5.Princess Holiday

 「さて……」


 時刻は、日曜日の午後10時15分。

 寮のサロンに集まり、舞耶さんが入れてくれたお茶を飲みながら、しばし歓談していた一同に、わたくしから声をかけました。


 ちなみに、今朝のお茶請けのマドレーヌは、昨晩作ったわたくしと桃子の合作です。


 わたくしは、実家にいた頃から、日中留守がちな母に代って学者馬鹿な父や無精者の兄弟の面倒を見ておりましたから、こう見えても意外と家事全般のスキルは高いんですのよ?

 桃子もなかなか手先が器用な子ですから、お料理初挑戦ながら十分な戦力になってくれましたわ──材料を化学実験用の天秤やビーカーで量ろうとするのは止めてほしいですけど。


 逆に、いかにも良妻賢母っぽい見かけ(まぁ、中身が真逆なのは、よく知ってますけれど)の若菜は、年の離れた兄や姉に甘やかされたせいか卵焼きが上手く作れるかも怪しいレベルです。本人もあまりやりたがりませんしね。


 対して星乃は、言えば喜んで手伝ってくれるのでしょうけれど──あの子の不器用さが筋金入りなことは実家にいた頃から骨身に染みておりますから、今回は遠慮させていただきました。


 とは言え、ホットケーキやクッキー、プリンくらいならともかく、キチンとした洋菓子に挑戦するのはわたくし自身も初めて(お忘れかもしれませんけど、わたくし達の生物的性別は♂です)。もっとも、舞耶さんのアドバイスのおかげもあって、予想以上に美味しく焼きあげることができましたの。


 目分量と勘でなんとかなる普段の食事と違って、お菓子の類いは材料をキッチリ量ることが必須と聞いていたのですが(その意味では桃子の行動もあながち間違ってはいませんわね)……ハッ! もしかして、わたくしには役者以外に隠れた菓子職人(パティシェール)としての才能が!?


 ──まぁ、それは冗談ですけど。


 「皆さん、そろそろ出かける準備をしたほうが、よろしいのではなくて?」


 11時に寮を出たとして、ここから繁華街までは歩いて15分ほど。軽くウィンドーショッピングなどをしてから、どこかの店でお昼をとり、そのあと改めて本格的に買い物と息抜き……というのが妥当なところですわね。


 昼食をとる場所についてはいくつか候補を選出済みですし、買い物についても2、3腹案は練ってあります。流れにもよりますけど、余裕があればボウリングやカラオケあたりで楽しむのもアリでしょう。


 ──べ、別に、昨晩、今日のプランを夜なべして考えたワケではありませんからね!


 「あ~、もうそんな時間なのね。それじゃあ、お茶会はお開きにしましょうか」

 「ひょうあい(了解)」

 「わかりました」


 若菜の言葉に下級生ふたりも頷きます──星乃、口いっぱいにモノを詰め込んだまま返事するのは、レディのたしなみ以前にお行儀が悪くてよ?


 「──お嬢様方、お待ちください」


 とそこで、めいめいの部屋に戻ろうとしたわたくしちたちを、舞耶さんが声をかけて引き留めます。


 「皆様揃って、せっかくの──そして初めての「お出かけ」なのですから、それなりのお洒落をされるべきか、と」


 いえ、そうは言われましても、わたくしたちの現在の衣料は基本的にすべて学園からの提供ですし、そもそも私服の類いは部屋着を除くと数えるほどしか持っておりませんわよ?


 「承知しております。そこで、僭越ながら、私めがお嬢様方の外出着を用意させていただきました」


 お嫌でなければ袖を通していただければ恐悦至極……って、そんなに畏まれては、お断りするわけにはいかないじゃありませんの!


