4a.スクールメイツ(その1)

 さて、波乱に満ちた体育祭も終わり、学園に普段通りの落ち着きが戻って来た。

 例によって撮影モデルとなっている4人の生徒会役員も、撮影開始からひと月あまりが過ぎて、すっかり今の姿での生活に馴染んだようだ。

 そんな“彼女”たちの暮らしを、今日はコッソリ覗いてみることにしよう。


●ケース1:生徒会会計の朝


 星河丘学園1年A組に所属する“少女”、羽衣はごろも桃子ももこの朝は、爽やかに始まる──とは、ちょっと言い難い。


 住環境的に見れば、今彼女達が暮らしている臨時女子寮(偽)は確かに極めて快適だ。ただ、“彼女”の場合、以前からの癖で読書などの為につい夜更かしをしてしまうことが多く、往々にして睡眠時間が不足がちなのも否めない。


 もっとも、かつて学園の男子寮で相部屋の同級生の呆れ顔も省みず徹夜することもしばしばだった頃に比べれば、遅くとも2時過ぎにはベッドに入るようになった今は、随分健康的になったと言えるのだが。

 これは「睡眠不足はお肌の大敵」とメイド(寮母)の六手女史に、繰り返し説得されたことによる面が大きい。


 男子だった頃(いや、今でも“中身”は男のはずだが)の桃矢は、それなり以上に美形と言える顔立ちであった。

 もっとも、これは他の生徒会役員にも言えることで、演劇部の“ヒロイン”役を任されることの多い理雄はもちろん、若樹にせよ星児にせよ、下手な男性アイドルなんてメじゃない美少年揃いだ。


 しかし、その中でも北欧の血を引く桃矢はまさに「お人形さんのような」という形容がピッタリくる極めつけの愛らしい少年なのだが、にも関わらず自らの身なりには非常に無頓着だった。


 とは言え、多少シャイではあったが決して女性のコトに興味がなかったわけではない。それが何の因果か、少なくとも外見的にはほぼ完全に「同年代の女の子」になってしまったのだ。


 それを成し遂げた科学技術にも興味を惹かれたが、それ以上に自分の新たな“姿”に桃矢は心を奪われた。“彼女”は鏡に映る自分自身に恋をした──と言うのは言い過ぎでも、少なくともその可愛らしさを愛で、それが失われることを惜しむ気持ちを、多分に抱くようになったのだ。


 正統派大和撫子風の若菜とも、凛とした気高い美貌を持つ理緒とも、あるいは同級生の星乃の如く明るい元気娘とも異なるタイプではあったが、桃子が美少女であることに異論をはさむ者はまずいないだろう。


 日本人にはほぼ見られない銀髪と赤に近い瞳。そして、150センチ強しかない小柄で華奢な体つき。妖精じみたそれらの容姿に加えて、やや表情に乏しく、あまり多弁ではない彼女の性格も加わって、羽衣桃子と言う“少女”は、どこか神秘的で儚い雰囲気を感じさせた。

 そして──それらの美的要素を維持するには、少なくとも最低限の睡眠と規則正しく健康的な食事、そして化粧やブラッシングといった毎日のケアが不可欠だったのである。


 元々、桃矢少年が身なりに気を使わなかったのは、星河丘学園が男子校であったという部分も少なからず影響している。本音をブッチャけると「見せる女の子もいないのに、シャレのめしてどーすんの?」とでも言ったところだろうか。


 ところが、くだんの一件により女の子として暮らすことになったため、桃子を含めた4人の“女子生徒”は一転周囲の注目の的となった。

 加えて、他の3人も平均を大幅に上回る美少女とあって、桃子にも「女としての負けん気」みたいなモノがいつの間にか心中に生まれてきたのである(もっとも、指摘すれば本人は否定するだろうが)。


 ともあれ、現在の桃子は、毎晩1時過ぎに寝て朝7時前に起きるという、以前の桃矢時代からは信じられない程健康的な生活を営んでいるのだ。


 ちなみに彼女は目覚ましも兼ねて朝シャワーを浴びる派だ。眠い目を擦りつつ、ベッドから降りると、飾り気のない清楚な白いナイティを脱ぎ捨てて(付け加えると寝る時は下着は付けない派でもある)、全裸のままシャワールームへと向かう。


 寝るときにザックリと荒めの三つ編みにしてひとつにまとめた髪を解いてから、シャワーの取っ手をヒネる。高級ホテルに匹敵する施設充実度を持つこの寮(仮)のシャワーからは、ほとんどタイムラグなく温水が噴き出した。


 ややぬる目に調節したお湯を全身に浴びながら、髪、そして体を洗う。

 特に、解くとほとんど膝近くまである髪を洗うのはひと苦労だ。ただ、朝のシャワーではお湯で汗を流すのとコンディショナーによるケアだけで済ませるので、夜の入浴時よりは多少は楽だった。


