【閑話/幼き少年達の悩み】
「ハァ~、どうしたモンかねぇ」
ここ、緑乃杜小学校に勤める養護教諭の蓮川は、夕暮れの保健室で、生徒の姿がないのをいいコトに腕組みしてウンウンうなっていた。
男子校でもないのに男性の養護教諭というのは珍しいが、まだ20代半ばで、生徒に時に気さくに時に親身に接する彼は、兄貴分的存在として男女問わず緑乃杜の生徒達から慕われていた。
それゆえ、そろそろ思春期に差し掛かった高学年の生徒(おもに男子が多いが女子も少数存在)から心身の悩み事に関する相談を受けることも少なくないのだが……。
「まさか、一週間に5人もの男子生徒から、同じ悩みの相談を受けるとはなぁ」
しかも、その内容というのが、「同級生のコにドキドキする」、「手が触れただけで、過剰に反応してしまう」などという代物だ。
普通なら、「それは恋だよ!」なんて直接的な表現は避けるにせよ、それとなく「成長過程にはありがちなことで、どこもおかしくない」と言った励ましを送るべきなのだろうが……。
「その対象が同性の男の子だからなぁ」
俄然取扱いには細心の注意を払わざるを得ない。
蓮川も高校時代は男子校に通っており、身近な知人に男性同士のカップルがいたため、決して腐女子の妄想内だけでなく、そういう関係が存在し得ることは重々承知している。
とは言え、彼自身はその高校時代に知り合った同い年の少女と結ばれ、一昨年結婚したばかりのノーマルな嗜好の身であり、また背は低いが美形には程遠い顔立ちのため、その種の誘惑を受ける機会も皆無だった。
相手が高校生くらいなら、「自分の人生だから、よく考えて、自分で決めろ。後悔ないようにな」と煙に巻くこともできるのだが……。
「さすがに小学生にソレはないよなぁ。心底悩んで、俺に相談しにきたんだろうし」
ともかく、ココでひとり唸っていても仕方ない。
幸い、例の同性で同棲しているカップルをはじめ、友人には人生経験だけは無駄にバラエティ豊かなメンツが揃っている。
彼らにもそれとなく相談してみようと、帰り支度を始める蓮川教諭なのだった。
* * *
さて、同級生の男子数人、ならびに相談を受けた蓮川を悩ませているコトの元凶は──言うまでもなく、朝倉要のふりをしている
二学期が始まり、少なからずショタ好きな傾向のある彼女は、傍目には小学6年生の男子生徒にしか見えないのをいいコトに、結構好き放題していたのだ。
休み時間や体育の時間に悪戯けた風を装って、自分好みの同級生たちに抱きついたり、ワザと太腿やうなじを触ったり、着替え時に裸をガン見したり──と、その“悪行”は枚挙に暇がない。
また、“彼”自身の着替えも、ガサツで無頓着と言えどやはり女子高生、意識はしていないのだが、どうしても動作の端々に生粋の男子とは違う“艶”めいたモノがほの見えてしまうようだ。
その色香(と言うのは大げさだが)にアテられ、また“彼”からの“
ちなみに、要の親友の耕平は、そうでない少数派に属する。直情熱血と言うか、天然と言うか、端的に言えばお子様な彼は、カナメの下心を秘めたボディタッチにも、まるで羞恥を示さなかった。
かえって、カナメの方が自分の行動に恥ずかしくなったくらいだ。
とは言え、そんな稀有な例外を除き、このままでは要のクラスの男子全体が、怪しい嗜好に目覚めるのも時間の問題かと思われたのだが……。
クラスでもお調子者で知られる友人のひとり、島村に誘われて、放課後、数人の友人たちと体育倉庫に隠れて、“ソレ”を見たコトが、カナメにとっての転機となった。
「ヘッヘッヘッ、兄貴が隠してたHぃグラビア、持って来たぜ!」
「「「「おーーーーーっ!」」」」
どうやら、秘密のお宝本(!)観賞会らしい。
(ふーん、漫画とかであったけど、やっぱ男の子って、放課後こんな風に集まって猥談したりエロ本見たりするんだ)
おそらく女の子の身では一生知らないままであったろう、「男子の秘密の世界」を垣間見たことで、予想以上に興奮するカナメ。
──いや、その時は、そう思っていたのだ。