 まぁ、舞耶さんには日頃から様々な面でお世話になっておりますし、「女の子」の先輩として、いろいろアドバイスもいただいてます。服装のセンスについてもそれなりに信頼はおけるでしょうから、お任せしましょう。


 他の三人も異論はないようですので、わたくしたちは舞耶さんの先導に従って、彼女の部屋──正確には「控室」へと足を踏み入れました。


 ──30分後。

 舞耶さん推奨の「外出着」を、わたくしたちは着付けられていたのですが……。


 「嗚呼、皆様素晴らしいです!」


 いかにも「いい仕事をした」という風に、満足げな笑みを浮かべる舞耶さん。


 「そうですね。相変わらず、舞耶さんの見立ては見事なものですわ」


 わたくしも大きく頷きました。

 今のわたくしは、白に近いクリーム色のシルクの長袖ブラウスと黒のギャザースカートという、秋にふさわしい落ち着いた上品な装いです。

 襟元がフリルカラーになっていて、紅絹のリボンタイを結んでいるのが、よいワンポイントになっています。いつもは後ろで結わえている髪も自然な感じに下ろしているのですけれど、それだけで随分フェミニンな印象になるものですのね。


 「理緒はそれでいいでしょうけど、あたしの格好は、ちょっと肌が出過ぎじゃないかしら?」


 対する若菜は、オレンジ色のニットのノースリーブと、膝上20センチ以上ありそうな小豆色のタイトミニという組み合わせ。

 さすがにこの時季にそれだけだと寒いので、上着と同じ素材のアームドレスを着け、暖色系のチェックのストールをまとい、足元の方は太腿までのサイハイソックスとブーツで保護しています。

 もっとも、それでも露出した肩や絶対領域の白い肌が人目を引くでしょうけれど。


 「いえいえ、若菜お嬢様。普段は和風かつ淑やかな外見の若菜お嬢様だからこそ、いざという時に思い切って魅せるのが「粋」というものですよ」

 「そう、これを「粋」と言うなら仕方ないわね」


 流石、舞耶さん。若菜のツボもよく心得てらっしゃいますわ。


 「あ、あのぅ、ボクのカッコはちょっとフリフリし過ぎてる気がするんだけど……」

 「「却下!」」


 若菜とわたくしがすかさず異口同音に星乃の泣言を切って捨てます。


 随所をフリルとレースでたっぷり飾られた薄桃色のブラウスと黒のミニドレスという装いは、普段スポーティな格好を好む星乃には落ち着かないのかもしれませんけど、とても似合っていて可愛らしいのですから。


 「星乃さん、こういう時は、諦めが肝心です」


 そう同級生を諭す桃子の方は、清楚な白の長袖シャツとブルーのギンガムチェックのミニスカート、そしてスカートとお揃いの柄のネクタイという、対照的にスッキリした格好でまとめています。

 比較的シンプルですけど、桃子自身の素材の良さに加えて、紺と白のボーダー柄ニーソックスとウェストに結わえた黒い飾り紐がいいアクセントになって、こちらもとても似合ってますわ。


 それにしても──着替えるまでは半ば渋々という感もあったのですが、こうやっていざお洒落してみると、なかなか楽しいものですね。女の子がファッションに夢中になる気持ちが少し理解できた気がしますわ。

 文句を言っていた若菜や星乃にしても、鏡の中の自分の姿を実は結構気にいっているみたいですし……。


 「では、皆様、ご準備がよろしいようでしたら、出発致しましょう。僭越ながら私がクルマでお送りさせていただきます」


 舞耶さんが運転するセダンで、わざわざ隣町の駅前(こちらの繁華街の方が規模が大きいのです)まで送っていただきました。このあたりの道は複雑であまり広くないのに、彼女の運転は本職かと思えるほど危なげがありません。つくづく多芸な女性です。


 「お帰りの際は、寮にコールしていただければお迎えにあがりますが……」

 「それには及びませんわ。お気づかいは有難いのですけれど、学園の最寄り駅からなら、歩いても15分ほどの距離ですし」


 さすがに寮母さん(見かけはメイドですが)をアッシー代わりに呼びつけるのは気がひけます。


 「そうですか……それでは、お嬢様方、よい休日を」


 そう言い残して、爽やかに舞耶さんは帰っていきました──遠巻きに注目を浴びるわたくし達4人をその場に残して。


 (ヲイヲイ、メイドさんが送迎って、どこの御令嬢だよ、ありゃ)

 (うぉっ、みんなレベルたけぇ!)

