第3章.ニュー・ホームタウン
昨日は早めに寝たせいか、翌朝はひとりでいつもと同じく7時過ぎに目を覚ますことができた。
下着は──昨夜風呂から上がって替えたばっかりだから、このままでいいか。
(あ、でもお揃いのブラはしておかないとね)
とくに意識するでもなくそんな風に考えて、タンスを開けている自分に気づいて、ちょっと苦笑する。
(まだ、こんな風に女の子の格好するようになって1週間しか経ってないのに……)
でも、逆に言えば、1週間も前からこの入れ替わりのために念入りに準備してたとも言える。そればかりか、わざわざ女の子講座なるものも受けされられたんだ。
昔、階段を転がり落ちた男女の心が入れ替わる──という映画があったけど、アレに比べたら、ボクとかすみちゃんの方が、事前の心構えができたぶん(そして元に戻る予定が立ってるぶん)多少はマシなのかもしれない。
て言うか、かすみちゃん──“パパ”の方は、現在の立場になんらストレスや戸惑いを抱いてないように見えるのが、ちょっとズルいと思う。ボクの方はハラハラしっぱなしなのに。
まぁ、愚痴ってても仕方ない。昨晩“ママ”たちは仕事で遅かったせいか、まだ起きてないみたいだし、朝食の用意くらいはしておこう。って言っても、食材の関係でトーストを焼いて、トマトとチーズを切るくらいしか出来ないけど。
それでもコーヒーを淹れ終わるころには、匂いを嗅ぎつけてきたのかゾンビの1歩手前みたいな顔色をした橙子さん──“ママ”と、冬眠明けのクマみたいな風情の“パパ”がダイニングにやって来た。
どうやら明け方近くまで仕事してたみたいだ。
「あ…ありがとー、かすみちゃん……くぁ~、起きぬけのコーヒーは効くわぁ」
こんな手抜きな朝食なのに“ママ”は感激してるし、“パパ”もウンウン頷きながら、夢中になってトーストをほおばっている。
この様子からして、どうも「あまのとーこ」の仕事要員は、忙しくなるとまず食事で手を抜くタイプらしい。どうやら、ボクがこの家の雑用を引き受けるという線がいよいよ現実的になってきたみたいだ。
まぁ、家事は別に嫌いじゃないからいいけど。
朝食のあとに食器洗いをしていると、玄関のチャイムが鳴った。
「はーい! どなたですか?」
「あたしあたし」
インターフォン越しに聞き覚えがあるような無いような声が聞こえてくる。
「? 新手のオレオレ詐欺?」
「違うって! 向いの岬、岬絵梨だよッ!」
「ああ! なんだ絵梨ちゃんかぁ。今開けます」
いや確かに昨日、「良かったら遊びに来てね」とは言った記憶はあるけど、まさかすぐ翌日に来るとは思わなかった。
ボクはパタパタとスリッパを鳴らしつつ玄関へと向かいかけて、ちょっと気になって廊下にかけられた鏡で服装をチェック。
(大丈夫、おかしくない、よね?)