 ひととおり髪を洗い終えたら、軽く絞って水分を切り、タオルでまとめてから首から下を洗う。こちらも朝は寝汗を流すためにサッと湯洗いするのみなので、それほど手間はかからない。


 それよりも浴室を出てからのほうが問題だ──具体的には、これだけの長さ髪の毛を乾かす手間が。バスローブ姿でドレッサーの前に陣どり、低めの温度(髪質が弱いため、あまり温度を上げられないのだ)に設定したドライヤーを10分間近く辛抱強く使わないといけない。


 そのあと、朝のスキンケアをして、制服に着替え、髪型を整えただけで、瞬く間に7時半──つまり朝食の時間になってしまう。

 襟にかかる程度の長さで揃えている星乃はともかく、自分ほどではないがそれなりに長い先輩ふたりは一体どうしてるのだろう、と考える桃子。

 なお、後日聞いてみたところ、理緒は前述の通り朝は洗髪せず、対して若菜の方は桃子よりさらに15分ほど早く起きているらしい。


 ところが、その日の朝は、前夜珍しく12時過ぎに寝たせいか、いつもより1時間近く早く目が覚めてしまった。

 おかげで時間的に余裕はできたのだが、だからと言ってシャワーや身支度に要する時間が劇的に変わるわけでもない。

 結果、桃子は珍しいことに、普段の起床時間である7時の15分ほど前に、いつも通りの用意を終えてしまっていた。


 「うーーん……たまには、朝の散歩でもしてみるですかね?」


 基本的に用事がなければあまり外を出歩かない桃子だが、この時はほんの気まぐれでそんなコトを考え、自室のドアを開けて一歩踏み出し──そして、激しく後悔した。

 なぜなら、彼女が自室から出たところで、なぜか隣りの部屋の前で抱き合ってキスを交わしている友人達──若菜と星乃を目にしてしまったからだ。


 無論、ふたりの方も桃子の出現には驚いている。

 ただ、星乃が真っ赤になってアワアワしているのに対して、若菜の方は流石先輩と言うべきか。ほんのり頬を赤らめながらも、桃子に「おはよう」と挨拶をして、自分の部屋と戻って行った。


 そして、寮の廊下に残されたのは、気まずい沈黙を抱えた1年生ふたり。


 「えっと……桃ちゃん、その……ね?」

 「──ご安心ください。私は何も見なかったのです」


 いまだ動転しつつ、それでもなんとか話しかけようとする星乃に向かって、桃子はニッコリ微笑んで見せる。


 「え?」

 「ええ、何も見ていませんとも。ですから、星乃さんと若菜先輩がいつの間にやらデキてたコトなんて、一切関知しないのです」


 などと、イイ笑顔でのたまいながら、ジリジリと後ずさり、自室へと引っ込む桃子。

 呆気にとられた星乃が我に返ったのは、桃子の部屋のドアがバタンッ!と凄い勢いで閉じられたあとだった。


 「も、桃ちゃ~ん! 話を聞いてよーーー!」


 3分後。結局、桃子はドアの前で半泣きになっている友人を無視することができず、やむなく自室に招き入れることとなった。

 人並み程度には勘のいい桃子は、おおよその事情を推察していたが、改めて星乃の口からも経緯と現状が語られる。


 いまだ顔の赤い彼女の話によると、キッカケは数日前にたまたまふたりで入浴した際のふざけあいだったらしい。

 お互い中身は♂だとわかってはいても、目の前にいるのはどこからどう見ても極上の美少女。ついついスキンシップがエスカレートしてしまい、火照る身体のまま、その夜は若菜の部屋のベッドへ。以来、頻繁に同じ寝床で夜を明かす仲になったのだと言う


 正直、気持ちは全くわからないわけではない。

 その年齢と愛らしい外見に似合わぬクールな知性派が身上の桃子だが、同時に思春期真っ盛りの「興味津津なお年頃」でもあるのだ。

 この姿になった日の夜、好奇心の赴くままに、こっそりベッドで自分の肢体の様々な部分を“確認”してしまったのは、まぁ若気の至りと言うか何と言うか。


 だから、彼女以上に情緒的でノリの良いふたり──若菜や星乃なら、雰囲気に流されて「そういう行為」に至る可能性も、ないとは言えまい。


 「あ、でも、誤解しないでね。あくまでBまでで、最後の一線はまだ越えてないから」

 「はぁ……」


 頷きつつも、星乃の言う「最後の一線」とは、この場合どういう行為を指すのだろう、と内心首を傾げる桃子。

 そもそも、現在の自分たちには、凹に対応する凸な部位が無いではないか!

 それとも、生粋の女性の同性愛者の如く、張型でも使うつもりなのか?