 (お嬢様って、いる所にはいるもんなんだなぁ)


 周囲から聞こえる囁き声にいたたまれなくなったわたくしたちは、足早にその場をあとにしました。


 ──送っていただいて文句を言うのもナンですけれど、せめて、ヘッドドレスと白いエプロンくらいは外しておいていただきたかったですわ、舞耶さん。


 * * * 


 「さて、と。それでは皆さん、お昼をいただく前にしばらくこの辺りのお店を覗いて歩きますわよ」

 「それはいいけど……理緒、貴女、昨晩わざわざ街で遊ぶための予定立ててたみたいだけど、大丈夫なの?」


 若菜の問いに、理緒は優雅に肩をすくめた。


 「ふぅ、否定しても無駄みたいですわね。ええ、その通りですわ──「電車でこの隣町の繁華街に来る」つもりで、ね」


 その言葉の意味を他の3人が理解するまでに一瞬間があった。


 「そ、それじゃあ、もしかして舞耶さん、何故かそれを知って?」

 「さて、どうかしらね、星乃。あるいは純粋にコチラの方が店舗類が充実しているから、と気を利かせた結果に過ぎないかもしれなくってよ。

 いずれにしても、わたくし、あの女性の行動と万能ぶりについて驚いたり悩むのは、もう止めにしましたわ」


 大方問い詰めても、「仕える方々のご要望を察するのがメイドの務めですから」とか言って誤魔化されるでしょうし──と微苦笑する理緒。他の3人も「確かに!」とめいめい心の中で頷いていた。


 「──とりあえず、移動しませんか。話をするなら、歩きながらでも十分可能なのです」


 色々言いたいことを飲み込んだような桃子の提案に、揃って頷くと、4人の“乙女”達は駅前の繁華街をブラつき始めた。


 「あ、この服、可愛い! 桃ちゃんに合いそう」


 「いえ、どちらかと言えば星乃さんのほうが似合うのではないか、と思うのです」


 「えぇ~、ダメだよぅ。ボクには合いっこないって」


 「いえいえ、そんなコトはないわよ。現に、今の服だって、星乃ちゃん、バッチリ着こなしているじゃない」


 「あぅ、若菜さん……思い出させないでよ、恥ずかしい」


 「うーん、でも、そうねぇ。確かに色味は桃子ちゃんの髪の方がしっくりきそう。理緒はどう思う?」


 「ええ、その色なら桃子のほうが合いますわね。星乃にはこちらのほうが、よろしいんじゃなくて?」


 「う゛ぇっ!? そ、そんなヒラヒラなの無理。それにガサツなボクに合わないよ~!」


 「しかし、星乃さんも素材はよいのですから、そういうのを着て澄ましていれば、十分それらしく見えると思うのですが」


 ヤングレディス向けのブティックの店先で和気あいあいと試行錯誤をくり広げる理緒たち。

 当初は「せっかく女の子になってるんだし、本来は行けないような所を覗いてみよう」という好奇心に基づく理緒の提案だったのだが、出発前の寮での“お着替え”の成果か、どうやら「綺麗な服を着てお洒落する」ことの楽しさに開眼したようだ。


 幸い、先述の通りこの2ヵ月あまり外出する暇もなかったので、お小遣いはそれなりに余っている。4人とも金銭面ではもともと比較的裕福な家の子であり、小遣いの額も平均的な高校生のそれよりかは幾分恵まれていたので、気に入った服をひとつふたつ買うくらいの余裕はあった(もっとも、星乃などは女性の服の高さに目を丸くしてはいたが)。


 そのまま余勢をかって、今度はランジェリーショップへと突入する4人。

 純情(と言えるかは微妙だが)な男子校生の頃なら、前を通るだけで赤面しかねないお店だが、幸か不幸か今の“彼女”達は、どこからどう見ても可憐な女子高生。男子禁制の秘密の花園へ、いざ──となったのだが。