だぼっとしたオリーブグリーンの長袖カットソーとウールのロングスカートは、貧弱なボクの体型を上手くカバーしてくれている──と思いたい。
メイクってほど大層なものじゃないけど、肌の手入れも髪型も……うん、問題なし。
ドアを開けるまで多少手間取ったにも関わらず、絵梨ちゃんは嫌な顔ひとつせずに「や!」と明るい笑顔を見せてくれた。
「ねぇ、かすみんは今暇かな?」
い、いきなりあだ名呼びですか。どうやら、絵梨ちゃんはかなり人懐っこい子みたい。
「う、うん。洗い物が少しだけ残ってるけど、それを片付けたら、たぶん」
「じゃあさ、良かったら一緒に商店街の方に行かない? お店とかも色々案内してあげられると思うし」
! それはまさに渡りに船だ。食料品や雑貨の買い物は現在の渡良瀬家の急務だったし。
「行く行く! ちょっと待ってね、すぐ終わらせちゃうから。あ、よかったら上がってて」
「ホイホーイ、おっじゃましまーーす!」
靴を脱いでついて来た絵梨ちゃんをそのままリビングに通し、冷たい麦茶を出す。
「散らかっててゴメンね。テレビでも見ててよ」
ボクは洗い物をキッカリ3分で終わらせてから、自分の部屋にとって返して、外出用の服に着替える。
ミニスカートはやめといた方がいいいかな。まだ裾さばきとかがちょっと不安だし。じゃあ、こっちの水色のサージのジャンパースカートでいいか。
これに丸襟の白いブラウスを合わせて──なんだか制服っぽい気もするけど、「かすみ」の年齢的にはアリな組み合わせのはずだよね。
あ、そうだ。一応、橙子さんには断っておいた方がいいだろう。
一応気を使ってトントンと弱めにノックしたんだけど、幸いまだテンパってなかったらしく、仕事場のドアを開けて“ママ”が顔を出した。
「お仕事中に、ゴメンね。これから、お向かいの絵梨ちゃんと商店街に行くんだけど──食料品以外で必要なモノある?」
「ん~、ガルガリくんのコーラ味」
「スターボックスのアイスキャラメルココア」
「だから食べ物以外でだって!」
そう反論しつつ、メモしちゃう自分のこまめさがニクい。
「あ、そうそう、かすみ、ちょっとコッチ来なさい」
? なんだろ。
「胸元に赤い紐タイを締めて、髪型も内巻きシャギー風に整えて、っと」
「おおっ! 色味以外、そっくり! 橙子さん、グッジョブ!!」
??? だから何なの?
「あー、わからないならそれでいーの。大丈夫、ちょっと可愛くしただけだから」
「よくわかんないけど……行ってきます」
「「いってらっさーい♪」」
満面の笑みをたたえた“ママ”&“パパ”の声に見送られて、ボクはリビングに戻る。
「お待たせ、それじゃあ行こっか」
「あ、早かったね──って、ぅわぁ……」
ボクの服装を見た絵梨ちゃんの顔つきが微妙に変化する。
「? 何かヘン?」
「い、いや、似合っていると言うか、ごく自然に着こなしてるけどさぁ──もしかして天然?」
「?? 何のコト?」
「やっぱり。ちなみに、もしかしてそのコーディネート、とーこ先生の見立て?」
絵梨ちゃんには、うちの“ママ”がマンガ家の「あまのとーこ」であることは、昨日のうちに教えてある。
「んー、ブラウスとスカートは自分で選んだけど、胸のリボンタイと髪型は“ママ”、かな」
「なるほどね。ま、似合ってるからいいんじゃない?(ヘンな意味で注目されるかもだけど)」
何か笑いをこらえるような表情のままの絵梨ちゃんに首を傾げながら、ボクは彼女と一緒に家を出た。
「ここがカカロットタワー。2階にこの辺りで一番大きなCD&DVD屋と本屋が入ってるわ。あと、地下の食堂街は値段の割に味はそこそこ。
他は──輸入物の食料品店とかタバコ屋だから、あたし達にはあんまり関係ないかな」
あ、でもその輸入食料品とやらにはちょっと興味あるかも。
「で、アッチに見えるのが、西優ストア。スーパー以上デパート未満の簡易百貨店ね。いちいち商店街での買い物が面倒くさかったら、アソコなら大体何でも揃うと思うわ。
もっとも、衣料品に関しては安いぶんデザインはイマイチなんだけど……」
と言葉を切った絵梨ちゃんはジロジロと“ワタシ”の格好を見まわす。
「ま、アンタなら案外好みの品が見つかるかもね。センスが微妙に古そうだし」
「うわっ、ちょっと気にしてるのに、ヒドいよ、絵梨ちゃん!」
