第20話 カインへの確認

 薬草が成長するまで時間がかかる。その間は、ミントの赤ちゃん言葉を毎日聞く羽目になっているのだが、朝の小鳥のさえずりと自分に言い聞かせ耐えた。

 そうでもしないと、この部屋におかしな人がいることを認めてしまうことになり、なんだが、気分が良くない。


「いつまで見ても、薬草は薬草よ?」


 お茶を飲みながら本を開き、ミントの方をチラッと見た。


「いいでちゅか? あんな人にはなってはいけまちぇんよ。あなたたちは、立派な薬草に……」

「なるに決まっているじゃない!」

「もぅ、うるさいですね! せっかく、草花と話をしているのに、いちいち! ここをどこだと!」

「私の部屋」

「ビアンカ様のお部屋です」


 種をもらってからというもの、ミントが毎日通い、さすがに慣れてはきたが、ニーアはそのことにいまだに眉をひそめてはいた。

 一応、婚約者のいる女性……王子の婚約者の部屋に毎日通い詰めというのは、いかがなものかと。

 私の存在をあまり多くのものが知らないからこそ、変な噂がたたないだけで、よくないらしい。


「ミント様、そろそろお仕事の時間ではないでしょうか?」

「仕事? これが、仕事だけど……何か他にあるのかな?」

「植物研究所の方は、どうなっているのですか? 最近、ここに入り浸っているので、所長から早く研究所へ帰るように言ってくれと言われているのです。副所長ともあろうお方が、ほっつき歩くなど、言語道断」

「君は、そういうかもしれないがね? 私は、これが立派な仕事なんだよ! 魔法による植物の生育を観察する! これこそが、私が1番しないといけない仕事なんだ」


「わかったかい?」と勝ち誇ったようにニーアへ向かって言うが、それは、勝ち誇れるほどの理由でもないだろう。ただただ、ミントの知的好奇心のためだけに、毎日通っているのだから……。


「ニーア、もういいわ! 好きなだけいてもらって!」

「ほら、ビアンカ様もこう言ってくださっている!」

「えぇ。ミントがこの植物の面倒を全て見てくれるのだから、私たちは、口出しなんてできないわ!」

「ビアンカ様、何を! 私が魔法を使えないのは承知ではありませんか?」

「あら、魔法、使えなかったの? 知らなかったわ!」


 わざとらしく言うとミントは立ち上がり出て行こうとするので、「お茶が入っているわよ!」と声をかけた。

 ツカツカと戻ってきて、「ありがとうございます」と席に座るので、クッキーも置いてやる。

 用意されたものを全てたいらげ、席を立つ。


「まだ、用事があるのだけど……」

「忙しいのですけどね?」

「忙しそうには見えないから、頼まれてちょうだい!」


「なんですか?」と向き直り、早く話せという態度だ。私の方が、身分が上なハズ……と、口にはせず呆れたとため息だついた。


「外に行くついでに、カインを呼んできてくれないかしら?」

「カインをですか?」

「えぇ、そう。あなたなら、知っているでしょ? カインがどこにいるか」

「まぁ……知ってはいますけど……」


 渋々ということでミントは了承してくれた。それにしても、不服そうだ。


「カインに何かするのですか?」

「何も? ただ、話をしたくなっただけよ」


「そうですか、それじゃあ!」と返事を聞き、鳥籠からミントは足早に出て行った。


「毎日、毎日……困りものですね?」


 ニーアが呆れたようにドアを見て、お茶の用意をする。そのまま、私の前に座り、お茶を楽しんでいると、扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ! 開いているわ!」


 声をかけると、遠慮がちに「失礼します」とカインが部屋に入ってくる。


「待っていたわ!」

「お呼びということだったのですが、私に何用でしょうか?」

「意思確認を再度しておこうと思って」

「意思確認ですか?」

「そう、治験のね?」


 そこに座ってと、ニーアが座っていたところを指した。すでに、ニーアはお客であるカイン用にお茶の用意をしてくれている。

 私のカップも下げたので、新しく用意してくれるのだろう。


「それならば、先日も申した通り、お願いしたく」

「たとえ治らなくても? 今より悪化することもあるかもしれないわよ?」

「そうだったとしても、生きていくためにそして誇りのため、ビアンカ様に縋りたい気持ちはあります。ご負担になることもわかっています。いきなりの話で、きっとビアンカ様も戸惑われていたかもしれませんが……どうぞ、よろしくお願いします!」

「そう。決心は固いのね。わかったわ。その答えで大丈夫。うまく、いかなくても、責めないでね?」

「当たり前です! 正直、肘までも戻ってくるだなんて思ってもみなかったので、それだけでも嬉しく思っていますよ」


 私は、カインの利き手の袖口が結ばれているのを見ると、なんだか申し訳なくなった。私でなければ、ちゃんと治療ができたかもしれないのだ。


「お兄様なら、1回で治ったかもしれないのに……苦しい思いをさせるわね……」

「とんでもないです! ビアンカ様には救われました。ご用件は以上ですか?」

「いいえ、教えてほしいことがあって呼んだの」


 居住まいを正すカインにニコリと微笑む。そんなにかしこまらなればならないことを聞くわけではない。


「魔獣と戦ったって聞いているけど、この国に魔獣はいるのかしら?」

「えぇ、個体数は多くはありません。小さなもので悪さをしないのなら、放置している魔物もいますから……ただ、大きなもので、人をあきらかに襲ってくるようなものなら……討伐対象となります」

「私が知る限りでは、魔王がいるのよね?」

「魔王は、ずっと昔に突如現れた聖女と王によって倒されました。その残党として、各地で稀に人々を襲う魔物が現れるのです」

「聖女と王によって……? えっと、カインは、その討伐に行き、魔物に腕を持っていかれた?」

「えぇ、その通りです。宝剣である剣を携え、向かったのですが、私には使いこなすことができず……」

「そうなのね。その宝剣は、飾りではなくて……」


 何が言いたいのか察してくれたようで首を横に振るカイン。


「魔法剣なのです。それが、魔力の枯渇もあったのか、再び折れてしまいました」

「それって、柄のところに青いサファイアがある両刃剣で剣の真ん中に文字が書いてあったりする?」

「よくご存じで!」


 私は、昔、1度だけ見せてもらった、王家の宝剣を思い出して言ったのだが、当たっていたらしい。私が生きている時代は、まだ、魔法が使えていたので、宝剣がなくてもみなが魔獣と対等に戦うすべは持っていた。


「見たことがあるような気がして……折れてしまったのね。では、魔物に対抗するすべは、今はないの?」

「はい……次、魔物が現れたとしても、私たちには戦うすべはありません」


「そっか……」と呟く。カインの話を聞いても、私にはどうすることもできないだろう。

 願わくば、魔物が出てこないこと、その魔物に人々が傷つけられることがないことを願うしかない。


「もう少ししたら、薬草も採れると思うの。治験の話、決意は固いようだから、進めて行くわね!」

「はい、よろしくお願いします」


 話を聞けたので、カインを帰らせる。後ろで見ていたニーアも難しそうな顔をしていた。


 私は、その日から、夜に祈ることにした。何に願ったらいいのかわからないので、空に向かって祈ることにする。

 その祈りは植物の成長も促したようで、薬草たちがときに輝いていた。

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