【番外編:弟嫁語り -ルイハトモヲヨブ-(後編)】
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日下部雄馬がその手紙を受け取った時、彼の中学時代からのクサレ縁の悪友・安藤浩之が、住んでいた家から家族ごと何も言わずに姿を消してから、すでに半年近くの月日が経過していた。
『であ・まい・ふれんど
すまん。バタバタしていて、すっかり連絡が遅くなった。
今は、N県の猪狩沢という場所で、ボチボチやってる。
よかったら、一度遊びに来てくれるとうれしい。
住所は……』
「あら、雄馬お兄様、そんなに慌てて、こんな早くからどちらへ行かれますの?」
普段は軽妙洒脱で温厚な義兄が、珍しく不機嫌さを全面に出した表情のまま、ボストンバッグ片手に玄関で靴を履いているのを見て、義妹の柚季は目を丸くした。
「ゆきか。すまないが、今日の午後、買い物につきあう話、あれ、明日の日曜にしてもらっていいか?」
いささか頭に血が昇っていた雄馬だが、義理の妹にして最愛の恋人たる少女と言葉を交わしたことで、彼女と昨晩夕飯の席でした約束をからくも思い出したようだ。
「ええ、それは構いませんけど──何か急用ですか?」
「ああ、まぁな──ちょっと、バカをぶん殴ってくる!」
* * *
「で、その結果がコレかよ」
まさか、休日に家で昼飯食ってまったりしてたところにピンポンラッシュを受けて、てっきり近所の子供の悪戯だろうから叱ってやろう──と、ドアを開けた瞬間、久しぶりに会った親友にはったおされるとは思ってもみなかったぜ。
「やかましい! 人がどんだけ心配したと思ってんだ、まったく」
ギロリと恐い目でこちらを睨む、その親友様。
まぁ、それだけ俺達の身を案じていてくれたということだろうから、この一撃は甘んじて受けとこう。
「さぁ、キリキリ説明してもらおうか。なんで、お前さんたち、唐突にいなくなったんだよ。
──やっぱ、ふたりの関係が近所にバレて、気まずくなったのか?」
「? 何の話だ?」
「いや、だってお前、以前、俺に弟との
あ~、そういや、あの頃、こいつにユリとのことで、相談というか愚痴聞いてもらったんだっけか。
「す、すまん。ぶっちゃけ、ソレとは全然関係ない。単なる俺の会社の都合で、こちらの営業所に空いた穴埋めるために転勤になっただけなんだわ」
このアパートも、会社が借り上げてくれた社宅みたいなモンだし。
「…………は?」
まぁ、確かに、電話とかで連絡しなかったのはこっちのミスだけどな。
「家電はともかく、ケータイもつながらなかったぞ?」
「あ、キャリア変えたとき、一緒に番号も変えたんだ。
でも、会社に問い合わせてくれりゃあ、一発で転勤のことはわかったはずなんだけどな」
「前に、名刺渡しただろ?」と言うと、雄馬はバツの悪そうな表情を浮かべた。
大方、仕事も辞めてどっかに逃避行に行ったとでも思いこんで、会社に電話することなんて思いつかなかったのだろう。コイツ、頭いいのに時々ヌケてるからなぁ。
「ん、んんっ……コホン。まぁ、それはともかく。無事にやってるなら何よりだ。それで、ヨシノリくんの方も元気なのか? 確か、この春中学卒業したはずだろ?」
あ~、そっか。コイツには例のコトも言ってなかったっけ。
「おーい、ユリ!」
「はい、浩之さん。もうお話はよろしいんですか?」
俺の呼び掛けに応えて、替えのお茶の入った湯呑が乗った丸盆を手に、居間に入って来た“女性”を見て、雄馬のヤツが恐縮してる。
「あ、すみません、お邪魔してます──ぉぃ、
後半部分をこっそり小声で言うあたり、ホントに女にはマメな奴だよなぁ。
「いや、恋人っつーか……嫁さんだし」
「嫁!?」
「あ、籍は入れてないから“内縁の妻”って言う方が正確か」
「妻!?」
面白いほど素直に驚愕を示してくれる雄馬。いや、半分はネタと言うかワザとなんだろうけど。
「おいおい、そりゃあ日本の民法上は女は16歳になったら結婚できるとは言え、いつの間に、こんな美少女をたぶらか……んん?」
言いかけてふと眉を寄せている。
お、さすがに気付いたか。
「──もしかして……この子、ヨシノリくんか?」
「あはは、正解だ」
艶やかな黒髪を自然な感じにブロウして肩甲骨の上あたりでリボンでまとめ、軽くナチュラルメイクして優しく微笑むコイツのことは、知らない人が見たら(身内の欲目を抜きにしても)、まず間違いなく“16、7歳くらいの清楚な女の子”と見なすはずだ。
両肩が出るタイプのサーモンピンクのニットの長袖カットソーとダークレッドのデニムのミディスカートの上から、白に近いピンクのエプロンを着けたその姿は、やや年齢が若すぎる点を除けば、絵に描いたような新妻スタイルと言える。
ただ、雄馬の場合は、何度かまだ男の格好してた由理に会ったことがあるのと、俺が以前相談を持ちかけたことで気が付いたんだろう。
「はぁ……なるほど。ついに開き直ったんだな」
ガクリと肩を落とす親友に、少しだけ真剣な声色で尋ねる。
「──軽蔑したか?」
「いんや。第一、俺だって他人のコトを言えるほどご立派な身の上じゃないし」
ああ、そういやコイツ、親同士の再婚でできた義妹と恋仲になって、婚約してるんだっけ。
「そーだよなぁ。義理の妹の女子中学生押し倒した現場を親御さんに見られた揚句、なし崩し的に婚約したお前さんが、倫理云々は言えんよなぁ」
「フッ、甘いな。当時のアイツは、まだ1●歳だったぞ」
「ちょ、おま……それ犯罪!」
本人同士の合意があろうと、親の許可が得られようと、法律的に●学生とのセ●クスはマズいだろーが!