元20代半ばの成人男子としては、これでも結構ガンバって可愛く見える服装をしてるつもりなのですよ──とは、間違っても口に出せないけど。
「あー怒らない怒らない。別にいいんじゃない、ある意味個性的で。確かにちょいレトロっぽいけど、アンタに似合ってるのは確かなんだし」
──なんか誤魔化されたような気がする。
「商店街のアッチの方にもブティックとかはあるけど、正直、高いかダサいかの二択だから、気合い入れてお洒落するつもりなら、丁府駅前か思い切って都心まで出たほうがいいわね」
それは予算その他とそのうち応相談かなぁ。
「あの交差点にあるビルがビックリエコー。チェーン店のカラオケ屋だから、会員になっとくと色々便利だよ。会員なら案外安いしね」
ふぅん。あんましカラオケとか(会社の打ち上げ以外で)行ったことないけど、やっぱり女子高生としてはそのあたりも必須技能なのかなぁ。
「そだね。流行りの曲をいくつか歌えるに越したことはないし、あとそれ以外の持ち歌が何曲かあると盛り上がるかな。ん? もしかして、かすみん、音痴?」
「そ、そこまでヒドくはないと思うけど……」
とは言え、自慢できるレベルではないのも確かだ。まして、今は女声を出さないといけないんだし。
「あ、それなら会員登録も兼ねて、1時間ほどふたりで歌っていこーよ!」
──と、強引に絵梨ちゃんに引っ張って来られたんだけど、参ったなぁ。最近のヒット曲を覚えるとこまでは手が回ってないんだけど。
仕方ないから、少し古めの(ボクが学生時代とかによく聞いた)名曲を「ママが仕事中によくかけてる」という名目で歌ってみる。
「へぇ、なんだ。わりかし上手いじゃん」
と歌唱評価自体は悪くなかった(自分でも高音部がよく伸びてたと思う)けど、「でもガッコの友達と行くなら、最近の曲も覚えときなよ?」と釘を刺されちゃった。
うぅ……精進しマス。
その後は、アクセサリー店やコスメショップ(どちらも入るの生まれて初めてだよ!)を何軒か冷やかしてたら、そろそろ11時半過ぎてたので、ちょっと早いけどお昼を食べられそうな店に案内してもらう。
──いや、そのつもりだったんだけど。
「ああ、ここ、ここ! この三葉堂ってお店のワッフルがかなりイケてるから」
「はぁ、確かに美味しそうな匂いだね」
「むぅ~ココでも駄目か。かすみん、意外と手ごわいねー」
いや、そんな呆れたような感心したような声出されても。
ボクとしてはごく普通の軽食を食べたいと思ってたんだけど、連れてかれる先がことごとくケーキとか洋菓子とか甘いモノのお店ってのはどうかと思う。
だいたい、「甘いものは別腹」でしょ。先にサンドイッチとかパスタとか普通のお昼ご飯食べようよ~。
「ほほぅ、それはダイエット中のあたしに対する挑戦かな?」
手をワキワキさせながら迫ってくる絵梨ちゃん。ちょっぴりこわひ。
「ち、違うって! そもそもダイエット中の人があんなカロリーの高そうなもの食べちゃダメでしょ!」
「チッチッチッ、お昼御飯で補給すべきカロリーをスイーツ分に回して差し引きゼロにしようという、この切ない乙女心をわかって欲しいなぁ」
うぅ~そこまで甘味に拘るとは。乙女の意地、恐るべし!
そう言えば、大学時代の友人(♂)が、朝昼抜きで彼女のケーキバイキングに付き合わされて地獄を見たって話を聞いた記憶も……。
僕はそれほどお酒は飲まない(飲めない)し、甘いものもわりと好きな方ではあるけど、でもケーキがご飯代わりってのは、ちょっとなぁ。
「じゃ、じゃあさ、このヘンに和菓子屋さんとか甘味処とかってないかな?」
「ん? えーと、確かあっちの方に……」
と絵梨ちゃんに案内されて来たのは商店街の西の外れ近くの、三笠庵という甘味屋さん。
時代劇に出てくる“峠の茶店”を模したような作りで、店の表に3人掛けの和式ベンチ2脚と、店内に二人掛けの机が3つあるだけの小さなお店。
「あ、いいなぁ、ここ……」
店の構えはちょっと古いけど、決して汚くはなく、むしろいかにも「らしい」雰囲気を醸し出している。
「そういえば、あたしも店に入るのは初めてかも。母さんがココのわらび餅が好きでたまに買ってくるんだけど」
おお、わらび餅かぁ。
「冬場の鯛焼きなんかも、結構美味しかったかな」
ほほぅ、鯛焼き!
