4d.スクールメイツ(その4)

●ケース4.生徒副会長の夕べ


 「それでは皆さん、いただきます」

 「「「いただきまーす!」」」


 理緒の号令に合わせて、食卓に集った他の3人もまた両掌を合わせ、食事開始の挨拶に唱和する。


 「正しい挨拶こそが礼儀作法の基本」という六手女史からの指導に基づいて、この臨時女子寮での朝夕の食事の際は、とくに理由がない限りは全員揃って挨拶してから食べるのが慣習となっていた。


 「そう言えば──舞耶さん、来年度から正式に女子が入学してくる予定ですけれど、寮の手配とかはどうなっているか御存じですの?」

 「はい、理緒お嬢様。現在、学園の裏手にあります雑木林のほうで工事をしている場所が、女子寮になる予定です」


 恭しく理緒の問いに答えてから、それとなく一同の顔を見まわすメイドの六手舞耶。


 「それと──現在、こちらの寮で施行されております規則や慣習、不文律の類いが、そのまま新設される女子寮にも適用される予定です」

 「おやおや、それは責任重大ね~」


 ちっともそう思ってなさそうな呑気な口ぶりで微笑う若菜。


 「そっかー、そう言えば、年末になったらボクらここを出て行かなくちゃいけないんだよね。ちょっと残念。舞耶さんの料理美味しいのになぁ」

 「そうですね。確かに六手さんにお世話していただくのは、大変に快適な経験だったのです」


 食欲優先な星乃らしい意見に、桃子も別の面から賛意を示した。


 「星乃お嬢様、桃子お嬢様、もったいないお言葉です」


 深々と頭を下げる舞耶。本来はここの寮母に相当する職員なのだから、生徒相手にそんなに畏まる必要はないはずなのだが、舞耶曰く、「名目はどうあり、私はメイドとしてお嬢様方のお世話をさせていただいている積りですので」、とのこと。

 ある意味、メイドの鑑である。


 「まぁまぁ、今からそんなにしんみりしないの。まだ1月以上あるんだし、ね?」


 若菜がパンパンと手を叩き、それを機に皆も食事を再開した。


 「ところで──皆さんにお聞きしたいのですけれど、次の日曜日の午後、予定は空いてまして?」


 食後のお茶を楽しんでいる時に、理緒が他の3人に声をかけた。


 「うーん、あたしはとくにないわねぇ。土曜は部活があるけど、日曜はお部屋でのんびりするつもりだったから。星乃ちゃんと桃子ちゃんは?」

 「ボクも部活は日曜はお休みだから、大丈夫」

 「同じく。科学部はわざわざ休日に登校してまで活動する予定はないのです」


 どうやら3人とも都合はつくようだ。


 「それでは、皆さん、よろしければ、わたくしと一緒に、お買い物に行く気はありませんか?」


 理緒の誘いに、皆は目を輝かせて一斉に首を縦に振った。


 「それにしても、珍しいじゃない? 理緒から皆をデートに誘ってくれるなんて」


 先に風呂に入ると言う下級生たちと別れて部屋に戻ったふたりだが、その途中の廊下で、若菜が理緒をからかう。


 「で、デートって……そんなんじゃありませんわ!」


 反射的にキリリと眉を吊り上げたものの、次の瞬間、理緒はフッと肩の力を抜いて、幾分後ろめたいような視線を若菜に向けた。


 「でも、ある意味、これはわたくしのワガママですわ。元の生活に戻るまであとひと月あまりですし、せっかくだから「女の子としての休みの日のお出かけ」を是非とも体験したいと思いつきましたの」


 確かに、体育祭や先週の中間試験などで忙しかったこともあり、最低限の買い物を除いてこの4人が休日に学園外に外出したコトは、未だなかった。


 「ん? それがどうして理緒のワガママなのよ?」

 「いえ、役者として芸の肥しというか“女の子役”の参考にしたいという思惑もありますし、それに……」

 「それに?」


 重ねて若菜に聞かれて、理緒は照れくさそうに目を逸らす。


 「お、女の子ひとりで遊びに行くのって、ちょっと怖いし、恥ずかしいじゃありませんの」

 「! 理緒ってば、可愛ッ!!」


 めったに見られない親友の弱みを目にして、ハキュ~ン♪と瞳をハートマークにして背後から抱きつく若菜。


 「あぁ、こら懐くんじゃありませんッ!」

 「にゅふふ~、いやぁ、全校男子の憧れ、“白鳥の君”こと理緒お嬢様が、こんなにウブだなんて、他の人は思いもしないでしょーねぇ」

 「お、おだてても何も出ませんわよ? それになんですの、その「はくちょうのきみ」と言うのは」


 ジタバタもがきつつ、聞き慣れない単語に理緒は首を傾げた。


 「あれ、知らないの? あたし達生徒会四人娘のあだ名、みたいなものかな。ちなみに、あたしは「黒髪の上(くろかみのうえ)」で、星乃ちゃんが「水面の方(みなものかた)」、桃子ちゃんが「桃園の姫(とうえんのひめ)」らしいわよ」

 「ぜ、全然知りませんでしたわ。まるっきり少女漫画のお嬢様女子校のノリですわね」


 ココは未だ現在進行形で男子校だと思うのですが──と、久々にorzな姿勢でガックリと膝をつく理緒。


 「まぁまぁ、こういう殿方ばかりの環境だからこそ、逆に二次元のそういう世界に毒されて過剰な幻想を抱いてるんでしょ、きっと」


 素の状態で呼ばれるのはちょっと勘弁してほしいけど、女子いまの姿なら、素直に称賛として受け取ってもいいんじゃないかしら──と励ます親友に、ジト目を向ける理緒。


 「確かに貴女や星乃は、こういうケレン味のある呼び方がお好きでしょうけれど……」

 「えへ、バレた? でも、こういう“お祭り事”も、どの道あとひと月足らずなんだし、せっかくだから楽しむのもいいじゃない」

 「──そう、ですわね」


 それを言われると、理緒の反論も鈍りがちだ。


 「それでは、日曜のお出かけの詳細については、明日の朝食の席ででもお伝えしますわ」


 自室の前まで来たところで、ドアの鍵を開けながら、理緒が若菜に告げる。

 ──ということは、今晩のうちにプランを練るつもりだろうか?

 なんだかんだ言って、実はすごく楽しみにしているらしい。


 「ええ、それで問題ないわ。あと、お風呂は、あたしが最後でいいわよ」


 心の中でクスリと笑いつつも、若菜は相方がヘソを曲げないよう無難な答えを返した。


 「そうですか。では、あの娘達があがってきたら、お先に入らせていただきますわね」


 その夜、理緒の部屋の灯りは、早寝早起きを旨とする彼女にしては珍しく午前2時を回ってもついていたとか。どんだけ念入りに計画してるんだか……。


 ちなみに、それと対照的に若菜と星乃の部屋の明かりは10時にもならない宵の内から消えていたことを付け加えておこう。こちらもナニやってるんだか。

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