第3話.無茶ぶりを何とかする、それがチート

 「失礼します。モルジアナ様、そろそろ晩餐会のご用意を……」


 タイトな執事服に身を包んだ、男装の麗人が、主の名を呼びながら部屋へ入って来たのだが……。


 「モルジアナ、さま?」


 へんじがない。ただのしかばねのようだ──ではなく!


 彼女が呼ぶ女主人は執務室の一角にしつらえられたソファに横たわり、ピクリとも動かない。


 「また、居眠りしている──というワケではないようですね」


 傍目から見ると、だらしなく顔をニヤけさせながら惰眠を貪っているようにしか見えないが、男装の麗人──スカーサも伊達にモルジアナの秘書官を20年近くやってはいない。


 (意識と魔力の薄さからして、おそらくは分体に意識を繋げて操作しているのでしょう)


 そして、女主人がわざわざ分体を操作してまで会いに行く人物と言えば、スカーサには心当たりはひとりしかなかった。


 「メルヴィナ様ですか」


 モルジアナの筆頭秘書官であり、公私にわたって彼女を支えるスカーサは、当然伯爵家の母娘の仲の良さについては熟知していたし、スカーサ自身にとっても、メルヴィナは、教え子兼妹のような存在だった。


 「──まぁ、今回に限り大目に見ましょう」


 母性愛溢れる(ある意味溢れまくる)あのドタコン──ドーターコンプレックスなモルジアナが、娘と離れて暮らしてストレスを溜めていることは、長い付き合いのスカーサにはお見通しだ。


 それでも、娘の方から連絡しない限り、コチラからコンタクトはしないという約束を律儀に守っていたのだから、まぁ、たいしたものだろう。


 「やれやれ」と肩をすくめ、今日の晩餐会の客人への説明をどうするべきか、頭を悩ませつつ、優秀な秘書官の女魔族は主の部屋を出て、ドアにキッチリ封印を仕掛けるのだった。


  * * * 


 「で、話を元に戻すけど、“真人”の父親に真琴の存在をどう伝えるかが問題なのよ」


 僕の部屋で話していたことの続きを、真子姉さんがお母さんに相談する。


 「そうなんです。詳しい事情は話せなくても、せめてどこかで生きてることは伝えられたらと思って」


 藁にもすがる思いでお母さんに話すと、お母さんは「うーん」と首を傾げた。


 「いちばん簡単で安全なんは、真人くんのお父上に事情を話したうえで、他言無用のギアスをかけることやろな」

 「ああ、その手があるか。さすがはママ」


  真子姉さんはピンと来たらしいけど、生憎「ギアス」って言われても、某アニメのタイトルくらいしか、僕には思いつかない。


 「えっと、ギアスって、何ですか?」

 「ギアス(禁忌)って言うんわな、真琴ちゃんにも分かりやすいよう言うたら、特定の行動ができんように暗示をかけることなんよ」

 「そ。で、アンタの──いえ、野村真人の父親には、「魔界や悪魔関係の事については、他の人間には話すな」ってギアスをかけようってワケ」


 うーん、そんなコトしなくても、ウチの父さんなら黙っててくれるようにも思うけど……。

 でも大げさに言えば人間界と魔界、異世界にまで関係してくるコトだから、それくらい用心しても仕方ないのかな?


 「わかりました。その方法でお願いします」

 「うんうん。安心しぃ。これでもウチは精神操作魔法の腕前は、ちょっとしたモノなんよ」


 まぁ、サッキュバスって言えば、「魅了」とか「呪縛」が得意と相場が決まってるもんなぁ。その元締め──て言うか女王様(クイーン・オブ・サッキュバス)なんだから、その力量も推して知るべし、ってトコロだろう。


 「それでな、真琴ちゃん、お父さんの名前は何て言うのん?」

 「はい、野村聖彦きよひこです」


 ところが、その名前を言った瞬間、今まで終始笑顔を崩さなかったお母さんの表情が、一瞬だけピタッと凍りついた。


 「──まさかとは思うんやけど、亡くなったお母さんの名前は?」


 一見今までと変わらない笑顔の裏から、凄みと言うか迫力のようなモノがにじみ出ている。


 「え、えと……ユリシアです。ウェールズ生まれの英国人でし、た……」


 あれ? そう言えば、真子姉さん──「阿久津真子」のプロフィールも、「ギリスからの帰国子女」だよね。もしかして何か関係が……いや、まさか。


 コッソリ真子姉さんに聞こうかと思ったけど、姉さんもお母さんの様子にビビっている。


 「──念のため聞くけど、そのユリシアさんて、蒼みがかった黒髪と抜けるように白い肌の持ち主で、背が低い割に大食いかつ料理がメチゃ上手やったりせんか?」

 「は、はい。確かに、そんな感じでしたけど……」


 ──どうやら、嫌な予感が当たったらしい。


 一体、死んだ母さんとモルジアナお母さんのあいだで、何があったって言うんだろう?


