第捌話 九死に一生、人外転生

第1話.ぼくはしにました?

 最後の記憶にあるのは、ド派手なデコレーションを車体や荷台のアチコチに施した、いわゆるデコトラ。最近では貴重な演歌の消費先であるソレが、ちょうどガードレールの途切れた場所から歩道にいる自分に突貫してくるトコロだった。


 となると、スーパーマンでも超人ハルクでもない一介の高校生が、4tトラックとタイマン張って、なおかつ奇襲を受けて1ターン無駄にしたうえで勝てるかどうか──いや、生き延びられるかどうかすら、言わずもがなで。


  * * * 


 目が覚めた時は、最悪の気分だった。


 「う、うーーーーん……」


 なんだろう。妙に頭が重い──だけじゃなくて、全身がダルい。


 「ようやくお目覚めね。いえ、むしろそれだけの変化の末に、よくも半日足らずで目が覚めた、と言うべきかしら?」


 (? なんだ、誰か部屋にいる!?)


 重たい身体を無理やり起こして声のする方に目をやると、そこには僕と同年代くらいの女の子が、お行儀悪く椅子の背もたれに向かって座っている。

 そして、幸か不幸か、僕は、その相手に見覚えがあり過ぎるほどあった。


 「あれ、もしかして、同じクラスの阿久津真子さん?」


 ん? なんか僕の声がおかしいような。風邪かな?


 「ふーん、わたしのフルネーム、覚えてたんだ」


 僅かに目を細めて僕の顔を品定めでもするかのように見る阿久津さん。


 「う、うん、一応これでもクラス委員だし……」


 ──まぁ、本当は“ちょっと気になる女の子”だから知ってたって方が正しいんだけどね。


 阿久津真子(あくつ・まこ)さんは、1年の3学期になってウチの学園に転校してきた、物静かな女の子だ。


 ちょっと小柄で、どちらかと言うと控えめな性格だけど、意外と文武両道な優等生。しかも、どこか凛とした雰囲気のある美少女とくれば、僕のような平平凡凡たる地味男子としては憧れずにはいられなかった。


 「そ。まぁ、名前の件はどうだっていいわ。どうせ偽名だし」


 ! あ、阿久津さん、何か今スゴいことサラリと言わなかった?

 それに、私服姿は初めて見たけど、意外に大胆と言うか……。


 両肩から胸元近くまでがむき出しの袖の無い上着と、ちょっと腰を曲げただけでパンツが見えちゃいそうなミニの赤いプリーツスカートを着ている。黒いオーバーニーソックスとの絶対領域が目に眩しい。

 キュート&パンキッシュって言うか、何だか、ずいぶん教室で見た時とは雰囲気が違うような……。


 「ああ、アレは演技よ。この国の教師って適当に優等生してたら生徒に過度に干渉して来ないからね。

 ──ところで、キミ、何か気がついたことない?」


 え? いきなりそんなコト言われても……って、あれ、阿久津さん、その背中にあるのってコウモリの羽根? もしかしてコスプレ?


 「フフ、どうかしらねぇ。作り物がこんな風に自由に動かせるかしら?」


 に゛ゃっ!? い、いま、阿久津さんの背中の羽根がバサバサって動いた!

 それだけならまだしも、羽根の動きに合わせて阿久津さん自身、ふわって浮いてたような……。


 「ええ、それはそうよ。羽根って普通、空を飛ぶためにあるものでしょう?」


 ニィッと笑った阿久津さんの口の端からは、“八重歯”と言うには少々尖り過ぎてるような気がする白い犬歯、いや“牙”が覗いている。

 それに瞳の色も、日本人というか普通の“人間”にはあり得ないルビーみたいな真っ赤に変わっている。


 もしかして……。


 「ま、まさかと思うけど、阿久津さんって──人間じゃないの?」


 ゲームかラノベめいた馬鹿げたことを言ってる自覚は自分でもあったんだけど、相手はアッサリ肯定する。


 「うふっ、正解。わたしの本名はメルヴィナ・ストライア・フェレース。由緒正しき魔界の十三選定家がひとつ、フェレース家の長女よ。

 故郷では、“プリンセス・オブ・サッキュバス”と言うほうが通りはいいかしらね」


 げげっ! RPGとかで見たことあるけど、サッキュバスって確か女淫魔のことだよね?

