【その7/ハイスクール・ランブリング】
奈津実や新しく友人になった睦美とともに朝食を食べ終えたミユキは、食事後、ふたりと雑談を交わしながら寮の洗面スペースに同行した。
男なら食後にそのままカバン持って登校するのが普通だろうが、女の子の場合はそうもいかない。
ふたりの友人の見よう見真似で、ミユキも身だしなみを整える──と言っても、歯磨きして軽く口をすすぎ、制服のポケットから取り出した薄い色のリップを引き直し、髪が跳ねていないか確認するくらいのものだが。
幸いにして、本物の美幸と大差ないショートカットのミユキは、髪に手間をかける労力を大幅に節約できるのがありがたかった。
2、3度身体を左右に捻って、特におかしいところがないコトを確認してから、自室に戻る。
学生寮は学園のすぐそばにあるとは言え、それでも5分くらいはかかるから、すでにあまり時間的余裕はない。昨日のうちに用意しておいた学生カバンを手に、ミユキは足早に部屋を出た。
「お、来たね、みゆみゆ。じゃ、ちょっと急ごうか。ムッちゃんも一緒に行くって、玄関で待ってるはずだから」
「そうで…そうだね。睦美さんを待たせちゃ悪いし」
「廊下を走るな」という寮則に違反しない程度に、ふたりは足を速める。
そんな朝の慌ただしさに紛れて、ミユキも、事情を知っているはずの奈津実も、些細な違和感を見過ごしてしまったのだ。
どうしてミユキのポケットにリップが入っていたのか──いや、仮に入れたのは本物の美幸だとしても、どうしてそのコトをミユキが当り前のように知っていたのか。
さらに言うなら、“彼女”が何の違和感もなく平然とソレを使い、唇を彩ったことも奇妙と言えば奇妙なコトだ。
純情少年な要なら、たとえ従姉とは言え女の人と間接キスするというコトに動揺しないはずがないし、それがなくとも今まで一度もリップクリームなんて塗ったことがないはずなのだから。
本人が知らない間に微細な部分で“浸食”は始まっているのだが、未だソレに気づく者はいなかった。
「──で、どう、初めて受ける高校の授業時間の感想は?」
昼休みになって、学食の購買でサンドイッチとジュースを買い、ふたりで中庭のベンチに腰かけて食べながら、奈津実が小声でミユキに聞いてきた。
「どうって言われても──よくわかんないからノートとるだけで精いっぱいだよ」
眉をハの字にして、困ったように言うミユキの答えに、「それもそうか」と頷きかけて、奈津実はあるコトを思い出す。
「ところで、浅倉要くんは学校の勉強は得意なほうなのかにゃ?」
「うーーーん、そんなに悪くはないけど──でも、クラスで一番とかそういうレベルじゃないよ? あくまで、“平均よりは上”って程度かな」
ミユキ(要)は謙遜するが、実はクラスで一番ではないにせよ、五指に入ることは確実だったりする。
「それにしては、数学の時間、先生に当てられても、普通に答えてたじゃん。しかも正解だし」
「うん、算数は得意なんだ。もう止めちゃったけど、去年まで公●式に通ってたから」
「Jまでいったよ~」と本人はのんきなコトを言っているが、実はK教材の内容はほぼ中学3年クラスである。●文式では珍しくないケースとは言え、ちょっとした優等生レベルだ。
「国語は? 小学生には結構難しい漢字もあるんじゃない?」
「え、そうかなぁ。新聞にないような難しい字とかは出てこなかったと思うけど」
両親の薫陶の賜物か、この子は12歳にしてふだんから新聞を読んでいるらしい。
実家にいた頃はテレビ欄と三面記事くらいしか目を通さなかった奈津実としては、耳が痛い話だ。
「うわ~、ミユキちゃんに勉強教えてあげようかと思ったけど、必要なかったかな」
「ううん、そんなコトないよ。国語とかさん…数学はともかく、全然習ってない事柄はサッパリだし」
確かに、理科や社会などの暗記系科目は絶対的に知識量が足りていないだろう。
「よし、それじゃあ、一番問題ありそうな英語から、おねーさんが教えて進ぜよう!」
「Thank you Miss. But,Please teach me gently.
(ありがとうございます。でも、お手柔らかにお願いしますね)」
いくらかたどたどしいものの、十分に英語とわかる言葉がミユキの口から発せられる。
「──もしかして、それも公●式?」
「うん。こっちは簡単な日常会話くらいだけど」
「何、このチート小学生、こわい」
ひょっとして、全教科赤点スレスレの本物の美幸より、いい点取れるんじゃないか──と、心配するのが馬鹿らしくなってきた奈津実だった。
昼休みが終わり、午後一の5時間目の授業は体育だった。
もちろんミユキも、体操着を持って奈津実や睦美と一緒に女子更衣室に移動する。
(キタっ! 男の娘潜入モノのお約束と言えば、「女子更衣室」!! コレでモジモジと恥じらうミユキちゃんが見れるはず!)
