第伍話 ヘロー・マイ・シスター ~今日からお姉ちゃん~

その1)プレゼントは……わ・た・し!?

 ──11歳の誕生日に妹が望んだ贈り物は、一風変わった代物だった。


 「あたし、お姉ちゃんが欲しい!」


 いきなり過ぎて何が何だかサッパリわからないと思うので、簡単に説明しておこう。


 僕の名前は日下部柚樹(くさかべ・ゆうき)。この東波濤ひがしはとう市に住む小学6年生の男の子だ。

 8月26日生まれの乙女座。血液型はO型。趣味は読書。目下の悩みは、身長がもうちょっと伸びてくれること、かな?

 5年前、僕が1年生の時に母さんが再婚したんで、今の僕には7歳年上の兄さんとひとつ年下の妹がいる。


 マンガとかだと、僕の立場のキャラって、新しい父さんや義理の兄妹とあまり仲が良くないってのが定番だけど、ウチの場合はその心配はご無用。


 むしろ、お金持ちで愉快な父さんや、カッコよくて優しい兄さん、お人形みたいに可愛くて僕を慕ってくれる妹のことは、大好きだ。あ──もちろん、若くて美人な母さんのこともね。


 そんなだから、僕らは互いの誕生日には自分なりに心を込めたプレゼントを贈ることにしているんだ。


 ただ、妹の好実(このみ)の今年の誕生日には、父さんと母さんが長期海外出張中(母さんは社長である父さんの秘書もしてる)だから、僕と雄馬(ゆうま)兄さんだけでも、できる限り盛大にお祝いしてあげよう、って話し合っていた。

 で、反則かもしれないけど、誕生日プレゼントは何がいいか好実本人に聞いてみたところ、冒頭の答えが返ってきたってワケ。


 でも……。


 「ど、どーしよう、兄さん?」

 「う、うーん、コレが弟や妹だったら、パリに電話して、父さん達に頑張ってもらえば何とかなるんだが」


 兄さん、下品だよ!


 「む、そうだ! 柚樹、お前、今身長いくつだ?」

 「え? こないだ測った時は153だったけど……」


 クラスでも前から2番目なんだよねー。早く兄さんみたいに大きくなりたいなぁ。


 「確か、好実は150センチだったから──うん、イケるぞ!」


 あ、兄さんがすっごくイイ笑顔してる。あの表情を浮かべてる時は、たいていロクでもないコト企んでるんだよねー。

 ソーッと部屋から逃げ出そうとしたんだけど、兄さんに襟首掴まれちゃった。


 「え、えーと、何かな?」

 「柚樹、お前が“お姉ちゃん”になってやれ!」


 ………へ!?


 「い、イヤだよ! て言うか、そもそもなろうと思ってなれるものなの!?」

 「大丈夫だ。お前なら──お前なら、きっとなれる!」


 兄さんが絶望的な状況下のバスケの試合で主力選手に期待を寄せるチームメイトみたいな表情で言うけど、いくらなんでも無理だと思う。


 「俺を──信じろ!」


 ──ズルいなぁ。


 僕は、この5年間に何度も、いろいろなピンチを兄さんに助けてもらっている(ちょっと悪戯好きだけど、基本的に優しくて親切な人なんだ)。

 そんな真剣な顔で力強く言われたら、信じないワケにはいかないよ。


 「わかった。兄さんの言葉、信じてみるよ」


  * * *  


 ──で。


 「……信じた結果が、この有り様だよ!」


 僕は、鏡を覗き込みながらガックリと肩を落とした。


 「ん? どうした、柚樹、溜め息なんかついて。ほらほら、スマイルスマイル。“女の子”は笑顔がいちばんだぞ?」


 「僕は女の子ぢゃないよ!」って言い返す気も起らない。

 まぁ、大体想像はついてると思うけど、兄さんは、僕に女の子の服を着せて女装させたんだ。


 いや、そのこと自体は正直、僕も考えないではなかったよ?