「部活の先輩が、クリームあんみつが絶品とか言ってた気も……」
あんみつ!!
「──かすみん、よだれ、よだれ……」
………ハッ!
我に返ったボクは、慌ててポーチからハンカチを出して口元を拭う──って、何もついてない!?
「アハハハ! いやぁ、でもマジでよだれ垂れそうなウットリした顔してたよ?」
うぅ……不覚だ。
「もしかして、かすみんって洋菓子より和菓子が好きな人?」
「……うん、じつはそうだったり」
なにせ、橙子さんと出会うまでは休日毎に行動範囲内の和菓子屋チェックしてたくらいだからなぁ。
「なーんだ、かすみんもあたしのコト言えないじゃん」
「で、でもね、クリームとか動物性脂肪を多用する洋菓子より、ほとんど植物性素材の和菓子の方が、全般的にカロリーは低いし、健康にもいいんだよ?」
と、一応抗議はしてみたものの、絵梨ちゃんの生温い視線がイタい。
ともあれ、絵梨ちゃんの部活の先輩オススメのクリームあんみつとお茶のセットを頼み、ふたりで分けるつもりでわらび餅を追加注文する。
──いやはや確かに絶品でした。
それほど和菓子に興味のなかった絵梨ちゃんでさえ、「たまにここに寄るのもいいかもね」とご満悦。いわんや、ボクに至っては今後ここを贔屓にすることを堅く心に誓ったくらい。
嗚呼、でも結局甘いモノだけでお腹を膨らせちゃったよ~。女の子ってこういうのが普通なのかなぁ。
今日のお出かけの締めは食料品の買い出し。さっき見た西優へと寄る。
「にしても、花の女子高生(新)が、春休みの昼間っからスーパーの食料品売り場で買い物とはねぇ」
「ゴメンね、絵梨ちゃん、こんなトコまでつきあってもらって」
「いや、それはいいけど。もしかして、あの家の家事ってアンタがやってるの?」
「う、うん、全部じゃないけど──ホラ、うちの家って特殊なお仕事だし」
こう言っておけば、多少付き合いが悪くても誤魔化せるかな。実際、積極的に家のこと手伝うつもりでいるしね。
「あ~確かに。マンガ家とかって、家事無能力者ってイメージあるよね」
でも、橙子さん──もとい“ママ”は家事自体は上手いんだよね。修羅場ってくると、やってる暇がないだけで。
「それにしても、かすみんって、やっぱりちょっと変わってるよね。微妙な服のセンスと言い、和菓子好きといい、その歳でアッサリ
ギックーーン! や、やっぱり、いくら外見を取り繕っても10年近いジェネレーションギャップは隠せないのかな?
「──そんなにヘンかなぁ。ワタシ、昔から“ママ”のお手伝いしててあんまり友達と遊ぶ機会がなかったし、その分大人の人と接する機会は多かったから、そっちに影響受けちゃってるかも、って自覚はあるんだけど」
ってコトにしておこう。
「あ! いやいや、そんなに気にしなくってもいいって。確かに普通とか平均的とは言えないかもだけど、あたしは嫌いじゃないよ? それに、あたしたちが行く星河丘って学校自体も、ちょっと普通の校風とは違うらしいしね」
──へ? それは初耳なんですけど。
「あ、もしかして、かすみんも、家からの距離と偏差値だけで志望校決めたな?」
「も」ってことは、もしかして絵梨ちゃんも?
