後日談)それから

 3年ほどの時が流れた。


 地元では有名な私立星河丘学園へと向かう通学路を、中学生くらいの少年少女達が、三々五々に歩いている。

 時刻は午前7時50分。始業にはまだだいぶ余裕があるが、さすがは名門と言うべきか、大半の生徒は学園近くまで来ているようだ。


 ちなみに、その大半は中学生──中等部の生徒たちだ。高等部は全寮制で学園のすぐ裏手に寮があるため、一部の自宅生を除いてまだほとんど姿は見られない。


 「おはよう、このみっち!」

 「……おっはー」


 友人たちから声をかけられて、大きめのリボンで髪をピギーテイルにまとめた少女は振り返った。


 「あ! おはよ~、千恵ちゃん、みっちゃん。今朝も早いねぇ」

 「ま、あたしは、ソフト部の朝練があるからね。みっちぃは?」

 「……今朝の占いで、早めに登校するのが、吉と出た」


 元気はつらつスポーツ少女と言った印象の安岡千恵と対照的に、占い同好会の部員である来栖美智子は、朝に似合わぬ陰りのある空気を発しているが、相方の千恵は慣れたものだ。


 このふたりに脳天気天然お子様少女な日下部好実を加えた3人は、趣味も嗜好もまちまちなのだが、なぜか一年生の頃から仲が良かった。


 「……でも、好実が、この時間に登校していることの方が、驚異的だと、美智子は思う」

 「ま、そうだね。こないだも担任のマナちゃん先生に、いつも遅刻ギリギリなのを注意されてたし」

 「にゃはは~、面目ない。今日は日直さんなのですよ~」


 食べることと寝ることが趣味と公言してはばからない少女は、頭をかいた。

 もっとも「寝る子は育つ」と言う割に、ちんまりとした背丈とツルペタストーンとした体型は、あまり成長が芳しいようには見えないが。


 「あら、やっぱり、好実ちゃんはいつもお寝坊してたのね」

 「「「!」」」


 そこへ背後から玲瓏たる声がかけられ、三人娘は一斉に振り向く。

 そこには、三人と同じく星河丘学園中等部の制服をまとった──しかし、わずか1学年違いとは思えぬほど、大人びた美貌を持ち、清楚で上品な雰囲気をたたえた少女が佇んでいた。


 「あ、お姉ちゃん!」

 「高代先輩、おはようございます」

 「おはよう……ございます」


 微妙に様相は異なるものの、3人は立ち止まってそれぞれ喜色をその顔に浮かべた。


 「おはようございます、安岡さん、来栖さん。それから好実ちゃんも二度目になるけど、おはよう。ほら、立ち止まってないで、歩きながらお話しましょう」


 無論、3人に異論はない。

 本物の妹である好実はもちろん、千恵や美智子も、三年生である彼女──高代柚季ゆきのことを「頼りになる先輩、かつ素敵なお姉さん」として慕っているのだ。


 他愛もないことを話す妹分3人の言葉をニコニコしながら聴く柚季。ただ、学校が近かったため、その楽しい時間はあまり長く続かなかった。


 「じゃあ、三人とも今日もお勉強、頑張ってね。それと、好実ちゃん、あまりお母様の手をわずらわせてはダメよ?」


 義妹を優しくたしなめると、柚季は三年の教室の方へと去って行った。


 「──はぁ~、やっぱり高代先輩は凄いなぁ」

 「えっへん、そりゃあ、あたしの自慢のお姉ちゃんだもん!」

 「……成績は学年首位かつ運動も万能。生徒会長でおまけに家は大金持ちのお嬢様」

 「学園祭のミス星河丘ジュニア部門で2年連続優勝、3年間トップは不動だろうってもっぱらの評判だし」

 「ふぇっ!? そーなの?」


 きょとんとする好実の様子に苦笑するふたり。


 「まったく、こんなポケポケ子狸さんが先輩の妹だとは、未だに時々信じられないなぁ」

 「……不思議。生命の神秘?」

 「千恵ちゃんもみっちゃんもヒドい~! それに、お姉ちゃんとあたしは血が繋がってないんだから、しょうがないよ」


 「ぷんすか」という擬態語オノマトペが似合いそうなふくれっ面を見せる好実。


 「前に聞いたけど、再婚同士の連れ子だっけ?」

 「うん。高代ってのはお母さんの旧姓なの」

 「……疑問。なぜ、旧姓を? 話を聞く限りでは、家族仲は良さそう……」

 「えぇっと……これ、言っちゃっていいのかなぁ」


 キョロキョロと周りを見回し、好実は少しだけ声を潜めた。


 「あのね、実はお姉ちゃん、うちのお兄ちゃんと婚約してるんだ」

 「「えーーー!!」」


 もっとも、他の二人が大声を上げたため、その気遣いは台無しになったが。


 * * * 


 さて、どうして本来“日下部柚樹”という少年だったはずの存在が、“高代柚季”という女子中学生として学園に通うようになるのか、その理由は、“ゆき”が雄馬と結ばれた直後まで遡る。


