6.聖し此の夜

 普段は、揶揄と自嘲混じりに「漢の苑」と呼ばれる名門男子校の星河丘学園だが、珍しいことに今日はそこかしこに女性の姿が見られた。無論、その殆どが学園外の人間だ。


 学園祭の時もそれなりに学外の人間は入って来るのだが、あるいは今日はそれ以上かもしれない。しかも、生徒の父兄などではなく、大半が同年代の女学生達だ。さらに、その半数くらいは制服を着ているが、残りの半数はそれなりに着飾ってお洒落している。


 星河丘の学生たちとしては欣喜雀躍と言った心境なのだが、事前にとある人物達から強く釘を刺されていたためか、現在のところはボロを出さずに紳士的な態度を保っているようだ。

 そのおかげか、早くもそこここで微笑ましい俄かカップルやその一歩手前な男女が生まれているようだ。


 ──と、そんな浮ついた雰囲気の学園中に校内放送が流れる。


 『それでは、ここで生徒会長の姫川さんからの挨拶です』


 「星河丘の皆さん、こんにちは。そして、学外からのお客様は、ようこそお越し下さいました……」


 大半の人間が集まっている大講堂の壇上に上がり、挨拶をしているのは、もちろん若菜だ。

 いつもの制服ではなく、襟元とスカートの裾が白いボアになった真紅のミニドレスを着ており、同じく白い縁飾りのついた赤いアームドレスとロングブーツも着用している。言うまでもなく、先端に白のボンボンが揺れる赤い三角帽子はお約束だ。


 「──以上をもちまして、簡単ではありますが挨拶とさせていただきます。それでは、皆様、楽しいひと時をお過ごしください。メリークリスマス!」


 そう、今日は星河丘三大祭りのトリを飾るクリスマスパーティなのだ。

 例年は、学生とごく限られた招待客のみで慎ましく行っている(まぁ、豪華な料理をただで飲み食いできるため、それでも特に不満は出なかったのだが)この催しを、今年の生徒会は大きく見直した。


 メインとなる大講堂での立食パーティーに加えて、壇上(ステージ)で吹奏楽部や演劇部など一部の文化系クラブによる発表会も許可し、さらに小講堂ではより砕けた軽音楽部や有志サークルによる公演も執り行う、学園祭に近い規模のイベントへと変化させたのだ。


 加えて、同じ市内の女子校や私立校に、生徒会を通じて各100枚ほど招待状を送り付けた。


 「中にいるとわかりにくいけど、実はウチって、周囲から見ると結構な名門で有望株の育成所なのよね~」


 挨拶を終えて、壇上から袖へと引っ込んだ若菜は、独り言を漏らす。


 「──つまり、計算高い女の子や、男性と接する機会の少ない女子校生などにとっては、意外と狙い目、というコトですか?」

 「ふふふ、桃子ちゃん、正解。だから、そのイメージを壊さないよう、ウチの男連中にもキツ~く釘を刺しておいたってワケ」

 「お疲れ様ですわ、若菜。それにしたって、まさかココまで大きな改革を推し進めるとは思ってもみませんでしたわね」


 冷たいノンアルコールシャンパンの入ったグラスを若菜に手渡しながら、理緒がねぎらう。

 ちなみに、若菜ばかりでなく他の生徒会役員達も全員サンタをモチーフにした赤と白の衣裳を着ている。


 理緒がロングドレス、星乃がホットパンツ系なのはいいとして、桃子だけリアルなサンタ服なのは何故なのだろう? まぁ、これはこれでブカブカ気味なのが愛らしいし、寒がりな本人はむしろ満足そうだが。


 「おかげで、12月に入る直前から、死ぬほど忙しかったよねー」

 「ごめんなさいね、みんな。あたしの我がままにつきあわせて……」


 珍しく殊勝なことを言う若菜に、3人はキョトンと顔を見合わせてから、ニッコリ笑った。


 「ふぅ~、水臭いですわ、若菜」

 「そうだよ、若菜さん。それに、ボクらもこれはこれで楽しかったし」

 「少なくとも、例年通りの杓子定規なセレモニーよりは、十倍マシなのです」


 暖かな仲間の言葉に、若菜は一瞬胸が詰まった。


 「あ、ありがとね、みんな」


 * * * 


 11月半ばの若菜たちの初潮騒ぎののち、結局、俺も桃矢も手術で元に戻るという選択肢は選ばなかった。


 ひとつには、学園側がフォローしてくれるとは言え、半年間も休学するのはやはり躊躇われたこと。手術自体についても、成功率は高いとは言え、それなりに苦痛とその後の不自由を伴うと言われてはなおさらだ。


