3.風雲! 星河丘城

 「エクストラミッション、ですか? それは一体……」


 柳眉を寄せ、不審げな表情を浮かべる理緒に、理事長は苦笑する。


 「いや、そう警戒しないでくれたまえ。君たち生徒会役員は、天迫くんを除いて、今回通常の競技に出場していないだろう?」


 スポーツ万能で、こういう行事が大好きな星乃だけは、自ら進んで100メートル走やリレーなどに出ていたが、他の3人はこれ幸いと生徒会の仕事に専念している。


 「はい。ですが、それは体育祭運営のために認められているコトでは?」


 実際、若菜の言うとおり、選手の誘導やアナウンス、用具の管理などで、生徒会役員がそれなりに忙しいのは確かだった。


 「例年であれば、確かにもっともな話なんだがね──ただ、君たちに、その格好をしてもらっている意味を考えてほしいのだよ」

 「入学案内用の写真&ビデオ撮影、ですか? でも、そのために私たちがエキシビジョンに出場したはずです」


 冷静な桃子の指摘に頭をかく理事長。


 「うむ、その通りだ。わしもそれは言ったのだがね。理事たちいわく「もっと普通の格好で体育活動に励んでいる絵面が欲しい」んだそうだ」

 「普通……と言われましても。この格好ではいけませんの?」


 理緒は自分たちの体を見下ろした。

 襟元と袖口にエンジ色の縁取りをされた半袖の丸首シャツと、同じくエンジ色のブルマー、そしてふくらはぎの半ばくらいの長さの白いソックスとスニーカー。どこからどう見たって“健全な女子高生の体操着姿”そのものだ。

 ──まぁ、今時ブルマーを採用している学校は極少数派ぜつめつきぐしゅではあろうが。


 「えっと、つまり、走ったり跳ねたりしてる写真がボク以外にも欲しいってコトかな、理事長センセ?」


 星乃の言葉に、理事長は得たりと頷いた。


 結局、4人はエクストラミッションとやらに出場することを承知した。

 理事長直々の要請に加えて、いかに生徒会の仕事があるとは言え、さすがに体育祭でひとつも真っ当な競技に出ないで済ますのは、本音を言うと他のクラスメイト達の手前、幾分罪悪感もあったからだ。


 問題のエクストラミッションとは、簡単に言うと理緒たち4人で競う障害物競走のようだ。場所は大講堂の2階が選ばれた。


 この学園の大講堂は2階建てで、1階は剣道、柔道、空手の道場に加えて、体操部の練習場と、シャワールームや体育倉庫が設置されている。

 一方、2階はバスケとバレーのコートが余裕をもって2面設置されており、講堂らしく舞台も備わっている。

 さらにそれらを取り囲むように、半吹き抜けの3階(2.5階?)に多人数を収容できる規模の階段式観客席が設けられており、一介の私立高校としては規格外の広さを誇るのだ。


 4人がスタート地点に来た時には、すでにミッションの用意はできていたところから見て、どう考えても事前に準備を進めていたとしか思えない。


 改めて言うまでもなく、観客席には全校生徒+学校関係者若干名が文字通り“詰めかけて”いた。


 「要するに、私たちに、全校生徒の前で晒し者になれ、と言うことですね」


 溜息をつきながら肩をすくめる桃子。


 「これこれ、桃子ちゃん、晒し者なんてネガティブな言い方はやめましょう。せめて、目の保養とか」

 「どちらにしても、あまり気持ちのよいものではなくってよ」


 若菜のフォローに、理緒が突っ込む。


 「まぁまぁ、理緒ねぇも桃ちゃんも落ち着いて落ち着いて。何も取って食われるワケじゃないんだし……」


 いつもははしゃぐ側の星乃が抑える側に回るのは珍しい。


 「とは言え、競技内容はかなり恥ずかしい代物みたいですわ。ほら……」


 理緒の指さす先には、縦幅10メートルくらいのネットが用意されている。


 「? 障害物走で網は定番じゃないの?」

 「そうですね。ですが、先ほど渡されたルール表によれば、アソコは「仰向けになって」通過しないといけないみたいです。私や星乃さんはともかく、先輩方にはかなりの羞恥プレイかと」


