第9話 学ばない王太子



 謹慎処分が解けた後、私は二度とモナと一緒に学ぶ事はなかった。


 モナと会えない日々だけが過ぎてゆく。時折、王宮でモナの姿を見る事があるが、私は声をかけることさえ出来ずにいた。美しいドレスを身に纏い優雅に堂々と、従者を率いて廊下を歩くその姿は、初めて王宮に入った時に緊張のあまりか身体をより小さくして、私の少し後ろを歩いていたかつてのモナとは、大違いだった。


 日に日に、モナの笑顔が、重なる。モナの仕草が、重なる。――元婚約者であった、彼女に。


 ここにきて私はようやく気が付いた。王妃教育が、モナを、元婚約者のような人形に変えてゆくのだと。だが、原因が分かって今度こそ本気でやめさせようと思っても、出来なかった。何度も訴え出た結果、父である王に、王太子の代わりを、ゆくゆくは王の代わりを務める為の教育をやめさせようというのであれば、お前自身の手で執務をこなして見せよと言われ、実際にやってみたのだ。…結果は、散々だった。



 執務室にある私の机の上に、分別なく重ねられた書類の塔。いつもなら側近たちが受理して良い書類だけを残してくれていたのに。自分で可不可の判断をせよ、ということらしい。一枚一枚見ても独特の言い回しや用語があって内容が良く分からず、一体この中のどれに受理のサインをしていいかが分からない。仕方なく提出者の身分を判断基準にして、適当にサインしまくったら、途中で様子を見に来た一人の側近に慌てたように止められてしまった。私が処理した書類の中に、受理してはいけないモノがあったらしい。怒ったように何がまずいのか説明をされたが、いまいちよく分からなかった。


 一枚一枚何が良くて何がダメなのか話を聞いていたが、段々と腹が立ってきた。紙切れ一枚の事で王太子である私の手を煩わせるようなら、前のように側近がより分けてさえいれば良かったのだ。そう思っていると、側近は目の前で大きく溜息を吐いて、この側近自身によって国王陛下の命によりわざと混ぜた書類があると言われた。あからさまに受理してはいけない書類を、混ぜておいたのだと。


 ――王太子である私を試すために。


「貴方は王となるつもりがあるなら、傀儡の王になるべきですね」


 そうはっきりと側近に言われた。不敬だと言ったが、一枚の書類を見せられた。それには私のサインがしてあり、私に対してのどんな暴言も不敬も許す、と言う内容が古臭い言葉と丁寧な言いまわしで書かれているそうだ。


 全く気付かなかった…これが混ぜ込まれた受理してはいけなかった書類のようだ。


 結局、受理してはいけなかった正式な書類は書き損じ扱いとされ、書類の書き直しから私自身でさせられた。最終的に、いつものように側近達が執務室に集合し、慣れた手つきで書類をより分け、受理して良い書類だけ渡されてそれにサインし、ようやく執務が終わった。今日の事は全て両親に報告すると言われ、実際に報告されてモナに対する教育はやめられず、そればかりかモナの教育に口出しする権利を父からの命で永久に失ったのだ。




 私の執務を側近に任せられないならば、代わりに出来る者は、妻であるモナしかいない。モナしか代わりがいないなら、彼女への王妃教育を止める事は始めから不可能だったのだ。


 勉強は嫌だ。私が考えるべきことじゃないだろうと今でも思っている。でも、傀儡になるのも嫌だ。王になっても両親と他の貴族達の言う事を聞かねばならず、王なのに一番発言権がないという事だろう。そんなの、王じゃないだろうに。



 ――私は今日も、王妃教育を受け続けているモナに会っていない。


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