 「ふむ……なるほど、寄せて上げるとこんなにも谷間ができるのですね。購入を検討するに値します」

 「エヘヘ~、じつは最近、ちょこっとだけブラが窮屈なんだよね」

 「な! 星乃さんの裏切り者!! クッ、揉まれると大きくなるというのは俗信ではなかったのでしょうか?」


 と胸の大きさに一喜一憂する年少組がいる一方。


 「理緒ぉ、コッチにこんなのがあったわよ」

 「(ブッ!) わ、若菜、さすがにそれはわたくし達学生にはまだ早いのではなくて?」

 「え~、そうかなぁ。別に穴があいてたり全体の7割が紐でできてるワケじゃないんだし、勝負用に1、2枚持っててもいいと思うけど?」

 「誰と何の勝負をするつもりですの、貴女は! いえ、答えなくて結構ですわ」


 “淑女の下履き”に関して、年長組が激論を交わす。

 少々騒がしいが、とてもこれが下着屋初来訪と思えぬ馴染みぶりだった。


 「え? だって、もうかれこれ1月半近くこんなの身に着けて生活してるんだもの。今更手にしたくらいで取り乱したりしないわよ」


 ──さいですか。それと、地の文に突っ込まないでください、若菜サン。


 とは言え、それは単に「手に取る」だけならばの話。いざ試着するとなると、さすがに多少の葛藤はある模様。

 「あ、あのぅ──どう、でしょう?」


 普段は4人の中で一番冷静とも言える桃子とて、それは例外ではないようだ。


 「なかなかよろしいのではないかしら。ラベンダー色って貴女の髪と合うみたいですわね」

 「うぅ……理緒先輩のような素敵ボディの持ち主に、私のような貧相な体を晒すのは、屈辱の極み、です」


 この店は、ランジェリーショップとしては珍しく1.5メートル四方程度のやや広めの試着室を備えており、理緒たちは2&2に分かれて、そちらで試着の最中だった。


 「あらあら、拗ねないで頂戴」


 微笑いながら、小柄な後輩の頭を撫でる理緒。

 元々、男性の頃も4人はかなり仲がよかったが、女性の姿になってから、こんな風にスキンシップする機会がより増えた気がする。


 心理的には依然として男のままである(と主張している)理緒としては、(中味は違うと知ってても)女の子のほうがやはりボディタッチしても嬉しいし、向こうだって似たようなものだろう──と思っていた。

 まぁ、深層心理で「女の子同士はこんな風にキャッキャウフフするもの」という固定観念(おもいこみ)があり、それに影響されている可能性が無きにしもあらずだが。


 「──それにしても、隣りがいやに静かなのが気になりますわ。まさか若菜、コッソリ桃子と不埒な行為に耽ってたりしないですわよね」

 「! 理緒先輩、御存じだったのですか?」

 「まがりなりにもわたくしは、星乃の姉(兄?)代わりで、若菜の親友ですもの。そのくらいは、ふたりを見ていれば何となく察しがつきましてよ」


 でも、その言い方だと、桃子も知ってましたのね──と尋ねる理緒。


 「はい、偶然寮の廊下で見てしまったので……それで、星乃さんたちには?」

 「無論、言ってませんわ。あの子達が自分から打ち明けてきくれるまでは知らぬぷりを通すつもりです。それにしても──ふたりとも、“戻った”時のこと、考えているのかしら」

 「ええ、それは私も気になっているのです」


 もう一組ほど脳天気に事態を享受する気になれない常識人のふたりは、顔を見合わせてしばし溜め息をつくのだった。


 一通り私服と下着を見つくろい、大騒ぎしながら試着し、気に入ったいくつかを買い込んだところで、時計を見るとそろそろ13時を回っていた。

 四人娘達は、理緒が昨晩インターネットで調べて厳選したパスタの美味しいリストランテへと入り、土曜限定のオススメランチに舌鼓をうっていた……。


 「──はずなのに、どうしてわたくし達は、ココにいるのでしょう」


 やや疲れたような顔で嘆息する親友に苦笑する若菜。


 「まぁまぁ、仕方ないわよ。あの子達にあんな顔でおねだりされちゃあ、ね?」


 彼女たちの視線の先には……。


 「スゴいよ、桃ちゃん! このガトーショコラ、濃厚なのに、ちっともクドくない!!」 パクパクパク

 「こちらのクレームドブリュレの滑らかさも驚嘆に値します。これで単体350円とは驚きの安さ、なのです」 ムシャムシャ


 ──そう、くだんのイタリアンレストランに向かう途中に遭遇したパティスリー(洋菓子店)の前で「開店記念セール:ケーキバイキング(おひとり様1000円+ドリンク200円)」という看板を目にした瞬間、1年生コンビから哀願するチワワのような目つきで見つめられ、上級生ズは白旗を揚げざるを得なかったのだ。


