【その3/初めてのブラ】

 「それで、美幸ちゃんは下着はどこにしまってるのかな?」

 「あ、それは──コッチの下から二段目のはずです」


 奈津実をシンプルな木目地のタンスの前に案内するミユキ。


 ──しかし、彼、いや“彼女”は気づいているだろうか?


 確かに美幸は要に、寮のタンスに「制服の替えや私服、下着がある」ことは説明していたが、その詳細までは教えていなかったコトに。

 それなのに、今自分が迷うこともなくブラジャーのしまってある場所を奈津実に教えたコトに。


 それが何を意味するのかは、“彼女”自身が理解するには、いましばらくの時間が必要であった。


 「ふむふむ……相変わらず、素っ気ないデザインの下着だなぁ──って、アレ?」


 物怖じしない性格故か、友人のタンスを物色していた奈津実は、白や薄い水色の地味な下着類に隠れるように、黒や紫、あるいはショッキングピンクなどの派手なカラーのものがしまわれていることに気付く。


 デザインの方も、かなり大胆なハイレグや紐パン、あるいは逆にレースの装飾がたっぷり施されたブラやシミーズなど、15歳の少女としてはなかなか思い切った代物だ。


 「なぁんだ。やっぱりみゆみゆも女の子だね♪」


 奈津実はそれらを美幸がコッソリ買った“勝負用下着”だと思い、ニンマリしたのだが、事実は多少趣きが異なる。

 隠れた趣味のコスプレをするために、こっそり通販で買った衣装を美幸が着る時、気分を盛り上げるために着る用のものなのだ。

 まぁ、ソレはソレで、ある意味“勝負用”と言えないこともないだろうが。


 「ミ・ユ・キちゃーん、ねぇ、どっちがいいかな?」


 悪戯っぽい表情で(いや、完全にからかう気満々で)、ワザとそれら派手な方の下着の上下セットを、ミユキに見せびらかす奈津実。


 「う、あ、えーと、その、ボクが選ぶの?」


 小学生とは言え、微妙なお年頃のミユキが、顔を真っ赤にしながら奈津実に聞き返す。


 「うん。だって、さすがに毎朝わたしが来て選ぶのもヘンでしょ?」


 確かに、もっともな話だった。


 「ええっと……」


 利発なミユキもソレは理解できたので、努めて意識しないよう心がけつつ、奈津実に示されたふたつの「選択肢」を吟味する。

 そして、冷静に考えると、すぐに答えはひとつしかないことに気付いた。


 「み、右の方でお願いします」


 奈津実が左手に持ってる方は、角度のかなり際どい角度のハイレグショーツとストラップレスのブラジャーだ。

 デザインが比較的シンプルなのはよいが、まがりなりにも生物的に♂なミユキでは、身体の線やナニの形が明確に浮かび上がってしまう。


 その点、右手のショーツとフルカップブラジャーは、フリルとレースの装飾がごっちゃりついた少女趣味なデザインだが、だからこそ体型その他がカバーしやすそうだった。


 もっとも、実のところ例の鳥魚相換図の魔力(?)で、ミユキの姿は、本人同士とバレた奈津実以外には完全に“美幸”本人に見えているので、あまりその辺を気にする必要はなかったのだが。


 「お! お客さん、お目が高いね~。コチラはエンジェルドリーム「天使の夢」って人気ブランドの売れ筋商品だよ。コレを着たら、どんなお転婆娘も可愛らしい天使に早変わり、って評判なんだ~」


 本当か嘘か分からない奈津実のウンチクを素直なミユキは「へー」と感心して聞いている。


 「じゃあ、ミユキちゃん、これに着替えよっか」

 「う、うん……」


 そう返事はしたもののモジモジしているミユキ。


 「うーん、恥ずかしいのはわかるけど、お風呂はもちろん、体育の時の着替えとかもあるし、慣れないとね?」


 優しく言い聞かせる奈津実の言葉にコクリと頷くと、ミユキは躊躇いながらもTシャツとショートパンツを脱ぐ。さらに、耳まで真っ赤になりながら最後の砦──ピンクの水玉模様のショーツを下半身から脱ぎ棄てた。


 「ほぇ~」

 「あ、あのぅ奈津実、さん?」


 感嘆したように彼の裸身、特に股間のあたりを見つめる奈津実の視線に、落ちつかなげに身をよじるミユキ。

 自然と右手で股間を隠しているのはいいとして、左手を胸に回しているのは何故なのだろうか?


