その3)それぞれの思惑
翌日は、かりんさんは仕事があるとのことで7時に起こされた。
パジャマ姿のまま、ふたりで朝ごはんを食べる。ちなみに、朝食の中身はトーストとハムエッグとプチトマト。
食後にボクはミルクティー、かりんさんはコーヒー飲んでたところで、玄関のチャイムが鳴った。どうやら兄さんが迎えに来てくれたらしい。
兄さんにはコーヒーを出してリビングで待っててもらい、ボクらはかりんさんの部屋に入って着替える。
ちなみに、ボクだけじゃなくかりんさんも着替えるのは、「殿方の前に夜着姿を晒し続けるのはレディのたしなみに反する」からだって。
「(レディ……ねぇ)」
「なんや、ゆきちゃん、何か言いたいコトがありそうやな?」
「い、いえ、滅相もありません!」
で、ボクは昨日ココへ来たときと同じ、シャ●リ●テンプルの、黒を主体にしたミニドレスに着替える。
ただし、かりんさんの強固な主張によって、下着──スリップとショーツは黒のレース地のものに替えられてる。
逆にオーバーニーソックスは白一色でタイツみたいに薄い素材のものを履かされた。
もちろん、髪型もエクステ込みでキチンと整えてもらった。
昨日はそのまま後ろに流して根元をリボンで緩くまとめるだけだったけど、今日は後ろ髪をひとつにまとめてざっくりと大きな三つ編みにしてから、そのまま左胸の前に持ってきて、先端近くに大きめの深紅のリボンを結んでいる。
「おお、ナイス・エビテール! かりん、さすがだ」
「ふっふっふ、そーやろそーやろ」
ふたりが意味不明な会話をしてる。
「じゃ、そろそろ行こうか、ゆき」
「うん」と返事しかけて、ボクは、はたと気づいてかりんさんの方を見た。
「ん? ああ、なるほど、どういう口調でイったらエエか、わからんのやね。うーーん──“お嬢様”をベーシックにしつつ、あまりエラそうじゃなく、むしろ謙虚な面を前面に押し出した“お嬢さん”が、最適やと思うで」
(わーー、
とは言え、ボクも伊達に半日「修行」は受けてないからね。
──コホン! んっ、ンンッ……。
一瞬目を閉じ、咳ばらいしてから、ボクは師匠が言ったような人物像を脳裏に思い浮かべる。
(ボクはお嬢さん……わたくしは、良家のお嬢さん……)
心中で自分に言い聞かせながら、兄さんの左肘に軽く手をかけつつ、意識して高めに作った声で促した。
「──はい、それでは、お兄様、参りましょう」
「…………」
途端に、ポカンと大口を開ける兄さん。
「あの、お兄様? わたくし、どこか変でしょうか?」
「い、いや、全然、まったく、これっぽっちもそんなコトはないぞ!
じゃあな、かりん。この借りは今度会う時返すよ」
「かりんさん、諸々ありがとうございました」
我に返った兄さんの言葉に合わせて、ボクも両手を腰の前で揃えて深々とお辞儀する。
「いやいや、ウチもなかなか楽しませてもろたさかい、気にせんでエエよ、雄ちゃん、ゆきちゃん」
いかにも「いい仕事をした~」と言わんばかりのステキな笑顔で手を振るかりんさんに見送られて、ボクらは彼女のマンションをあとにしたのだった。
<兄's View>
「それで、お兄様、好実には前もって話してあるのですか?」
上品に膝を揃えて助手席に座っている黒衣の美少女が、はんなりとした(普通は京美人とかに使う形容なんだろうけど、まさにそんな感じなのだ)微笑を湛えて聞いてくる。
「うんにゃ。こーゆーコトはサプライズが大事だろ。だから、家に帰った時、ゆきも別室で一時待機しててくれ。パーティ用の料理やケーキは、後部席に積んであるから」
と、平然とした風を装っては答えてはいるものの、実は俺の精神状態は少々ヤバい。
(お、落ち着け、日下部雄馬! コイツは男、しかも弟だ! 確かに、俺の理想にドンピシャだが……オトコなんだ!)