 本当に、ほんっとーに悔しいことに、僕は男にしては背が低いし華奢だ。

 適当に好実の服を借りて(妹の服が着れちゃうってのもなぁ)、ロングヘアのカツラでもかぶり、「ほ~ら、お姉ちゃんですよ~」ってやれば、とりあえず好実の希望は満たせるかもしれない。


 身長が180センチ以上あるうえ、柔道やっててがちりした体格の兄さんじゃあ、女装したってキモいだけだろうし、僕の方が適任なのもわかってる。


 でも、でもね。


 「こんな本格的にすることないじゃないですかーーー!」


 あれから、兄さんはどこか(たぶんガールフレンドの誰か)に電話してたかと思うと、僕を車で連れ出したんだ。


 高校時代に、生徒副会長&柔道部主将をやってた兄さんは凄く顔が広い。もっとも、男友達はともかく、女性の知り合いの半分近くと元恋人関係にあったと言うのは、硬派を志す僕としては正直どうかと思うけど。

 兄さんいわく、「恋人じゃなくてただのガールフレンド」らしいけど、ただのガールフレンドと抱きついたりチュウしたりするの? “はれんち”だよ!


 連れて行かれたのは、とある洋服屋さん。兄さんによるとシャ●リーテ○プルって子供服の店らしいけど、商店街にあるお店とかと違って、すごくオシャレでブティックっぽい。


 落ち着かなくてちょっとモジモジしてると、見覚えのある金髪の女の人(確か兄さんのガールフレンドのひとり)がやって来た。


 「やっほー、雄ちゃん、お久しぶり~!」

 「おう、かりん、おひさ」

 「で、この子が電話で言うてた弟さんやね? 昔何度か会ぅたコトあるけど、ボク、ウチのこと覚えてる?」


 綺麗な金髪のお姉さんに顔を近づけられて、ちょっとドキドキ。


 「は、はい。こんにちは」

 「や~ん、礼儀正しいし、ちんまくてカワエエなぁ」

 「で、どうだ、イケそうか?」

 「ま~かせて! バッチリ素敵なリトルレディに仕上げたげるわ!! 」


 僕を置いてけぼりにして会話が進み、気がつくと、僕は試着室──にしては、ちょっと広い2メートル四方くらいの、壁の一方が鏡張りの部屋に押し込まれていた。


 「柚樹くんやったっけ? ほらほら、さっさと今着てる服脱いだ脱いだ」


 ドッチャリと色んな服を入れた籠を手にしたかりんさんが、僕を急かす。

 顔見知りとは言え、若い女の人の前で服を脱ぐのは恥ずかしかったけど、かりんさんはココの店員さんなんだから、と自分に言い聞かせて、僕は黙ってトレーナーと半ズボンを脱いだ。


 「おしおし。あ、靴下とか下着も全部脱いで、スッポンポンになるんやで」


 !! そ、それは……。


 「か、かりんさん、流石に恥ずかしいですよー」

 「気にすることないって。ウチはこの店のマヌカン、いわばプロや。柚樹くんかて、お医者さんや看護師さんに裸見せるのを嫌がったりせんやろ? それと一緒やて」

 「いや、理屈はそうかもしれませんけど……」


 とは言え、今までの経験で、この人が気さくに見えて押しの強い人だってことは理解してる。僕は渋々、シャツとパンツ、それに靴下を脱いで裸になった。


 さすがに堂々としてるのは無理(これでもビミョーなお年頃なのだヨ)なんで、両手で股間を隠しながらモジモジしてると、かりんさんが僕にとんでもないモノを手渡してきた。


 「か、かりんさん!」


 こここコレって……。


 「そ、女の子用のショーツや」


 あぅ、はっきり言わないでよ。

 空色と白の横縞模様の可愛らしいパンツを手に僕はうなだれた。


 「えっと、一応確認しますけど、コレを履けってことなんだよね?」

 「そぅや。パンツの用途なんて、履く以外にかぶるくらいしかないやんか」


 いえ、普通は「履く」一択だと思います。


 彼女に促された僕は、これで股間を手で隠す必要もなくなると自分に言いきかせながら、水色の縞パンに足を通した。

 いくら僕が男にしては細身だとは言っても、こんな小さいのが履けるか心配だったんだけど……。


 「──ぴったりだ」


 縞々の下着は、僕の股間を優しく包み込んでくれている。肌触りも、これまで経験したどんな衣服よりも柔らかで心地良かった。


 「………」


 すっかり大人しくなってしまった僕を見て、かりんさんはニヤリと笑うと、続いて別の衣類を差し出してきた。薄く半ば透ける素材でできたシュミーズ(でいいんだっけ?)だった。