 そしてもうひとつは、(ある種、自業自得な面があるとは言え)若樹や星矢を放り出して自分達だけ男に戻るということに、味方を置いて敵前逃亡するような後味の悪さを感じたからだ。無論、彼女(かれ)らはそれを選んでも俺達を責めないだろうが、これは俺達自身の気持ちの問題だ。


 熟慮の末の決断を伝えると、双葉博士は良いとも悪いとも言わなかったが、最後に念を押してきた。


 「本当に、それでいいの? 後悔しない?」

 「後悔は、するでしょうね、多分。でも、もうひとつの選択肢を選んでも、やっぱり後悔すると思いますから」

 「いずれにしても悔いが残るなら、少しでも自分が胸を張れる方を選びたいのです」


 まったくもって同感だ。


 「それに──俺はもともと役者志望ですからね。俳優が女優になったからって、それほど問題ありませんし」

 「私も化学者志望ですから。出世とかにはあまり興味がないので、女になって困ることはさほど無いのです。今回の件で興味深い研究課題も見つかりましたし」


 無論、半ば強がりの混じった台詞だが、まるっきり嘘でもない。ふたりとも政治や企業畑での立身出世を目指していなかったのは不幸中の幸いだった。そのふたつでは、やはり女性は何かと不利なのが現状だろうし。


 「そう──わかったわ。コレ、わたしの直通番号よ。カラダのコトに関して何か困ったことがあったら、いつでも相談にのるから電話して来なさい」


 俺達は黙って頭を下げた。


 続いて、双葉博士の立ち合いのもと、目を覚ました若菜たちに、現在の状況──ふたりの身体は女性化が進行しており、現在のところ戻る方策はないこと──を伝えた。

 もちろん、ふたりは驚き、うろたえ、悲しんだが、それでも全てを話し終える頃には、ある程度落ち着きを取り戻してくれた。


 それから、俺達はひと晩相談して、理事長に以下のことを掛け合った。


1)俺達4人は世間的には「共学化へ先駆けてのテストケース」として正式に女生徒として扱い、このまま通学させる。学費は特待生扱いで免除し、戸籍その他の手続きに関しても学園側で手配する。


2)寮に関する扱いなどは、卒業まで現状維持。現在俺達が住んでいる場所は、元からある男子寮(一番星寮)、建設中の女子寮(銀河寮)に続く第3の寮「桜ヶ丘寮」とする。なお、表向き、桜ヶ丘寮への入寮資格は「生徒会役員への就任」を条件とする。


3)俺達4人に関しては、余程の素行不良や成績低下がない限り、大学へは推薦入学させる。入学先については本人と相談の上、決定する。


4)俺達が年齢相応の女性となるのに衣料・化粧品・資料本などが当面必要となると思われるので、以後1年間、女性としての身だしなみその他に関する「必要経費」を認め、支給する。「必要経費」については、1万円を超える場合、各自月末に領収書を提出し、承認を受ける。


5)俺達の保護者への説明と謝罪を、学園理事側の人間が行う。説明には双葉博士も同行する。


 理事長としては莫大な慰謝料や、あるいは訴訟沙汰なども覚悟していたのか、上記の要求に対しては驚くほど迅速に承認してくれた。


 翌週の週末、姫川家、羽衣家、白鳥家&天迫家(いや、隣同士だし)の順に、俺達と理事長と双葉博士で訪問。事情説明と理事長による謝罪が行われた。


 ──にしても、それほどキツく学園側を責める家がなかったってのは、正直どうなんだろ。

 善意のカタマリみたいな若菜の家や、女の子を欲しがってた白鳥家(ウチ)はともかく、星乃んトコも桃子のトコもひとり息子だろうに……。

(あとでふたりに聞いたところ、どうやらウチの同類だったようだ。そんなに、娘が欲しかったんかぃ!)