 「あ、ゴメンゴメン。や~、男の子だとは知ってても、わたしの目には、どう見ても女の子に見えるんだよねー、不思議なコトに」


 どうやら奈津実も、鳥魚相換図の影響から完全に抜け出したワケではないらしい。


 「そ、そうなんだ」


 ミユキは微妙に複雑な表情になる。


 (バレないのは助かるけど、男として何か悔しいような──でも、ちょっとホッとしたような……)


 そう思いながら、奈津実に渡された明るいライムグリーンのショーツに足を通す。


 (女の子のパンツって、不思議だよね。元はちっちゃく見えるのに、履いてみたらそんなに窮屈じゃないし)


 「それに肌触りとか気持ちいいし」という正直な感想は、あえて考えないようにする。

 まったく恥ずかしくないワケではないが、この1週間あまり美幸の自宅で、ミユキとして(できるだけ中性的なものを選んでいたとはいえ)女物で過ごしてきたのだ。多少は慣れて免疫もできている。

 そう、ショーツまでは。問題は、ココからだった。


 「は~い、じゃあミユキちゃん、いよいよ初ブラジャー、試そうか?」


 何が楽しいのかニコニコ笑顔の奈津実が、ショーツとセットのブラジャーを手にミユキの背後に迫る。


 「お、おてやわらかに、おねがいします」


 テレビで聞いたことはあるものの、自分では一度も使ったことのなかったフレーズで、おそるおそる頼み込むミユキ。


 「にゃはは、大丈夫ダイジョ~ブ、ヘンなことはしないから」


 明るく笑う奈津実の言葉を、とりあえずは信用する。


 「ではまず、最初に前に回したホックをとめます」

 「え!? でも、コレじゃあ後前だよね?」

 「うん。だからホックをとめたらグルリと180度回転させるんだ。わかる?」

 「──こんな感じ?」

 「そうそう。で、次にその状態からストラップの部分を肩にかけるの」


 確かに、奈津実の説明は丁寧でわかりやすかった。まだミユキが幼く身体が柔らかかったことも幸いしたのだろう。


 「えーーっと……こう?」

 「うん、OK。で、最後に脇腹のお肉とか脂肪を寄せて……」

 「ひゃん! な、奈津実さん、くすぐったいよォ」

 「アハハ、ちょっとだけ我慢してね~。本来は自分でやるから、そんなくすぐったくはないだろうから」

 「う、うん……でも、何でこんなコトするの?」

 「フフ、乙女のたしなみ──ってか見栄だよン。こうした方が、ブラジャーのカップの中味が充実して、オッパイが大きく見えるんだよ。ミユキちゃんも鏡、見てごらん」


 奈津実がミユキの両肩に手を置き、鏡の前に誘導する。


 「へ? 鏡って……あっ!」


 視線の先、鏡の中には、ミユキ自身の目から見ても「今時の女子高生にしては、ちょっと小柄な女の子」にしか見えない「少女」が映っていた。

 親戚とは言え、顔立ち自体は本物の美幸とさほど似てないはずなのだが……今鏡に映っているのは、どういうワケか“美幸”そのものに思えた。


 「え……う、嘘?」


 ミユキ自身も、そんな自らの姿に違和感を覚えることなく、それが当り前のように感じる。


 (あれ? ボクって、本当は早川美幸じゃなくて浅倉要……のはずだよね?)


 自分のアイデンティティが揺らぐような、不安定な感覚に一瞬目眩がしたミユキだったが。


 「ん~、ミユキちゃん、可愛いっ!」


 背後から奈津実に抱きしめられることで、すぐに現実感覚を取り戻す。


 「うわっ! な、奈津実さん、はなれてよー!!」

 「ヤダよ~。それに、女の子同士のスキンシップなら、コレくらい普通だよ? 早く慣れないと」

 「わ、わかった。わかったから、いったん離してーー!」


 キャイキャイとはしゃくふたりの様は、すっかり同年代の女の子そのものだ。

 だから、ミユキは気付かなかった。あるいは、見過ごしてしまった。

 自分が、たった今、取り返しのつかない第一歩を踏み出してしまったコトに。

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