島村がコソコソとカバンの中から取り出した写真集には『潮風の妖精/元TSDメンバー橘亜紀良 21歳の夏』とタイトルがついており、水色の前開きワンピースのボタンをひとつだけとめた女性の姿が映っている。
巧みに下半身の一点と乳房の頂点だけは隠しているものの、ノースリーブワンピース自体が薄い素材でできている上、ところどころ水に濡れているため、下手な全裸よりエロティックだ。
(へぇ~、確かに、コレは女の目から見ても、なかなか際どいかな)
そんなコトを考えつつ、周囲の少年達に合わせて「すげぇーっ!」とか適当な歓声をあげていたカナメだが、気がつけばどういうワケかその写真集から目が離せなくなっていた。
「でだ。よく見てみると、この橘亜紀良って──ウチのガッコの笹川先生に似てね?」
「「「「!」」」」
島村の言葉は盲点だったが、確かにそう言われてみれば似ている気がする。
カナメたちの隣りのクラス担任の笹川は、今年で25歳になるまだ若い女性教諭だ。
美人なうえに優しい性格から男女問わず人気が高いが、生徒間の噂では、5年2組の担任の兵頭教諭とデキているのではないか、という話がある。
実際、ふたりが休日にデートしているトコロを見た生徒もいるらしい。
そんな清楚な女教師が、こんな風に肌も露わな格好で、コチラを挑発するような様々なポーズをとっていると想像したら……。
「うぉーーーっ、何か萌えてきた!」
カナメは思わずそんな言葉を口走っていた。
だが、その場にいた者は皆同様の気持ちだったのか、ニヤニヤしながら「うんうん」と頷いている。
もどかしげにページをめくりつつ、時折「すげぇ」だの「うわぁ」だの言葉を口々に呟きつつ、少年達のボルテージが高まる。
その興奮の渦の中に、いつしかごく自然に巻き込まれているカナメの姿があった。
その時のカナメには、自分が本来16歳の少女であり、女性の裸体なんて見慣れている──という意識はきれいサッパリ消え失せていた。
気が付けば、半ズボンの上から股間に手を当て、モゾモゾとソコを刺激していたのだ。
さすがに、ハッとして周囲に視線をやったものの、他の少年たちも似たりよったりの状況だったため、安心して“刺激”を継続する。
思えば、“要”になりきっての自慰行為など、兆候はあったのだろう。
さすがに、その場は最後まで気をヤるようなコトはなかったものの、「男の子としてのオナニー」のとっかかりを得たことをキッカケに、カナメの性的興味の対象は、それまでの“幼い少年”から一転し、知らず知らず“若い女性”へと変化していったのだった。
* * *
その一件以来、カナメの悪戯はピタリと収まった。そればかりか、体育の時間の着替えなどで、不埒な真似を働くこともなくなり、“妙な色っぽさ”を振り撒くことも、急速に減少していったのである。
おかげで、前途を誤りかけていた少年数名と蓮川教諭の悩み事は、自然に解消されることとなった。
しかし……。
「おい、浅倉、有沢、今日はサッカーの練習休みなんだろ。俺ン家に遊びにこねーか?」
「お、いいな。島村、『スト4』買ったんだろ、『スト4』」
「ヘヘッ、ソレもいいけど、実は──兄貴の本棚から、ちょいとイイ本を見つけたんだぜ」
島村少年の少々下品なニヤニヤ顔から、カナメも“イイ本”の内容に想像がついた。
「なにっ、ホントかよ? 見せれ見せれ!」
「あわてるなって、だから、放課後に俺ン家に集合な!」
小学生とは思えぬスケベ面をさらす島村やカナメの様子を、キョトンとした顔で見守る耕平。
「??? なんだ? ゲームよりおもしろいモノなのかよ?」
「──まったく、コレだから耕平は」
「お子様だから困るぜ」
ふたりは、揃って肩をすくめる。
そして放課後、島村少年とともに息を荒げながら、元アイドル女優の際どい写真集(と言ってもせいぜいがセミヌード程度なのだが)を覗きこむカナメの様子は、すっかり「思春期特有の欲求に悶々とする12歳の少年」そのものだった。
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