 お子様味覚な星児は元より、実は桃矢も何気に甘党であり、星乃・桃子となった今は、その傾向にさらに拍車がかかっている。


 「まったく──お昼代わりとは言え、そんなに沢山甘いものを食べて、あとで体重計を見て泣きついて来ても知りませんわよ?」


 とか言いつつ、理緒自身も先ほどから自分の前に置かれた皿の抹茶シフォンケーキを(あくまで優雅に、ではあるが)つついているワケだが。


 「あはは、でも昼食後に「甘い物は別腹!」とか主張されてココに引っ張り込まれるよりはいくらかマシでしょ──あら、コレはなかなか」


 若菜の方はクランベリーソースのかかったレアチーズに手をつけている。

 下級生ふたりと違い、さほど甘いものが好きというわけではなかった若菜達だが、“女の子”になってからは何故か結構お菓子類を美味しく感じるようになった気がする。


 「“外側”はともかく、舌自体は何ら変わってないはずなのですけれど……」

 「味覚って、習慣とか思い込みによる影響が大きいのかもね。たとえば、ホラ」


 気取った仕草で、若菜は手にしたロイヤルミルクティーの入ったカップを掲げて見せる。


 「以前のあたしたちなら、喫茶店に入ってもたいていはコーヒーを頼んでたと思わない?」

 「──そう言われれば、確かに」


 今だって別にコーヒーが嫌いになったワケではないのだが、寮でのティータイムで舞耶が入れてくれるのは大概紅茶なので、ここでも半ば無意識に紅茶を頼んでいたみたいだ。


 「習慣って、オソロシイものですわね」


 こんな調子では、“元”に戻った時、キチンと以前の生活習慣に戻れるのか、いささか不安を覚える理緒だったが、大皿にてんこ盛りにしたケーキをパクつきながら、この世の幸せをひとり占めにしたかのように満面の笑みを浮かべている星乃と桃子を見ていると、まぁ今は気にしても仕方ないか、とも思えてくる。


 店のケーキ全種類をふたりで制覇して満足げな星乃と桃子に、さすがにちょっと引きながら、理緒は今度はとあるビルの一角へと案内する。


 「えっと、理緒ねぇ、ここは?」

 「いわゆる総合アミューズメント施設、ですわね。ボーリングやビリヤードをはじめ、ゲームセンター、カラオケ、ダーツ、ミニシアターまで完備しているそうですわ」


 理緒としては、腹ごなしも兼ねてボーリングでもするつもりで連れて来たのだが、彼女以外の3人の服装がいずれも運動にはあまり適さない代物(どう考えても周囲の男どもへのご褒美にしかならない)だったため、断念する。

 見たい映画も特になかったため、4人はそのままカラオケボックスに入ることにした。

 折角なので、本来は歌えないような女性ボーカルの曲を優先して入力してみる。


 今の“彼女”達は、喉元まで人肌スーツで覆われて締め付けられているせいか、声も以前より優に1オクターブは高く、女性的なものになっているのだ。


 「♪~~」


 予想通りと言うか当然と言うべきか、入力した曲の大半を(歌唱の技巧自体はともかく)4人は無理なく歌いあげることができた。


 「♪あおくすんだ~」


 特に理緒は、普段から演劇部でボイストレーニングなどもしているせいか、素人とは思えぬほど歌が巧い。

 今も、オリコンチャート上位の常連である人気女性アーティストの曲を、ノリノリで熱唱している。このまま某動画サイトにアップしたら、さぞかし人気が出そうなルックス&ボイスだった。