 「………き! おい、ゆき、大丈夫か?」


 恋人になったばかりの義兄の声で、“彼女”は意識を取り戻した。どうやら、快楽のあまり、一瞬失神していたようだ。


 「う……大丈夫、ですわ、お兄様」


 起き上がろうとして、未だ“剥き出し”の状態にある愛しい人の“分身”に気付く。

 ふと、悪戯心が湧いたゆきは、「えいっ♪」と可愛らしい声とともに軽く力を込めて握ってみた。


 「ぐふっ!? ちょ、何するんだよ、ゆき?」

 「うふふ、すみません。お兄様とひとつになれたのが嬉しくて、つい」


 微笑む小さな恋人の表情にドキッと見とれた雄馬は、先ほどの刺激もあって心身ともに猛り始める。


 「あンッ♪ お、お兄様、また……」

 「すまん、ゆき。でも、お前が可愛過ぎるのがイケナイ」


 そう言いつつ、2ラウンド目が始まろうとした、その時……。


──バタン!


 「ヤッホー! パパとママのお帰りだぞー!」

 「何とか仕事片付けて帰って来たわよ!」


 突然、雄馬の部屋の扉が開いて、ヨーロッパにいるはずの両親が入って来たのだ。


 あまりの予想外な事態に硬直するふたり。

 もっとも、ソレは両親の方も同様だった。


 サプライズで娘の誕生日に帰国したものの、娘の姿は見当たらず、その行方を上の息子に尋ねようとしたら、本人は女の子とニャンニャンしてる真っ最中だったのだから。


 しかも、お相手の女の子は、どう見てもせいぜい中学生くらいにしか見えないのだ。


 「こ、高校・大学と、モテるクセにステディな相手が出来ないと思ったら、まさか雄馬がロリコンだったとは──この父の目をもってしても見抜けなかった!」


 取り乱す父親を尻目に、いち早く立ち直った母親が夫の手を引っ張る。


 「あなた、色々言いたいことはあるけど、とりあえずココは一時退散しましょ。相手の娘さんに恥をかかせるのは可哀相だわ」

 「あ、ああ、そうだな──雄馬、15分だ。居間で待ってるから、15分経ったらその娘さんを連れて、降りて来い」


 その後、父母が気づいてないのをイイことに、あくまで「中学生の少女で、雄馬の恋人であるゆき」として押し通そうとしたのだが──あえなく、その目論見は失敗する。


 いや、ゆきがかりんから持たされたポーチに化粧道具や替えの下着が入っており、それを用いて、ほとんど“行為”前と遜色ない美少女に仕上げることはできたのだ。


 実際、父親の方はゆきの淑やかな言動にほぼ完全に騙されており、「中学生というのが問題だが、今後16歳まで清い交際をするなら、ふたりの仲を認めよう」的な流れで落ち着きそうになっていた。


 ところが。

 それまで不気味に沈黙を守っていた母親が、そこで“ゆき”の正体を看破した。服装や化粧は元より、声色や仕草まで完全に変えているのに見抜くとは──これが“実母の勘”と言うヤツだろうか?


 再び状況は振り出しに戻る──いや、むしろ悪化したかと思われたのだが、ここで母親が、息子であるはずの“彼女”に尋ねたのだ。「本当に心から雄馬のことが好きなのか?」と。