 もしかして、僕、阿久津さんにエッチなことして精気を吸いとられちゃうの!?


 そ、そりゃあ、僕だって男だし、密かに憧れてた阿久津さんが相手というのは、正直嬉しい気がしないでもないけど。

 で、でもダメだよ! 僕、まだ未経験だし、せめて最初くらいは恋人と!!」


 「──えーーと、野村くん、声に出てるわよ?」


 はわっ!?


 「し、死にたひ……」


 もうダメだぁ。憧れてた子に、こんな情けない本音を聞かれるなんて……。


 「あら、ダメよ。せっかく苦労して生き返らせてあげたんだから」


 ──へ!?


 「それにしてもニブいわねぇ。普通は身体に違和感を感じてすぐ気がつくものなんだけど。

 あるいは、それだけその身体との相性がよくて、すでに完全に馴染んでるのかしら」


 えーーっと、何だかさっき以上にイヤな予感がするんですけど。


 「フッフーーン……ほら、鏡よ」


 阿久津さん(本人いわくメルヴィナさん?)がパチッと指を鳴らすと、僕の目の前にいきなり高さ150センチくらいの姿見が現れた。


 けど、魔法みたいなその出来事に驚いている余裕は僕にはなかった。

 なぜなら、その鏡に映っている自分の姿が──瞳や髪などの僅かな色の違いを除いて──目の前にいる阿久津さんとソックリになっていたからだ。


 「ええぇぇぇーーーーーーーーっっっ!?」


 * * * 


 「それで、僕の今の状態って、阿久津さんが関係してるんだよね?」


 あのあと、いったん思い切り大声を出して騒いだせいか、一段落するとかえって僕は冷静なれたみたい。

 立ち直った僕をまたも意外そうな顔で見つめながら、彼女はひととおりのことを説明してくれた。


 彼女──メルヴィナさんは、魔王の許可を得て魔界から地球に正式に“留学”に来ていること。そして、それは地球こちらの裏の人間(退魔組織とか魔法協会とか)の上層部にも、話が通っていること。


 「魔法とか退魔とか、ホントにあるんだ……」

 「えぇ。ま、そのあたりの詳細は、あとでまた説明するわ」


 そして、今日の昼過ぎ、街角を散策していたところ、クラスメイトの僕が交通事故で瀕死になっているのを偶々見つけたこと。


 なんでも、そのままでは余命はせいぜい数分──何せ腰から下がグシャグシャに潰れていたらしい──だったので、「このまま死ぬくらいなら」と自分の使い魔として再生すべく、魔術で連れ去ったということ。


 「どうせなら、僕の体を治すという方向は考えなかったんですか?」

 「魔族に何期待してんのよ。仮にそうしたくても、わたし、治癒系の術は得意じゃないし」


 で、初めての術だったが大成功し、僕は無事に蘇生、いや転生した──そうなのだが、ちょっとばかし問題があった。上手く行き過ぎたのだ。


 「魔術触媒用のコウモリの羽を、術者であるわたし自身の羽で代用したのが原因かしらね~」


 本来、メルヴィナさんの目論見では、使い魔となった僕は、本性こそ魔の眷属らしい角や尻尾があるものの、普段は生前と変わらぬ姿に擬態できるはずだった──らしい。


 しかし、彼女が無精して触媒を変え、初めての術だけに魔力(きあい)を入れすぎ、さらに僕の体が魔力と異様に親和性が高い体質だったという、3つの偶然が重なった結果、術の方向性が斜め上に変化したそうな。


 「単なる使い魔、最下級魔族じゃなく、かなり上級の──それこそわたしと比べても遜色ないくらいの高位魔族に転生しちゃったみたいなのよね。その証拠に……えいっ!」


 突然、ブンッと、大ぶりだが剣呑そうなパンチを放ってくるメルヴィナさん。

 僕はあわててのけぞり、かろうじてそれをかわす。


 「な、何するんですか!」

 「ホラね? 魂に絶対服従が刻み込まれたただの使い魔なら、主の折檻を避けようという意思すら持てないはずだし、そこらの下級魔族なら、手加減したとはいえ、わたしの拳をやすやすとはかわせないわよ」