「HAHAHA! 過去にこだわるのは止めにしようぜ。
それはともかく──要は、お前さんたちは、此処では事実上“夫婦”として暮らしてるんだな」
「ああ。ご近所に挨拶に行った時も、わざとそうだと誤解させるような言動をとったしな」
おままごとと笑われるかもしれないが、昔からの俺達のことを誰も知らない、この場所ならソレが可能だと思ったんだ。
「いいんじゃないか。別段、誰に迷惑かけてるワケでもないんだし。
式は──してないよな?」
流石にそこまでは、な。金銭的には内々のごくささやかな式くらいなら、できるだけの余裕はないでもないが、さすがに同性婚(しかも兄弟同士)を引き受けてくれる会場は、なかなかないし。
「そっちについては、心あたりがひとつある。で、ヨシノリ……いや、ユリちゃんはどうなんだい? やっぱウェディングドレスを着た花嫁さんに“女の子”としては憧れるんじゃないかな?」
さっき聞いたばかりなのに、早くも由理のことを「ユリ」という女の子として扱ってるあたり、こいつの頭の柔軟さはハンパないなぁ。
「え、その……は、はい。正直言うと、少しだけ」
エプロンの裾を弄ってもぢもぢとしながらも、控えめに素直な気持ちを吐露するユリ。いや、俺の方に上目遣いに投げて来る視線に籠った熱意は、断じて“少しだけ”ってモンじゃなかったけどな。
「お前さえよければ、俺のほうで手配つけてやるけど、どうする?」
雄馬がそう言ってくれたんで、俺も腹をくくった。
愛しい愛しい
* * *
かくして、ふたりの兄弟にして夫婦たるカップルは、とある水無月末の吉日に華燭の典(というにはいささかささやかな規模だが)を挙げる運びとなる。
「まさか、ボクがお兄ちゃん──ううん、私が浩之さんと結婚式を挙げられる日が来るなんて」
控室で、プリンセスラインの純白のウエディングドレスを身に纏い、ほんのり幸せ色に頬を上気させたユリが、わずかに涙ぐみながらそんなコトを言う。
「あらあら、嬉し涙にしてもまだ少し早いですわよ。こんな素敵な方と結婚される殿方は幸せですね」
兄の縁でブライズメイドを務めることになった白いドレス姿の柚季が、優しく花嫁をなだめる。
「ユリさん、とってもキレイ!」
雄馬と柚季の妹である好実も、姉とお揃いのドレスを着て、いっしょにブライズメイドを務めるようだ。
「ぐす……ふふ、ありがと。柚季さんや好実ちゃんみたいな可愛い子に、そう言ってもらえると、ちょっとだけ自信ができました」
ちなみに、この3人は、年が近いこともあってか、会ってすぐに打ち解けた。友人が少ない(というより現状ではほぼ皆無な)ユリにとっては、貴重な“女友達”と言えるだろう。
「さぁ、時間ですよ」
形式上の仲人は雄馬たちの両親である日下部夫妻が担当している。つくづくこの一家には足を向けて寝られない──と、歳の割に大人びた感慨をユリが抱くのは、すでにいっぱしの“主婦”をしているからだろうか。
ふたりのブライズメイドを露払いに、父親の代役の日下部氏に付き添われて、小さなチャペル(じつは柚季や好実が通う学園の付属施設だ)のバージンロードを、しずしずと進むユリ。
祭壇の前には、アッシャーとベストマンを兼ねる雄馬と、本日の主役の片割れである新郎・浩之が、柄にもなく緊張した顔つきで佇んでいる。
「──新婦、安藤ユリ。貴方は、その健やかなるときも病めるときも、喜びのときも悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「誓います」
聖書の朗読から指輪の交換、結婚署名、結婚宣言に至るまで、つつがなく式典は進行する。
そして、わずか10人足らずとは言え観衆の見守るなかで、頭に被った薄絹のベールを上げて、浩之にキスされた時、これまでに、もっとスゴい(エロい)ことをベッドその他で色々されているにも関わらず、ユリはたとえようもない幸福と歓喜を感じた。
(嗚呼、私、これで本当にお兄ちゃんのお嫁さんになれたんだ……)
たとえ日本の法律が何と言おうと、今日この日集まってくれたこの人々は、自分たちの仲を認め、祝福してくれる。
それだけで、ユリはこれから「私は、
「──お兄ちゃん」
チャペルの入り口から出るライスシャワーの直前、敢えて名前ではなくかつての呼び方で、
「ん? なんだ?」
「幸せに、なろうね」
「ああ、もちろんだ」
互いの目を見つめ合い、満面の笑みを浮かべるふたり。
そして、
-おしまい-
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[追記]
時間軸的には、本作のエピローグが、本編のエピローグ前年の4月~6月ごろに当たります。
ちなみに、浩之も由理も、この時点では、柚季の“特殊な事情”は知らず、普通の女の子だと思ってます。
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