 軽々しく答えることを許さない迫力があったが、ゆきはハッキリと頷いた。


 「わたくし、お兄様が世界でいちばん好きです! この人の恋人になれるなら、すべてを捨てても構わない!」


 所詮は12歳の少年の戯言と切って捨てられても仕方のない状況だったが、幸いにして“彼女”の決意を受け止めてくれた母親は、一転容認する立場に回る。


 それでも、普通の家庭なら勘当沙汰になってもおかしくはないはずだが、何気に妻の尻にしかれている上、(義理も含めて)子供たちを溺愛している父も、最後には折れた。


 「仕方ない。それでは、柚樹は“性同一性障害”だったということで手を回すか」

 「あなた、私、それにはいいツテを知ってますわ」


 あれよあれよと言う間に夫婦間で相談がまとまっていく。


 「ふむ、そちらは任せよう。ところで……」


 ズイッとゆきの方に踏み出す父親。

 反射的に雄馬がかばおうとするが、ゆきは「大丈夫ですわ、お兄様」とけなげに踏みとどまってみせる。


 「柚樹──いや、“ゆき”と呼ぼうか。ひとつ頼みがある」

 「な、何でしょう?」


 と、そこで父親はいかめしい表情を崩した。


 「あ~、わしのことは、以後、“お父様”と呼んでくれんか?」

 「は? え、ええ、そのつもりでしたけれど……それだけでよろしいのですか、お父様?」


 ゆきにそう呼ばれてジーーンと感動を噛みしめる父親。


 「うむうむ、美しく成長した娘に“お父様”と呼ばれるのは、やはり男の浪漫よのう。もういっぺん、頼む!」

 「あ、はい……お父様♪」


 サービスして語尾に多少の愛情を込めると、父親は「おふぅ!」と悶絶している。


 「あ~、浩之さんばっかズルぅい、私だってゆきちゃんと仲良くしたいのにぃ!」


 母親も有能なキャリアウーマンの表情をアッサリ崩して、ゆきに後ろから抱きつく。


 「いやぁ、好実とは違ったタイプのお洋服が似合いそうねー、一緒にお買い物に行くのが楽しみだわ~」

 「え、えーと……お母様?」


 真面目な話から一変、いつもの「お茶目なかーさん」モードに変貌した母に、呆気にとられるゆき。


 「あら、だってゆきちゃんもお洒落には興味あるでしょ?

──それにその方が雄馬くんをもっとメロメロにできるわよ(ボソッ)」

 「は、はいっ、楽しみですわ、お母様!」


──わいわい、がやがや……


 先ほどまでのシリアスな空気はどこへやら。

 すっかり「祝・ふたり目の娘誕生!」といった雰囲気になりつつあるこの部屋の空気に、「義兼恋人は俺が護る!」的な覚悟を決めていた雄馬は、すっかり取り残されてしまったのだった。


 「いや、まぁ、万事丸く納まったんだから、いいんだけど──なんか納得いかねぇ」


 後日、あの時のことを思い出して、首をひねる雄馬。


 「フフッ、よろしいではないですか。わたくしとしては、お兄様との仲を認めていただけただけでも、十分ですのに、ここまでしていただけたのですから」


 いろいろな裏工作の結果、正式に戸籍名を“高代柚季”と名乗ることになった彼女は、苦笑しながら、恋人に腕をからめて、その身を預ける。

 種を明かせば、母の実家である高代家の養子になり、同時に名前の文字を変更したのだ。


 また、冬休みが明けたら、電車で2駅ほど離れた高代家(つまり祖父母の家)に移り住み、3学期はそちらに近い学校へと転校する予定だ──もちろん女の子として。


 そして、中学は日下部家の近くにある私学を受け、首尾よく合格したら日下部家に「通学のために下宿する」と言う建前で戻って来る予定だったりする。


 無論、短期間でそれだけの“状況”を整えるのはなかなか大変だったようだが、まぁ、現代日本でも、金とコネがあれば多少の無茶は可能らしい。


 そして実際、星河丘学園に入った彼女のマドンナっぷりは、ご覧の通り。


 これは、両親から雄馬と交際を続けるために「女の子らしくする」のはもちろん、「文武両道に励む」ことも条件として出されたからだが、その点、彼女は両親の期待以上の成果を上げたと言えるだろう。


 元々兄の個人教授のおかげで成績は悪くなかったし、体力面は言わずもがな。

 さらに、日下部家は元より、戸籍上の“実家”高代家も相応に歴史ある旧家であり、“彼女”をお嬢様と呼ぶのは(身体的性別はともかく)あながち間違いではなかった。


 その高代家には、週末毎に“帰省”している(本人的にはお泊りに行く)のだが、そこでは祖父母(形式上は養父母)から「大和撫子かくあるべし!」的な教育を受けている。

 その薫陶と本人の努力の甲斐もあって、“良家のお嬢さん”としての演技は演技の域を超えて、すっかりほんものになりつつあるのだ。


 おかげで、一年生の頃から男女問わず“高代柚季”の人気は高く、二年生の二学期には前任者から生徒会長に推薦され、中等部全体の9割近い得票で当選していたりする。


 ちなみに、ゆきの身体そのものは未だ外科的な手術などは行っていない。これは、「成長を阻害しないためと、万が一中学の内に気が変わったら」ということらしい。


 ただ、母が伝手で購入してくれたブラジャーやボディスーツなどの特殊な補整下着ファンデーションが優秀なおかげか、着衣は元より下着姿になっても“彼女”は女性にしか見えなかったりするので、学園でバレる気づかいはないだろう。