と、密かにワクワクしていた奈津実の妄想は、睦美や周囲の女の子たちと気軽に会話しながら着替えるミユキの姿にアッサリ打ち砕かれた。
「あれ、どうかした、奈津実さん?」
更衣室の隅で、orzな姿勢で打ちひしがれる奈津実を見つけて声をかけるミユキ。
「み、ミユキちゃん、平気、なの?」
「?? 何が?」
「なにって、女子のき……」
着替え、と言いかけて、奈津実も自分の愚かさに気づく。
昨日そして一昨日とミユキは自分と一緒に女子寮のお風呂に入っているのだ。無論、たった二日程度では完全に慣れたとは言えないが、それでも女の子の裸に過剰に反応するようなコトはなくなっている。
そんな状態のミユキが、いまさら「下着姿になる程度の着替え」でオタオタするワケがないではないか。
「(そりゃそうだにゃ~)う、ううん、何でもないよん」
こっそりミユキのウブな反応を期待していた奈津実としては残念だが、本人のコトを考えれば不審感を抱かれてバレる懸念材料が減ったのだから、喜ばしいコトだろう。
「??? ヘンな奈津実さん……」
狐につままれたような顔で首を傾げながら、ミユキはタイをほどいてブラウスを脱ぎ、袖口と襟もとにエンジ色の縁取りが入った半袖の体操服をかぶる。
周囲を見て学習したのか、スカートのまま紺色のブルマに足を通し、腰まで引き上げてから、スカートを脱ぐ。
「もしかしたらブルマ姿に恥ずかしがるかも」というアテまで外れた奈津実だが、これはミユキ──要が小六だからこそ、平然としているのも無理はないのだ。
今のご時世、高校は元よりほとんどの小中学校から女子の体操着としてのブルマは消滅しており、この学園で採用されているコト自体、冗談みたいな話だ。
そのため、ミユキにとってはソレは単に「初めて見る体操着」に過ぎず、また幼い純朴さから“ブルマ”という代物に世の男性が抱く欲望の類いも理解していない。
形状だけ見れば夏にプールで履く水泳パンツ(ビキニ型)と大差なく、むしろ覆う面積は広いとさえ言えるのだ。
加えて、普段から半ズボンを愛用しており、生足、とくに太腿を見せるコトに女の子のような羞恥心がないのだから、恥じらうほうが、むしろおかしいだろう。
微妙に期待が外された気分になりつつも、面倒見のいい奈津実は、ミユキのフォローをするべく、柔軟体操の相方を買って出たのだが、そこでもミユキの身体の柔らかさに驚かされることとなった。
「うわっ、座位前屈であっさり爪先を両手でガッチリ握りしめてる!?」
「2年前まで、体操教室に通ってたからねー」
苦もなく相撲で言う股割りの姿勢で両脚を広げつつ、身体をペタンと地面に寝かせてみせるミユキ。
「すごーーーい!」
男子より身体の柔らかい女子でも、コレが出来る者はそう多くないだろう。
「エヘヘ、こういうコトもできるよ?」
感心されて嬉しかったのか、調子に乗ったミユキはさらに色々やって見せる。
弓なりに身体を後方に逸らし、両手をついてブリッジの姿勢になったのち、シュタッと後方に半回転して立ち上がるミユキを見て、奈津実は本来は本物の美幸に頼むつもりだった、ある懸案事項についての解決方法を思いついた。
柔軟後はバレーボールの試合となったのだが、そこでもミユキはしなやかに身体を動かして、本来3歳も年上の少女達相手に獅子奮迅の活躍を見せる。
「体力面でも問題なさそうだし──よし、イケる!」
「長谷部さん、なんだか悪そうな顔してますわよ?」
傍らでちょっとヒいてる睦美に注意されるまで、奈津実の顔からニヤニヤ笑いが消えることはなかった。
そして放課後。
寮に帰る前に、今日は近くの商店街にでも立ち寄ってみようか──と考えていたミユキを、奈津実が呼びとめた。
「ダメだよ、ミユキちゃん、今日は部活のある日だって」
(あれ?
「一応、この学校は全員部活参加が決まりになってるからね。ま、確かにサボリの常習犯ではあったけどサ」
幽霊部員というヤツだろうか。
「うん。でも、どうせだからミユキちゃんも、この学校にいる間だけでも参加してみようよ」
そう言えば、奈津実さんも同じ部活なんだっけ──と、昨日、富士見くんからチラッと聞いた話を思い出す。
あまりにも“本来の美幸”と違うコトをするのは問題あるかもしれないが、正直に言えばミユキとしても高校生の部活というものに興味津津だった。
「同じ部活の奈津実に強引に誘われ、渋々参加する」という体裁をとれば、周囲の人間も不審に思わないだろう。
ちょっと心を躍らせながら、奈津実の案内でふたりが所属する部活の部室に足を踏み入れたミユキだったが……。
てっきり漫研や電脳部といった文化系、それもエンタメ系のクラブだとばかり思っていたのだが、奈津実がミユキを引っ張って来た部室は、沢山のロッカーが並ぶ、体育会系クラブ棟の一画だった。
「ちょっと意外かも」
「にゃはは、確かに美幸ちゃんのイメージとは、だいぶ方向性違うかもね。あ、そこの右端が美幸ちゃんのロッカーだよ。中に入ってる練習着に着替えてね」
「うん、わかった」
気楽に返事をして“1年/早川”と書かれたロッカーを開けたミユキだったが、中のハンガーにかけられていたモノを手にして硬直する。
ソレは、薄いピンク色をした長袖のボディスーツ──いわゆるレオタードと呼ばれる代物だったからだ。
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