【6.雪と月】

 戦乙女が戦巫女の甘美な誘惑あくまのささやきに屈して、その提案に肯定の意を表してから、しばらく経ったある日の星河丘学園にて。


 「──それじゃあ今日のホームルームは終了。伊吹さん、号令お願いね」

 「はい。きりつ……れい、ちゃくせき」


 朝のホームルームのあと、颯爽と教壇を降り、職員室に向かう担任の“河合那雪”に、2-Cの生徒達は羨望の眼差しを向ける。


 「はぁ……いいよなぁ、河合先生」

 「コンタクトにしてイメチェンしてから、なんか、グッと色っぽくなった感じ」

 「服装もオシャレで、雰囲気も前より明るくなったし……憧れるわぁ」


 どうやら“New那雪”は、男女問わず大人気のようだ。

 そんなクラスの噂を耳にして、“月乃”はニコニコしているが──無論、その中味が誰であるかは言うまでもないだろう。


 「そう言えば、つきのんもちょっと雰囲気変わったよね」


 月乃の親友である花音の言葉に、ちょっとドキッとする“月乃”。


 「そ、そう? 自分ではよくわかんないけど──どんな感じかなぁ」

 「なんて言うか、こぅ、女の子っぽくなった?」

 「えー、花音ちゃん、ヒドーい! それじゃあ、わたしが前は女の子らしさが皆無だったみたいじゃない」

 「あ、いや、そういうワケじゃないんだけどさ」


 と、じゃれ合いつつ、花音の疑惑(?)も何食わぬ素振りでやり過ごす。


 あの日、ふたりが姿と立場を入れ替えてから、すでにひと月あまりが経過していたが、この入れ替わりは誰にもバレていない。


 もちろん、先程のように「どことなく雰囲気が変わった」という意見はあるものの、そのほとんどがふたりの変化を好意的に捉えているようだ。


 本来は魔力の無駄遣いとも言えるこの行為も、「日頃から軽い魔力負荷をかけて、魔力を鍛える」という魔法の鍛練にはちょうどいいからという言い訳で、魔法少女の監督役マスコットであるユゥリィも黙認しているのだ。


 「ところで、“河合先生”──キミ、ずっとそのままでいるつもりなの?」


 とは言え──ここが、「あの」星河丘学園であることも忘れてはいけない。

 放課後、ちょっとした所用で保健室に顔を出し、そのまま何となく流れで、常駐する保険医の双葉と軽い雑談をしていた際に、そんなコトを聞かれて、心臓が飛び出しそうになる“那雪”。


 「……え!? な、なんのことでしょうか?」

 (コレって、もしかしてあたしとなゆが肉体関係持ってることに気付かれてる? それとも魔法少女のこととか──まさか、入れ替わってること!?)


 世間話のついでに、トンデモない“爆弾”をブッこんできた双葉に見つめられて、内心冷や汗をだらだら垂らすハメになる。


 「ふむ。まぁ、本人同士合意のうえ、というのなら、外野がとやかく言う筋合いはないんですけどね」


 単なるカマかけか、それとも無理に追及するつもりがないのか、それ以上の“追撃”はなかったものの、これ以後、“河合那雪おがわつきの”にとって、保健室は鬼門となるのだった。


 そして、そんな小波乱コトがあった日でも、夕方から夜にかけては暗禍てきとの危険な戦いが待っている。


 「いくわよ、スノウ!」

 「ええ、もちろんです、ルーナ♪」


 人知れず、世界の平和を守り続けている魔法少女である自分たちに、“ご褒美”として、この程度の役得きばらしがあってもいいじゃないか……と、彼女たちは思うのだった。


-おしまい-

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