 「エエか、よぅ聞いてな、真琴ちゃん。あ、メーちゃんも」


 「「は、ハイっ!」」


 嗚呼、初めての“姉妹”揃っての返事がこんな状況というのは不本意だなぁ。


 「真琴ちゃん──真人くんの生みの母のユリシアって女性ひとな、人違いやなかったらたぶん……ウチの妹やねん!」


 「「はぁ!?」」


 僕と真子姉さんの口から再度、異口同音にまぬけな声が漏れる。


 「順番を追って話そか」


 モルジアナお母さんの説明によれば、こうだ。


 昔──といってもたかだか20年程前(魔族の感覚だと2、3年って程度らしい)、先代のフェレース家(サキュキバスなので当然女性)にはふたりの娘がいた。


 姉のほうが、目の前のモルジアナさん。

 そして妹──といっても異父妹にあたる女性の名前がユリシアだったらしい。


 サキュバスという種族は、一般(?)には多情淫乱として知られているが、それはあくまでレッサー種のサキュバスに限られ、上級種であるハイサキュバスには、必ずしも当てはまらない。


 そもそも、サキュバスの“吸精(エナジードレイン)”行為自体が、ヴァンパイアの“吸血”と同じくエネルギー補給行為、人間で言う食事のようなものらしい。


 レッサー種は、そのために主に性交という手段を用いるが、上級種の場合は、たとえばキスで十分だし、熟達者は手を触れるだけでも“吸精”可能らしい。


 「それに、そもそも人間の食事と違って、長期間吸精しなくても死ぬ──ってわけやあらへんのや」

 「そうね。吸精によって補給されるのは魔力──人間界のRPGとかでいうMPみたいなモノだから。もちろん、魔法や特殊能力を使うためにはある程度必要だけど、消費しても生命力=HPが直接減るわけじゃないわ」


 まぁ、あまり減っちゃうと、精神的にストレスが溜まってるような状態にはなるんだけどね──と付け加える真子姉さん。


 「んー、話が逸れたな。先代の伯爵──ウチのお母はんは、サキュバスとしては、かなり身持ちの固いひとで、500歳超えても子供はウチらふたりだけやってん」

 「それ、娘が私ひとりのママが言うセリフじゃないと思うんだけど」


 女性だけしかいないサキュバスという種族は、夫──というか“子の父親”をほかの種族から選ばなければならない。


 「まぁ、裏技もあるんやけど、それは置いとこ。で、父親の種族が何であれ、生まれた子は圧倒的に女性が多くて、さらに女の子は100%サキュバスになるんや」


 かたや、モルジアナさんは、同じ伯爵位を持つフルール家の次男との間に生まれた純血の魔族で長女。

 対して、ユリシアさんは、母が人間界に任務で赴いたとき、戯れに愛した人間の男の精で身ごもった次女。

 実際、魔力をはじめとする継承者としての資質もモルジアナさんの方が、客観的にみて優れていたらしい。


 「でも、そんなコトは別にどうでも良かったんや。ウチは年の離れたあの子のことをかわいがっとったし、あの子もウチのことを姉と慕ってくれてた」


 とは言え、当時のユリシアさんの立場はなかなか微妙なものだったらしい。

 ありていに言うと、モルジアナさんの出来が「良過ぎた」ために、陰でいろいろ後ろ暗いことをやってる連中が露見を恐れてユリシアさんを神輿にしようとしたり、逆に彼女を目障りに思う者が策謀を巡らせたり。


 「いったん魔界から離れたほうがエエかと思て、ちょいと歳はイってたけど誤魔化して人間界に留学に行かせたんやけど……」


 その留学先で、ユリシアさんは失踪。

 ただし、事故や謀殺によるものではなく、あくまで自分の意思によるものと思われる痕跡、とくに姉宛ての置手紙があったらしい。


 ユリシアさんの微妙な立場を理解していたモルジアナさんは、あえて捜索を打ち切り、彼女は公的には死んだものとされた。


 「あの子がおらんようになってすぐに、ウチは爵位を継いだんや。それから間もなくしてメーちゃんが生まれて、今に至る──ってワケやね」


 で、そのユリシアさんからの手紙に書かれていた「好きな人ができました」という一文とともに、野村聖彦の名前があったらしい。


 「──たぶん、間違いないと思います。思い起こせば、僕、夜中に母さんの背中に羽があるのを見たような気もするし……」


 あのときは寝ぼけて夢でも見たんだろうと思ってたけど。


 「でも、ママ、まがりなりにもママの妹だって人が海難事故くらいで死ぬものなの?」

 「たぶん、魔界からの追手に探知されないよう、魔力を封じてたんやろね。正規の滞在でない以上、人間界側の追及もかわす必要もあるし。

 ともあれ、真偽のほどは、聖彦さんとやらに聞いてみるわ!」


 そう言い残して、モルジアナお母さんは、フッと虚空に姿を消した。父さんのところにテレポートしたのかな? どうやって場所がわかるんだろう。

 残された僕と真子姉さんは、顔を見合わせてちょっと苦笑した。


 「ねぇ、予想通り真人の母親がママの妹本人だとすると、元々、真琴って私の従妹なワケよね」

 「そうなる、のかな?」


 異母妹とはいえ母親同士が姉妹なのだから、イトコには違いないよね?


