紗有里side:一方その頃の怖い顔したレイコさん①

 学校が終わった後、わたしこと木村紗有里きむらさゆりは友達のレイコと一緒に街にやって来てた。

 目的はまーあんまし大っぴらに口にできたことではないけど、あるクラスメイト二人のデートの観察――んー正直、監視の方が正しい表現かもしれんなぁ。


「ちょっ、あの二人近すぎでしょ。もう山代ってばあれだけインフルエンザが流行りつつあるから密は避けてって注意したのに。ちゃんとソーシャルディスタンスとってよ」


 ものすっごいふくれ面で横にいる――好きな男が他の女の子とデートしていてそりゃもう心穏やかじゃないうちのレイコさんにとっては。

 山代のことが好きなくせにまるで小学生の男子みたいに意固地になって中々素直な気持ちと向き合おうとしないレイコのため思うて、ここは危機感を煽っての荒療治しかないと二人のデートの尾行を提案してみたわけやけど――


「うん、万が一が起こった後じゃ手遅れだからね。あたしちょっと注意してくる」

「やめときー。今日は影で見守るだけってルールやったやろ」


 力強く頷いて飛び出そうとするレイコを私は制服の裾を引っ張って慌てて引き止める。

 やっぱ付いてきて正解やったわぁ。まだ駅から出たばっかやっていうんに、なんも始まってないうちから二人の時間がぶち壊しになるとこやった。


 にしてもただ二人が隣に並んでるだけでここまでやきもちやくやなんてな。

 前から思てたけど、レイコのやつ相当山代に入れ込んでおるよなぁ。レイコとは中学の時からの仲やけど、周囲の男共からのアプローチにいっつも興味なさそうに軽くあしらっていたのを見てきただけに、この人が惚れる男って一体どんなハイスペックイケメンなんやって内心で色々と想像してわくわくしてたけど――まさかのまさかやったなぁ。まーあれだけ色々と助けられたりすれば、惚れるなって方が無理ありそうやけど。


 ただなぁ。惚れたら惚れたでここまで極端なのはどうなんやろ……。


 まぁその焦りたくなる気持ちはちょっとわからんでもない。わたしもレイコにはまだ内緒にしてるけど只今絶賛片想い中だったりするし、その彼が他の女と仲よさそうに一緒にいる姿を見かけたその時は、わたしかて気が気じゃなくなる自信はあるさかい。


「あ、移動するみたい。追うよサユリ」

「はいはい」


 そわそわと落ち着きなさそうな様子で二人の後を追って歩き出すレイコを、やれやれと何だか保護者みたいな気持ちになりながら付いていく。

 ……どうでもいいけど、レイコってば何だか妙に尾行になれてる気がするというか――まさか普段から山代のこと尾行してたりせんよね?


 などと友人が知らない内にストーカーの仲間入りしていないことを内心で祈りながら二人を追った先で辿り付いたのは公園の中だった。


 前方にはクレープの看板が立ったキッチンカーがあり、その最後尾に山代と柏木さんが並び始めた。あのクレープ屋は確か今ちょっとSNSで話題になってるやつやな。この前シホからそのくだり聞いてちょっと興味あったさかい、せっかく目の前まで来たのに並んでる余裕がなさそうなのが残念やぁ。けど並んだらワンチャンばれるかもしれんし我慢やねぇ。


 というわけで、わたしとレイコは公園の茂みに隠れて、二人が買い終えるのを待つことにした。


「……ねぇサユリ。あのお店ってさ、確かこの前シホが話してたやつだよね」

「せやね。なんでもサラダクレープが美味しいらしいでぇ」

「ふーん。ちなみにここより美味しいクレープやって知ってたりしないの?」

「は? レイコってそんなスイーツに目がない人やったっけ?」

「いやさー。知ってるならそこに今度山代と行きたいから教えて欲しいかも」


 恥ずかしそうに頬を掻くレイコ。

 なるほど。自分も柏木さんに負けじとデートしたいってわけか、ふふっレイコってば乙女やなぁ。


「だって山代がここより美味しいクレープを堪能すれば、次どこかでクレープを食べた時にふと思いだすのはあたしとクレープを食べた思い出になるわけでしょ。それならまぁ別に今日の山代のあまり褒められない行動にも目を瞑ってあげられる気がするし」

「ちっとも乙女じゃない!」


 こわっこの人。自分とより良いエピソードを作ってデートの記憶を上書きさせようとしてる。山代の思い出を自分で埋めて、今回の柏木とのデートを間接的になかったことにしてしまおうとか、なんでそんな発想が意図も簡単にでてくるんや!


 そう初めて知る友人の一面に怖気を覚えている内に山代達はクレープの購入を終え、クレープ片手に楽しそうな顔で近くのベンチへと移動した。


 ――と、そこで、とんでもない事態が発生してしまった。


「あーん」


 甘えるような声を出し、大きく口を空ける柏木さん。


「!?!?!?」


 レイコの目が血走る中、何も知らない山代は照れくさそうにオロオロとした様子で柏木さんの口に自分の買ったクレープを食べさせて――


「んー。こっひもおいひいねー」


 柏木さんが口をもぐもぐと動かしながらなんともまぁリア充最高と顔にでも書いてあるような幸せ満天の笑みを浮かべる。


 もう誰がどう見てもカップルにしかみえない甘々で幸せそうな二人の空間。


「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」


 対してこっちは地獄だった。

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