⑪柏木さんとデート②

 クレープを食べ終わった僕達は公園から街中へと戻ってきていた。


「さぁーて次はなにしよっかなぁ」


 隣に並んで街を歩く柏木さんがご機嫌な調子で辺りを見回しながらそう口にした。


「へ? 今これって特に行くあてもなく進んでいたんですか?」

「そうだよ。だってわたしはもういい子を卒業しちゃったしさ。クレープを食べた後は特になにするか決めてきてません。んーこうやって無軌道にブラブラするのも新鮮で楽しいね」

「あの、いい子を止めるのといい加減になるのではちょっと違う気が……」


 まぁ誘った本人が楽しそうにしているのなら別に構わないんだけど。

 こういうのってだれて間が持たなくなるのが一番最悪のパターンだと思うから。


「あっとそういえば、近々新しい服を買わなきゃって考えてたのをふと思いだしたよ。ねね、どっか適当に目に付いた服屋に入ってもいいかな?」

「あ、はい、僕は全然」


 服屋かぁ。

 そういや以前神崎さん達に連れられてレーディス専門のセレクトショップに入った時は、正に陰キャが誤ってクラブに迷いこんじゃったって感じに場違い感といづらさがハンパなかったから、できれば男女兼用のお店だと助かるなぁ。


「ありがと。いやねー脱清楚を掲げて見た目ははっちゃけてみたものの、私服の方はまだその辺ノータッチだったから。今までの服はあんま似合わなくなりそうだから、どこかで買わなきゃって思ってたんだ」

「な、なるほど」

「とは言ってもわたし今までシンプルで大人しめな、いわゆる童――じゃなかった。あまり女の子と遊んだことのない男性が好む傾向のある服しか自分で選んだことがないんだよね」

「それオブラートに包んだつもりかもしれませんけど、全然できてませんからね。というかストレートに清楚系でいいじゃないですか」

「だからー、ここは神崎さん達と仲がよくてギャルのファッションにも一家言ありそうな山代君にご教授願いたいなぁって」

「ないですからそんな一家言」

「ちなみにー今なら似合うっておだてられたら何でも買っちゃいそうだからー。上京したての生娘を甘い言葉で手込めにするみたいに、わたしを山代君好みのオンナに染めるチャンス、だよっ」


 挑発するように小悪魔のような笑みを浮かべた柏木さんが、耳元でしっとりと囁く。


「しませんからそんなこと!」

「えーもったいなーい」


 顔を赤くした僕が困惑しながら距離を取って声を荒げると、柏木さんは予想通りの反応が見られて愉快とばかりに口に手を当てカラカラと笑う。

 きっとこっちの小悪魔的で毒舌な方が素の柏木さんで、学校では周囲の理想を演じることに今まで相当鬱憤が溜まってたんだろうなぁ。

 うん、僕なんかでガス抜きできるなら力になってあげないと。


「というか僕が本当に柏木さんの私服にもの申していいなら、そのギャルだから今までの清楚系の服は似合わないってことはないと思うんですよ」

「はえ、どういうこと? だって見た目こんながっつりギャルな子が私服は普通だったらなんだか中途半端というか、男子的に見てもがっかりしちゃうんじゃないの?」

「違います。男子的に言わせてもらうならそのちぐはぐ感がぐっとくるんです。特に柏木さんの場合は今まで優等生の委員長を演じていた分、清楚を着こなしているわけじゃないですか。そこにただ清楚っぽい格好をしてみただけのギャルとは明らかな差が生まれると言いますか、歩き方とかちょっとした仕草に雰囲気だとかに結構差がでてくると思うんです」

「そ、そうなんだ……」

「はい、そうなんです。他ならない柏木さんだからこそ、例えギャルに変わっても服装は今までの清楚な路線のままでも全然いい女性に見えると、僕はそう思います」

「へ、へぇー……」


 ――はっ!? 

