4b.スクールメイツ(その2)

●ケース2.生徒会長の授業時間


 「では、今日はこれまで。週番!」

 「起立……礼……着席」


 お定まりの号令とともに、5時限目の授業が終わりを告げた。


 「はぁ、相変わらず、あの先生、宿題いっぱい出してくるなぁ」


 ん~、と椅子に座ったまま伸びをするのは、この星河丘学園の現・生徒会長にして、2年C組の生徒でもある“少女”、姫川若菜。

 相棒の副会長のように常時学年TOP10内にランクインするほどの優等生ではないものの、試験前にロクに一夜漬けもせずに、普段の授業と宿題だけで中の上程度の成績を維持している若菜は、(少なくとも学業面に関しては)十分優秀な生徒と言えるだろう──もっとも、平時の素行面で差し引きゼロだという説も無いではないが。


 「まぁまぁ、明日から3連休なんだし、しょうがないさ」


 今日は金曜日で、続く土日に加えて月曜日も祝日なのだから、隣席のクラスメイトが言うことも確かに一理はある。


 「ま、量はともかく、あまり難しくないのが救いよねー」


 そう言いながら、ガタッと席を立つ若菜。


 「おろ、どこ行くんだ、姫川」

 「ん? ちょっと、お花を摘みに」


 その言い回しを知らなかったのか不思議そうな顔をしているクラスメイトに対して、ワザと悪戯っぽく頬を赤らめて見せる。


 「お手洗いよ。いやん、富士見くんのエッチ♪」

 「そ、そういう意味なのか!? すまん!」

 「あはは、嘘ウソ、気にしないで。じゃ!」


 ヒラヒラ~と手を振ってから、若菜は教室を出て、校舎の1階にある女性職員用のトイレを目指す。

 この姿になった当初、用足しにどこを使うかも懸案のひとつだったのだが、結局は学園側の当初の指示通りこの女子トイレを利用することに落ち着いた。

 この格好で男子トイレに入ると、周囲の生徒がギョッとして、気まずい雰囲気になる、らしい(実際、1年の星乃と桃子が試したのだと言う)。


 学園側からの指示で生徒会4人が現在の姿をするようになって、間に体育祭があったりもしたが、既に1ヵ月以上が経っている。

 一応、最初に朝礼で4人の”事情”は説明されたはずなのだが、いまや周囲(教職員含む)は完全に“彼女”達を女の子として扱っているのだ。


 もっとも、この「女の子扱い」は必ずしも不快なものではない──というか、むしろ4人は今や学園のアイドルと言っても過言ではなかった。


 とくに、生徒会長である若菜の場合、男子だった頃は、いきあたりばったりでお調子者な性格に賛否両論あった(無論、「賛」が多いからこそ会長になれた)のだが、現在は「明るくお祭り好きだけど優しく、ちょっと天然&ドジ気味な美少女会長」として、学年を問わず絶大な支持を得ているくらいだ。


 女子トイレの個室に駆け込み、スカートをまくってショーツを下ろし、便座に座ったところで、不意に若菜は苦笑した。


 「フフッ、なんか小用を足すときも座ってするのが自然になっちゃったな」


 このままだと、男に戻っても座ってするのが習慣化しちゃうかも──と思いつつ、下半身の力を抜く。


──チョロチョロッッ……


 程なく“彼女”の股間の合わせ目から尿が零れ落ちるのがわかった。男の時とまったく異なるその放尿感にも、当初と違ってもはや殆ど違和感を感じない。


 小用が終わったら、ペーパーを使ってアソコをキレイに拭いてからショーツを上げ、服装を整える。

 個室から出て、手を洗いつつ洗面所の鏡の前で身だしなみをチェックしてから、若菜は女子トイレを出た。


 (それにしても……つくづくスゴいわよねぇ、この人肌スーツ)