──訂正、めっちゃヤバい。
「モゲろ」と非難されるのを承知で言うが、こう見えて俺はそれなりにモテる。
いや、中学2年くらいまでは、ごくごく地味な優等生(ホラ、いるだろ? 成績はそこそこいいのに影が薄くて目立たないヤツ)タイプだったんだけどね。
それが中3の時、父親の再婚で義母と義弟が出来た。
母さんは、あの親父のノリについていける肝っ玉と、実子含めた俺達子供3人を分け隔てなく愛する優しさをもった人で、俺のダサい格好にも色々アドバイスして身ぎれいにしてくれた。
また、元からの妹に加えて柚樹という俺を慕ってくれる弟ができたことで、弟妹が誇れるような兄になりたいという欲のようなモノが俺に出てきたんだ。
で、一念発起して生徒会長に立候補したところ、なぜか運よく当選。
その生徒会活動を通じて、人との接し方を学んだ俺は、高校に入る頃には、既に1年前とは別人のような社交性とノリの良さを身に着け、周囲の好感を集めるようになっていた。
母さんは「やっぱり、
で、高校から始めた柔道も、元々筋が良かったのか、みるみるうちに上達して、3年の時には主将を任されるまでになったし、周囲の薦めで高校でも生徒会に入り、同じく3年時には生徒会長に就任した。
多少自惚れさせてもらえば、容貌もそう悪くはない。美形と言い切るには少々骨太過ぎるだろうけど、中の上くらいは十分クリアーしてると思う。
そうなると──まぁ、“入れ食い”なワケですよ。
と言っても、暴力とか弱みに付け込むようなコトは一度もやってないぞ? 「来る者拒まず、去る者追わず」をポリシーにしてただけで。
ストライクゾーンがそれなりに広いという自覚はあるし、ややロリっぽい下級生から、教育実習生のお姉さんまで、美味しくいただいた実績もある。
ただ、関係的にはガールフレンド(セフレ含む)止まりで、いわゆる恋人同士の関係になった女性はいなかった。それは大学に入ってからも相変わらずで、どうも、こう「おつきあいしたい!」と思う女性が現れなかったのだ。
そんな俺が、どうしてこうも弟の女装した「絵に描いたような美少女」が気になって仕方ないのだろう?
──いや、まぁ、答えは出てるんだが。
「いえ、お兄様だけに準備を任せるのは悪いですから、わたくし、手伝います」
ニッコリとあどけなく微笑む“ゆき”。
クッ……まさか、コイツがこれほどのナリキリ演技派だったとは!
と言うより、俺としては自分がロリコンだったコトがショックだな、ヲイ。
高二の時、ひとつ年下だけど、どう見ても中学生1、2年にしか見えない未成熟な後輩を抱いたコトはあるが……。
あ、でも、ゆきも来年中学生だし似たようなモンか?
いや待て、この場合、相手は“男の娘”だからショタコン? あるいは義理とはいえ弟だからブラコン?
いやいや、でも、俺はあくまで、この目の前の可憐な“少女”に心奪われたワケで……。
思考が堂々巡りをする中、無事に家まで運転ではきたのは奇跡に近いと思う。
「じゃ、ゆきはコチラのケーキを持って来てくれ。残りは俺が運ぶから」
「はい、わかりました」
あー、もう、とりあえず一旦考えるのヤメ。今は好実のバースデーパーティに集中しよう。
<妹's View>
今日は、あたしの誕生日。
大好きなお父さんとお母さんは、残念ながらお仕事で帰って来られないそうだけど、お兄ちゃん達が、「俺達がその分気合い入れるから、期待してろよ」と言ってくれた。
だから、とても楽しみ。
学校はもう冬休みに入ってるし(あたしの誕生日、12月23日なの♪)お寝坊さんしてても平気だから、今日は10時くらいまでベッドの中でゴロゴロしていた。
──コン、コン
と、そこへあたしの部屋をノックする音が。
「このみィ、いくら冬休みだからって、こんな時間まで寝てると、まぶたがくっついちまうぞ?」
「はーい、今起きるー!」
雄馬お兄ちゃんの声に素直に返事して、ベッドから出て、昨日の晩から用意しておいた、ちょっとだけよそ行きの服に着替える。
えへへ、あたしだってわかってるんだよ。
一階のリビングでゴソゴソしてたのは、あたしの誕生日パーティの準備してくれてたんだよね?
そんなトコへ、パジャマ姿で下りていくほど、あたしは「くーきのよめない女」じゃないモン。
リビングに入ると、予想通りそこは、色紙のチェーンや「好実、11歳のお誕生日おめでとう」と書かれた横断幕で綺麗に飾りつけられ、テーブルの上には色んな御馳走が綺麗に並べてあった。
「うわぁ~、おいしそー!」
思わず目がハート型になるあたしに向かって、「パンッ!」という音とともにクラッカーが鳴らされる。
リビングに待っててくれたのは、雄馬お兄ちゃんと──誰だろう、知らない女の人?
