第2章.ガーリッシュ・ライフ
前の晩の寝付きが遅かったせいか、その日の朝の僕の目覚めは少々遅かったようだ。
「……み! かすみ! そろそろ起きなさい!!」
夢うつつの中、耳元で橙子さんの声がする。誰かを呼んでいるような……。
(あ! 僕を──“かすみ”を呼んでるのか)
目を開けた僕は、ガバッと布団の上に半身を起こした。もちろん、ベッドのそばには朝から優しい笑顔を浮かべた橙子さんが立っていた。
「お、おはよう、と…“ママ”」
「橙子さん」と言いかけて慌てて言い直す。
実は昨日の夜、橙子さんの提案で、今日から僕とかすみちゃんが言葉づかいや呼び方を間違えた場合、1回につき500円の罰金を居間の貯金箱に入れることを約束させられたのだ。
“かすみ”の1ヶ月のお小遣いは昼食代も含めて15000円。高校1年生の女の子として見た時、この金額が大きいのか小さいのかよくわからないけど、仮に10回呼び間違えただけでその3分の1の5000円が取られることになるのは痛い。
まぁ、それくらい注意しないと、この入れ替わり劇を完遂できないってことなんだろうけど。
「はい、おはよう。そろそろ8時よ。いくら春休みだからって、あんまり寝坊しちゃダメよ」
ニコニコと微笑んだまま、橙子さんは人差指で僕の鼻先をチョンとつつく。どうやら、さっき言い間違えかけたことは不問にしてくれるらしい。
それと同時に、僕のことを本気で「娘のかすみ」として扱う気満々なのも、今のやりとりで十二分に分かった。
「ごめんなさい、“ママ”」
ここは、素直に謝っておこう。
満足げに頷きながら、橙子さんは“かすみ”の部屋を出て行った。
その姿が見えなくなったのを確認してから、僕はガックリと肩を落とす。
(うぅ……緊張した)
初日の朝からこれでは先が思いやられる。
いや、ここは何とか無事にやり過ごしたことを、幸先がいいと喜ぶべきかも。
くだらないことを考えながら、ベッドから降りてカーペットの上に立つ。
「あ、そう言えば着替え、用意しておくのを忘れてた」
もしかしたら、無意識に“現実”から目をそむけていたのかもしれないけど。
いずれにしても、今日と言う日が来てしまった以上、覚悟を決めるしかない。
僕は、寝間着姿のまま白いタンスの前に立った。
かすみちゃんの部屋のタンスは、高さ1.8メートル、幅が1.5メートルほどで、上半分が両観音開きで下半分が4段の引き出しになっている。勉強机やドレッサーに比べて新しいのは、つい半年ほど前に買ってもらったばかりだからだとか。
その下から二段目の引き出しを、誰も見ていないのに何となくキョロキョロと辺りを見回してから、ゆっくりと開ける。
そこには、白や水色、ピンクといった薄くて明るい色彩を主体とした女物の衣類──誤魔化しても仕方ないな。女性用の下着類がキチンとたたんでしまってあった。
しかも、僕が使うにあたって新品を買い揃えたとかいうワケでは決してなく、正真正銘つい先日──というか下手したら昨日まで、かすみちゃん本人が着てた代物だ。
その、いわば“お古”(と言っても、それほど着古したものはないようだけど)を、今日から僕が身に着けないといけないのだ。
一昨日の晩、「正直、それでいいの?」と本人に以前、聞いてみたんだけど……。
「うん、別にそんなに気にしてないけど? それを言うなら、パパの……おっと、「元パパの」かな? ともかく“渡良瀬和己”の服を、下着も含めてアタシが全部もらっちゃうワケだし。あおいこだよ」
いや、23歳の
「そう? パパの持ってる服って結構アタシの好みに合うよ。それに、アタシの服だって、実際はタンスに入ってるのの半分くらいしか袖通してないし」
?? それってどういう……。
「──かすみィ~、お風呂空いたわよー?」
「あ、はーーい、今行くぅ!」
と、詳しい説明を聞く前に、かすみちゃんはそのままお風呂に行っちゃったんで、結局うやむやになっちゃったんだ。
うぅ、いくら本人の了解は得たとは言え、やっぱり恥ずかしいなぁ。
下着も、昨日までは夜のうちに橙子さんやかすみちゃんが出しておいてくれたんだけど、今日からは自分でキチンと選んで身に着けないといけないし。
でも、幼稚園児や小学生じゃあるまいし、「15歳の女の子」なら、それが当たり前だということは、僕にだって理解できる。
覚悟を決めて、僕は引き出しから、白一色でほんの少しだけレース飾りのついた上下揃いのブラとショーツを選び出し、パジャマを脱いでそれに着替えた。
上は──この水色のブラウスでいいかな。
ボトムは、本当はジーパンかせめてサブリナパンツとかがいいんだけど、「女の子になれるまでズボン禁止ね!」と橙子さんに厳命されてる。仕方ないから、長めの丈のソフトデニムの巻きスカートを選んだ。
(あの時の橙子さんの言葉のニュアンスが微妙に気にかかるけど。「女の子になれる」って──「女の子の格好に慣れる」って意味だよね? ね?)