 (それもまた倒錯的というか……不毛な話ですねぇ)


 脳裏にどこかズレた感想を抱きつつ、桃子は星乃に別の言葉を投げた。


 「しかし、若×星というカップリングは正直意外でした。もし万が一星乃さんがコロぶとしても、相手はてっきりお兄さん──あ、今はお姉さんですか。ともかく、家族のように慕っている理緒先輩だろうと思ってたのです」

 「むしろ、家族同然だからだよ。ボクにとっての理緒ねぇって、恋とか愛とはまったく別のポジションにいる人だし」

 「成程」


 ひとりっ子のせいか実感は湧かないものの、身内には欲情しないという理屈は理解できた。


 「ともかく事態は把握しました。私としては、星乃さんと若菜先輩がそういう関係であることに別段異論はありませんし、とくに吹聴する気もありません。先ほども言いました通り、安心してください」

 「あ、うん、ありがと」


 ホッとした表情を浮かべつつも、星乃は何か考え込んでいるようだ。


 「えっと、その、桃ちゃん、ちょっと聞いていいかな?」


 桃子としては厄介な事を聞かれそうな予感はしたのだが、こういう時に「いえ、お断りします」と切り捨てられないのが自分の甘いところか──と内心、苦笑する。


 「(こういうのを心の贅肉と言うのでしょうか)で、何なのでしょうか?」

 「うん。桃ちゃんにバレちゃったんだし、どうせなら理緒ねぇにもこの事を打ち明けた方がいいのかなぁ?」

 「ふむ……そうですねぇ」


 これまた難しい問題だ。


 桃矢時代も含めて、桃子が理緒(理雄)と接してきたのは、夏休み期間を含めても生徒会役員に選ばれてからの半年くらいに過ぎない。

 とは言え、この学園の生徒会は代々役員同士が比較的緊密な関係を築く傾向にある。

 実際、桃子も、下手にあまり話したことのないクラスメイトなどよりは、理緒の方がよほど親しいし、好感を覚えているくらいだ。白鳥理緒という人物の性格と行動パターンについては、おおよそは呑み込んでいると言ってよいだろう。


 “彼女”は、なんだかんだ言って“妹分”の星乃のコトをずいぶん可愛がっているし、その分、時として多少過保護な発言もある。

 もし、星乃が日々大人の階段を(主にエロス的な意味で)上りつつあると知ったら、嘆くだろうし、怒るだろう。あるいはお説教のひとつやふたつブツかもしれない。

 だが、それでも決して星乃の意思を力づくでねじ曲げようとはしないだろう。


 「今すぐとは言いませんけど、できるだけ早く話すべきだと私は思いますね。無論、星乃さんが理緒先輩のことを大切に思っているなら、ですけど」

 「うぅ~、やっぱり、そうなるよねぇ」


 星乃とてわかってはいたのだろうが、誰かに背中を押して欲しかったのかもしれない。


 「星乃さんも若菜先輩も、隠し事はあまり得意な方ではありませんからね。次善の策としては、若菜先輩の口から告げてもらうという手もありますが、私としてはオススメはできませんね」


 あのふたり──理緒と若菜(あるいは理雄と若樹)も、クラスこそ違うものの仲の良い友人同士だとは思うが、さすがに理緒と星乃の付き合いには一歩譲るだろう。


 「そうですねぇ──たとえば、ある日、父親のもとに、いきなり隣家の息子が「お嬢さんをボクにください!」と頭を下げにくるのと、娘が「お父さん、わたし、お隣りのマーくんと一緒になりたいの」と哀願するのとでは、どちらがこじれないか考えればよろしいかと」


 そこまで言われれば、単細胞気味な星乃にも、おおよそ理解できたようだ。


 「う~~わかった。若菜さんと相談してみる」


 ──などと言う、それなりに深刻っぽい相談をした直後だと言うのに、朝食の席は、まったくと言って良いほどいつもと雰囲気が変わらなかった。

 星乃が快活に喋りながら健啖な食欲を見せ、それを悪戯っぽく微笑みながら見守る若菜と、淑女としての礼儀を説く気真面目な理緒、そして我関せずと傍観するマイペースな桃子といった具合だ。


 (それにしても……)


 ミルクティーの入ったカップを両手でささげ持ち、フゥフゥ冷ましながら(どうも最近猫舌気味なのだ)、桃子は心中ひそかに首をかしげる。


 (私たち、いつまでもこの格好してるワケではないんですけど。そのあたり、星乃さんとか、わかっているのでしょうか?)


 そう、“彼女”たちは期間限定の偽乙女なのだ。

 年末のクリスマスパーティーが終われば、星乃は星児に、若菜は若樹に戻る。その予定だ。


 健全な男子高校生のメンタリティーを持つ身から言わせてもらえば、美少女同士の百合んユリんな関係は許容範囲内でも、野郎同士のカラミは勘弁してほしい。

 少なくとも、星児や若樹にも男色のシュミはなかったはずなのだが……。


 「ま、それも先の話ですか」

 「あら、どうかしたの、桃子?」

 「いえ、理緒先輩、たいしたことではありません」


 いずれにしても本人達が決めるべきコトだ。外野が心配する義理はないだろう。

 マーマレードをたっぷり塗ったトーストを頬張りながら、自分もいったんこの問題は忘れようと、桃子は心に決めるのだった。

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