【その4/どきどきバスタイム】

──カッポーーーーン……


 と言う効果音が響くここは、お約束通りに風呂場。ただし、一般家庭の浴室などではなく、星河丘学園女子寮の1階に設置された、スパ風の大浴場である。


 脱衣場から入って右手に5、60人程度は余裕で入れそうな大きな檜製の湯船があり、その隣りには女生徒の美容を考慮してかジェット風呂なども備えられている。


 左手側は洗い場となっていて、同じく50人分のシャワーと蛇口が風呂椅子とともに備えられていた。簡単な仕切りもついているのは、体型その他でコンプレックスを抱く子への配慮だろうか?


 さらにはガラス戸を開けて外(といっても周囲は高めの塀で囲われてはいるが)に出れば、いわゆる露天風呂(日替わりハーブ入り)を堪能できるし、10数人程度が入れる小部屋となったサウナや、水風呂までもある。

 下手な温泉施設に行くのが馬鹿らしくなるほどの充実ぶりだった。


 ちなみに、クラスメイトの男子によれば、男子寮の方の大浴場は、やや古いこともあってここまで豪華ではなく、昔懐かしい銭湯風の造りなのだとか。


 「まぁ、それはそれで風情があって、おもしろそうだよねぇ~」

 「あ、う、うん。そう、だね」


 歯切れの悪い答えを返す“クラスメイト”の方を見て、目をパチクリさせる長谷部奈津実。


 彼女の隣りで、真っ赤な顔して湯船浸かっているのは、クラスメイトであり、寮の隣室の住人であり、さらに(幽霊部員とはいえ)同じクラブに所属している部活仲間でもある、“早川美幸”のはずなのだが……。


 「あれ、もしかして、みゆみゆ、ノボセちゃった?」


 風呂の温度はややぬるめに設定されているが、かかり湯もそこそこに、“美幸”は湯船に入ったかと思うと、一番端っこに陣取って以来、ほとんど身動きしていないのだ。湯当たりしてもおかしくない。


 「いや……って言うか、その……」


 言いにくそうに口ごもっている“美幸”の様子に、ようやく“彼女”が何を気にしているか思い当たったようだ。


 「ああ、そうか──そんな心配することないと思うよー、周囲には完全に美幸ちゃんに見えてるみたいだし」


 そう、言うまでもなく、ココにいるミユキは美幸に非ず。実際には、小学六年生の少年で、本物の美幸の従弟にあたる浅倉要なのだ。

 もっとも、アヤしげな魔法の絵の効果によって、一週間程前から従姉と“立場”が入れ替わってしまい、周囲には彼が“彼女”に──星河丘学園高等部1年C組の女生徒、早川美幸に見えているのだが。


 「そ、それもあるけど、いいのかなぁ、ボクなんかがココにいて……」


 スポーツ大好き少年な要だが、性格的には“やんちゃ”と言うよりは“優等生”と言う方が近い。

 気が弱い──というわけではないが、なまじ頭がよくて礼儀正しいため、覗きをしているような今の状態に罪悪感を覚えているのだろう。


 「アハハ、ミユキちゃんは真面目だね。こういう事態なんだから、役得って割り切ればいいのに~」


 偶然ミユキの事情を知り、“彼女”の協力者となることを約束した奈津実だが、同時に、その軽くて能天気な性格ゆえか、ミユキをよくからかってくる。

 まぁ、からかうとは言え、周囲へのフォローはしてくれてるし、“女子高生”の生活習慣に疎いミユキに対して色々教えてくれるので、助かってはいるのだが。


 (──美幸お姉ちゃんが苦手にしてたのって、わかる気がするなぁ……)


 決して悪い人ではない、むしろ世話好きでお人好しの部類に入るだろう奈津実だが、あのインドア派で騒がしいのが嫌いな従姉にとっては、構われるのはさぞ苦痛だったろう。


 ミユキの場合は、時に「もっと落ち着きなよ」と感じないではないのだが、奈津実が色々気遣ってくれていることも十分理解しているため、差し伸べられたその手を振りほどこうとは思わなかった。


 そういう意味では、本物の美幸より“彼女”の方が、コミュニケーション能力の高い「大人」だと言えるかもしれない。


 「そりゃ、ボクだって興味ないワケじゃないけどさ──さすがに、この状況だと、万が一バレたら、「しめんそか」でしょ」

 「お、難しい言葉知ってるね~。でも、ミユキちゃん、本来は小六でしょ。なら、銭湯とかで女風呂に入ってもギリギリセーフだと思うよ」


 元々男子の11、2歳という年齢は、かなり成長差が激しい。

 要は、背丈自体は155センチと平均よりやや高めであったが、第二次性徴の兆しはあまり見受けられず、まだ声変わりもしていない。陰部に毛も生えていないし、さらに言うなら実は精通自体もまだだったりする。