 「──こういう、情感とか心理洞察が必要な芸事に関しては、理緒先輩って、トコトンのめりこんじゃうタイプですね」

 「うふふ、それはそれで理緒らしいじゃない」

 「ま、まぁ、理緒ねぇだし。それにメチャ巧いのも確かだよ?」


 声の綺麗さ、可愛いらしさはともかく、そこまで歌がうまくない3人は、あまりの理緒の上手さに若干圧倒され気味だ。

 幸い理緒が「マイクを握ったら離さない」タイプではなかったため、その後もかろうじて和気あいあいとした雰囲気は保たれることとなった。


 カラオケを出ても、まだ少し夕飯時まで時間があったため、ゲーセンのプライズやプリントコーナーをいくつか覗いてみる4人。


 「おろ、姫川と──白鳥、か?」


 プリントコーナーで撮った写真が出てくるのを待っているところで、若菜たちは背後から聞き覚えのある声で呼ばれて振り向いた。


 「あ、富士見くん」

 「あら、お久しぶりですわね、富士見さん」


 若菜の隣席に座るクラスメイトの富士見とは、昨年は一緒のクラスだったため、理緒も顔見知りである。


 「おっス。そっちの子らは、生徒会の?」


 チラと、下級生ズに視線を走らせる富士見。


 「ども、生徒会書記の天迫でーす」

 「──会計の羽衣。よろしくです、富士見センパイ」

 「お、こりゃどうも。オレは姫川たちの友達の富士見直哉だ。よろしくな」


 カルく挨拶をした後、富士見は一歩下がって4人の姿をジロジロ眺める。


 「な、なんですの、富士見さん。レディに向かって不躾な!」

 「あぁ、こいつは失敬。いやぁ、正体は知っててもやっぱり生徒会役員ズは美少女揃いだなぁ、と感心してた。プラス、目の保養」


 あっけらかんと言う少年の様子に一瞬戸惑った4人だったが、すぐさま彼との付き合いが長い若菜が反応する。


 「あはは、褒めてくれるのは嬉しいけど、あたし達はともかく、この子らに不埒な目線向けたら──富士見くん、コロすわよ」


 笑いながら言ってるのにちっとも目が笑ってないトコロがスゴく怖かった。


 「ははは、ハイ、モチロンデゴザイマス」


 それこそ、呑気な富士見が思わずロボ口調になってしまうくらいに。


 「(コホン)そ、それはともかく、ここで会ったのも何かの縁だ。せっかくだしカラオケにでも付き合わないか?」

 「残念ながら、歌は先ほど堪能してきたばかりなのです」


 桃子の冷静な返しにガックリ肩を落とす富士見少年。


 「あちゃ~、タイミング悪かったな。じゃ、ここのゲーセンで遊んでくか?」

 「お誘いは有難いですけれど、わたくし達、そろそろ寮に帰るつもりですので」

 「おりょ、なんで? まだ門限までは結構あるじゃん」


 富士見は首を傾げる。


 「男子寮のあってなきがごとき門限と一緒にするんじゃありませんわ。まがりなりにも、今のわたくしたちは花も恥じらう乙女ですから」

 「(ポムッ!)おお、言われてみれば確かに。この時期は陽が落ちるのも早いしな。良かったら、駅まで送ろうか?」

 「あはは、ダイジョーブだよ、富士見先輩。いざとなったら、ボクも若菜先輩もいるし」


 いや、そのふたりが一番アブなっかしいんだが──とは、流石に口に出せない。

 おとなしい大和撫子然とした若菜にせよ、そのままロ●コンにお持ち帰りされてしまいそうな星乃にせよ、不埒な輩にとっては格好の的だろう。

 無論、その“中身”は自分と同じ男子高校生だということは、頭では理解しているのだが。


 手を振って、4人と別れたものの、なんとなく気になった富士見は、彼女達のあとをつけたのだが……。


 (やめときゃよかった)


 アミューズメントビルを出た4人は、案の定と言うべきか、通りを行くナンパ男に声をかけられまくっていた。

 大半は、理緒と若菜が硬軟取り混ぜてアッサリあしらっていたものの、時には結構しつこい者もいて、中の1グループは大人げなく力づくで“彼女”らを連れていこうとしたのだ。

 さすがにコレはまずいと、富士見は助けに出ようとした。


 しかし。


 繰り返すが、“彼女”らの“中身”は、れっきとした男子高校生なのだ。

 とくに、家の方針で護身術を叩き込まれている若菜(若樹)や、男子時代は「孫悟空モドキ」と呼ばれていたほどの運動能力の高さを誇る星乃(星児)にかかれば、多少ケンカ慣れしているとは言え、この程度のチンピラは1対3でもてこずる相手ではない。