 自分と星乃のあまり豊かとは言えない胸元と、上級生ふたりの形の良いバストをそれとなく見比べつつ、桃子が答える。

 確かに、「からみつくネットを四苦八苦しながら抜け出ようと苦戦する仰向けになった美少女」と言う構図は、男性からすればとても美味しい見世物だろう。


 「うわぁ~、セクハラだって抗議する?」

 「やめておきましょう。それに、もしかしてお忘れかもしれませんけど、わたくしたちの生物学的性別は、まごうことなく“♂”ですのよ?」


 流石にちょっとイヤそうな表情になった若菜に、理緒が注意する。


 「ああ……」「そう言えば……」「そだっけ」


 ──どうやら3人ともすっかり忘れてたらしい。


 「ネットもそうですけど、あのパン食いゾーンにも、そこはかとない陰謀、いえ淫謀を感じますわ」


 もはや突っ込むのもバカらしくなった理緒は、とりあえず聞かなかったことにしてサラリと流した。


 「吊ってあるのが、アンパンじゃなくて皮を剥いたバナナなんだ~」

 「「釣り針で丸いパンを直接引っかけてると食いつく時に危ないから」ってルール説明には書いてるけど……ちょっと嘘臭いわね」


 どう考えても、オマエら美少女が棒状のモノを頬張るトコロが見たいだけとちゃうんか! と、お祭り好きな桃子や若菜ですら心の中でツッコミを入れずにはいられない。

 ちなみに、先端の部分をひと口でもかじりとればOKらしい。


 「で、最終コーナーの手前にあるのが、仮装ボックスですか」


 こちらもどう言うコスプレをさせられることやら──と、もはや氷点下200度近い極低温の視線を、設営された競技場に投げかける桃子。


 ともあれ、そんな微妙にテンションの下がった状態にある生徒会四人娘だが、かといって棄権したり手を抜いたりするワケにもいかない。

 このエクストラミッションの結果も、紅白両チームへの得点に反映されるのだ。それも1位が20点、2位が10点、3位が5点と、結構大きかった。


 「とは言え、運動能力の面で著しく公平さを欠く気がしますわね」


 普通に考えれば、小柄でスポーツ万能な水泳部のホープ、星乃の独壇場だろう。文化系ながらそれなりに体力作りをしている理緒と、弓道部というあまり激しい運動をしない部活に所属している若菜は、それなりにいい勝負になりそうだが、根っからのインドア派の桃子に勝ち目は薄い。


 「一応、バナナの釣り糸の長さや、仮装でハンデは付けてるそうです」


 なるほど、確かに、星乃の第3コースは少なくとも70センチは飛ばないとパンならぬバナナに届きそうにないのに対し、その他のコースはせいぜい30センチ程度飛べば届く。しかも、桃子の第4コースには、わざわざ踏み台まで用意されている。

 仮装の方も、おそらく桃子は身軽に、逆に星乃は重たく動きづらいものが用意されているのだろう。


 さて、ひと悶着はあったものの、いよいよエクストラミッションの火蓋が切られた。


 事前の予想通り、最初の直線50メートルは星乃の独走で、それよりやや遅れて若菜と理緒が続き、さらに数メートル遅れで桃子が続く。


 それに続く曲線がハードルコースだが、実はハードルの高さを調節してあり、星乃のそれは他の3人のより15センチほど高く設定してあった。それでも軽快に飛び跳ねて楽々クリアーするスポ根少女。依然としてトップは星乃のままだ。


 3番目が問題のネットコース。運動神経抜群の星乃も、さすがにここは瞬時にクリアーとはいかず、手間取っているうちに他の3人も次々到着する。結果、体操着姿の4人の美少女がネットの下でモゾモゾと蠢くこととなった。

 ──観客席で前屈みになっている男子生徒が少なからずいたことは、本人達の名誉、および4人の生徒会役員の心情を慮って、見て見ぬフリをするのが賢明だろう。


 いまだ星乃がトップではあるものの、ネットを抜ける際には4人の差はほとんどなくなっていた。桃子が意外な健闘を見せたのだ。もっとも、だからと言って凹凸の少ない自らの体型を“彼女”が喜んだかどうかはいささか疑問だが……。


 「──チチなんて飾りです。エロい人にはそれがわからんのです」


 胸の揺れる感覚や網に引っかかることで、ネットコースを抜けるのに苦労している2年生ふたりを、微かに怨念のこもった眼付で桃子がニラんでいたことだけは付け加えておこう。