「でへへ~」
いや、そんな不●家のペコちゃんみたいな(ののワ)顔でスッとぼけられても。
「あ~、あのね、星河丘学園って名門だけど、元は──っていうか、2年前までは男子校だったってのは知ってた?」
「そうなの? じゃあ、もしかして凄く女子の数が少ないとか」
だったら、むしろ好都合かも。
「ううん、男女比率はほぼ1:1みたい。ただ……」
「あ、男子校の頃の気風が残ってて、乱暴だとか?」
「むしろ逆。と言うか、「男性は
?? なんじゃそりゃ。
「意味がよくわからないけど──要はお坊ちゃんお嬢様の学校ってこと?」
「ある意味ね。基本的には全寮制なんだけど、あたし達みたく歩いて15分内に通える人は自宅通学が認められてるみたい。
ホラ、わかるでしょ。お嬢様学校系で全寮制と来たら……」
ああ、なんとなく絵梨ちゃんの言いたいことが想像できた。
「ごきげんよう」とか「お姉様ぁ」とか「よろしくってよ」とか、そういう非現実的な言葉遣いが飛び交う空間なのかもしれない。
逆に男子の方は、昔の少女マンガみたくキザでカッコつけな性格なのだろうか?
──って、そんな学校にこれから通うの!?
「む、無理無理! ワタシ、転校するぅ~!」
「ヘッヘッヘッ、逃がさないよ~、死なば諸共だぁ!」
しばらくキャアキャア言ってたところで、周囲のオバさんたちの冷たい視線に気づいてふざけるのを止めた。
うぅ~、恥ずかしいなぁ。
「クスクス……おもしろい娘達ね」
うわっ、あんな綺麗な人にまで笑われてるし。
「ああ、ゴメンなさい。悪気はなかったの。ね、貴女達、星河丘の新入生?」
そう言って声をかけてきたのは、流れる黒髪と涼しげな目が印象的な、いかにも「日本のお嬢様!」って感じの20歳位の若い女性。
「「は、ハイ」」
「そう──わたしもね、あの学園をこの春卒業したばかりなの。ふたりにとっては先輩ってことになるのかな」
へ~、思わぬ縁にちょっとビックリ。
「確かに外からいろいろ言われることが多いけど、中に入れば結構いいところよ。だから、そんなに身構えずに学園生活を楽しんでほしいな」
あ、すっごく優しい目でお姉さんはこちらを見てる。
こういう人の言葉だと、無条件に信用したくなるなぁ。
「──こんな所にいましたの、若菜。あら、そちらは?」
と、そこへ現れたのは、色鮮やかな栗毛をポニーテールにした上品そうな女性。
「今年から星校に入る後輩らしいわ」
「まぁ、そうでしたか。初めまして。わたくしの名前は白鳥理緒。そちらの姫川若菜と同じく、昨年まで星河丘学園で通っていましたの」
姫川さんと白鳥さんは用事があったらしく、その場ですぐに別れたんだけど、「何か学園で困ったことがあったら、生徒副会長の羽衣さんか、校医の双葉先生を頼ってみなさい」と言う有難いアドバイスをもらってしまった。
「うわぁ、モノホンの“お嬢様”って感じの人達だったねー」
ああいう人間ばかりが揃ってるとしたら、何か、ワタシたち場違いそう……。
「ぎゃ、逆に考えるのよ、かすみん。そういう環境で3年間揉まれれば、あたし達も“おぜうさま”っぽく見せるネコのひとつやふたつ、かぶれるようになるって!」
励ましになってない励ましをヤケクソ気味に言う絵梨ちゃん。
──まぁ、入学した直後、この時の懸念は無用のものだと判明するんだけどね。
家に帰りかけたところで、ガルガリくんとアイスキャラメルココアのことを思い出し、あわててスタボと適当なコンビニで目当てのものを購入し、お買物は無事終了。
絵梨ちゃんに一部持ってもらっても、まだ重い荷物を抱えて、よろけるようにして、渡良瀬家へと帰って来れた。
「はふぅ~、やっと着いたぁ。あ! ありがとね、絵梨ちゃん」
