紗有里side:一方その頃の怖い顔したレイコさん②

「さて、次は山代君の番だね。はい、あーん」


 公園のベンチにて、わたしらに監――見守られているとは気付くことなく、傍目から見ればどう見てもそういった関係にしかみえない男女二人がクレープの食べさせ合いをしていた。


「あ、あーん」


 女の方――柏木さんが嬉々とした表情で差しだしたクレープを、男の方――山代が照れと緊張の混じったぎこちない表情で躊躇しつつも口に運んでいく。


 それはごくありふれた青春の一コマ。

 しかし、そんなまだギリ健全と呼べそうな範囲内の行為であっても、


「嘘だよね嘘だよね嘘だよね嘘だよね嘘だよね」


 山代に絶賛ベタ惚れ中である、わたしの隣にいた友人の情緒を崩壊せさせるのには十分な破壊力を持っていたようで――


「あたしのこと大好きなはずの山代が他の女と食べさせ合いしてるとか。なにこのくっだらない悪夢。――そっか。そうだよね。これって悪い夢なんだ。うん、だってあたしの山代が他の女にあーんとかされてあんなだらしのない顔するはずがないし」


 目からハイライトの消失した無の表情でなにやらぶつぶつと現実逃避をし始めたレイコ。それはもう今すぐ退散して関わりたくないほどの怖い形相をしていて――というかまるで恋人の浮気現場を目撃したみたいな空気出してるけど、いつ山代があんたのものになったん……


「でもさーいくら夢だっつっても限度があるっていうか。――あ、そっか。けどこれ逆に考えて二人の空間をぶっ壊しても全然構わないってことだよね。だって全部あたしの夢の中のできごとで、あの二人がどう思うとかそういった配慮とか全然しなくていいわけだしさ。――よし、そうと決まったらこの不愉快極まりない悪夢とはとっとおさらばして――」

「ちょっ、レイコってばなにする気なん!?」


 独りごちてよくわからない納得をしだしたかと思いきやゆっくりと立ち上がって二人の方向に歩き出したレイコを、わたしは彼女のお腹に腕を回して必死に引き止めた。


「は? どうしてサユリまであたしの邪魔しようとすんの? あたしの夢なのに、出てくるやつみんなあたしに不快なことしかしないとか。ほんと意味わかんないんだけど」

「お、落ち着きレイコ。これは夢じゃなくて、現実やから!」

「はぁ、サユリってばなに言ってんのよ。現実だったらあそこで山代にあーんしたりされたりしてんのはあたしじゃないとへんでしょ。うん、なのにあたしがここにいるってことはこれは完全に夢だよね」


 おかしいと軽く笑って見せたレイコだがその目は全然笑ってなくて、そんならしくない友人を前に私は嘆息を漏らしていた。


「呆れた。もうええわ、レイコがこのまま事実から目を背けて現実逃避を続けるってんならわたしはもう止めへんから。けどもしこのまま二人の間に乱入して感情的に暴れたりでもしたら、最悪山代に嫌われるかもしれへんで! 当然覚悟の上なんやよな」

「や、山代に嫌われる……」


 わたしの忠告に耳をビクッと過敏に反応させたレイコはふと立ち止まった。


「もうやだなぁサユリってば、山代があたしを嫌うとかそんなのありえるわけないじゃん」


 あははと楽観的に笑うレイコ。が、その笑顔はどこか強張っていて、不安です怖いですと言うのが伝わってくるようで――


「ま、でも今日は二人の行動を妨害せずに見守るっていう条件でサユリに付き合ってもらってるわけだし、その筋は守らなきゃだもんね」


 よくわからない言い訳をし始めて勝手に納得すると、レイコは乱入を断念して再び二人を監視する体制へと戻った。


 と、そんな波乱を余所に、ベンチに座る山代と柏木さんの間では今もなお甘いやり取りが続いていて、


「――ドラマや漫画で見たシーンに憧れて半分ノリで提案した食べ合いっこだったけど、実際やってみたら恋人っぽさはんぱないなって。そう思ったら急に小っ恥ずかしくなってきたかも。えへへ」


 頬を軽く赤らめた柏木さんが山代にアプローチを送る。もぉこんなん付き合っても全然オッケーだよって言ってるようなもんやん。や、やるやん柏木さん。


「は、なにそれ。一方通行の関係に恋人っぽさとか微塵もあるわけないじゃん。ね、サユリ」

「せ、せやな。わたしら知り合いはもちろんのこと、二人のこと知らん人から見ても、仲のいい姉弟くらいにしか見えへんやろうし」


 このフォロー、流石に無理あったやろか? 例え姉弟同士やったとしてもこのお年頃でこんなことやってたら、そりゃまぁ姉弟通り越した感情あります言うてるようなもんやしなぁ。

 まぁどうせ陰キャぼっちで女性に対する免疫ゼロな山代ことやさかい、きょどりながら大慌てで否定して、陽キャギャルにからかわれてテンパってる非モテ男子の構図が完成するやろうから別に心配は――


「いいんじゃないですか。ちょっとくらいは恋人っぽさを感じたって」


 うぉおおおおおおおいい!?


 え、あの男一体なに言ってるん? あの余裕そうに優しく笑ってる男は、ほんま山代か? そりゃたまにな、普段人一倍なよなよなのは別のところに男らしさをずっとチャージしてる代償とでも思えるくらいに異様に頼もしくなる時があって、そこにまぁうちのレイコさんはきゅんとやられて無自覚にも恋しちゃったんだろうけど。

 あーあ、柏木さんってば顔をとろけさせて山代にくっついちゃって、完全に女の子してるやん。

 うちのレイコと言い、まさか山代って天性の女タラシの素質でもあったりするん?それかほんまに柏木さんのこと狙ってるとか……。


 山代にちょっとした怖さを覚えながら、わたしは恐る恐るレイコを見やる。


「………………」


 レイコは目をガン開きにしたままじっと山代の顔を見つめていた。

 うっわぁ今までで一番静かな反応だけど、今までで一番怖いわぁ……。


 と、そんなレイコの殺気をどうやら山代も感じとったようで、不意にびくっとなって辺りを見回していた。


「――おっ。お二人さん移動するみたいやな」


 クレープを食べ終えた二人が公園の外に向かって歩き出したのを目に、私らも続こうと一歩踏み出す。

 が、何故かレイコはその場に立ち止まったままで、


「いや、もういい。あたし帰るわ」

「えっ?」

「これ以上こんなつまんないやり取り見てたってただただ不愉快なだけだしさ。それよりあたし、やることできたから」

「やること?」

「そ。んじゃ」


 そう言うやいなや軽く手を振り、レイコは踵を返して去って行った。

 まぁ本人がそれでいいって言うなら別に私はええんやけど。


 あれだけ人を殺しかねないオーラをまき散らして荒ぶっていただけに、こんなやけにあっさりした態度の変わりようには違和感を覚えられずにはいられないというか……


 ――はっ!

 やることって――まさか殺ることやないやろな……!?

 

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