【その2/心強いお友達】
ミユキ──“早川美幸”のフリをした従弟の少年・浅倉要は、女子寮に来て早々にピンチに陥っていた。
「ねぇ、キミ、誰? みゆみゆじゃないよね?」
夕飯後に、本物の美幸の友人と思しき女の子から、いきなりそう問い詰められたのだ。
いや、実際には相手はノホホンとした口調で“問い詰め”とかいう雰囲気ではなかったが、やましいトコロがあるミユキには、そう感じられた。
「な、何を根拠にそんな……」
焦っているせいか、従姉の口調を真似できてるかは大いにアヤしい。
「んー? だってさっきの晩御飯の時、みゆみゆが魚残さなかったし~」
「あ、アレはたまたま……」
「あと、わたし、CDなんて借りた記憶ないし~」
どうやらカマをかけられたらしい。
「だ、だよね。道理で思い出せなかったはずだ、わ。や~、他の人と勘違いしちゃった」
それでも、何とか誤魔化そうとするミユキだったが、そこに少女がトドメをさす。
「そ・れ・に──いつもなら、美幸ちゃん、わたしが「みゆみゆ」って呼んだら怒るじゃない」
これ以上の言い訳は無駄らしい。観念したミユキ──要は、美幸のクラスメイトにして寮のお隣りさんである少女、長谷部奈津実(はせべ・なつみ)に真相を打ち明けることにした。
「──ってワケなんです。こんなコトになったのは、不幸な偶然が重なった事故って言うか、そのぅ」
自分の正体から、この入れ替わり劇を強行した経緯に至るまで、ミユキは自分の知る限りの情報を奈津実に話した。
「なるほどね~。偽・美幸ちゃんは、本当はイトコの男の子なんだ」
「はい」
相変わらず笑顔のままでいまいち表情の読めない奈津実の確認に、神妙に頷くミユキ。
と、その瞬間、小さな静電気のようなモノがミユキの身体に走る。
「ひゃっ!」
思わず自分の身体を抱きしめ、俯くミユキ。
「! どうかしたの?」
「い、今、なんか、バチッと」
心配そうに尋ねる奈津実だが、顔を上げたミユキを見て息を飲む。
「あ! 要くん、だっけ? さっきまでと違って、確かに美幸ちゃんと違う人に見えるよ」
「えぇっ!?」
もしかして、例の絵の効果が切れたのだろうか?
「ううん、そうじゃないと思うよ。あのね、パッと見は確かに美幸ちゃんとよく似てるんだけど──でも、キミが“早川美幸”本人じゃないって、認識できるの」
「?? えぇーっと……」
小学六年生の少年には、奈津実の説明は少々難しかったが、どうやら“絵”の効果が完全に解けたわけではないらしい。
「うーんと、ね。ホラ、お話とかマンガとかでも、幻覚を使う敵の術を見破ったら、効果が半減するじゃない? そんな感じ──なのかなぁ」
どうやら奈津実にもうまく把握できてないらしい。
要するに、奈津実がミユキの正体を見破り、それをミユキが認めたことによって、少なくとも奈津実に対するあの絵の効果が薄れたのは確かなようだ。
「え……そんな中途半端な状態、困るよー」
元気が取り柄の男の子とは言え、よく知らない場所で不測の事態に陥ったミユキは、泣きそうになる。
と、その時、ミユキは背後から奈津実にそっと抱きしめられた。
「ごめんね、要くん。わたしが、好奇心に負けていろいろ追求したから」
小学生の男の子を泣かせてしまったことに、どうやら罪悪感を覚えているらしい。
「グス……ううん、奈津実さんは悪くないよ。元はと言えば、ボクと美幸お姉ちゃんのせいなんだし」
「お詫びの代わりに、要くんと美幸ちゃんが元に戻れるまで、わたし、色々フォローしてあげるから」
優しく慰める奈津実は、従姉である美幸よりも“お姉さん”らしく見えて、ミユキは安堵感に包まれた。
「うん、ありがとう、奈津実さん」
「じゃあ──まずは、寮の談話室に行ってみようよ。その不思議な“絵”の効果が薄れたのが、わたしに対してだけなのか、それとも他の人全員なのか、確かめないと」
奈津実に手を引かれ、恐る恐る1階の談話室へと降りるミユキ。
その結果、美幸の顔見知り何人かと出会い挨拶などした感じでは、入れ替わりについて他の人間は誰も気づいていないようだった。
