【閑話/カナメ、サッカーしようぜ!】

 「浅倉要」と呼ばれる“少年”──実は他人にそう見えているだけで、本当はその従姉である美幸──は、いささか不機嫌だった。


 正確には、つい先ほど、ほんの10分ほど前まで、極めてご機嫌だったのだ。

 鳥魚なんとか言う魔法の絵の効力で、従弟の要と立場を入れ替えて、はや一週間。


 “要”として浅倉夫妻に連れ出された当初こそ焦ったが、昨日早川家に残った“美幸”──本物の要と連絡がついて、元に戻るための予定を決めると、かえって肝が据わった。むしろ、滅多にないチャンスだとさえ、彼女は考えていたのだ。


 この早川美幸という少女、何しろ高校1年生にして、早くもショタコンかつ腐女子の傾向がある。そんな彼女にとって、ひと月近くも「小学6年生の男の子の生活」を体験出来るというのは、考えようによってはこの上ないご褒美だったのだ。


 例えば、家での生活からしても、“男の子”の暮らしは非常に気が楽だった。

 早川家の両親は、娘のヲタク気味な趣味については、それほどうるさくなかった(ただし、歓迎もしていない)が、部屋の掃除や行儀作法といった生活態度そのものには比較的厳しい方で、美幸はしばしば注意されていたのだ。


 美幸はことさらに男勝りとか活発というタイプではないものの、ガサツというかズボラで整理整頓とか上品だとか言うことが苦手なタチだ。

 それなのに“女の子”だからというだけの理由で「キチンとしなさい」と叱られることに、彼女は常々不満を抱いていたのだ。


 しかしながら、浅倉家の“両親(本来は叔父叔母にあたる人達)”は、元々大らかな性格であり、かつ要が男の子であるためか、カナメ(=美幸)の生活態度に関してあまり口うるさいことを言わなかった。


 さらに言えば、着る服についても同様だ。

 女子高生にあるまじく、コスプレ以外のお洒落とかファッションにてんで興味のない美幸は、家にいる時ぐらい夏場はTシャツ1枚と短パンで十分だと思うのだが、早川家の両親、とくに母親は何かと可愛らしい格好をさせようとしてくる。


 「あんなのあたしに似合わないってのにさ! それに比べて、コッチはいいなぁ」


 “要”の部屋でベッドに寝転がりながら少年マンガ誌を読んでいるカナメの格好は、ショートパンツにタンクトップ(と言うよりランニングシャツ)一枚という軽装だった。


 幸か不幸か美幸の胸は高一女子としては悲しくなる程に慎ましい大きさなので、ブラジャーをしなくてもさほど困らない。

 いや、むしろしない方が締めつけ感がなくて楽だ──とさえ、カナメは思っていた。


 コレが学園の寮とかにいると、まがりなりにも女子高生が自室以外でノーブラというワケにもいかないのだから、面倒くさい。

 そういう面では「紳士淑女を育てる」と豪語する星河丘は割合厳しい方だった。


 その点、“小六の男の子”である現在のカナメは、誰はばかることなく気楽な格好をしていらる、というワケだ。その解放感は推して知るべし。


 「そう言えば、アイツ、今頃学園の寮に“帰って”るんだよね──いっそのこと、アイツをだまくらかして、寒くなる頃までこのままでいようかなぁ」


 冗談交じりに自分勝手なコトを呟くカナメ。


 ところが。

 そんな身勝手なコトを考えていた罰が当たったのか、“彼”は10分後、わざわざ8月最終日に要の通う小学校に足を運ぶことになったのだ。


 なぜかと言えば、原因はカナメのすぐ横を歩いている少年にある。

 少年の名前は有沢耕平。浅倉要の一番仲の良い親友──らしい。少なくとも、要本人はそう言ってたし、耕平の態度からしても、それは間違いなさそうだ。


 「要、夏休み後半のクラブの練習休んだだろ? 事情があったのは知っているけど、このままだとレギュラー外されるぜ?」


 そう言って、耕平少年は渋るカナメを学校のグラウンドまで連れだしたのだ。


 生粋のインドア派ヲタクのカナメとしては、この炎天下にサッカーの練習だなんて勘弁してほしいのだが、一応本物の要の立場も考慮せざるを得ない。

 少なからずちゃらんぽらんなトコロがある美幸とは言え、自分のことを“姉ちゃん”と慕う従弟の立場を悪くすることはできれば避けたかった。


 (ふぅ~、間近で小学生男子の健康的なフトモモを存分に観賞できるのを心の支えにしますか)


 そんな邪な妄想で空元気を絞り出すつもりだったカナメなのだが──本人も意外なコトに、小学生FCチームのトレーニングに意外とスムーズについていけていた。


 (ま、考えてみれば、なんだかんだ言ってこの子ら小学生だもんねぇ)


 女とは言え、まがりなりにも自分は本来高校生なのだから、さすがに小学生に劣ることはないか──と納得するカナメ。

 そうとわかると俄然練習するのがおもしろくなってくる。4、5年の後輩達が、カナメの華麗なドリブルやシュートに見とれ、尊敬の眼差しで見てくるのも、すこぶる愉快だ。


 ──実のところ、“彼”の考えは少々的を外していた。

 確かに小六男子と高一女子なら、体力的には互角か、僅かに高一女子の方が有利だろう。しかしそれは、“平均的な生徒”の話だ。


 学期中はもちろん休み中も頻繁にトレーニングしている12歳の少年と、形だけ運動部に籍は置いているとは言え、実質帰宅部でロクに運動しない16歳の少女を比べれば、間違いなく前者に軍配が上がる。


 それが、なぜこのようなコトになっているかと言えば、もちろんあの絵図の能力ちからである。現在の立場を全うできるよう、様々な面で補整がかかるようになっているのだ。


 そんなコトとも露知らず、カナメ本人は「サッカーアニメも結構バカに出来ないなぁ。色々見ててよかったぁ」と脳天気なコトを考えていたりする。


 いくら「キ○プ翼」や「ホイ○スル」、あるいは「イナイレ」などを熱心に見ていたからと言って、ズブの素人がいきなり練習試合でハットトリック決められるようになったら、プロ選手は商売上がったりだろう。


 しかし、完全に勘違いしてフィールドを思う存分駆け巡ったカナメは、すっかりサッカーをプレイすることの魅力に目覚めてしまい、以後真面目に練習に出るようになるのだから、それはそれで結果オーライ、なのかもしれない。


 そして、このコトがふたりの身に起こる“変化”を加速させていくことになるのだが──それについては、現時点ではどちらも変化の兆しにすらまだ気づいていなかったのである。

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