 ちなみに、4と5が事実上理事長個人による償い、ということになる。“必要経費”は理事長のポケットマネーから支払われるし、保護者への説明も結局は理事長が行って頭を下げたからだ。


 え? 罰として軽過ぎる? うん、まぁ、そう思わないでもないけど、別段大金もらっても仕方ないし、その分これからの生活へのフォローをしてもらえばいい。

 第一、理事長自身も例の発明家に「絶対安全です」と太鼓判を押されて騙されてたみたいだしね。オマケに当の発明家は消息不明で、理事長と双葉博士のふたりも捜してるみたいだけど、いまだ行方がわからないんだ。


 そうして、諸々の厄介事を処理して、俺達は学園生活に戻ったんだけど……。

 俺と桃子に関する詳細は話してなかったのだが、いつの間にか博士にでも聞いて責任を感じたのか(つまり俺達が若菜達の女性化につきあったと思ったのか)、若菜は当初、エラく殊勝な態度をとっていた。


 そして、ようやっと互いのぎこちなさが取れた頃、“彼女”はこれまで以上に積極的に「理想の生徒会長」かつ「全校生徒の憧れのマドンナ」として振る舞うようになったのだ。

 訳を聞いてみたところ、「ここまで人生が一変した以上、思い切りやれるトコまでやってみたいの。ウソもつき通せばホントになるでしょ?」なんて、いやに格好いいこと言ってたけど。


 ──ふぅ、親友にして相棒がここまで腹をくくっている以上、俺も……いえ、わたくしも覚悟を決めないといけませんわね。


 幸い、星乃や桃子も同意してくれましたし、同じ悲劇的(?)な経験を共にした今、わたくし達は従来以上に絆が深まったように思います。冗談半分ですけど、舞耶さん立ち合いのもと、義姉妹の契りを交わしたりもしました。

(余談ですが、これ以後、桜ケ丘寮に入寮する生徒会役員はこの「桃園の誓い」ならぬ「桜丘の誓い」を結ぶのが慣習となります)


 自画自賛になりますが、それからのわたくし達の活躍は、目覚ましいものがあったと思いますわ。

 来年度からの女子生徒受け入れに伴う生徒会規則の大幅な見直し、学園施設の改善の要求、そして──クリスマスパーティーの拡大変更。


 とくに最後に関しては、正直よく1ヵ月足らずでこれだけのことができたと不思議に思いますわ。無論、わたくしたちに負い目のある理事長ほかが協力してくださった御蔭でしょうけれど。


 ともあれ、新生クリスマスパーティーは無事に開催、今のところ好評にして大盛況なのですけれど……。


 「──で、どうしてわたくしが貴方を相手にダンスを踊らないといけないのかしら、富士見さん?」

 「ヲイヲイ、つれねーコト言うなよ。健全にして純情な少年が、全校生徒の憧れの的、「白鳥の君」をひと時ダンスパートナーに──って夢を見ても、それほど不思議じゃねーだろ?」

 「ほかの人が言ったのなら、素直に信じて差し上げてもよろしいのですけれど……」


 迂闊でしたわ。生徒会役員の見回りの一環として、小講堂のメインイベントたるダンスホールに足を踏み入れたところで、元クラスメイトである友人につかまってしまいました。

 とは言え、こういった場で、格別の理由もなしにダンスの申し込みを拒否するのは、淑女としての礼に反します(少なくとも、舞耶さんには、そう習いました)。


 「やむを得ませんわね。でも、上手にリードしてくださらないと許しませんわよ?」


 渋々差し出したわたくしの手を、富士見さんは恭しくとって踊り出しました。


 (! あら、結構お上手……)


 わたくし自身は、演劇部所属の役者の嗜みとして基本的な社交ダンスはひととおり身につけてましたし、女性パートの踊り方についても舞耶さんに教えていただきましたけど、まさかごく普通の高校生の少年が、これほど自然にステップを踏めるとは思いませんでしたわ。


 「はは、一応、これでも中学時代に2年程、イギリスのパブリックスクールに通ってたんだぜ」


 成程、納得です。英国におけるパブリックスクールとは、“公立学校”ではなく、ジェントルマンを養成するための名門私学を指します。ダンスその他の紳士に必須の技能を叩き込まれていても不思議ではありません。


 わたくしたちの見事なダンスに啓発されたのか、ややぎこちない雰囲気だったダンスホールの少年少女達も思い思いに手をとって次々に踊り出しました。


 もう、大丈夫でしょう。

 目線で合図すると、富士見さんも心得たもので、素直に踊りの輪を離れて壁際へとエスコートしてくださいました。


 (ふむふむ、勘がよくて自制が効いてるトコロはプラスポイントかしら)


 踊っている時も、必要以上に密着するようなコトもしませんでしたし、さすがは一応“紳士教育”を受けただけのことはあります。人は見かけによりませんね。


 とは言え、いつまでもココでのんびりしているワケにもいきません。

 テーブルに置かれたペリエのグラスで喉を潤すと、わたくしは富士見さんにお礼を言って(彼のおかげで、ダンスホールの堅い雰囲気が好転したのは確かですから)、再び生徒会の見回りの仕事に戻りました。


