その4

 “ブルーマンデー”なんて言葉もある通り、月曜の朝というヤツは、学生勤め人問わず、大なり小なり憂鬱になるものと相場が決まっている。

 俺は、普段は学校行くのがそれほど苦にならない方だが、今日ばかりはそういうサボリたい症候群に患者たちに同意したい気分だった。


 なぜなら──。


 「おぉう、アレはまた立派な建物じゃのぅ。おっきくてピカピカじゃ」


 俺の右腕にしがみつくようにして歩いている“コレ”を、学園の職員室まで連れていかないといけないからだ。


 無論、言うまでもなく“コレ”とは穂浪のことで、しかも今日から学園その他では「楼蘭穂浪(ろうらん・ほなみ)」と俺と同じ姓を名乗らせ、あまつさえ周囲には「転入してきた従妹だ」と説明しないといけないという罰ゲーム付き。


 「ん~? 主殿はエラク陰気臭い顔しとるのぅ」


 そして、その元凶の方は、ちぃーともコッチの苦境をわかってらっしゃらないときたもんだ。


 自他共に認める(笑)シスコンである俺にとって、姉の愛海は理想のタイプそのものだ。

 その愛海姉ちゃんと驚くほどよく似ている同い年の女の子(客観的に見ても多分クラスで1、2を争う級の美少女だ)に、バストを押し付けるようにして腕を組まれている、いや腕に抱きつかれているのだ。

 いくら俺が草食系男子だからって、コレで何も感じないほど達観しちゃいねーぞ、ヲイ。


 ──なに? 「想像したら腹が立ってきた。爆発しろ」?

 フッ、そう簡単に言ってしまえる単純な頭が羨ましい。


 いいか、昨日の“お買い物”の時も、コイツはちょっと目を離すと好奇心を刺激されたモノに惹かれてフラフラ向かっちゃうようなお子様マインド全開状態だったんだぞ!

 その度に探して、見つけて、叱って、言い聞かせて──俺は幼稚園児を引率してる保父さんか、ってぇの。

 それを防ぐには、手を繋ぐなり、こういう風に相手にしがみつかせるなりして引っ張って行くのが、一番手っ取り早いって学んだんだ、俺は。


 「どこか調子でも悪いのかや?」

 「未来と将来の具合がちょっと、な──それはともかく、学園の生徒の目もあるから、そのしゃべり方はやめれ」


 ただでさえ目立つのに、時代劇の公家じみた「のじゃ」言葉なんて使おうモンなら、ぜってー悪い意味で“話題”になること間違いないからな。


 「あら、ごめんあそばせ──こんな感じでよろしいのかしら?」


 この容姿&雰囲気で、このしゃべり方だと、確実にどこかの御令嬢だとか思われかねんが、逆に周囲がそう勘違いしてくれる方が揉め事は減りそうだ。


 「………まぁ、その方向で。くれぐれも、ボロが出んように頼むぞ」

 「ウフフ、工人かねと兄様にいさまは心配症ねぇ」


 コロコロと笑う“従妹ほなみ”の言葉に、「誰がにーさまだ、誰が!?」とツッコミたくなるのを懸命に抑える。


 一応、学園に提出した資料では、俺が5月生まれなのに対し、4ヵ月遅い9月生まれってことになってるから、コイツが妹分的立場を主張してもおかしくはない。ないんだが……。

 3年前の姉ちゃんによく似ている女の子から兄と呼ばれると、正直違和感がヒドい。


 (とはいえ、親父さんの手紙の中でも、「俺の事を兄と思え」って書かれてたしな。コイツなりに気を遣っているってことか)


 よし、逆に考えるんだ、工人。この容姿で“姉”っぽい態度をとられたら、“本物”との対比もあって、苛立たしさがハンパなかったはずだって。そう考えたら、まだしも“妹”の方がマシなんだろう。