 しまったぁあああ!。


 力になろうと言う思いが先行しすぎて気付けば僕ったらオーバーヒートでもないのに聞いてもない本音をベラベラと……今の気後れした反応的に、絶対これ、引かれてるよね。

 胸中に後悔を募らせながら怖ず怖ずと柏木さんの様子を見やる。


「もう山代君てば、そんなこと言われたらもう新しい服を買う理由がなくなちゃったよ。せっかくこれからすることが決まったって感じだったのに。ほんと困るなー。また一から予定の考え直しだよ」


 すると柏木さんは桃色に染まった頬を緩ませ、口調こそ起こっているものの、なんだか嬉しそうにもしていて――


「まぁでもせっかくだから一緒に服見に行ってみようよ。考えて見れば男子とお買い物だなんてわたしにとっては今までない経験だし。うんこれも脱いい子の一歩だね」


 そうして僕達は道なりに進んで目に入ったカジュアルなチェーンブランド店に入った。

 僕のさっきの言葉でギャルだからこういう服――という先入観は吹っ切れたのか、柏木さんは特にジャンルに拘ることなく「あ、これかわいいー」と直感的に気になった服やスカートを楽しそうに手に取っていく。

 そんな活き活きとした様子の彼女を前に僕はふと思う。優等生の委員長だろうがクラスの女ボスだろうが、おしゃれに対する熱意は同じなんだなぁって。


 と、まぁ、そこまではよかったんだけど――


「あの、これは一体……」


 何故かその柏木さんが手にとった服やスカートを気がつくと僕が着せられていて……


「うんうん、似合ってるよー山代君。いやー山代君は中性的な顔立ちで女装が似合いそうって思ってたけど、やっぱり私の見立ては正解だったねー。これでメイクしたらもうどっから見ても立派な女子というか、クラスメイトの殆どは柏木君だって気づけないと思うなぁ」


 羞恥心満載で怖ず怖ずと試着室から顔を出した僕を、柏木さんがどびっきりの笑顔で出迎えて満足そうに頷く。中性ってものは言いようで、恐らく童顔だからだよね。女装が似合うって今まで生きてきた中で一番嬉しくない褒められかたかも……


 どうにも今は多様性の時代らしく、お店によってはスカートなど女性物の服でも試着をオッケーしてくれるお店があるらしい。

 柏木さんから強引に試着を迫られて「流石にお店が許すわけないでしょう」と倫理を武器に逃げようとする僕に対し、「じゃあお店の人に聞いて試着オッケーだったら着てくれる?」と言われてまぁありえないだろうと首を縦に振ったのが失敗だった。ひょっとしなくても、柏木さんってば男性が試着オッケーなこと知ってましたよね?


「はぁ。こうやって見ると男子の脚ってほんとしゅっとしてていいよねー。山代君なら私よりワンランク細いサイズのズボンとか余裕で着こなしちゃいそうだしー」


 柏木さんがスカートから伸びる僕の脚を羨ましそうに見やる。


「あはは、柏木さんってば昨日監視カメラに映った万引き犯見た時も同じようなこと言ってましたよね」

「もう、わたしにとっては笑いごとじゃないんだよ。それにあっちは同じ女子でこの格差。もう神様はなんて血も涙もないんですかねっ」


 柏木さんがぷくっと頬を膨らませて不満を露わにする。

 ――ん?

 万引き犯は女性である柏木さんが羨むほどに脚が細い。そして


 まって、これってひょっとして――!?


「柏木さん!」

「はえ、ど、どうしたの……いきなり大声なんか出して?」

「僕、桜星高校に存在しない黒ギャルの万引き犯の正体、わかったかもしれません」

「え、嘘!? ――って、ふふっ。そんな女装姿でそんなキメ顔されても、ちょっと困るんだけど。ははっ」

「ちょっ、今そこにつっこむのはナシにしてもらえませんか!」

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