 2階にある自分の教室へと戻りながら、彼女は始めて“若菜”となった時のことを思い出していた。


 入学案内用の撮影の件を了承した直後、若樹たちは保健室に呼ばれ、全裸になるよう命じられた。

 身体計測でもするのかと思ったものの、それならパンツくらいは残すだろう。


 不審に思った4人が医者か学者と思しき白衣の男性から手渡されたのは、全身タイツ(あるいは頭の部分がないのでウェットスーツ?)のようなものだった。

 ただ、テレビのコメディ番組のタレントや、スピードスケート選手が着用しているものなどとは異なり、ソレは肌色──それも、絵具などの不自然な色ではなく、本当に人間の肌そっくりの色をした半透明な素材で出来ていたのだ。


 白衣の男──そのスーツの開発をしたという発明家の指示に従い、背中の切れ込みから足を通し、足元から全身を包んでいく。

 その結果、つま先から手の指先、さらに喉元の顎のすぐ下まで、少年たちは頭部を除く全身をその“人肌スーツ”とでも称すべき代物が包みこんでいた。


 しかも、驚くべきことに……。


 「うわっ、コレ、胸がある!」


 スーツの胸部には、サイズの違いこそあれ(ちなみに、若樹が一番大きくDカップ、逆に星矢が最貧乳のAだ)、まごうことなく男子の憧れ、「永遠の理想郷」たる女子のオッパイが付いており、着用者の胸でぷるるんと揺れていたのだ──いや、揺れる程ない人もいるけど。


 「て言うか、股間も!?」


 発明家の指示通り、男性のシンボルをチューブのようなものに突っ込み、後ろに回してからスーツを着た結果、4人の股間に男子特有のモッコリした膨らみは見当たらない。それどころか小さな雌芯クリトリスとクレバスという、どう考えても思春期の少女のものとしか思えない下半身が出来上がっていたのだ。


 「す、すげぇ~、女のアソコって、こんななってるんだ」

 「こ、こら、星児、人前で何やっとるか!」


 思わず指で広げてガン見しようとした星児を、兄貴分の理雄がたしなめる。


 そうこうしているうちにも、発明家は4人の背中にあるスーツの切れ込みを閉じ、その切れ込み部分と、スーツと頭部の境目である喉元部分に、何か半透明なジェルのようなものを塗りつけた。さらに、少し色味の違うジェルを今度は4人の顔面部分にも薄く塗り延ばす。


 やがて、ジェルが乾いた時には、もはやそれが人工物であることを示す証拠は外見からは完全に消え失せていた。

 同時に、そこに立っていたのは、容貌などに元の面影を残してはいるものの、どこからどう見ても年頃の可憐な4人の少女達だった。

 顔の造作自体は殆ど変っていないのだが、短時間で髪を伸ばす薬とやらを飲まされたこともあり、もはや外見上の印象は完全に別人だ。


 くだんの発明家の説明によると、この人肌スーツ(仮称)は、肌にやさしい素材で出来ており、理論上は24時間着たままでも問題ないらしい。着用したままでも大小便はもとより、入浴なども可能とのこと。


 「しかし、汗はどうなのですか?」


 こんな時でも冷静な桃矢の指摘に、よい質問だと発明家は頷く。


 「着用してから2時間ほどで、着用者の肌に合わせて疑似汗腺がスーツ側に形成される。同時に、触覚点や痛点、温点などもリンクされるから、薄布に包まれているような違和感もじきに消えるはずだよ。

 そうそう、体毛についても、着用後しばらくすれば、不自然でない程度に形成され始めるから、安心してくれたまえ」


 (確かに、翌週の半ばくらいになってから、アソコの毛が生えて来たのよねー)


 今では若菜の局部には、キチンと淡い茂みが形成されている。

 ちなみに、理緒はやや毛深い体質らしく脇毛の処理に悩まされているらしい。

 逆に、下級生ふたりは若菜以上に体毛が薄く、とくに星乃に至ってはほぼ完全に無毛の、いわゆる「パイパン」だ。


 (まぁ、ソコが可愛いんだけど……って、ダメよ若菜、今は授業中なんだから!)