 「ま、それはさておいて──ふーん、制服は結局その組み合わせにしたんだな」


 星河丘ウチの学園は、去年俺が入学した年度から共学に変わったんだが、その時、学園関係の規則も大幅に変わったらしい。

 そのひとつが制服で、男子は4種類、女子はなんと8種類から選べるようになっている。

 しかも、上下の組み合わせは自由だから、男子は上4×下4の16パターン、女子に至っては8×6の48パターンある計算になる(8×8じゃないのは2種類がワンピースタイプだからだ)。


 この「制服だけどコーディネート自由に着回せる」システムは、特に女子の入学希望者にウケた、らしい。

 まぁ、それぞれのデザイン自体も、あまりファッションに詳しくない男の俺の目からみても、「可愛い」とか「綺麗」とか「イケてる」とか思える代物が多かったからな。

 ──あ、女子用制服の話で、男子用はごく普通の学ランとブレザー2種(紺と白)とカーディガンタイプだ。


 で、穂浪のコトだけど、姉ちゃんの制服(黒基調のシンプルなセーラー服の上下)が気に入ってたみたいだから、てっきり学園用にも似たタイプを選ぶかと思ってたんだが……。


 チラリと右にくっついている穂浪のヤツに視線を向ける。


 セーラー服タイプではあるが、白がベースでセーラー襟とスカートは青、スカーフが赤という、色合い的に真逆の印象のモノをチョイスしたようだ。

 スカート丈が膝上5センチというのは、今時の女子高生としては標準程度か? 姉ちゃんは逆に膝が隠れるくらいの長さだった気がするが。


 膝までの白いニーソックスを履き、足元にローファーじゃなく赤いスニーカーを選んだのは、駆け回ることに定評がある犬系人外の嗜好かね(穂浪「犬ではなくオオカミじゃ!」)。


 もし俺がコイツの素性を知らず、転校生として教室で初対面だったら──という仮定で第一印象を言うなら、「明るく真面目かつ快活そうなお嬢さん」てところか。


 「あら、その第一印象、間違ってないと思いますわよ」

 「“明るく”と“快活”はな。箱入り“お嬢さん”だったことも認めてやっていいが、“真面目”かと言われるとなぁ」

 「いやですわ、工人兄様、そんな風に思ってらっしゃったの!?」


 プクッと頬を膨らませるコイツを、ちょっと可愛いと思ったことは内緒だ。


 「それはともかく、そろそろ学園に着くから離れてくれ。ウチは男女関係の風紀にそれほどウルサくはないが、さすがに校内でベタベタしてると色々ヤバい」

 「仕方ありませんわね。兄妹同士のスキンシップですのに」


 嘘つけ、周囲(と俺)の反応が面白そうだったからやってただけだろ──と思いつつ、ソレを口に出すと面倒なことになりそうなので、俺は沈黙を保った。


 校門を通って、少なからぬ周囲の視線を浴びたまま玄関口まで辿り着く。上履きに履き替えてから、昨日電話で学園の職員さんに指示された通り、穂浪を連れて職員室へと向かおう──としたところで、呼び止められた。


 「楼蘭くん、その子が君の“従妹”で今日から転入する穂浪さんかしら?」


 声をかけてきたのは、我が校の保健室の主たる双葉先生だった。

 パッと見は、25、6歳のまだ若い女性なんだけど、単なる一保険医に留まらず、著名な薬学博士かつ学園の理事の一員で、校長はおろか理事長にすら強く物を言えるらしい──という噂を耳にしたことがある。

 いや、あくまで噂、なんだけどね。


 「え、ええ、そうです。登校したら職員室に顔を出せって言われてるんで……」

 「ああ、それは私が呼んでもらったのよ。健康管理の面で、少し確かめておきたいことがあったからね。こちらへ来て」


 ギクッ! 健康診断系の書類は穂浪の親父さんが(偽造した書類を)提出しておいてくれたはずだけど、何か不備でもあったんだろうか?


 (検査とかされても大丈夫なのか?)