これだけだと、まだちょっと肌寒いかもしれないから、何か羽織るものは──あ、このフリンジのついたベストがいいかな。これを着て首元に赤いスカーフを巻くと、ちょっとウェスタン風でカッコいいかも。
髪の毛にブラシを入れるのも、ようやく慣れてきたところ。でも、まだ完全にうまくセットできないから──そうだ! このカチューシャで押さえれば、それなりにキチンとして見えるよね。
一通り服装を整え、拙いながらも髪と肌の手入れをしてから、僕は1階のダイニングへと降りて行った。
テーブルの上には綺麗に焼けたベーコンエッグとレタス主体のサラダ、そしてキツネ色のトーストが置いてあった。僕以外のふたりはすでに席についてるみたい。
「やぁ。おはよう、“かすみ”ちゃん」
何気なく声をかけられた方を見て、僕は思わず「アッ!」と叫びそうになった。
そこには、見慣れたグレーのスウェットに身を包んだ、見慣れぬ若い男性が座っていたからだ。
一瞬「誰!?」と思ったものの、次の瞬間それがかすみちゃんの男装であることに思い至り、なんとか平静を取り戻す。
「お、おはようございます、“パパ”」
声が多少震えたものの、僕も無事に「ひとり娘のかすみ」としての挨拶を返すことができた。
例の発声練習の本は、その安直なタイトルの割に内容は確かで、こうやって会話していても、ごく自然に女の子っぽい声が出せるようになっていた。
「んふふ~、どうやら“かすみ”もビックリしたみたいね。新しい“カズくん”ってば、すっかり役柄に馴染んじゃったみたいよ」
ニコニコしながら、橙子さんがミルクティーを入れてくれた。
朝はコーヒーが飲みたい気もするけど──でも、やっぱり女子高生なら紅茶の方が自然なのかな。
別に紅茶が嫌いというわけでもないので、有り難く戴いた。うーん、美味しい!