 その次のパン食い(バナナ食い?)コースでは、順位はほとんど変わらず、再び前屈姿勢になった想像力豊かな男子生徒が若干名いたに留まる。


 そして最終コーナー手前に設置された、幅1.2メートル&高さ2メートルほどの仮装ボックスに、4人の「少女」が次々に飛び込んだ。


 「え? え! ええーーーっ!?」


 中に置かれていた指示書と衣装に、理緒は思わず悲鳴をあげてしまった。

 そこにあった服は、決して破廉恥なほど露出が高いワケでも、あるいは奇妙奇天烈なイロモノというワケでもない。しかし……。


 「──仕方ありません。覚悟を決めますわ」


 いったん決意すると、演劇部の早変わり経験を活かして手早く着替える理緒。

 そのおかげか、ボックスに入ったのは一番最後だったのに、出たのは僅差で1位だった。


 理緒の格好。それは、白を基調に随所を青いアクセントで彩られたノースリーブのミニワンピースだった。胸元は、やや大きめの赤いリボンで飾られている。

 その上に同じく白の丈の短い長袖上着と、ふくらはぎまであるオーバースカートをまとい、足には白のオーバーニーソックスとショーツブーツを履いている。

 髪は白いリボンでツインテールにまとめ、手には身の丈ほどの長さの杖を持っている──と聞けば、勘のいい人はわかるだろう。

 そう、「管●局の白き魔王」こと某魔法少女(19歳版)のコスプレだった!


 「うぅ、恥ずかしいですけど……「これがわたしの全力全開!」」


 機械的な杖(?)を構えてポーズを決め、指示書に記されていたセリフを叫ぶ理緒。このヘンの思い切りの良さは演劇部ならではの賜物だろう。


 「萌え萌えキュ~ン♪」


 すぐ隣りのボックスの前では、若菜がノリノリで両手でハートマークを作っている。黒いミニスカメイド服に、ベース(芸が細かいことに左利き用だ)を肩から下げたその姿は、おそらく某軽音楽部漫画の黒髪ベース娘のコスプレなのだろう。


 「えっと……「ようこそ! 死んだ世〇戦線へ」、でいいのかな?」


 オーソドックスな白に青襟のセーラー服を着て、髪をカチューシャと緑のリボンで飾った星乃は、死後の世界の学園が舞台のアニメのメインキャラか。


 「──私は天使なんかじゃないわ」


 対して、感情のこもらない声でそう言い放つ桃子は、白いブレザーと黒いプリーツスカート姿。星乃と同じ番組のヒロインだろうが、ルックス的にはかなりのハマリ役だった。


 とりあえず、「ポーズと決め台詞」という指示には従ったので、最後の直線コースへと走りだす4人。


 (なるほど。なかなか考えてますわね)


 懸命に足を動かしながら、理緒は脳裏でつぶやいた。


 一番体力のない桃子は、普段の制服とさして変わらぬ格好で、かつ手ぶら。


 逆に運動神経の塊りのような星乃は、両手にハンドガンとアサルトライフルを抱えている。さすがに実銃ではないだろうが、金属製でかなりの重さがあるし、重心的にも邪魔そうだ。


 若菜の場合、ミニスカメイド服なら動きはほとんど阻害されないだろうが、ベースを肩から提げている分がハンデになる。


 逆に、理緒自身が手にした杖はプラスチック製でさしたる重さはないが、4人の中で唯一スカート丈が長く、少しだけ走りにくい。


 (まぁ、わたくしが演劇部所属で色々な衣装に慣れていることも見越した上での選択なのでしょうけれど)


 そんなことをつらつら考えていたせいか、わずかに理緒のペースが鈍る。


 結局、順位は、1位:星乃、2位:桃子、3位:若菜、4位:理緒という結果となった。

 ちなみに、最下位の罰ゲーム代わりに、理緒はその格好のままウイニングランならぬロストランとして体育館をゆっくり一周することとなった。


 「聞いてませんわよ!?」


 桃子いわく“公開羞恥プレイ”のあとも、再びグラウンドで競技は続く。

 最終結果は惜しくも6点差で紅組の勝利となり、今年の体育祭は無事幕を閉じたのだった。

 ──約1名の「少女」の自尊心と引き換えに。


・・・orz


 ↑ロストランの際、半ばヤケになって観客の声援に応えてポーズをとった挙句、しっかり撮影されているコトを思い出して、打ちひしがれる副会長の図

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