 また、理緒(理雄)にしても、もともと体力はあり、かつ役者としての幅を伸ばす意味で中国拳法をかじったコトがあるので、素人に毛が生えた程度の相手なら危なげなくあしらえる。相手が女と侮ってくれているなら尚更だ。

 唯一、弱点になるかと思われたのが桃子だったが……。


 「うぎゃあーーッ! 目が……目がぁ!!」

 「ぅ…………(←痺れて声も出ない)」


 肩に下げたポーチから玩具のようなふたつのガジェットを取り出し、慣れた手つきで駆使してコト無きを得ていた。


 「科学部謹製・防犯スプレーガン&スタンスティックです。よい実験結果がとれました」


 ──いや、ある意味、彼女の相手をした男たちが一番気の毒かもしれない。


 と、遅ればせながら見物人の方から「警察が来たぞ!」と言う声が聞こえたのを契機に、4人の“少女”は顔を見合わせ、スカートの裾を翻らせつつ、駅の方へと駆け去っていく。鮮やかな逃げ足だ。

 もっともコレは、若樹の悪だくみにいつも巻き込まれたため、培われたモノなのだが。


 「ハハ……あの姫さん達にゃあ、ナイトは不要だな」


 出るタイミングを逃した揚句、結局何の役にも立たなかった自分に苦笑しつつ、富士見少年は手近なファーストフードへと足を向けるのだった。


 * * * 


 そのまま電車に飛び乗ってわたくし達は学園、そして臨時女子寮に続く階段の下まで帰ってきました。


 「まぁ、最後がちょっとグダグダだったけど、わりかし楽しい休日だったんじゃない?」


 淑女らしからぬ「ニヤリ」という擬態語が似合いそうな笑顔を浮かべた若菜でしたけど、急に何やら顔をしかめています。


 「あら、どうかしたの、若菜?」

 「いえ、お腹の具合がちょっと、ね。食べてからすぐに運動したせいかな」

 「う……若菜さんも? 実は、ボクもちょっと気持ち悪いかも……」


 そう言えば、このふたり、カラオケボックスでもフリードリンクかつレディス割引が効くのをいいことに、いろいろ注文してパクついてましたわね。


 「まったく。慎みが足りないからそういうことに……って、ちょっと、若菜、貴女、顔が真っ蒼ですわよ!?」

 「──は、ハハ、確かに調子悪いかも」


 グラリと揺れるその体を慌てて抱きとめる。


 「ごめん、桃ちゃん、ボク、もーげんかい……」

 「星乃さん! しっかりするです!」

 「どうかなされたのですか?」


 入口で騒いでいたのを聞きつけたのか、舞耶さんが来てくれたのは、まさに地獄に仏という気分ですわ!

 簡潔にふたりが体調を崩したことを伝えると、厳しい顔つきになった舞耶さんは、急いでふたりをベッドに運ぶように指示し、どこかへ連絡しているようだった。


 ──まるで夢のように楽しい日々。けれど、「夢」にはいつか終わりが来る。

 そのコトをわたくし達は改めて意識することになったのでした。


  * * * 


 「しょちょう………って、まさか“初潮”のことかァ!?」


 不審げな様子から一転、大声を上げる理緒。驚きのあまりか、久々に言葉使いが元に戻っている。


 「ええ、第二次性徴を迎えた女性特有の生理現象──いわゆる初めての月経ね」


 苦虫をかみつぶしたように表情で理緒と桃子に白衣の女性が告げる。

 今の理緒たちの体は、普通の町医者に見せられる状況ではない。よって、舞耶経由で急報を受けた理事長は、くだんの発明家に電話して、若菜と星乃の体調不良の原因を究明させようとしたのだが──なぜか本人には連絡が取れず、やむを得ず、彼の共同研究者であるこの女性に依頼したのだ。


 幸いなことに彼女──双葉あるとは、本業は生化学博士だが、遺伝子工学と臨床医学の学位も持っている。また、医師免許こそ持っていないものの、医学的な知識にもひととおり通暁していた。

