⑫家に帰ったら家の前で神崎さんが待っていた

 あれから柏木さんと一緒に服を見たり、何故か服を着せられたりした後、また別の店に行って服に小物を見たりしていたらあっという間に18時を回っていた。

 時間の流れがそれだけ速く感じたってことは、僕自身もそれだけ楽しかったってことだよね。

 デートなんて僕にとっては人生初の経験だったから不安と緊張でドキドキだったけど、ひとまず柏木さんの期待には応えられたようでほっとした。


 そんなこんなで夕暮れ時。柏木さんと電車の中で別れて駅から出た後の帰り道。

 一人になった僕は、デートの最中に偶然にも閃いた例の万引き犯への手掛かりについて胸中でおさらいしながら歩いていたんだけど、そこに確かな可能性と手応えを覚えて今や少し興奮気味になって家を目指して進んでいた。


 真犯人と思しき黒ギャルが桜星の全校生徒を調べても見当たらなかったからくり。それは犯人が女装した男子生徒だったから。

 うん、きっとそうだ。僕の推察通りで間違いないはず。

 そう思ったきっかけは女装した僕の脚を見た柏木さんが、監視カメラの映像に映った万引き犯の時と同じように羨ましそうにしていたこと。

 それを目に僕はふと思ったんだ。ひょっとしてあのカメラに映っていた犯人も実は女性ではなく、今の僕と同じように女装していたんじゃないのかって。

 だって柏木さんほどの美少女が羨むとなれば、そりゃきっと相応のプロモーションを持った美人さんであることに違いないし、そうなったらそうなったで大なり小なり周囲から目を引かれる生活をしていると思うから、犯人が桜星高校の女性徒ってだけできっと一瞬で候補に入っちゃうよね。例え髪や肌の色を普段と違う――神崎さんに寄せたとしても、僕よりも大きく170を超える背丈は誤魔化しようがないし、女性にとってはかなり高めである分、目星はつけられやすいと思う。

 ようするに、モデル体型の神崎さんに扮するってのはそれだけでかなりのリスクを背負いかねないってことだ。

 でも、昨日の今日ってのもあるだろうけど、今のところ神崎さんの次にめぼしい犯人候補は浮上していない。


 そこで逆転の発想だ。身長が170あっても男子なら普通のことだし、脚だって普通な僕でそうならきっと殆どの人が当てはまるはず。


 そう気になって調べてみたところ、どうやら骨格や筋肉の付き方の違いなどから、男性は女性より比較的に脚が細くなりやすいらしい。

 おまけに犯人が女性である前提で話しが進めば、性別の違う真犯人には捜査のメスが入ることはそうそうないだろうから、きっとこの犯人はそれも視野に入れているんだろう。このむかつくやつがどこの誰だかわからないけど、かなり頭がキレる人なのは間違いなさそう。

 

 そうとなれば早速明日、神崎さん達と一緒に捜査範囲を一新して再調査しないと。

 あ、でも未だに何故神崎さんを狙おうとしたのかの動機がいまいちわかってこないんだよね。今までの流れからするに、どう考えてもこれって万引きより神崎さんを万引き犯に仕立て上げることがそもそもの目的だった気がしてならないし。

 まぁ今まで神崎さんと一緒にいて色々あったことを考えると、本人の知らないところで意図しない恨みを買っていそうではあるけど……。


「――ん、あれ?」


 と、それは遠目に僕が住んでいるアパートが見えてきた時のことだった。


 アパートの僕の部屋の前にふと人影が見えて思わず立ち止まる。

 まだアパートから百メートルほど距離が離れていて、おまけに空が薄暗いのもあって誰かまではわからないけど、ぱっと見の体格からして女の人みたい……。

 もう少し進んだところで、その人が中腰で座っているのがわかった。

 きっと家主が帰るのを――つまり僕のことを待っているのだろうけど、問題はそんな人が家に来るような約束事をした記憶がないことなんだよね。


 どうしよう、変な宗教勧誘とかだったら。その手のって女気のない独身男性をターゲットに美人の信者が勧誘に動員されるとかあるって聞くし……。


 幾ばくかの警戒心と共に、ゆっくりと近寄ってみる。

 すると、どうやら彼女は僕の接近に気付いたらしく、ぱっと顔を上げて近寄ってきた。


「おかえりー山代。待ってたよー」


 にぱっと嬉しそうな表情で歩み寄ってきたのは、なんと神崎さんだった。


「えっ神崎、さん……?」


 見知った人だったことにホッとした反面、神崎さんの突然の来訪に困惑してぽかんと口を開けたまま固まる。


「ど、どうしたんですか急に? もしかして万引き犯絡みでまたなんかあったとか――」

「ううん。そういうのじゃなくってさ。やっぱ助けてもらったお礼をいち早くしたいなーって思って来ちゃった。ま、そういう意味では一応万引き犯絡みではあるのかな。ふふっ」