かすみちゃんは、あえて「朝食時の若い男」を意識しているのか、だらしなく椅子に片足を組んで腰かけたまま、朝刊の新聞を見ている。そのままトーストをかじろうとして、さすがに橙子さんに怒られていた。
逆に僕は、せっかく着替えた服を汚さないよう細心の注意を払って食べてたので、家族の中で一番遅くなってしまったけど、ふたりとも特に気にしてないみたい。
食後の食器洗い(僕も手伝った)が済んで一段落したところで、橙子さんがパンパンと両手を叩く。
「それじゃあ、そろそろ9時だし、みんなでご近所に挨拶に行きましょうか」
「!」
ついにその時がやって来てしまった。
先週中も男装のまま外でブラブラしてたかすみちゃんと違って、僕はまだ今の格好で外出したことはない。
この家に来る途中クルマに乗ってるときには、片づけ作業も考慮して、女物のトレーナーとスリムジーンズという格好だったけど、あれは“女装”と言えるかは微妙だし。
でも、ここまで来たら覚悟を決めるしかないだろう。
念のため、橙子さん達──“ママ”と“パパ”に再度全身をチェックしてもらい、「全然おかしくない。むしろ可愛い」というあまり嬉しくないお墨付きをもらってから、僕はふたりのあとに隠れるようにして外に出た。
春先の朝の空気は気持ちいいし、近くに見える川の堤防には桜の木がそろそろ5分咲きになってて綺麗だったけど、そんな素敵な環境にいることも、あまり僕の慰めにはならなかった。
まずは右隣りの樋口家から。幸いそこに住んでいたのは70歳くらいの老夫婦で、まだボケてはいないようだけど、目や耳があまりよくなさそうだったので、バレる心配は低そうだ。
おかげで、僕もそれほど緊張することなく、無難に挨拶することができた。
一方、左隣りの仲村家からは、パッと見は橙子さんと同年代の主婦と小学生の男の子が出てきた。
気さくな橙子さんが奥さんと会話して、旦那さんは出張中だと聞きだす。こちらの奥さんも、度のキツそうな眼鏡をかけていたので、あまり目はよくなさそうだ。
男の子も悪戯小僧というよりは人見知りするタイプのようで、チラッと僕が視線を向けただけで、顔を真っ赤にして母親の背後に隠れてしまった。
「あらあら、ボクくん、綺麗なお姉さんに見られて恥ずかしいのかな?」
隣の奥さんがからかうと、ますます顔を赤くしてる。ちょっと可愛いかも。
お向かいの日高さん家には、30歳くらいの独身女性が住んでいて、僕ら──というか、“ママ”と“パパ”の仲良し夫婦を羨ましそうに見ているのが印象的だった。
(多分、「この女(ひと)、こんな若いダンナつかまえちゃって……いいなぁ」という気分なんだろうな)
でも、おかげで、“娘”である僕はあまり注目されずに済んだ。
また、その右隣の鈴木さんは30代半ばくらいのタクシー運転手で、日曜も昼間はいないコトが多いと教えてもらった。なんでも離婚して奥さんと子供さんは出て行ってしまったらしい。なにげにヘビーだ。
そして、最後に訪れた岬家が一番の難関だった。
「どうも、はじめまして。この度、斜め向かいに越して来ました渡良瀬と申します。何かとお世話になるかと思いますが、家族ともどもよろしくお願い致します」
“パパ”──かすみちゃんが、堂々とした態度で、玄関に出てきた岬さん夫妻に挨拶している。
ふたりは、通常は一家の大黒柱たる夫が若い(どう見ても20歳かせいぜい20代前半くらいにしか見えない)ことに、ちょっと驚いていたけれど、そのあと世間慣れした橙子さんが巧みなフォローを入れたことで納得してくれたようだ。
「まぁまぁ、こちらこそ、よろしくお願いしますね。ところで、そちらは、旦那さまか奥さまの妹さんですか?」
チラと岬さんの奥さんに視線を向けられて、硬直しそうになるのを懸命にこらえて会釈をする。
「いえいえ、わたしの娘です」
澄ました顔で橙子さんがそう告げると、目をパチクリさせる岬さん夫妻。
「そ、そうなんですか……」
気持ちはわかる。だって橙子さんはどう見たって30歳を超えてるようには見えないのだ。普通なら、どう考えても中高生の娘がいる年代ではない。
“パパ”にツンツンと肘でつつかれ、僕も言うべきセリフを考える。
「あの……渡良瀬、かすみと言います。よろしくお願いします!」
手を腰の前で重ね、精一杯女の子っぽく見えるよう意識しつつ、お辞儀する。
「まぁ、礼儀正しいのね。かすみちゃんは、おいくつなのかしら?」
「15──もうすぐ16歳になるんだったか?」
“パパ”の言葉に相槌をうつ。
「う、うん。えっと、この春から、星河丘学園に通うことになってます」
「ほぅ! じゃあ、ウチの絵梨と一緒だな。おーい、絵梨、降りて来なさい」
──えぇ~、なーにぃ?