 最終的に、我が星河丘学園のクリスマスパーティーは大成功の内に終わりました。

 経費的には例年の1.5倍近くかかったそうですけれど、まぁ、まがりなりにも裕福な子弟が高額の学費を納めて通う私立校なのですし、その程度は誤差の範囲でしょう。


 もっとも、後日聞いたところ、そのクリパに地元テレビの中継が入ったことで、この学園の知名度・好感度がアップしたぶん、学園経営陣にとっても損のない取引だったと自負しておりますわ。

 実際、年明けに届いた入学願書は、以前の予想数を3割ほど上回っていたらしいですし。


 冬休みの帰省では、案の定、実家で厄介事と面倒な事が山のように待っていましたけど、その時の話については、またの機会に譲らせていただきますわね。


 そして、年が明けた3学期も、1月の「小正月の鏡開き」、2月の「節分の豆撒き」と、生徒会が主催したちょっとしたイベントは、おおむね好評でした。


 逆に、3月頭に有志によって行われたサプライズの「雛祭り」では、わたくしたちはどこからか借りて来られた十二単に着替えさせられ、主賓として壇上に座るハメに。まぁ、そもそも雛祭りは「女の子のお祭り」ですからね。


 男子校であった我が校には本来無縁の行事でしたけれど、共学になる来年度からは何か正式に考えるべきかもしれませんわね。


 そして、3月10日に、3年生を見送る卒業パーティーも無事に済み、3週間の春休みを挟んで、本日は始業式に先立って入学式が執り行われるのですけれど……。


  * * * 


 「あらら、新入生に女の子、結構多そうねぇ」

 「──昨年末の段階では、新1年生の180名中、女子は30~50名程度と予測されていたのですが……」

 「パッと見た限りでは、ほとんど男女同数に近いのではなくって?」


 理緒の疑問を桃子が肯定する。


 「はい。男子97名、女子93名だそうです」

 「あれ、足すと180名を越えてない?」


 若菜が首をヒネる。


 「補欠枠と想定されていた余剰の10名分です。例年と異なり、今年はひとりも入学辞退者が出なかったそうですので」


 それだけ、昨年末のクリパでの世間へのアピールや、彼女達の画像満載の入学案内パンフ&説明DVDが効いたのかもしれない。

 その意味では、当初の目的(共学化に伴う学校宣伝)は十二分に果たしたと言えるだろう。


 「ま、ムサ苦しい男ばかりでないのは歓迎すべきよねー。可愛い子が入ってくれれば、その分、あたし達への注目度も下がってくれるだろうし」

 「クスクス……さすがの若菜も、これ以上皆の前で大きなネコを飼い続けているのは限界、ってことかしら?」

 「うーーん、まぁ、そうとも言うわね」


 のんきなコトを言っている会長&副会長を横目に眺めつつ、内心「それはどうだろう」と考える桃子。


 小柄でプロポーションも貧弱な自分や星乃なら、新入生の女の子たちに紛れることも不可能ではない(と、彼女は卑下していた。実際はそうでもないのだが)。


 しかし、女にしては長身で黒髪麗しい和風美人の若菜や、少女小説から抜け出してきたような見事なお嬢様オーラをまとう美少女の理緒が横に並んで、色褪せないような逸材が1年生にそうそういるとは思えない。


 まして、彼女達は今年は最上級生。“麗しいお姉さま”などというお約束なステータスもあいまって、昨年と変わらず校内の人気を集めるのではないか──と、桃子は踏んでいた。


 (まぁ、その時はその時、ご両人ガンバ、なのです)


 薄情なことを考えているが、実はコレ、桃子自身にとっても他人事ではなかったりする。人間、往々にして自分以外のコトはよく見えても、自分のことは気がつかないものなのだ。


──バタンッ!


 「若菜さ~ん、理緒ねぇ、入学式、予定通り8時55分から始めるって」


 式典会場となる大講堂へと現状確認に向かわせていた星乃が戻ってくる。


 「では、皆さん、よろしくって? 星河丘学園生徒会、参りますわよ!!」


 理緒の号令に従って生徒会室を出て、入学式の挨拶へと向かう4人。


 このあと、昨年にもまして数々の「伝説」を打ち立て、学園の歴史に残る一時代を築くことになる第47代目生徒会役員たち。その新たな一歩がこの時刻まれたのであった。


<第壱話 FIN>

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