第19話 治験用の薬
種をもらってから、すくすくと育つ植物をお世話するのが私の癒しの時間となった。
毎日お昼過ぎになると、植物研究所からミントが来るようになる。
ミントとの出会いは、今、育てている植物の種をもらったときになのだが、第一印象は神経質そうだったのに対し、今では、不思議ちゃんと心の中では呼んでいる。
人と接するときは、人を見下すような感じだが、植物を前にすると赤ちゃんをあやしているような声音で言葉遣いも一気に変わり驚いた。
初めて見聞きしたときは、驚きすぎて、思わず飲んでいたお茶でむせた。と、いうか、あまりの変貌に引いた。
「もぅ、こんなに大きくなったんでちゅね? あぁ、君もかわいいでちゅよ! そんな、あなたも素敵なレディでちゅねぇ!」
話しかける言葉を聞いて、むせた勢いでティーカップを思わず落としてしまい、ミントに理不尽にも叱られた。拗ねたように見上げ、ミントに謝る。その横で、ニーアが心を無にして割れたカップを片付けてくれている。さすが、出来る侍女だ。
「いいですか、ビアンカ様! 植物たちは、今の騒音で、とても驚いたり怖がったりしています! 大体、この可愛い子たちにストレスを与えるなんて、万死に値します!」
「えっと……私、死刑なの?」
「いや、そなたが死刑になることはない。俺の妃になるんだから」
「それは、まだ、決まってないわよね?」
「ほぼ、決まりだ」
「……! いいですか! 妃の話など、どうでもいいのです! 植物には、静かで自然豊かなところでの成長を望んでいるのです!」
「そうかしら?」
やたら力説するミントに思わず、口を挟んでしまった。ニーアのように心を無にして、聞いていればよかったものをだ。
「自然は、厳しいからな……」
「環境の整った部屋でぬくぬくと成長を9割増しでしていると思うけど?」
セプトと私がいちいちちゃちゃを入れるので、とうとうミントがキレた。
「あなたたちは、やかましい人だ! 自然にあるべきものなのだから、自然にあるほうがいいに……」
「決まっていないと思うわよ? 人間の手によって品種改良されたものも、この時代なら多いでしょ? 例えば、ミントの目の前にある薬草は、私が生きていた時代には、一部の場所でしか花が咲かなかったものよ! 今、ここで花を見られるということは、人の手を介して、植物が環境に適応して変化があったということじゃないの?」
うぐぐ……と、言葉にならない様子で、負けた……という顔をしているミント。
ミントは、この城で植物研究所の副所長として働いている研究員である。それと同時に、セプトの幼馴染でご学友らしい。私の傷薬の治験を申し出たカインも同じくご学友とのことだ。だから、カインが治る可能性があることをミントが誰よりも喜んだんだと、気付いたのは、カインと話をする機会を設けてもらったからであった。
「ミントは、何故、自然のままの方がいいと考えるの? 動植物みな、生きるために生態を変えているわ!」
「それでも、原初のままの方がいいでしょう!」
「人の都合よくって言うのは、好まないってことかしら?」
「端的に言えば……そうだと思います。ただ、原初のありのままのほうが姿は美しい」
「美しいだけじゃ、友人は救えないわよ? まぁ、救えるかどうかは、これからの治験次第ですけど」
「治験はうまくいくと思います。私は、魔獣に傷つけられた人の傷について長年研究を重ねてきましたが、一向に傷を治す薬が見つからなかった。ビアンカ様が、私の研究以上の成果をもたらしているのは確かなのですから……。
それに、植物が、こんなに早く育つなんて……例えば、この植物に関してなら、双葉がでるまでに1週間かかる。それが……3日で収穫手前になっているとは……」
私はミントを見つめる。たぶん、植物研究を目指すにあたり、魔獣との戦いで傷ついた人のことを自分のことのように真剣に向き合ってきたことがわかる。
「ねぇ、ミントって、変わりもの?」
「あ……あぁ、ちょっと変わってるな。まぁ、頭はいいんだ、頭は」
ミントの方をチラチラ見ながら、セプトと話した。私たちの小声の悪口は聞こえてないようだ。まぁ、熱心に植物へまた話しかけているのだから、私たち人間に興味はないのだろう。
「そうだ、治験はいつできそうだ?」
「いつって言われても。もう少しだけ薬草も育てた方がいいから、まだ、少し先かしら?」
「わかった。カインに伝えておく」
「もしかして、ものすごく期待されている感じ?」
「しないわけには、いかないだろ? 一応、腕が途中まで生えたんだから……魔獣の怪我が治るのであれば、これほど嬉しいことはない。若くして亡くなっていく兵士たちを見送るのは、もうしたくない。出来る限り、みなにも生きてほしいのだ」
「カインのことだけじゃないのね?」
「当たり前だ! 大体、老い先短い老害どもが、魔獣退治に行けばいいものを……自分の身が可愛いあまりに若い兵士ばかりをそういう危険な場所へと出すんだ。指揮の経験も浅いようなヤツを大将にして、最小限の被害で済むと思うか? カインは、ある程度の死線を潜り抜けているから、引き際を的確に指示ができたから、被害は少なかったんだ」
しみじみというセプトは、上に立つものと友人という面から、当時のカインを思い出しているようだった。カインは気の置けない友人というのもあって、今回の治験を楽しみにしているのはカインよりセプトのほうなのだろう。
「道具の用意をお願いね!」
「あぁ、ミントが次にこの部屋に来るときに持ってくるように頼んでおく」
「ミントなら、毎日来てるから、明日にはもらえるかしら?」
「毎日? ここは、一応、妃用の部屋だと思っていたんだが?」
「一応っていうか、ここ、私の部屋よね?」
「まぁ、そうだな?」
二人でミントを見ながらため息をつく。
今も楽し気に植物に話しかけているのを強制的にセプトが連れて行く。我が子と離れ離れとなる父のように泣き叫びながら、ミントは鳥籠を出て行った。というより、仕事に戻るようにとセプトに引きずられるように連行されていったのである。
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