やや遠く(たぶん2階)から返事が聞こえたかと思うと、岬家の玄関から、かすみちゃんと(つまり今の僕と)同年代くらいの女の子が顔を見せた。
軽くパーマをかけたライトブラウンの髪とアーモンド型の目が印象的な、活発でちょっと気の強そうな子。
それが、僕──“渡良瀬かすみ”の高校生活を通じての親友となる岬絵梨の第一印象だった。
絵梨ちゃんの最初の印象は、「脳天気で軽そうな娘?」だった。もちろん、あとになってソレは間違いだったとわかるんだけど。
ちなみにエリの方も、僕のことを「うわ、内気で臆病そうなコだぁ」と思ってたらしいから、おあいこと言えばおあいこだろう。
岬家に招き入れられ、居間でお茶を御馳走になる僕達。「親同士」が世間話している横で、自然と僕はエリ(この頃は、まだ「絵梨ちゃん」って呼んでたけど)と話をすることになった。
何を話したらいいのか困ったけど、幸い絵梨ちゃんは少女マンガ好きみたいで、“ママ”の──“あまのとーこ”の作品について水を向けたら、すぐに食いついてくれた。
僕も、橙子さんの作品が載ってる「羽とゆみ」とか「少女メイト」とかの雑誌は、先週の暇な時間に目を通してたので、ある程度話を合わせることができた。
“同年代”のふたりでそれなりにおしゃべりを楽しんだあと、大人組の会話も一段落したみたいなので、僕らは岬さん家をおいとまして我が家に帰った。
(──ふぅ。大丈夫かなぁ。とくに怪しまれてない、よね?)
自室のベッドにバタンと仰向けになりながら、さっきの絵梨ちゃんとの会話について思い返す。たぶん、ヘンなトコロはなかった──と思う。
あれから、“ママ”はマンガのお仕事、“パパ”はそのお手伝いをしているはず。
(そろそろお昼だし、何か作ってあげようかな)
ピカピカのシステムキッチンは、まだ細々したものが整理整頓されてなかったけど、それも平行して進めながら、僕は冷蔵庫や乾物の入った戸棚の中味を確認する。
「うーーん、ちょっと時期外れだけど、にゅうめんにしようかな。去年のお中元の素麺が残ってるみたいだし」
いちばん大きな鍋いっぱいにお湯を入れて、残っていた素麺を全部茹でる。それと並行して、具材に花麩やとろろ昆布、ワカメやかしわ、わけぎなどを用意する。
(ダシは──今日はインスタントでいいか。あ、香りつけに鰹節を最後にかけよーっと)
台所の壁掛け時計が12時半を指し示すころ、にゅうめんは無事完成。
「お昼ですよーー!」
橙子さんの仕事部屋のドアをノックすると「ふわ~い」という気の抜けたような返事が返ってきた。
「えっと、お昼作ったから、よかったら台所に食べに来て」
小さめにドアを開けてそう告げると、机の上に突っ伏してぐったりしていた橙子さんの瞳が「キュピーーン!」と光る。
「ふ…フフフ……愛しきマイ・ドーターの手料理を食べ逃す親がいるでしょうか、いや、いまい!(反語)」
あれほど脱力してたのが嘘みたいに生気を取り戻した橙子さんが、瞬時にドアから飛び出してくる。
「今日のお昼は、なっ・にっ・かっ・なっ!?」
スキップせんばかりの上機嫌で台所に向かう橙子さんを、僕とかすみちゃん──“パパ”は苦笑して見送るしかなかった。
「はぁ……おなかいっぱい。しゃーわせぇ」
ダシの最後の一滴まで飲み干したあと、ドンブリを置きながら橙子さんが満足げに言う。
「ごちそーさま、ありがとね、かすみ」
「う、ウン、お粗末さま」
原稿執筆中は幾分子供っぽくなるって知ってたけど、まさかこれ程とは……と、僕は目を丸くしながら、橙子さんの顔を眺める。
それを見て何を思ったのか、「あぁっ、こんな風におさんどんが上手な娘がいてくれて、ママ、幸せだわ!」と、いきなり僕の頭を撫で撫でする橙子さん、いや“ママ”。
どうやら本気で、徹頭徹尾僕のことを「娘のかすみ」として扱うつもりらしい。
「そ、そんな大げさだよー。にゅうめんなんて茹でて適当なダシ汁に入れるだけだし」
「いやいや、そんなことないさ。それに色々具を用意したり細かい気配りができてる。「かすみちゃん」は、いいお嫁さんになるかもね」
微笑いながら、“パパ”もそんな風に褒めてくれる。まぁ、悪い気はしない、かな?
