閑話.とある少女のマル秘計画

9月15日

 ママから爆弾発言が飛び出した。今、お付き合いしている男性がいるらしい。

 それは、まぁ、いい。父さんが亡くなって10年経つし、ママはまだ若くて美人だ。恋人のひとりやふたりできてもおかしくはない。わたしだって、それが理解できないほど子供じゃないつもり。

 けれど、ママいわく「近々結婚することも視野に入れてのおつきあい」らしい。

 困った。10年間もママとふたりで暮らしてきたのに、いまさら新しい父親ができるなんて言われても……。



10月10日

 今日、ママの恋人──というか“婚約者”の人と会ってびっくり。事前想像してたのとはまるで違う、小柄で優しそうな若い男の人だった。

 亡くなった父さんは、ママより10歳年上の、大柄で逞しい、いかにも武骨って感じの人だったから、てっきりそういうタイプがママの好みだと思ったのに。

 でも、今日会った渡良瀬さんは、初対面なのにとても好感の持てる人だった。

 わたしと8歳しか違わないから、父親って言うよりお兄さんって感じだけど。

 この人なら、家族になってもいいかもしれない。



1月18日

 ママと渡良瀬さんの結婚は、3月5日に決まった。偶然にもわたしの中学の卒業式の翌日。

 て言っても、当面結婚式とか派手なことはせず、とりあえず籍を入れるだけのつもりみたい。

 あれから何度か会って、わたしも渡良瀬さんなら家族として受け入れてもいいと思うようになっていた。

 優しくて思いやり深くて、真面目だけどユーモアもあって──年上の男性に言うのも何だけど──ちょっと可愛い。ある意味、理想の“お兄ちゃん”だと言ってもいいだろう。

 ママの「どこか放っておけないのよね~」という気持ちもわかるような気がする。



3月1日

 大事件! 渡良瀬さんの会社が倒産したらしい。

 真面目にお仕事頑張ってたみたいなのに、渡良瀬さん可哀想。このご時世だと、再就職も難しいだろうし。

 幸いと言うべきかウチはかなり裕福な方だし、ママは渡良瀬さんと結婚して彼を養う気でいるみたい。

 でも、渡良瀬さん、妙に真面目だから、きっと一生懸命働き口を探すんだろうなぁ。



3月5日

 今日、ママが渡良瀬さんと正式に入籍して、わたしに新しいパパができた。

 “パパ”って呼んだらすっごく照れてた。可愛い。

 以前、わたしの苗字をどうするか聞かれた時、「渡良瀬にする」と答えてある。

 パパは「かすみちゃんが望むなら、天野のままでもいいよ」と言ってくれたけど、これはわたしなりのケジメ。

 だって、わたし達3人は家族になるんだから。



3月6日

 ──甘かった。

 わたしは自分のことを「多少マザコン気味」だと思ってたけど、どうやら「筋金入りのマザコン」だったらしい。

 何がどうしたかと云うと──昨晩、夜中にトイレに行った時、ついママたちの寝室から聞こえる声に耳を澄ましてしまったのだ。

 つまり──ふたりが「いたして」いる最中の声やら物音やらをバッチリ聞いちゃったわけ。

 そりゃ、ふたりとも大人だし、夫婦なんだから、そういうコトをしてるのは当たり前なんだろうけど……なんだか寂しいというか心がザワザワする。


 ママ──天野橙子という人にとって、ずっとわたしが一番近い位置にいると思ってたのに、今はそうじゃないかもしれない。

 そう考えただけで、胸がモヤモヤする。家族に嫉妬するなんて、自分でもおかしいと思うけど、この感情は理屈じゃない。

 でも、だからと言ってパパのことも決して嫌いじゃない。むしろ、大好きなのだ。できれば、これからもうまくやっていきたいと思う。

 わたしはどうしたらいいんだろう……。



3月10日

 パパの再就職活動は、あまり──と言うか、全然うまくいってないみたい。

 それを知って、わたしは、このあいだから考えてたある“計画”を実現に移す覚悟を決めた。

 その計画は、世間的に見れば途方もない夢物語だろうけど、わたしがうまく誘導すれば、十分勝算はあると思う。

 幸いわたしたちは4月から東京郊外にある住宅街に引っ越すことになっている。

 周囲に、元のわたしたちのことを知る人がいなければ、計画は成功しやすくなるだろうし……。



3月21日

 “計画”開始。すでに、ママや馴染みの編集さんには話を通して味方につけてある。あとは、パパの説得だけ。

 もちろん、パパは渋ってたけど、理詰めで追い込んで行ったら、最後には首を縦に振ってくれた。

 確かに、この計画──わたしとパパの立場を交換するなんて、荒唐無稽に思えるかもしれないけど、色々と検討した結果、十分実現可能だと、わたしは思っている。

 さあ、明日から忙しくなるぞ~!



3月31日

 計画の第一段階は無事終了した。

 パパを“渡良瀬かすみ”としての立場におくための教育は、それなり以上の成果をあげられたと思う。

 自覚はないみたいだけど、ここ2、3日、パパの仕草とかが、とても女の子らしくなってきている。可愛らしい顔といい、華奢な体つきと言い、パパはきっと生まれてくる性別を間違えたのだと思う。


 引き続き、第二段階を開始しよう。

 それに、思わぬ副産物もあった。

 パパを“渡良瀬かすみ”にする代わりに、わたしが“渡良瀬和己”の立場になりきらないといけないのだけど、これが意外と楽しいのだ!

