おとなしい娘のおもしろい話

拓郎

第1話

Q.トーク力がありません。

初対面など何を話したらいいのかわかりません。仕事やっていけるか不安です。


A.「俺にはトーク力がある」と言う人間の話なんて聞きたくない。そう思うのは僕だけではないんじゃないでしょうか。


なんかのライブの打ち上げだったかと記憶しています。小汚い小料理屋でした。

乾杯してしばらく経った頃、「初体験のシチュエーションを言い合おうぜ!」という提案をした男がいました。

どっかのメロコアバンドの金髪くんでした。それこそ自称はせずとも「俺トーク力◎」と顔に書いているような風体の人物です。


金髪は「友達の姉ちゃん!その友達ってのがかなりヤバいやつで、そいつの別の友達も地元じゃ相当有名なやつで、結局、そいつと知り合ってから俺の人生変わった!エルレを俺に教えてくれたのもそいつだし」という話をしてくれました。


全員泥酔しているので、トークの品質はどうでも良くなっていたのでしょう。みんなヘラヘラ笑っていました。というより話終わる前に、次の誰かが喋り出すというカオティックな空間だったので、どうでも良かったのです。


もはや『初体験の話』という縛りはなくなり、「どうやってエルレを知ったか」という情報へのアクセス談議になっていました。僕も「MD借りた!MD借りた!」と絶叫していた記憶があります。もはや「どうやって知ったか」ですらありませんでした。


全員が大声で同時に喋りまくるので、うるさいことこの上無かったんですが、終止符を打ったのは、「中学生のとき、先生の家に行って……」という声でした。


その声の主は、それまで一言二言しか話していなかった大人しい女の子でした。


席もすみっこで、声のトーンも酔っ払い共の100分の1ぐらいのか細さです。だけどどの大声よりも空間を掌握しました。

店内には僕たちバンドマンしかいなかったので、店自体がしんと静まり返りました。聞かせるって音量じゃないんですね。


たぶん、誰かが最初のテーマをヒアリングしたのだと思います。馬鹿な飲み会ってなんでいきなり数時間前にタイムスリップして、同じ話を繰り返すんでしょう。


その娘はバンドのスタッフなのか、どっかのメンバーなのかも分かりません。申し訳ないですが、それぐらい目立たなかったのです。お酒も飲んでいなかったと思います。


ただ、みんなが黙りました。沈黙そのものが「それで……!?」と言っているようでした。


彼女は「その、先生のことは好きだったし、私ももう3年生だったし……」とウィスパー気味に続けていきます。

酔っ払いたちは相槌すら打てません。金髪なんて、アホの子のように口を開けて、よだれを垂らしながら聞いています。僕も目を見開きっぱなしでアホ丸出しでした。


記憶を辿れるのがここぐらいまでです。

こいつらはこの後、大体三ノ宮の駅前で寝てしまいます。朝になると、財布が失くなったり、たまに増えていたりするのです。運が悪いと命を失くすやつもいます。


あれからもう10年ほど経ったと思います。


もうあの日、店にいた誰とも連絡をとっていません。というより店自体がありません。店主もこの世にはいませんし、跡地は『太陽と虎』というライブハウスの事務所になっています。


トーク力や社交性の話でしたね。

そんなもの相場です。自分の持つ力なんて微々たるものです。場によっては、絶叫する金髪を大人しい女の子が凌駕りょうがします。


仕事ができるかできないかなんて考える必要ありません。職場という市場において、相場は常に変動します。思い切りやってみて失敗したら酔っ払って同じ話ばっかしてりゃいいのです。どんなに嫌な職場も10年も経てば、跡地になってしまうのですから。

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