さらに、お茶を飲みながら軽く雑談をしてみたものの、異状を指摘する人間は皆無だった。
「ふぅ、良かった。これでちょっとだけ安心だね~」
美幸の部屋に戻ったふたりは、ホッとひと息ついた。
「うん……じゃなくて、はい」
「ああ、別にいいよ~、敬語なんて使わなくても。て言うか、同学年の友達なんだから、普通にしゃべる方が自然だし」
「──奈津実さん、いいの? ボク、本当は小学六年生なんだよ?」
ミユキは遠慮がちに奈津実に尋ねる。
「うーん、でも、要くんは、これからしばらく“ミユキちゃん”になるんだから、できるだけ不自然なトコロはなくさないと。それに、わたしはミユキちゃんとお友達になりたいと思うんだけど、ダメかな?」
ニッコリ笑う奈津実に、慌てて首を横に振るミユキ。
「そ、そんなことない!」
「じゃ、決まり~。寮だけでなく学校でもできるだけフォローしてあげるから、安心しておねーさんに任せてね~」
災い転じて福と言うべきか、こうしてミユキは寮生活一日目にして心強い味方を得ることができたのだった。
* * *
明日からの学校生活に関して簡単な相談を終えたところで、奈津実がふと壁にかかっている時計を見た。
「あ~、もぅこんな時間だ~」
釣られてミユキも時計を見れば、確かに10時前だ。そろそろ寝る準備──いや、その前に、明日の学校の準備をすべきなのだろうか。
(でも、高校生なら、12時くらいまでは起きてるんじゃないのかな? ボクだってお昼にうたた寝したせいか、まだあんまり眠くないし)
しかし、当の奈津実は、そんなミユキの思惑から大きく斜め上にズレた発言をする。
「ミユキちゃん、そろそろお風呂に行かないと~」
「! い、いや、さすがにそれは……」
ミユキ──要だって思春期の男のコなのだから、年上のお姉さんたちの裸に興味がないと言えば嘘になるが、この状態で覗きみたいな真似をするのはさすがに憚られた。
ところが、奈津実の方はそんなミユキのささやかな純情をアッサリ無視してくれた。
「気にするコトないよ~。小学生に見られたってそんなに気にならないし。それに、今のキミはミユキちゃんなんだよ。年頃の女の子が毎日お風呂に入らない方がよっぽどヘンだよ~」
一応各部屋のトイレに簡易シャワーは併設されているのだが、キチンとした浴槽は一階の大浴場にしかない。
結局、「ちょっと変わり者なトコロのある本物の美幸ちゃんだって、お風呂には毎日入ってたんだから~」と、力説する奈津実に説き伏せられ、ミユキは大浴場に一緒に向かうことになったのだが。
「あ、そ~だ。ミユキちゃん、今どんな下着付けてるの?」
「ブッ! な、奈津実さぁん」
スケベな中年オヤジみたいな奈津実のエロ発言に、さすがに噴き出す。
「あ! 誤解しないでね。ホラ、脱衣場で着替えるとき、ヘンな下着着てたら怪しまれるじゃない」
なるほど。言われてみればその通りだ。
「え、えっと──ちゃんと、美幸お姉ちゃんのパンツを履いてるから」
さすがに恥ずかしいのか、僅かに頬を染め、小声になるミユキ。
「ふーん。どんなの?」
「その……白にピンクの水玉が入ったヤツ……」
答えつつ、ますます赤くなるミユキを「可愛いなぁ~」と思いつつも、奈津実は追求の手を緩めない。
「じゃあ、上は?」
「え?」
「あ~、その調子だと、ブラジャーしてないでしょ。ダメだよ~、高校生の女の子が、いくら寮内だからってノーブラなのは」
多少マセてるとは言え、それでもやはりミユキ──要は小六の少年だ。現役女子高生にそう説得されれば、そんなモノかと思ってしまう。まぁ、実際には、意外とラフでだらしない娘も結構いるのだが。
「うぅっ──で、でも、ボク、ぶ…ブラジャーの付け方とか知らないし」
「だいじょ~ぶ! わたしが教えてあげるよ~」
そこまで言われてしまっては、ミユキも断れない。
かくしてミユキは、奈津実の「緊急女の子講座その1:ブラジャー編」を受けるコトになるのだった。
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