第8話 私のモナ



 数日後にモナともう一度、勉強することにした。以前の時と同じように教師陣と真剣に対話するモナは可愛いが、やはり授業中は私を見もしない。それがひどくつまらない気持ちにさせるが、今だけ我慢しよう。モナはそれだけ必死に学ぶ必要があるようだからな。


 午後に、学園であったような筆記試験があった。学園の筆記試験では、側近に私の名を書かせて提出させていたが、今回は私自身で回答欄を埋めていくしかないようだ。文字は読めるが、内容がよくわからない問題が多い。疫病が流行った場合にどういう対策を立てるべきかなど、私が考えることなのだろうか。熱が出たなら医者を呼べばいい話じゃないか。他には飢饉に対しての緊急対策などを求められても、対策を怠った領地を管理している貴族達の責任だろう。私が考えるべき問題ではないだろうに。まぁ、問題に文句を言っても仕方がない。サクサク終わらせて、休息しようか。


 試験結果はすぐに出た。私の点数は……モナより低かった。思わずモナの不正を疑ったが、モナと同じ試験内容である事と、同じ部屋で同じ時間に受け、採点もその場で行われたのだ。教師陣との共謀を疑ったが、王太子である私ではなくモナに味方する理由がない。どう考えても不正の仕様がなかった。返された試験用紙に書かれている文字は私の字で書かれているし、モナの方もモナの字で書かれている。空白は私の試験用紙の方が多く、モナは間違った回答であっても全てに記入している為、空白は一つもなかった。


 どうしてこんな結果になったのだろう。私は王太子であるのに。対してモナは、可愛くはあっても子爵家の生まれでしかないのに。大体モナも、何で私よりいい点を取るんだ、王太子であるこの私よりも!


 湧いてきた怒りに身を任せ、モナを怒ろうと視線を向けたその時、試験の結果が嬉しかったのか、モナが私に向かって笑みを見せてくれた。口角を少しだけ上げ、目元を少し柔らかくする……他の貴族令嬢と同じ、人形のような笑みを。


 私は、ゾッとして、気が付けば部屋を飛び出していた。アレは、誰だ。モナはモナであるはずなのに。私の可愛いモナは、キラキラと目を輝かせ、歯を見せて声高く上げて、嬉しさを前面に出して笑うモナは、どこにいった?


 母がモナを隠して、別の令嬢にモナのフリをさせているのかと、母に会いに行って問いただしたが、馬鹿らしいと言われておしまい。


 では、父がと思って王の執務室に駆け込めば、そんな無意味なことをしてなんになる、と言われて追い出され、事前連絡もなく押し入った事が罪とされ、私に謹慎命令が下された。




 次の日、モナが謹慎中の為、自室から出るに出られない私を訪ねてくれた。私は喜んで招き入れ、共にお茶を飲むことにした。…お茶を飲む仕草は王族として完璧だった。


 何か楽しい話をと思えば、モナは最近高位貴族の間で流行っている歴史小説について語ってくれたし、王妃が最近気に入り話題となっているある詩人の詩集についても教えてくれた。…好きなスープの具材についての話や苦手なダンスの愚痴などの会話は一切出なかった。


 短い逢瀬。すぐに退室の時間となり、あの笑みを浮かべながらモナはこう言った。


「ダルダ殿下に相応しい『王太子妃』となるべく、努めますわ」


 完璧な一人の貴族令嬢が、私の前に立っていた。モナは間違いなくモナ本人であったけれど、私が愛したモナは、そこにはいなかった。



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