 たとえば母親などと一緒に女風呂に入っても、笑って許される範囲だろう。


 「それは──そうかもしんないけど」


 とは言え、ビミョーなオトシゴロ。意識するなと言う方が無理ではある。


 しかし、いつまでも湯船の隅に縮こまっていては悪目立ちするし、本当にノボせて倒れるかもしれない。そうなっては、「周囲に怪しまれないように」と大浴場まで来たのに本末転倒だ。


 奈津実に促されて、ミユキは渋々湯船を出、無意識に股間と、なぜか胸元をタオルで隠しながら洗い場の隅へと足を運んだ。


 「あ、そうそう。念のため聞くけど、ミユキちゃん、ひとりで髪の毛とか身体洗える?」

 「あ、あたりまえでしょ。そこまで子供扱いしないでください!」


 (一応小声で)それでも憤慨するミユキに、奈津実はチッチッチと立てた人差指を振ってみせる。


 「わたしが言ってるのは、「女の子の洗い方が出来るか」ってことなんだけど?」

 「う……」


 そう言われてしまうと、ミユキとしては、ぐぅの音も出ない。

 一昨年くらいまでは、本物の美幸に誘われて一緒にお風呂に入ってたりもしたが、「イトコのお姉ちゃんの裸」を見るのが気恥ずかしいという気持ちもあって、そんなにじっくり観察したりはしていない。


 何となく「こんな感じだったかなー?」という仕草を実演してみせると、奈津実の評価は「60点。もう少し頑張りましょう」といったところで、いくつか細かい部分を指摘され、直された。


 「お湯で軽く流して、シャンプーして洗って流して、そのあともう一度リンスして流す──って、女の子の洗髪ってめんどくさいんだね」


 言葉通りにたっぷりシャンプーを付けて、襟を隠す程度の長さの髪を、奈津実に言われた通り丁寧に洗っているミユキが嘆息する。


 「あはは、まぁ、みんなやってることだしね。その面倒を乗り越えてでも、少しでも綺麗になりたいと言うのが、乙女心というヤツだよん。それに、ミユキちゃんは、ショートに近いセミロングだから、まだ楽な方だよ」


 確かにザッと風呂場を見渡してみても、さすがは名門私立の女子高生、背中どころかお尻まで届きそうなロングヘアの娘も何人か見受けられる。あれだけ長いと髪を洗うのはひと苦労だろう。


 目の前の奈津実にしても、普段のサイドポニーをほどくと、背中を覆うくらいの長さはあるのだ。


 「ふぅん──だから、女の人のお風呂って長いんだ」


 慣れない手つきでリンスしながら(ちなみに、シャンプーとリンスは奈津実のものを借りている)、納得したという風にウンウンと頷くミユキ。


 「ミユキちゃんは、家ではカラスの行水?」

 「それって、お風呂が短いことのたとえだっけ? ううん、そうでもないかな。むしろ、お風呂に入る事自体はけっこう好きかも。

 ただ、家だと、あんまり長く入ってると、待たされたお父さんが、びみょーに不キゲンになるんだよね」


 現在の早川家の習慣では、寝る時間の早い要が一番、次が父親で、色々手間のかかる母親が最後と決まっているのだ。


 「だから、こんな風に広いお風呂にのんびり入れるのは、ちょっとだけうれしいかも」


 大浴場備え付けのボディーシャンプーで身体を優しく洗いながら、笑顔になる。


 「あはは、良かったじゃない。今日はもう遅いからあんまりゆっくりしてられないけど、この寮のお風呂は、夕方6時からならいつでも入れるし、明日からはもっと早めに来てみたら?

 夜、扉の向こうの露天風呂とかに星空を見ながら入るのもロマンチックだし、ハーブの効果でお肌つるつるになれるしね!」

 「そっかー、明日が楽しみだなぁ」


 そんな風に奈津実と会話しているうちに、気づけばミユキは、ここが女風呂だと言うことを忘れ、すっかりリラックスしていた。


 いや、正確には「忘れた」のではなく、「気にならなくなった」と言うべきか。

 最初女風呂に足を踏み入れた時は、自分自身の恥ずかしさを別にしても、見知らぬ外国に迷い込んだ異邦人みたいな、頼りない恐怖感を感じていたのだ。


 ところが、ずっと入っていても特に周囲に異端視されることもなく、奈津実と気楽に雑談し、時にはクラスメイトらしき女の子に挨拶されて会釈を返したりしているうちに、自分が今ここにいることが、ごく自然に思えて来たのだ。


 ──実は、コレ、例の“絵”の効果が一段階進行したからにほかならないのだが、ミユキがその真相に気づくことはなかった。

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