【3.代役】

 ──それが、河合那雪が“魔法戦乙女マジカルバルキリールーナ”と出会い、自らもまた、魔法少女として“暗禍アンカー”と呼ばれる魔物との戦いに首を突っ込むことになった契機だった。


 触手オオカミを撃破した直後、ウサギもどき──いわゆる“魔法少女のマスコット”に相当するユゥリィという妖精が、那雪に相談をもちかけてきたのだ。


 本来なら、ルーナ=月乃のことを魔法で記憶から消すか他言無用を約束してもらったうえで那雪を日常に返し、このことは見て見ぬフリをしてもらうのが筋だ。


 しかし、その月乃は、あの魔物との戦いで魔力発生器官マギアコアを損傷し、今その回復になけなしの全魔力を回しているため、日常生活こそ不自由はないが、しばらくは変身して戦うことができないのだ、と言う。


 『だから、こんな風に巻き込んだうえで、本当に本当に申し訳ないのだけれど──しばらくの間だけでいいから、協力してもらえないかしら?』


 「わ、わたしにできることがあるなら……」


 教え子である月乃の負傷に責任を感じた(もっとも、客観的に見ればあれは不可抗力だが)那雪は、ユゥリィの依頼を受け入れて、月乃が回復するまで彼女に代わって“魔法戦乙女ルーナ”となって戦うことを承知する。


 「ま、魔法戦乙女ルーナ、見参──異界より来たりし暗禍たちよ、貴方達の暴虐は、こ、このルーナが許しません!」


 本来、魔法少女の変身アイテム兼武器である“媒体メディウム”は、各個人の魔力波長に合わせてカスタマイズされているのだが、実は百万人にひとりくらいの確率で、ほぼ同じ魔力波長の人間も存在する。


 つごうがいいことに那雪と月乃はそのレアケースに該当したため、あの時、月乃用の媒体セレニティウィングで那雪が変身して戦うことができたのだ。


 「たぁーーーーーっ!!」


 ただ、その魔法少女としての姿は、マスター登録された本人の姿を基に調整され決められている。衣装コスチュームを除くと、殆どは髪の長さや色、瞳や肌の色、あとはせいぜい耳の形状などが変わる程度だ。


 これは、あまり大きく体型その他が変わると、普段の動きとの齟齬が出たり、本人のアイデンティティが揺らいだりするという不都合があるかららしい。

 その意味では、那雪が変身してもルーナの姿になってしまうのが、問題と言えば問題だろう。しかしこれについては、少なくともユウリィの手では現時点では変更不可能だ。


 もっとも、あくまで一時的な“代理”ではあるし、那雪にとっては、他人に見られても自分とはわからないだろうルーナの姿になる方が、むしろありがたかった。


 『うんうん、だいぶイイ感じに仕上がってきたわね、“ルーナ”』


 「ぅぅ……わたしってば、いい歳して、恥ずかしぃ……」


 (『とか言いつつ、結構ノリノリだったような……いえ、よしましょう。別段、喜んでやってくれる分には不都合はないんだし』)


 まぁ、20代半ばの男性がなりゆきで仮面ラ●ダーや宇●刑事に変身して“悪”と戦うヒーローの能力と機会を得たとしたら、どうなるか──と考えれば、成人後に“戦う魔法少女”することになった那雪の葛藤(と密かな満足感)も、おおよそ想像がつくのではないだろうか。

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