「お礼だなんて。そんなの僕は別に……」

「ま、そんなこと言わずにさ。夜ご飯、もちろんまだだよね。このあたしが感謝の気持ちをたっぷりと込めてご馳走を食べさせてあげる。ほら、材料も既に買ってきてあるからさ」


 楽しそうに笑う神崎さんが後ろに置いていた買い物袋をじゃんと見せびらかすように手に取ってみせる。


「あ、ありがとうございます」


 まだあんまり状況を飲み込めきれてないけど、ここは神崎さんの厚意に甘えても罰は当たらないよね。


「ってことで、ほらほら早くお家に入れてよ」

「わかりました。……あまり綺麗な部屋ではありませんがそれでよろしければ、どうぞ」

「あははそんなの気にしないって。――と、家に上がる前にちゃんと雑菌消毒はしなくちゃね。ばい菌を家にまで持ち込まないように」

「消毒、ですか?」


 普段そんな習慣のなかった僕が小首を傾げている間に、神崎さんはてきぱきとファフリーズを取り出して僕の身体にシュッシュッと何度も念入りに吹きかけた。


「あれ、消毒なのに消臭剤なんですか?」

「ん、知らなかった? 消臭剤にも除菌成分って含まれているんだよ」

「そうなんですね。それにしてもあの、ちょっとかけすぎな気が……」

「んーそうかな? だってさ、一番気になるのは山代に纏わり付いた不快な匂いのほうだったからさー」

「ええっ? す、すみません……。僕そんな臭ってましたか?」


 僕は全く気づけなかったとショックのあまり落胆する。

 自分の臭いは自分では中々わからないとはいうけど……今日は暑い中だいぶ街を歩き回ったりしたからその汗のせいかな?


「んー悪いけどだいぶ。ゴミみたいな匂いがぷんぷんしたつーか」


 不快感をそのまま出力したかのような凍てついた声音。

 そ、そこまでなんですか!?


「けどまぁ――もうだいぶ匂いがとれたみたいだし安心して。よし、とりまオッケーかな」


 神崎さんが僕の目の前までぐっと顔を近づけてくんくんと臭いを嗅ぐ仕草をすると、合格とばかりに快活な笑みを浮かべた。


「それは、よかったです」


 ほっと胸を撫で下ろす。

 女の子に匂うって面と向かって言われるのはこう、まるで鋭利な刃物で傷口を抉られたかのような殺傷力があるというか、次からは用心しよう。

 というかひょっとして柏木さんと一緒にいた時からだいぶ臭ってたりしたのかな? けど優しい柏木さんのことだから自分が我慢して何も言わなかったとか――あ、ありえそうでこわい……。


「ん? どうしたの山代。除菌も終わったし、さっさとお家に入ろうよ」

「あ、すみませんそうですね」


 深く考えるのを止めた僕は、家の鍵を開けアパートの自室に入った。


「今日の山代家のメニューはカレーだよ。あたし、カレーも結構自信あるんだよね」


 台所で袋から買ってきた材料を取り出しながら神崎さんが得意げな顔でそう言った。


「カレーですか、いいですね。なんかこう夏らしくて」

「でしょでしょ。ちなみに神崎家のカレーはちょい辛め仕立てだから、早めになれること」

「あ、それなら大丈夫です。僕普段市販のカレールー買うときも辛口選ぶ派なんで」 

「そ。ならよかった。やっぱ家のカレーが一番ってなるのが最高じゃん。ほら、山代がクタクタのお疲れで帰って来て家のドアを空けたら、ふとカレーの匂いがして嫌なこと忘れてテンション爆上がりに――みたいな感じでさ。ゆくゆくはそういう心の寄り何処のような存在になれると嬉しいなって」

「あはは、そういうのいいですよね」


 なんだかそれだと、神崎さんが僕の家に一緒に住んでるみたいな流れになってるけど、あくまでたとえ話としてあげただけだろうから、そこに触れるのは自意識過剰すぎるよね。


「よし。ちゃっちゃっと作っちゃうから山代は家主らしくどっしり構えて自由にくつろいでて」

「いえ、そういうわけにはいけませんよ。カレーって野菜を切ったりとか下ごしらえがわりと面倒じゃないですか」

「いいっていいって。だってこれ助けてもらったお礼もかねているんだからさ。山代はゆっくりしてて」


 遠慮するなと和やかに笑う神崎さん。

 とは言われてもカレーってこの前のお好み焼きの時より時間がかかる分、なにもしないで待っているのはなんか申し訳なさがあって無性にいたたまれないと言いますか……正直、手を動かしていたい。

 まぁこれは単に僕の部屋に誰かがいるって経験が今日含めて二回しかないというのが大きいのだろうけど。


 とはいっても、お礼が理由なのもあって神崎さんが一人で作るっていう意思は固そうだし。うーん。

 あ、そうだ。駄目もとでさっきの家庭の味のくだりに乗っかってみるってのはどうかな?


「けど二人で一緒に料理してる方が、なんか一緒に住んでる感があってよかったりしませんか」

「よし。やっぱ手伝って」

「えっ。あ、はい」

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