中学生くらいかな。ちょっとゴスロリっぽい黒のミニドレスが、なんて言うかお嬢様っぽい雰囲気に、とてもよく似合ってる。
薄くお化粧してるみたいだけど、同性のあたしから見てもスゴく可愛いし、なんだか年齢より大人っぽく見える感じ。
いいなぁ~、あたしも将来、こんな人になりたいなぁ。
「誕生日おめでとう、好実。とりあえず、コレは俺達からのプレゼントだ」
と、雄馬お兄ちゃんは、あたしが好きなグーテン・ハウンドの大きなぬいぐるみを渡してくれた。
「わぁ♪ 雄馬お兄ちゃん、ありがとー」
リボンをかけられた、50センチくらいあるわんこのぬいぐるみを抱きしめる。
「えっと……ところで、そっちの女の人は? 雄馬お兄ちゃんのお友達?」
首を傾げつつ尋ねると、雄馬お兄ちゃんと女の人は顔を見合わせた。
口を開こうとした女の人の耳元に、雄馬お兄ちゃんが何か囁いた。
「(えぇっ……本気ですか?)」
「(いいじゃないか、気づいてみないみたいだし)」
「(もぅっ、どうなっても知りませんからね!)」
小声で話合ってたかと思うと、三つ編みにした髪をなびかせながら、女の人があたしの前に歩み寄って来た。
うわぁ~、しゃにりしゃなりとした歩き方からして、何か“お嬢”っぽい。
「お誕生日おめでとう、好実ちゃん。雄馬お兄様には、いつもお世話になってます。わたくしのことは──ゆき、高代ゆきと呼んでくださいね」
そう言って、すごく上品に微笑む“ゆきさん”の笑顔に、不覚にもあたしは見惚れてしまった。
(ふぇえ~、コリャ“本物”だぁ。本物のお嬢様って、いるトコロにはいるんだねぇ)
「将来こんな人になりたい」とか考えた1分前のあたしに、「や、無理無理!」とツッコミを入れたくなる。
「そうそう、そして、そのゆきは、好実、お前の“お姉ちゃん”でもある」
雄馬お兄ちゃんがニヤニヤしながら、“爆弾”を落として来た。
「ちょ……!」
「ええっ!? てコトは、ひょっとして、ゆきさんって雄馬お兄ちゃんの恋人さん!?」
すごーーい! 「俺は自由に生きる風だよ」的にカッコつけてた雄馬お兄ちゃんが、ついに彼女を作ったんだぁ。
あ、でも、ゆきさんが相手なら納得かも。すごい美少女な上に優しくて上品そうだし、お兄ちゃんのワガママを受け止めつつ、言うべきコトはキチッと言ってくれそう。
「「ええっ!?」」
あれ、ふたりとも、何でそんなに驚いてるの?
「だって、雄馬お兄ちゃんの恋人だから、将来お兄ちゃんと結婚したら、あたしのお姉ちゃんになるんでしょう?」
「(そうか、そのテがあったか!)」
「(ど、どうするんですか、お兄様?)」
「(えぇい、こうなりゃアドリブで乗り切るしかないだろ!)ハッハッハ、実はそうなんだよ。まぁ、実際に“お義姉ちゃん”になるのはまだ先のことだけど、好実には紹介しておいた方がいいと思って」
またもふたりで内緒話してたかと思うと、雄馬お兄ちゃんは観念して(?)、そのことを認めたみたい。
「やっぱり~。うん、あたし、ふたりのこと応援するよ」
ゆきさんみたいな人が“義理の姉”になってくれたら、あたしもすごく嬉しいしね。
「ゆきさん、雄馬お兄ちゃんは、少々お調子者で時々悪ノリするけど、本当はとてもいい人なんです。見捨てないであげてくださいね!」
ギュッとゆきさんの両手を握ってお願いをすると、ゆきさんは、ちょっと困ったような顔をしつつ頷いてくれた。
「え、ええ、それはよく知ってますから」
「ありがとうございます! それで、あの……「おねえちゃん」って呼んでいいですか?」
上目使いに尋ねると、ゆきさんは今度はクスリと優しい笑みを浮かべつつ、大きく頷いてくれた。
「ええ、もちろん、構いませんよ」
「やたーーーっ!!」
跳び上がって喜ぶあたしを、雄馬お兄ちゃんとゆきさんはニコニコしながら見ている。
こんな素敵な“
──ところで、さっきから姿が見えないけど、柚樹お兄ちゃんは、どこ行ったのかな?
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