ともかく、“ママ”や“パパ”のためにできることが、やっぱりボクにもあったみたいだ。これからは、できるだけ家の中のコト、するようにしないと。
その日は“ママ”たちの仕事の邪魔をしないように家の中の細々したものを片付けることで一日が終わった。
晩御飯も作ろうかと思ったんだけど、冷蔵庫にロクな材料が入ってなかったから、仕方なく店屋物の出前を取る。
それにしても──橙子さんのチャーシューメンはともかく、かすみちゃんのラーメンライス(餃子付き)って、どうなの。運動もしてないのに太るよ?
「ハッハッハッ、頭脳労働でもお腹は減るんだよ。それに当分ダイエットとか気にしなくていいし。それより、“かすみちゃん”こそ、チャンポン麺(小)だけで足りるの?」
「う……わ、ワタシは小食だからいいの!」
まぁ、この小食のせいで背が伸びなかったってのはわかってるんだけど、今更変えようもない。
で、ご飯を食べたら、ボク、“ママ”、“パパ”の順番にお風呂に入ることに。
とりあえず、パジャマと替えの下着を用意してからお風呂場へ向かう。
脱衣所で、ベストを脱いでブラウスのボタンに手をかけたところで、ふと鏡を見る。
そこには、(それが自分だということを考えなければ)どこからどう見ても「年若い少女」にしか見えない人物が恥ずかしげに鏡を見返していた。
「!」
なんとなく悪いことをしているような妙な気分になったボクは、慌てて目を逸らし、手早く残りの衣服も脱いで風呂場へと入った。
風呂場も一面が鏡張りになっているんだけど、服を着ている時と違って裸を見れば、ボクが本当は男だと分かるから平気だと思ったんだ。けれど……。
「──うわぁ……」
無駄毛のない生っ白い肌といい、接着剤でナニの皮を貼り合わされパッと見女性のアソコにしか見えない股間といい、なんだか想像以上にボクの裸身は中性的、ううん女性的に見えた。ここのところ女物のスカートで腰の高い部分を締め付けているせいか、心なしかウェストもくびれているように見えるし。
さすがに胸は全然ないけど、その点さえ除けばプールの授業とかも上手く切り抜けられるかもしれない。
「いや、「かもしれない」じゃなくて、切り抜けないといけないんだけど」
と、ひとりでノリツッコミ。
それにしても、そのハードルが幾分下がったことは喜ぶべきなのだろう。ただ、ひとりの成人男子としては、いささか複雑な気分だった。
「まぁ……今更、だよね」
この馬鹿げた事態を受け入れた時に、それは覚悟していたはず。
ボクは風呂から上がると、コーラルピンクの下着と白の七分丈のパジャマを着る。
このパジャマ、オーガンジーの半ば透けるような素材でできてるうえ、フリルとレースがふんだんに使用されている。新品同然だったところから見て、たぶん本来の持ち主は殆ど袖を通してなかったんじゃないかなぁ。
今日タンスの中を自分で整理してて気づいたんだけど、“渡良瀬かすみ”のワードローブって、ボーイッシュないしマニッシュで活動的なものと、ヒラヒラ&フリフリの多いフェミニンなものに二分されるみたいなんだ。
で、着古しているのは圧倒的に前者。つまり、後者は橙子さんが半ばシュミで買って来て娘に与えたものなんだろう。けど、かすみちゃん本人は、あまりそういうのが好きではないから、滅多に着ない、と。
それならボクも──と思うんだけど、橙子さんからダメ出しされてるしなぁ。「少しでも女の子らしく見えるように、そういう可愛らしい服装しなさい」って。
ま、新品っぽい服の方が、借り着してる罪悪感が幾分少ない、ってのはあるけどね(逆に新品を僕なんかが着て「汚し」ちゃっていいのか、なんて気もするけど)。
「とりあえず、「渡良瀬かすみ」ライフの一日目は無事終了、かなぁ」
そう呟きながら、ボクはベッドに入って程なく眠りに落ちたのだった。
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