後日談? ─1年後にあり得るかもしれないお話─

 築10年・軽量鉄骨モルタル造りのアパートの一室に、睦み合う男女の熱い喘ぎと息使いが満ちていた。


 「──ホナミ、そろそろ、いいか?」


 いつもどこか皮肉げな目をした少年の、今ばかりは真剣な視線を受けて、少女はニッコリ微笑む。


 「はい、カネヒト兄様の御望みのままに」


 少女は、腰を軽く浮かせると、「兄様」と呼んだ少年がやりやすいように角度を調節する。

 それだけで、このふたりがこれまでに幾度となく交わってきたことが推察できた。


──ぬぷりっ!

 「はぅうんっ!!」


 少年が腰を沈めると同時に、少女の口から艶っぽい喘ぎが溢れる。


 「ッ……」


 少年の方も、自らの口から漏れかけた快楽に基づく嘆息を咄嗟に抑える。


 すでに両手両足では数えるのに足りないくらいの回数“愛し合った”ふたりだが、何度繰り返しても、その度に新鮮な──と同時にどこか懐かしさも感じる満ち足りた“心地よさ”に、少年は驚かされていた。


 「はぁ、ふぅ、んんっ……!」


 それは少女の方も同様のようで、待ち焦がれていた恋人との交わりに、すっかり魅入られているようだ。体内を満たす感触に、汗に濡れ光る黒髪を振り乱して悶える。


 「はぁ……はぁ……あ、にぃさまぁ、も、もぅ、ホナミはぁ……!」

 「おぅ、わかった。今、ラストスパートかけてイカせてやるからな」


 少年が“速度”を調節して、同時に達せるよう加減する。

 熱い吐息と喘ぎ、そしてぬちゃぬちゃと湿った擦過音が響くなか、ほどなくふたりは同時に絶頂へと達するのだった。


……

…………

………………


 早朝──と呼ぶには少し遅い、4月末のとある日曜の午前8時過ぎ。

 高校二年生の少年、楼蘭工人は、簡単な朝食の支度を一通り整えて、“同居人”を起こしに行く。


 「おーい、穂浪ぃ、朝だぞー」


 そう呼び掛けつつも、これで相手が起きるとは期待してないようで、ノックもせずに(まぁ、ふすまの和室なのでノックしずらいというのもあるが)と寝室に踏み込む。


 畳の上に敷かれた布団の中では、同居人が予想通りいまだ白河夜船を漕いでいた。


 「ほら、穂浪、そろそろ起きろよ。朝飯できてんぞ」

 「…………工人兄様が、おはようの「チュウ」をしてくだされば、起きますわ」


 眠そうな(と言うか本当に眠いのだろう。明け方まで頑張ったし)少女の声に、やれやれと肩をすくめた工人は、そっと布団をめくると、何かを期待するような表情で目をつぶっている同居人にして恋人でもある少女の上に屈み込むと……。


──パスンッ!


 「はうっ!?」


 斜め45度の絶妙な角度で、少女・穂浪の額にチョップを食らわせた。


 「な、何をなさいますの!」


 痛みはそれほどでもなかったのだが、予想外の衝撃に思わずピョコンと頭頂部近くから三角形の犬耳を飛び出させつつ、穂浪は抗議する。


 「朝っぱらから色ボケた事いってんじゃねーよ。さっさと起きないと朝飯が冷めるだろーうが」


 呆れたようなジト目になって穂浪を見下ろす工人。

 目の前の少女は、彼にとって大切な恋人ではあるが、同時にその日常生活を見守り時に厳しく指導すべき妹分でもあるのだ。

 ずぼらに見えて、案外律儀な少年は、少女の父親から託された役目をないがしろにする気はなかった。


 「はぅ~、おかしいですわ。恋人のあんな可愛らしいおねだりを聞いた殿方であれば、紳士的に優しくキスしてくださるか、あるいはケダモノになって押し倒してくださるかの二択だと、珠希たまきさんにお聞きしましたのに」


 穂浪の口からこぼれた聞き覚えのある名前に、工人は表情を変えないままゲッソリする。


 (昨晩、何やら電話で長話していたと思ったら、あの猫娘の入れ知恵か──いや、本人は素で実体験を話しただけなんだろうが。

 廉太郎くん……強く、生きろよ)


 自分と同じく、微妙に一般常識に欠ける人外娘を恋人にしている顔見知りの少年に、こっそり同情と共感の念を禁じえない工人。


 「──馬鹿なこと言ってないでさっさと着替えれ」

 「はぁい」


 ようやく布団を出た穂浪がネグリジェのボタンを外し始めたのを確認してから、工人は居間にとって返した。


 そして、数分後。


 「(はぐはぐ……)ふぅ、やっぱり工人兄様が作られた朝餉は美味しいですわね」


 先程までの痴態(ただし、性的ではなくおバカという意味で)が嘘のような、ピシッとした制服姿の穂浪が、優雅な仕草で工人が作った朝食を口にしていた。


 「褒めてくれるのは嬉しいけど、単なるトーストとベーコンエッグだぜ?」

 「何を仰いますか。トーストの焼き加減も、ベーコンのカリカリ具合も、この卵の半熟加減も絶品ですわ!」


 そこまで力説されると、さすがに面映ゆい。工人は話題を変えることにした。


 「それにしても、穂浪のしゃべり方も、すっかりその“お嬢様口調”が板についたな」


 数年前に両親を亡くし、親代わりの姉も先年嫁いだため、ひとり暮らしをしていた工人のもとに、とある事情で大神オオカミを自称するこの狼娘・穂浪が転がり込んで来たのが、ちょうど1年ほど前の話だ。