 そ、そー言われれば、確かに運痴でケンカの類いがてんでダメな僕とは思えぬ反射神経だったけど……。


 「詳しいことは、専門の病院とかで精密検査しないとわからないけど、外見からしても、たぶん野村くん、わたしと同じハイサッキュバスになってると思う」


 ハイサッキュバスって──多分、“ハイエルフ”とか“ハイプリースト”とかと同様“上級淫魔”って意味なんだろうなぁ。


 「すると、もしかして僕の体が女の子になってるのは種族的な特性ってヤツですか?」

 「当たり。サッキュバスには女性しかいないからねー」


 や、やっぱりぃ~~。


 「それと、後回しにしてた魔界その他についても簡単に説明しておくわね」


 メルヴィナさんいわく、僕らが住む地球以外にも、さまざまないわゆる“異世界”──いわゆる平行世界があって、そのひとつ、アールハインと呼ばれる異世界の、そのまた地下にある“魔界”が、彼女の出身地なんだそうな。


 で、地球こちらとあちら(アールハイン)の神様の間では、大昔から密かに“異世界転生/転移”という形での“人材交換”の協定が、こっそり結ばれてるらしい。

 これは、年月が経つとどうしても硬直化しやすい“世界”や“文明”そのものを“異分子”によって攪拌し、再び活気づけるのが狙いなんだとか。


 さらに、最近では、神様の手に「よらない」民間(?)での“交流”も少しずつ始まってるんだとか。


 「なるほど、その一環としての“(異世界)留学生”ですか」

 「そういうこと。ふーん、野村くん、案外と頭の回転も速いのね」


 メルヴィナさんは「あら、見直したわ」といった風な目で僕を見ている。

 うぅっ、できれば、単なる1クラスメイトだった頃にそういう視線を向けてほしかったデス。


 「はは……で、諸々了解したうえで聞きますけど、僕はこれからどうしたらいいんでしょう?」


 メルヴィナさん側の事情や、こうなった経緯も大事だろうけど、僕としては、それが一番の問題だ。


 幸い僕はこのアパートにひとり暮らししてるから、出入りにさえ注意すれば、この部屋で暮らしていくこと自体は不可能じゃない。

 けど、さすがにこのまま学校に行っても、絶対「野村真人」と言う男子生徒としては絶対認識してもらえないだろう。


 「へぇ~、状況を把握したうえで、それでも善後策を考える、か。驚いたわ。見かけより、ずっとポジティブね」

 「これでも少なからず落ち込んではいるんですけどね。ただ、ここまで非日常的なことに巻き込まれると、「むしろ命があっただけ、めっけもん」という気分になりまして」


 それに、僕はそう簡単に死ねない、死ぬわけにはいかない理由もあるし。

 ふと、横を見ると、メルヴィナさんが何だか楽しげに頬を上気させている。


 「……(度胸も意思も合格ね。シクったわぁ。こんな原石、なんで男のコの時に気がつかなかったんだろ)」


 なにやらブツブツ言ってるけど、大丈夫かな?


 「メルヴィナさん、何か心配事? それとも、慣れない術を使って体の調子が悪いとか?」

 「え? い、いえ、なんでもないの(うわ、この状況で他人のことを心配できるんだ。ますます、イイわぁ~)。

 フフフッ、使い魔作成に失敗したときは、ちょっとガッカリしたけど、コレはむしろ結果オーライかしら♪」


 まぁ、僕としても、元の姿に擬態できるとは言え主人に絶対服従の使い魔とやらよりも、女になったとは言え自由意思がしっかりある今の状態の方が、いくらかマシではあるかな。比較の問題だけど。


 「うん、今後の身の振り方よね。ちょっと待ってね」


 そういったメルヴィナさんは、懐からケータイを取り出して、どこかへ電話してる。


 「あ、ママ? わたしわたし……ヤダ、詐欺じゃないわ。わ・た・し。メルヴィナよ。うん、ちょっと急きょ相談したいコトが出来たんだけど、ママの幻体、地球こっちに送れる?」


 なんだろう。何だか大ごとになってる予感……。

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