作る傷薬の作り方がわからないからね……」
鼻歌交じりで、作り上げていく薬。久しぶりに作ったわりには、なかなかいい感じで出来ているようだ。
「それじゃあ、最後ね!」
乳棒とすり鉢で潰した根っこと洗った薬草を沸かした鍋に入れ煮詰める。そこに少しずつ水を加え、沸騰しないようにしながらかき混ぜたものを瓶に詰めた。
その時点で、サラっとした液体になっており、ミントは驚いている。
「サラっとしているのは、何ででしょう? ほんのり輝いているようにすら見える」
「ミントが作ると、どうなるの?」
「ドロッとしたジャムのような塗り薬に……」
持ってきたと出してくれる傷薬と私の作った傷薬の見た目が全く別物となっていた。
ミントは、私が作ったものをちゃぽちゃぽと揺らしているが、サラっとした液体は揺らされるたびに右に左にと移動していた。
ちなみに、私が作ったのは飲み薬で、ミントが作っているのは塗り薬だ。
「さっそく、カインに飲ませましょう!」
「あっ、待って! それは、1日寝かせて欲しいのよ。薬の成分を落ち着かせるために時間が必要なの」
「そうなのですか……?」
「そうだ、ミントの薬、貸してくれる?」
私が作ったものを少し残念そうに机に置きながら、自分が作ったものを私に渡してくれる。
「全く同じ製法で作っているの?」
「えぇ、同じです。それが、どうして……」
「水分量かな? ちょっと、鍋に戻してもいい?」
「好きにしてください」と言われたので、私は鍋に入れる。
先程作った分は、余分に出来たので10本の瓶に移して、別のところに置いておく。
鍋で火を通して少しずつ水を補給していく。もちろん、魔法で出す水なのだが……混ぜていくと、先程と同じようにほんのり光、ドロッとしていた液体がサラっとしてきた。
「まさか?」
「えっ、さっきのと同じようになった!」
「これ、どうかしら?」
私たちは、鍋に入った出来上がった薬を顔を合わせながら見つめた。
「とにかく……治験、してみましょう。カイン以外にも魔獣との戦いで腕や足を失った優秀な兵士はいるのですから……」
「説明して、治療に協力してくれるか聞いてみるか?」
セプトはカインの治験が終わった後、陛下に話すというので、私は提案することにした。
「セプト」
「なんだ?」
「その治験。もし、可能なら、陛下の前でやってみてくれないかしら?」
「あぁ、提案してみる。治験についても明日以降になるだろうから、今から話を通しに行ってくる」
セプトは「1本もらっていく」と傷薬を持って出て行った。「ミントも来い」と呼んでいるので渋々ついて行くのを見送った。
私は、使った道具を片付けようとするニーアに声をかけた。
「待って! その鍋のをもう少し薄めましょう!」
「どうされるのですか?」
「お化粧する前に塗ると、お肌がツルピカになるのよ! 他の人には内緒ね! ニーアにもあげるわ!」
瓶を用意してもらい、使い方を教える。どこに使ってもいいものだと説明をしたうえで、少量手に取り、ニーアの少々荒れた手にすりこんでやる。
みるみるうちに綺麗になっていく手をニーアは嬉しそうに見つめていた。
片付けについては、魔法で綺麗にしたので、後はニーアが棚に片付けてくれたのであった。
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