 それから、よんどころない事情で穂浪とともに暮らすことになり、山の隠れ里育ちで物知らずな(一応基礎知識はとある方法で充填したが、色々穴だらけだった)穂浪のフォローに、当初は奔走したものだった。


 しかしながら、さすがに半年も過ぎると、このお騒がせ娘も「普通の女子高生としての生活」に慣れ、それほど大きな騒動を起こすことはなくなった。

 むしろ、部活などでは(その外面の良さも影響して)“頼りになる先輩”として尊敬の目で見られる機会も増えてくる。


 その頃からだろうか、ふたりの関係が“単なる同居人”から“気になる異性同士”に変化していったのは。

 最終的に一線を越えたのは、今年の3月中旬──いわゆるホワイトデーだった。


 もっとも、告白した(正確には、バレンタインの穂浪からの告白に工人が応えた)その日のうちにファーストキス、さらにその夜、風呂・同衾・初体験の3ヒットコンボを決めたのだが、恋人として過ごした時間はまだ2ヵ月にも満たなかったりする。


 「そうですわね。学校や知り合いの前ではずっとこちらの話し方ですから、すっかり慣れてしまいましたわ」


 現れた当初の穂浪は時代劇の侍めいた口調(しかも男声)で話していたのだが、女子高生として学校に行くのにそれでは怪しまれるということで、仮想ペルソナとして某ゲームのお姉様タイプのキャラを参考にしたのだ。


 最初の頃は学校にいる時だけだったが、いつの間にか彼女の素性を知る工人とふたりきりの時も、そのしゃべり方をするようになっていた。


 「工人兄様は、この話し方はお嫌いですか?」

 「いや、そんな事はない。基本的には今のお前さんには似合ってるし……」


 いったん言葉を切ってニヤリと笑う。


 「──それに、ベッドで乱れる時だけは、お前さん、ときどき地が出てるからな」

 「! もぅっ! 恥ずかしいことおっしゃらないでくださいまし」


 羞恥に赤くなった表情を隠すように穂浪が食事に専念し、しばしの間、心地よい沈黙が食卓に落ちる。


 「御馳走さまでした」


 やがて、朝食を品よく平らげ、両掌を合わせる穂浪に、一足早く食べ終っていた工人が「はいよ、お粗末さま」と声をかける。


 ちなみに、おさんどんに関しては、朝は先に起きた方が作り、昼はなりゆき次第、夜は穂浪が主体で工人も手伝える作業は手伝う──という取り決めになっている。

 掃除全般は穂浪の寝室以外は工人、裁縫と洗濯関係は穂浪が担当し、それ以外の雑務は時に応じて相談する形だ。


 「今日は、バスケ部の練習試合があるんだろ。時間は大丈夫か?」


 食後のほうじ茶を飲みながら寛いでいる穂浪に、工人が尋ねる。


 「ええ、午前10時に相手校の校門前に集合ですから」


 今日の試合相手は恒聖高ですから、それほど時間もかかりませんわ、とニッコリ微笑む、星河丘学園女子バスケットボール部員の穂浪。


 「恒聖高って──そうか、今日の相手は珠希ちゃん達か。それで、昨日あんなに色々話してたんだな」


 人の身に姿を変じているとは言え、大神──いわゆる人狼族の末裔である穂浪の運動能力は卓越している。本来の半分程度に抑えていてさえ、“超高校級のアスリート”として某学園にスカウトされてもおかしくないレベルなのだ。


 しかし、そんな穂浪が、これまで二度だけ遅れをとったことがある。

 そのうちのひとつが、今年のインターハイ優勝チームで、もうひとつが今日向かう恒聖高校のバスケットボール部だ。

 あちらにも1学年下に猫又娘という思わぬ助っ人がいたことで、昨年の練習試合では予想外の敗北を喫することになったのだ。


 淑やかに見えて意外に負けず嫌いな(もっとも、工人は彼女の地の性格を知ってるので意外でも何でもなかったが)穂浪は、相当悔しかったらしく、それまでサボりがちだったバスケ部の練習に、以来真面目に出るようになったくらいだ。


 「今日こそリベンジを果たしてみせますわ!」


 静かに闘志を燃やす穂浪を暖かい目で見つめながら、工人は忠告アドバイスする。


 「それはそうと──まだ、犬耳出たまんまだぞ」

 「犬ぢゃなくて狼ですッ!」


-ひとまずおしまい-

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