 元々、わりと男勝りだとは思ってたけど、どうやら、わたしも女じゃなく男に生まれるべきだったのかもしれない。



4月1日

 引っ越し第1日目、そして“僕”らの入れ替わり劇の初日は、極めて上出来だったと思う。

 とくに、斜め向かいの岬さん家と知り合いになれたのは収穫だった。岬家には、“かすみちゃん”と同い歳で偶然にも同じ学校に入学予定の女の子“絵梨ちゃん”がいたのだ!

 これで、“かすみちゃん”は否応なく四六時中女の子として過ごさざるを得ないだろうし、絵梨ちゃんの影響を知らず知らずに受けて、徐々に女の子化が進むに違いない。

 正直、可愛くなっていく“かすみちゃん”の姿を見るのはすごく楽しみだ。

 “娘”の成長を喜ぶのは“父”として当然、だよね?



5月5日

 ついに……一線を越えてしまった。

 これまでも僕は、“渡良瀬橙子”の夫の“和己”として、同じ寝室のダブルベッドで寝てはいたし、時々「夫婦のスキンシップ」と称して触りっこなんかはしてた。

 でも、この旅先のホテルで、僕はママを──橙子つま和己おっととして抱いたのだ。


 無論、肉体的には女性であるぼくが橙子さんと繋がるためには、そのテの器具の助けは必要だったけど……近年の「大人の玩具」技術の進歩に深く感謝しよう。

 橙子さんは「これは開放的な旅先のちょっとしたアクシデントよね」と言ってたけど、僕としては無論それで済ませる気はサラサラない。

 大丈夫。今後じっくりと時間をかけて、彼女つまを骨抜きにする自信はある。



6月2日

 以前からの予定どおり、“渡良瀬和己&橙子”の結婚式を行った。

 と言っても、参加するのは、僕たち家族3人に加えて、仕事上のつきあいのある編集者数人と、かずみちゃんの友人の3人娘、そして新人アシストの大野くん、旧アシストのふたり。

 仕事関係者は、大野くん以外は全員“事情”を知っているはずなのに、素知らぬ顔で僕らの門出を祝福してくれた。


 無事に誓いの儀式その他が終わり、タキシード姿で、水色のウェディングドレス姿の橙子さんと腕を組んで、教会の外へ出る。

 ライスシャワーを浴びる中、橙子さんの投げたブーケは、見事にかすみちゃんの手の中へ。

 ビックリしてたし、友達に冷やかされて照れくさそうだったけど、どこか嬉しそうなかすみちゃんの顔が印象的だった。


 式のあと、僕と橙子さんはセンチュリーホテルのスイートルームで一泊。もちろん、夫婦水入らずで熱い一夜を過ごさせてもらった。

 最近は、橙子さんも僕に求められても拒絶しないし、むしろソレを望んでいるフシさえある。

 僕の腕の中で喘ぎ、“優しい母”ではなく“淫らな女”の顔を見せる橙子さんが、この上なく愛おしい。

 ──では、帰ったらいよいよ“計画”の第三段階を始めるとしようか。



7月7日

 世間でいわゆる七夕祭りの日。かすみちゃんは、部活で自分で縫ったという藍染の浴衣を着て、エリちゃんたちと花火見物に出かけて行った。

 髪もずいぶん伸びたし、和装にふさわしい薄化粧もしていた。もう誰が見ても、可愛らしい16歳の女の子そのものだ。

 たとえ以前の“渡良瀬和己”を知る人間が見ても、たぶん同一人物だとは気付かないだろう。

 まぁ、それは僕にも言えることだけど。


 橙子さんの仕事を手伝うかたわら、プロテインを飲み、暇を見つけては積極的にジョギングとウェイトトレーニングに励んでいるおかげか、以前とは段違いに筋肉質になり、身長も3ヵ月で2センチ半伸びた。

 胸部についても、大きいとは言えない(むしろ限りなく小さめな)乳房が寧ろ幸いして、ほとんど膨らみは目立たなくなっている。


 そして──ついに、今日、待ち望んでいた電話が来たのだ!


 今の僕ら──“和己”と“かすみ”の立場は、上手くいってはいるものの、このままではしょせん一時的なものに過ぎない。

 かすみちゃんも、女の子としての暮らしにすっかり馴染んだとは言え、時が来れば──具体的には1年程が過ぎ、「あまのスタジオ」の人手不足が解消されれば、(たとえ心理的には抵抗があったとしても)元の立場に戻ろうとするだろう。

 それが、彼女あのこの良心であり誠実さなのだから。


 だから──僕は、彼女に対して格好の“口実”を与えてあげようと思う。

 そう、「このまま、当分入れ替わりを維持することになっても仕方ない」という理由を、彼女につきつけてやればいいのだ。

 そうなれば、彼女は(口ではどうあれ)嬉々として現在の“渡良瀬かすみ”あるいは“天野かすみ”としての役割を受け入れ、そのまま暮らしていくことを選ぶに違いない。


 そのための布石は打ってあるし、一番重要な部分についても、先ほどの電話を聞く限りどうやらうまくいきそうだ。

 そのために少なからず苦労はしたが……フフフ、これも愛しい“妻”とかわいい“娘”のためだから、ね。

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