 (大丈夫じゃ、この姿の時は何ら人間と変わりはない──と、父上からは聞いておる。一族には、人化したまま普通の人間と夫婦となり、子を為した者もおったはず故)


 それが本当なら、あとは穂浪の人化の術が完璧であることを祈るしかないか。


 ところが、俺達が連れて来られたのは保健室ではなく、面談室──生徒が教師やカウンセラーに相談を持ちかけたりする際に使用される、防音の効いた小さめの部屋だった。


 「楼蘭穂浪さん、それと工人くんも、そちらに座りなさい」


 双葉先生は、普段保健室では見たことがないくらい険しい──というか、ちょっと苦々しげな表情をしている。


 (やっぱ何か書類がミスってたんじゃないか?)

 (馬鹿な! 長年一族の隠蔽を担当してきた父上の仕事は完璧なはず!)


 小声でそんな会話を交わす俺達だったが……。


 「そうでもないわよ。確かに、健康なごく普通の人間としておかしくない数字が記載されてはいたわ──成人男子、それもそろそろ中年に差し掛かる30代後半の男性として見るならば、の話だけど」


 双葉先生の言葉に、「ゲッ!」と令嬢めいた外見に似つかわしくない呻きをあげてしまう穂浪。

 「あ、バカ」とは思ったものの、生憎、双葉先生の方は、それを聞く前から確信を得ていたらしい。


 「おおかた、穂浪さんの人化の術の出来栄えが不安だから、代わりに人化させて健康診断を受けさせた男性の数値を流用したんでしょうね」


 !

 この人、今、“人化”って言葉を使ったよな?

 てことは──オオカミないし類似した存在について、ある程度知識がある、ってことか!?


 「! 吾輩たちの存在コトを知っておるのか!?」


 俺と同様の結論に達したらしい穂浪が、思わずそう聞いてしまう。

 カマをかけられただけかもしれない現段階では、それは本来なら悪手だったろうが、双葉先生は、あっさり頷いた。


 「ええ。私、これでも“裏”の世界にツテのある闇医者ならぬ「闇化学者」だからね」


 この場合の“闇”とはヤクザとかマフィアだとかの方面じゃなく、いわゆる超常系オカルト的なモノを指すらしい。

 双葉先生は学生時代にひょんなコトから“そちら”と接触し、以来、表の立場をキープしつつ、“そちら”とも時には持ちつ持たれつでやってきたんだとか。


 「人狼系は初めてだけど、元化猫とか人魚とかハーピィとかの治療はしたことがあるから、ま、何とかなるでしょ。調子が悪くなったら、保健室に来なさいな。私がいれば、診断治療たいしょしてあげるわ」


 と、好意的な反応を得られたのだから、結果オーライなんだろうが……。


 「あのぅ、もしかして校長や理事長も、この事知ってらっしゃるんですか?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 この学園には、妙な噂が七不思議どころじゃなく多数流れているが、もしかして、それって全部、学園側も承知している“本当の事”なんじゃあ……?


 「ええ、勿論。というか、そもそも、穂浪さんのお父さんから頼まれて、貴女の転入を理事長に認めさせたのは私だもの。

 そうそう、工人くんとは別に、学園での保護者というか後見役ケツモチは私がやるコトになってるから──あまり、手は煩わせないで、ね?」

 「「あ、あいあい、まむ!」」


 どちらかというと細身で、それほど背も高くないはずの双葉先生の“笑っていない笑顔”に威圧された俺達は揃って背筋を伸ばし、そう答えるしかなかったのだった。


 ──なお、後日、本人自身のデータをとるため、改めて健康診断を受けた穂浪だったが、「問題なく健康。むしろ、排ガスを初めとする汚染物質に侵されていない、混じりっ気なしのピュアな身体状況はある種の理想」と双葉先生に絶賛され、「ソレはわたくしが田舎者ってコトですの!?」と憤慨していた。

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