「いや、こんなビニール袋ひとつくらいいいけど。でも──主婦っぽいコトやってる割に、かすみん、力ないわねぇ」
う! 嫌なトコ突くなぁ。でも確かに、身長は同じ程度でも主婦のオバちゃんとかもっとずっとパワフルだもんね。
「じゃ、あたしはそろそろ帰るわ。もし、暇してたら声かけてよ。また一緒に遊びましょ」
「あ、うん、本当にありがとう、絵梨ちゃ…」
「ストップ! あたしたちも、もう中学生じゃないんだし、ちゃん付けはないでしょ。エリでいいよ」
女の子を名前で呼び捨てにするのは実は初めて(橙子さんだって未だに「さん」付けだし)だけど、確かに女子高生なら、親しい間柄では呼び捨てにするのも普通かも。
「う、うん。じゃあ……エリ、また今度」
「おっけ~、じゃ、またね、かすみん!」
ニパッと笑って絵梨ちゃん──エリは帰っていった。でも、コッチのことは「かすみん」のままなのかー、まぁ、いいけど。
おっと、そうだ。
氷が溶けないうちにと、急いで“ママ”たちの仕事場へと向かう。
「ただいまー! ママ、パパ、頼まれてたモノ、買って来たよ」
「あ~、ありがとほ~」
あちゃあ~、買って来たガルガリくんとアイスキャラメルココアを貪るように口にして、ひと息ついたみたいだけど、ふたりとも、だいぶヘロヘロっぽい。
「もしかして、お昼食べてないの?」
「いやぁ、筆がノってくると、わざわざ作るのが面倒になっちゃって」
「同じく。そもそも材料もなかったし」
ハァ~、そう言うコトなら仕方ないか。
「──15分ほどしたら、呼びに来るから」
そう言って台所にとって返し、まず買って来た食料品を仕分けしつつ冷蔵庫にしまう。
「夕飯のすき焼き用にと思ってたんだけどなぁ」
生のうどんを3パックと、キャベツとモヤシ、豚コマひと塊りを使って、フライパンで手早く焼きうどんを作る。みりん&醤油ベースの薄味風なのは、我流のオリジナルスタイルだ。
青のりがないのが残念だけど、鰹節と紅ショウガだけでも、十分アクセントにはなるかな。
「お昼、できたよーー!」
「「はーーーい!」」
いい歳した大人ふたり(って、うちひとりは「和己」のフリしてるかすみちゃんだけど)が、食べ盛りの子供みたいな返事をして台所へとやって来る。
その食べっぷりも、欠食児童さながら。もぅっ、こんなにお腹空いてるなら、カップ麺でも何でも食べたらいいのに。
「ありがとう、美味しかったよー」というママたちに買って来たペットボトルの麦茶を渡して食休みさせ、そのあいだに食器を洗う。
「ママ、前から思ってはいたんだけど、休みの間はワタシがご飯作ろうか? あと、学校が始まっても、朝と夜なら大丈夫だけど?」
洗い物をしながら提案してみる。
「そ、それは凄く助かるけど……それで、いいの、かすみ?」
ワタシは軽く肩をすくめた。
「だって、ママたち、放っておくと餓死しちゃいそうなんだもん」
そもそも、今回の入れ替わり自体、「マンガ家あまのとーこの仕事場を効率良く回す」ことを前提に立てられた計画なんだから、それにボクが協力するのはむしろ当たり前だろう。
「うーーん、料理上手なアシのヨッちゃんが辞めたのが痛かったね。でも、橙子さん、ここは当面、かすみちゃんの申し出に甘えるべきだと思うよ」
パパの言葉に、ママは真剣な顔つきで考え込んでいる。
「……じゃあ、悪いけど、しばらくお願いできるかしら?」
「オッケー。あ、でも料理内容まではあまり期待しないでね。レパートリーも少ないし」
こうして、ワタシは正式に「あまのスタジオ」のメシスタント(って言うそうな)に就任したのだった。
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