第10話 捨てたと思っていたのに、捨てられたのは



 結婚してから、二年経った頃。私はかつてモナを心から愛していたが、その隣に立つのが嫌になってきた。もはや、モナの姿は元婚約者と同じ人形のようだったから。


 離縁する事を決意するには、モナとの学園での楽しい思い出が邪魔をしたが、私は王太子なのだ。愛する人と結婚し、国一番の幸せ者になるべきだろう。このまま人形になったモナを王太子妃としておくのは、私の幸せを望む国民達も認めないはずだ。


 まずは両親に報告だと考えていたら、タイミングよく三日後に呼び出しを受けた。公式な指令であったので、当日は王太子としての正式な衣装に身を包み、順番通りに未だ妻のモナと並んで王座の間に入れば両親と大臣らも揃っていた。ただ何故か父の弟であるカオウ公爵が、玉座に座る父のすぐ隣に立っている。王族とは言え身分は父の家臣となったのに、不敬過ぎやしないだろうか。誰も注意をしていないようなので、後で私が注意しておこうと決める。


 それから国王としての父の挨拶から始まり、いくつかの国政に関しての発表があった。私はいつ発言しようかと機会を見計らっていると、最後の発表として父の勅令により、カオウ公爵が王太子となった。


 は???


 話に着いて行けず茫然としている間に、私は王族からも籍を抜かれ、王の臣下の一人としてモナの実家であるドドイナカ子爵家に婿入りする運びとなっていた。


 この日を最後に、私は王太子の座を剥奪されたのだ。誰からも反対の声も上がらず、あっけなく。全く意味が分からない。その場で異議ありと、反論しようとしても私の発言は一切認められず、私は王座の間から追い出されて、王宮内にある私の部屋に閉じ込められた。


 そして、夕方になって訪れた母から聞かされた事。王家の決まりなど、色々説明されたがよく分かっていないのが母にバレた。要約すると、私が今まで『王太子』でいられたのはメルシアとの婚約のおかげで、婚約破棄後はモナの努力のおかげであるそうだ。この二人が居なければ、とっくに王太子の身分を失っていたらしい。


 それから数日後には王太子宮から退去させられ、用意された馬車に乗れば強制的に王都を離れることになった。二か月以上の旅を終え、今はドドイナカ子爵領にある子爵の屋敷で暮らしている。事前に通達されていたようで、子爵家の家督はモナが継ぐことになっていた。女子爵となる為にも、モナは毎日明るく領主としての勉強を頑張っている。今も私の隣に立つモナは、王宮のような堅苦しい生活じゃないから気が楽だと、私が愛していた頃のように笑って話す。


 私は無気力となり何もできず、子爵家の質素な部屋の窓からその向こうを見つめる。田舎過ぎて緑しかない、この領地の先にあるだろう王都でのかつての暮らしを想って嘆息する毎日だ。


 先日、最近の王都の話をこの子爵領まで王都の品を運んで来る旅商人から聞いた。新たな王太子となったマージ・カオウ公爵の妻は、私の元婚約者であったメルシアで、すでに王太子妃として立派に務めているそうだ。次期国王夫妻の政は素晴らしいモノになるだろうと、貴族達にも国民達にも喜びと共に受け入れられているらしい。


 メルシア・ソロシアン侯爵令嬢。私にとっては気味の悪い存在でしかなかったが、覚える事が多い王妃教育を完璧に身に着けた立派な淑女であると、モナは心から尊敬していると言う。国王夫妻があれだけ時間を掛けて下さったのに、その半分も身に着ける事が出来ずに諦めてしまったから、とも。


 私は元婚約者を私の愛ある幸せな未来の為に捨てたと思っていた。しかし、その結果が、今の状況だ。捨てたはずが、捨てられたのは私の方だったのだ。メルシアにも、両親にも、貴族達にも、国民達にも。モナだけが私を見捨てはしなかったが、離縁しようと決意していた私にはもう以前のようにモナを愛せる気がしない。そんな私の態度から、モナも薄々察し始めているように思える。


 ――いつの日か、私はモナに捨てられるのだろうか。



【完】

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