 ショーツを履いたことのショックの抜けてない僕は、言われるがままにシュミーズを被った。

 そして、ソレもまた、ショーツ同様に口にしづらい不思議な“感覚”を上半身に感じさせてくれる。


 (いい匂い──それに、やっぱりスベスベしてて、気持ちいいや)


 努めてマジメな顔を維持しようとしたけど、多分見る人が見れば頬が赤いのはバレバレだったと思う。


 「ホラ、柚樹くん、次はこれな」


 これまで以上に上機嫌になったかりんさんが、取り出したのは白い長袖ブラウス。男物のカッターシャツと比べて、襟元や袖口にレースの飾りがついてるのが、いかにも女物っぽい。


 こちらもツルツルでピカピカの見たこともない布(あとで聞いたらシルクサテンって言うんだって)で作られてて、羽織っただけで何だか優しい気分になった。

 男の子とは逆についてるボタンを苦戦しながらはめる。これでとりあえず、ぎりぎりショーツが隠れたので、ちょっとだけ安心かな。


 そして、その次にかりんさんが渡してくれたのは、予想通りというべきか、スカート──ジャンパースカートって言うんだっけ? それとも、ノースリーブのワンピースって言った方がいいのかな?

 基本は黒なんだけど、あちこちに白いレースやフリル、あるいは刺繍で飾られている。


 「背中にファスナーがあるやろ? それを下して足を通すんやで」


 言われたとおりにワンピースを着る。手間取ってた背中のファスナーはかりんさんが上げてくれた。


 「どぅや、柚樹くん? どこか窮屈なトコロとかないか?」


 胸元に黒いリボンを結びながら、かりんさんが聞いてきた。


 「うーーん、大丈夫だと思う。あ、でもウェストがちょっと緩いかも」

 「そ、そうかぁ(いくら12歳やから言うても、男の子が5号で余裕て。柚樹くん、アンタどんだけ逸材やのん!)」


 ?? なんだか、かりんさんの息が荒くなったような……。


 「よし、と。じゃあ、最後はコレな」


 と渡されたのは、白と黒のボーダー柄のニーソックス。試着室の隅に置いてあるスツールに腰掛けて、片方ずつ履いてみる。


 ふくらはぎくらいまでのハイソックスなら幼稚園の頃に履いたこともあるけど、膝より上の太腿までくる靴下なんて初めてだ。

 素材もよく伸びてすべすべで、これまた初体験の感触かも。


 (女の子の服って、みんな、手触りとか着心地いいなぁ)


 何だかちょっとズルい気がする。

 ふと、かりんさんがニヤニヤしながらこっちを見ているのに気づく。その視線を辿ると──えっ、僕のスカートの中!?


 「や、やだっ!」


 とっさにスカートを抑えてしまう。

 ──よく考えたら、かりんさんには裸から着替えてるところ全部見られてるんだから今更な気もするけど、なんでだか凄く恥ずかし気がしたんだもん。


 「グッド、グッドやで、柚樹ちゃん。女の子にせよ男のにせよ、恥じらいこそが、より萌えを引き立たせるスパイスになるんや!」


 ビッと親指を立てて「GJ!」のサインをするかりんさん。よくわかんないけど褒められたのかな?


 「そしたら仕上げやな。そのまま鏡の方向いてスツールに座ってんか」


 言われた通りに椅子に座ると、かりんさんはブラシを取り出して僕の髪をとき始めた。

 あまりクセのない僕の髪が瞬く間にキレイに整えられる。


 「うーん、このままでもエエけど……エクステ付けてみよかな」


 しばし首をかしげていたかりんさんは、慣れた手つきで髪の毛の束みたいなものを僕の後ろ髪に編みこみ始めた。みるみるうちに、襟にかかるくらいだった僕の髪が背中まであるロングヘアに変貌する。


 自毛との境目の部分は白いリボンを結わえてうまく隠してあるみたいで、一見したところ、とてもカツラ(かりんさんはエクステって言ってたけど)を付けてるようには見えない。


 「最後にレースのヘアタイを付けて完成や! 雄ちゃん、入って来てもエエで~!」


 白いカチューシャみたいなものを僕の頭のてっぺんに付けたかりんさんは、自信満々に宣言し、外にいるはずの兄さんに呼びかけたんだ゜。

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