 緩みかけた口元を慌てて引き締め、黒板に集中する。


 後輩の天迫星乃とベッドを共にする仲になったのは、星乃が言ったように些細な偶然からだったが、同時に今では“彼女”のことをこの上なく愛しい存在と認識していることも事実だった。


 一見脳天気でお気楽極楽に見える若菜(=若樹)だが、実は意外にその内面は屈折している。

 祖父は現役の県会議員で、父は従業員1000人程度の会社の敏腕社長。母は藤間流の日舞師範として弟子に指導しつつ主婦業もキチンとこなしている。10歳離れた兄は弁護士として活躍を始めており、8歳上の姉もプロのテニスプレイヤーとして注目されている。


 ある意味エリート揃いの姫川家だが、それでいて奢ったところは殆ど見受けられず、謙虚で気さくな、“善良”と“優秀”を絵に描いたような一家なのだ。

 そのような家庭に生まれ育つことは、一般的に見て幸運と言えるだろうが、同時に別の面から見ればプレッシャーとストレスも少なくないだろう。


 わりとフリーダムでアウトロー気味な性向を持つ若樹にとっては、残念ながら後者の要素のほうが大きかった。

 それでも、彼は懸命にその本性を隠し、「ちょっとやんちゃだけど、基本的には人好きのする優等生」として、小中学校時代を過ごしてきたのだ。


 そんな時、この学園に入学して、白鳥理雄と言う少年に出会い、ちょっとした諍いを経て親友──相棒となった。

 さらに翌年入学してきた理雄の弟分の星児と、彼の中学の同級生である桃矢も加えて、秋に発足した生徒会のメンバーは、自分を偽らずにすむかけがえのない仲間だと、若樹自身も思っている。その気持ちに嘘はない。


 しかし、それでも、理緒(理雄)や桃子(桃矢)に対しては、引け目のようなコンプレックスめいた感情を、どこかで感じてしまうのだ。


 それは、彼ら(今は彼女ら)が、その歳に似合わぬ確たる自分を持っている──少なくともそう見えるからだろう。


 現に、“女の子”になった現在も、“彼女”達の本質はまったくと言っていいほど変わっていない。クールなストッパー役の桃子は言わずもがな、一見「タカビーお嬢様」風の理緒も、物言いこそ変われど、その思いやり深い行動と絶妙な距離感の両立は男の時と通じるものがある。


 彼女達を「スゴい!」と思う反面、状況に流されるまま変わっている自分を情けなく思う部分も、若菜の中にはあった。


 そう、「姫川若菜」は、明らかに若樹のころから比べて変化していると自分でも気づいていた。

 それは必ずしも悪い傾向ではない。むしろ好ましい方向性に変わっていると言って良いだろう。


 だが、それでも、若菜は自分の変化がどことなく怖かった。得意げに自由人を気取っていたクセに、環境の変化如きに流されるほど自分の自我は弱かったのだろうか?


 だからこそ、一見無邪気で元気に見えるが、その実無垢で傷つきやすい星乃に自分は惹かれたのかもしれない──と、若菜は自らの想いを分析していた。


 「な~んて言うのは、後付けの理屈かしらねぇ」


 ポツリと呟く若菜に、けげんそうな目を向ける隣席のクラスメイト。


 「ん? どうした、姫川」

 「アハ♪ なんでもなーい。それじゃあね、富士見くん。よい週末を~」


 カバンに教科書を仕舞い、教室を出ようとする若菜。


 「あ! おい、姫川、これから俺達、街に出てカラオケに行くつもりなんだけど、お前もどうだ?」

 「うーん、お誘いは嬉しいんだけど……」


 見たところメンツは富士見ほか、クラスでは比較的親しい数人か。これなら、「無惨! カラオケルームで女子高生輪姦!!」という事態にはならないだろうとは思う。しかし……。


 「今日は弓道部の方に顔出そうと思ってるの。ごめんねー」


 片手で拝むような真似をしてから、そう言い残して若菜は教室を出た。

 嘘ではない。このところ、生徒会の業務にかまけて、部活をやや蔑ろにしていた傾向にあったし──それに、今日は何となく弓を引きたい気分だったのだ。


 (まぁ、迷いが出て、ロクな射にはならないでしょうけど)


 それでも、自分を見つめ直すのには有効だろう。

 女子更衣室で弓道着に着替える若菜の表情からは、既に翳りはほとんど見られなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る