 「そっかー、だからこんなに私とそっくりなのねー」


 ペタペタと僕の顔を触ってくる真子姉さん。


 「ちょ……くすぐったいよ」

 「アハハ、ごめんごめん。でも、私、姉妹はもちろん、イトコって存在も始めてだからさ。ちょっと珍しくて」


 そうか。ユリシア母さんが駆け落ちしたんだから、そうなるよね。


 「ホラ、真琴、こっちコッチ!」


 言われるがままに姉さんの隣に並んで大きな姿見を覗き込む。

 こうやって並んで比べてみても僕らはよく似ていたけど、さすがに完全に瓜二つってワケじゃないみたい。


 真子姉さんが幾分釣り目気味なのに比べて、僕はそれほどじゃないし、瞳も僕は欧米人みたいな碧眼になってる。髪の色は同じ赤毛でも、姉さんより僕の方が少し薄め。背中の翼も、姉さんが濃紫なのに対して、僕は紺。


 どうやら主に色彩面で見分けがつくみたい。顔の造形自体は目元を除いて驚くほど似通ってるんだけどね。


 「そう、みたいね。うーん、プロポーションも、ほとんど同じみたい」


 ちょ……姉さん、くすぐったいって! 女の子になってからみょーに肌がビンカンなんだから、その手つきヤメテよ~!!


 「──正確には、真子ちゃんの方がバストが1センチ大きい代わりに、ウェストは真琴ちゃんの方が1.5センチ細いで」


 フヨン! という音ともに宙から現れたモルジアナお母さんが補足する。って言うか、そんな細かいサイズの違いが、見ただけで分かるものなの!?


 ──あれ、お母さんと一緒にいるのって……。


 「父さん!?」

 「──そう呼ぶってコトは、こっちのお嬢さんが真人か。ふむ……確かに、こうして見ると確かにユリの面影があるな」


 どうやらビンゴだったらしい。


 聖彦父さんは、もちろんユリシア母さんの素性は知ってて一緒になったんだとか。

 とりあえず、“野村真人”としての僕に関しては……。


 「葬式せんといかんのだろうなぁ。アレ、結構金がかかるんだが」


 ヲイヲイ、息子の葬式代ケチるなよ──と言いたいトコロだが、当の本人が(“娘”になったとは言え)こうしてのほほんと生きてるのだから、父さんの気持ちも理解できる。


 「それやったら、聖彦さん、ウチが何とかしてみよか? 真人くんは行方不明──ってな感じに」

 「お、そんなコトが出来るのかい、モル義姉さん?」


 義姉(ねえ)さんて……まぁ、妻の姉だから間違ってはいないのか。


 「任しとき! 警察関係の記憶と記録弄れば簡単やさかい!」


 あれ? なんか……。


 「ママったら、妙に張り切ってるわね」


 あ、やっぱり、真子姉さんもそう思う?

 うーん……あ!


 「ねぇ、姉さん、サキュバスって女系だから、姉妹はいても普通兄弟はいないんだよね?」

 「そうね、ごくごく稀に男が生まれた場合も、生後すぐに父親の家に渡されるから、事実上いないと言っていいかしら」

 「で、その言い方からしてサキュバスに結婚という概念もない?」

 「失礼ね、“概念”はあるわよ。“習慣”がないだけで」


 いずれにしても、男は種付けするだけか。マク●スのゼントラ●ディみたいだな。


 「あ! 愛人を囲うことはあるわよ。もっとも、その愛人という立場に何ら権限はないけどね」


 それはどっちかって言うと牧場の牛さんと同じなのでは──搾り取られるという意味で。


 「まぁ、いいや。とすると、サキュバスにとって義理とは言え弟が出来ることって、すごく珍しいんだよね?」

 「あ! なるほど」


 モルジアナさん、情が深そうだしなぁ。妹のことを可愛がってたみたいだし、その夫である義弟(父さんのことね)に対しても、物珍しさもあって好意的なのかも。


 あとで聞いたところ、父さんはモルジアナお母さんに対して、地球こちらでのユリシア母さんの様子を伝えるために、記憶を自分から進んで読んでもらったんだって。

 で、その記憶の中でのユリシア母さんがとても幸福そうだったから、その幸せをもたらした父さんのことも認めたみたい。


 うん、それはいいんだ。僕としても、現在の母親と、元の父親が仲が良いのは喜ばしいことだし。


 ともあれ、こうして、諸々のトラブルと案件を乗り越えて、僕は“野村真人”あらため“阿久津真琴”として暮らすことになったんだ。


 (はぁ……ホント、激動の一日だったなぁ)


 もっとも、明日からサキュバスな女子高生ライフが始まるんだから、気を抜いてるワケにもいかないんだけどさ。

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