<妹's View>


 「し、知らなかった──先輩に許婚がいたなんて」

 「……しかも、義理の兄。ちょっと、背徳的」


 まぁ、普通驚くよねぇ。いまどき14歳で婚約者がいて、しかもそれが義理とは言え、兄なんだから。


 「でも、お兄ちゃんとお姉ちゃん、傍から見てても、ほんっとーーーにラブラブなんだよ?」


 それだけは、身近で見てる家族として、自信をもって断言できる!

 ──て言うか、正直目の毒だと思うことも多々あるんだよねー。


 下手すると、お兄ちゃんたちにアテられて、お父さんたちまでイチャイチャし始めるし。


 「ひとり者の乙女としては、時々さびしーのですよ」

 「あはは、それなら、好実も早く恋人作らないとな!」

 「……ちなみに、好実は現在、恋愛大殺界。2年後まで、続く見込み」


 えー!? それって、これから2年間はロクな恋が見つからないってこと?

 うぅっ、みっちゃんの占い、結構当たるんだよねぇ。


 学園でのお姉ちゃんは、凛々しくて素敵な女性(?)だし、もちろん家でも基本的にソレは変わりはない。(“柚樹お兄ちゃん”としてはさておき)初対面の時、“憧れのお姉さん”だと感じた想いは、今でも変わりはない。

 けど、そこに雄馬お兄ちゃんが絡むと、途端にフニャフニャさんになっちゃうからなぁ。


 雄馬お兄ちゃんもお兄ちゃんで、単独ならキリッとした頼りになる男性なのに、お姉ちゃんの前ではただの色ボケさん(ってお父さんが言ってた)だし。


 ま、学園では“理想のお姉様”モードのお姉ちゃんが堪能できるのが救いかな。


 ──けれど、あたしは忘れていたのだ。お兄ちゃんが大学で教職課程を取っていることを。


 「ただいまご紹介に預かりました、教育実習生の日下部雄馬です。高等部で英語を教えることになっています。未熟者ではありますが、精一杯頑張ります!」


 朝の中高合同の朝礼で壇上に上がったスーツ姿のお兄ちゃんの姿を見て、あたしはポカンと口を開けることしかできなかった。

 反射的にお姉ちゃんの方に目をやると──嗚呼、なんか瞳をキラキラさせた“恋する乙女”モードに入ってるぅ~!!


 「へぇ、アレが噂の好実のお兄さんか。結構イケてるじゃん」

 「……案外、まとも…いえ、真面目そう」


 ああ、確かに見た目はね。と言うか、お姉ちゃんが絡まなければ、あの人だって十分自慢の兄なのですよ~。けど、ねぇ……。


 * * * 


 好実の予感は当たり、お昼休みの中庭では、ベンチに仲良く並んでお弁当を食べる“兄妹”の姿ががが……。


 「おにょれ、雄馬お兄ちゃんめぇ! 学園ココでまで、あたしから「素敵なお姉ちゃん」分を奪うつもりかー!」


 思わず奇声を発する好実に気づく兄と


 「あら、好実ちゃん」

 「お、好実も来たのか? 折角だし、一緒に食うか?」

 「今日のお弁当はわたくしが作ったのよ」

 「! わーい、食べるぅー♪」


 祖母仕込みの、ゆきの料理スキルは非常に高い。なにせ文化祭の料理コンテストに飛び入りで参加した際、高等部の家庭科部部長をして「ぜひ、家庭科部ウチに欲しい逸材」と言わしめた程だ。


 「あーあ、好実のヤツ、すっかり餌付けされてるね」

 「……アレは、アレで、安定した形。それにアレなら、他の生徒からの嫉妬も家族愛シスコンってことでかわせる」

 「い、意外と策士だね、お兄さん」

 「……話を聞いた限りでは、7歳違いの恋人同士。周囲から、色々言われる機会も多いと、思う」


 などと、友人たちが見守る中、兄妹3人は仲睦まじく昼食を共にするのだった。


 「ウフフ、今まで以上に学園が楽しくなりそうですわね♪」


-FIN-

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