 その彼女の診立てによれば、ふたりの体調不良は初潮から来るものだと言うのだ。


 「そんなバカな! この人肌スーツって、俺達の外見、皮膚とか表面的な見かけを変えてるだけだろ?」


 ムキになってくってかかる理緒を、どうどうとなだめつつ、女科学者は胸ポケットから取り出したタバコに火を点けた。


 「ええ、本来の目的はね。でも──あなた達にも無関係ではないから言うけど、このスーツは不良品なのよ」

 「「なっ!?」」


 あまりに不穏な単語を聞いて、理緒と桃子は衝撃を受ける。


 「いえ、正確に言うならば、“未完成品”かしら」

 「──どういうことなのですか?」


 桃子の問いに対し、あるとはしばし無言で宙に向かってスパーッとタバコの煙を吹かす。


 「…………以前、大学院に在籍していた頃、私はとある下着を完成させたの。十数分から1時間程度着用することで、着用者の体型を完全に下着のサイズに沿ったものに変えてしまうという画期的な作品をね。

 その矯正効果はすさまじくて、ごく平均的な体型の男性でも、1時間それを着ているだけでナイスバディな女性になれちゃうわ。逆に、脱げば徐々に元の体型に戻れるけどね。

 もっとも、いくつか欠点もあって、まず女性としての体型を作ることしかできないし、実用試験中に男性が長期間着用し続けていると、段階を踏んで女性化してしまうことも判明したわ」


 女科学者いわく、結局一般には出回らなかったこの下着に関して、技術提携を申し出てきたのが、例の発明家だったそうだ。

 下着ではなく第二の皮膚──いや皮膚そのものとしてまとうスーツの形にすることで、速やかな変身を可能にし、かつ男性の女性化を防ぐのが最終目的だったらしい。


 「えーと、“最終目的”ってことは……」

 「そ。さっきも言ったでしょ、未完成だって。後者の課題はまだ残ったままなの。それでも、私のマジックファンデの前例からしても、一週間程度で剥離させていれば、ほとんど人体には影響ないはずだったのに……」


 ジロリと理事長をニラむ女科学者。普段は威厳のある理事長が椅子の上で小さくなっていた。どうやら、発明家と個人的に知り合いだった彼が、実験段階のモノをおもしろがって借り出した──というのが事の真相らしい。


 「誤魔化してもしょうがないからハッキリ言うわね。姫川さんと天迫さんに関しては、スーツと体表面の皮膚が完全に融合して、変化は内臓レベルにまで及んでます。そして、白鳥さんと羽衣さん、あなたたちもスーツの癒着は、ほぼ分離不可能な段階まで進行しつつあるわ」

 「──双葉博士、つまりそれは私達が元の姿に戻ることは不可能、ということですか?」


 さすがのクールビューティ・桃子も顔色が悪い。


 「ん~、そうねぇ──あなたたちふたりなら、既に剥離剤は効かないけど、今すぐ手術を受けて首から下の皮膚をひっ剥がして、細胞保護液を満たしたタンクに半年ほど浸かってれば、かろうじて何とかなるかもしれないわ」

 「そ、それは……」


 かなり決断を要する選択だった。


 「そうだ! 男性型のスーツを作って、上から着る──ってコトは出来ないんですか?」

 「おお、桃子、ナイスアイデア!」

 「発想は悪くないわね。ただ、残念ながら♂タイプのスーツは、♀型以上に未完成なのよ」

 「「そ、そんなぁ……」」


 気の毒そうな女科学者の言葉にガックリ肩を落とすふたり。


 「それにしても不思議なのよねぇ。貴女たち4人とも、同じ時期に着用して、同じような食生活、同じような環境にいたはずなのに、女性化の進行度にこれだけ大きな差が見られるのは」


 後日判明したのだが、2組の変化の進行度の違いは、強い性的な刺激を繰り返し受けたか否かによるらしい。

 さらに、若菜&星乃のカップル(?)は、つい先日“それ用の器具”を用いた疑似膣への挿入まで経験しており、それによって変化が決定的に進んだのではないか──と、女化学者は分析していた。


 ある意味自業自得なふたりについては、このまま女性化を進行させるほかないらしい。


 「白鳥さん、羽衣さん、あなたたちはどうする?」

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