⑩柏木さんとデート①
木曜日の放課後。僕は柏木さんと一緒に制服姿のまま街にやって来ていた。
「――せっかくいい子を止めたんだもの。買い食いとかゲーセン寄ったりとか、今までやりたくても周りの目を気にして躊躇してたことに色々とトライしたいなぁって」
昨日、突然「明日わたしとデートしない」と言われて口を半開きで呆然としていた僕に柏木さんが嬉々とした表情でそう告げた。
「ってなわけでもちろん付き合ってくれるよね。だって山代君がわたしをいい子から強引に卒業させたんだから。ヤリ逃げとかそんなひどいことしないって信じてるけど」
頬を少し赤らめ、もじもじと恥じらいの滲む笑みを浮かべる柏木さん。
「その言い方、かなり語弊がありますよね!」
脂汗を浮かべて困惑する僕を前に、柏木さんがふふっと楽しそうに笑う。
とまぁそんなこんなで神崎さんの謹慎騒動も一旦一段落したこともあり、特に断る理由もなかった僕は柏木さんの誘いを承諾し、こうして今日、学校が終わった後街に一緒にやって来ていた。
今日は柏木さんのやりたいこと行きたいことにとことん付き合うって感じだ。
ちなみに晴れて無罪放免で今日からいつも通り教室に登校して来られるようになった神崎さんだけど、何故だか朝会った時から虫の居所が悪そうにピリピリと殺気だっていたというか、今日一日不機嫌そうなオーラを周囲にまき散らしていた。
うーん、昨日電話で体調があまりよくないとか言ってたし、それが続いたのかなぁ。それとも、自由は戻ってきたものの、この学校のどこかに自分の鞄に香水を入れて万引き犯に仕立て上げようとした悪意ある何者かがいるって考えると心中穏やかではいられないとか?
そんな神崎さんから僕は教室を出る前、今季節外れのインフルエンザが流行りつつあるとかどうとかで「街に行くならこまめな除菌を心がけてね。特に柏木と触れた後はちゃんと消毒すること。いい」と、強く念を押されて大量のアルコールシートを渡されたんだけど、あれは一体なんだったんだろう。
「――ひとまず柏木さんに言われるがまま街までやって来ましたけど、これからどうするんですか?」
駅から出た僕は隣に並ぶ柏木さんに尋ねた。
「先ずはね、クレープを食べよう!」
「クレープですか?」
「うん。この先の公園に、今SNSでちょっとした話題になってるクレープ屋さんのキッチンカーが来てるんだって。ってなわけで早速行ってみよう!」
心なしか浮わついた様子の柏木さんを目に、僕は胸中で女の子ってやっぱクレープに目がないんだなぁなどと考えながら、彼女に連れられて噂のキッチンカーを目指す。
そうして辿り付いた公園の敷地内で営業していたピンク色のキッチンカーの前には十数人くらいの待機列が出来ていて、その半分は僕達と同じように制服姿の学生。僕と柏木さんはその列の最後尾に並んだのだけど、タイミング的なものなのか僕以外は全員女子でちょっと居づらかったり。
「山代君。このお店はね、チョコとかいちごとか普通のクレープもいいんだけど、サラダクレープが特に最高らしいんだよ」
「へーそうなんですね」
「でも、せっかくクレープ屋に来たんだから普通に甘いのも食べたいよねっ」
「へ? いや僕はわりとどっちでも――」
「食べたいよねっ!」
「は、はい」
ニコニコな柏木さんの有無を言わさない圧に思わず僕は頷いてしまう。
「だよねだよね。そんな山代君に超グッドな提案。わたしと山代君で普通のクレープとサラダクレープの中からそれぞれ一つずつ買ってシェアリングしよう。これで二つの味が同時に楽しめて最高だよっ」
「へ、シェアリング? でもそれってその……クレープをシェアする都合上間接キスになっちゃうんじゃ……」
流石に不味いのではと狼狽える僕。
僕達が年頃の男女であることはさることながら、そんなのもしクラスの男子に見られたりでもしたら絶対にぶっ殺される……。
「んーわたしの方は別になーんにも問題ないんだけどなー」
一方で柏木さんは小首を傾げ、試すようににまあっと笑っていて、
「それとも、山代君はわたしが口着けたクレープはばっちくて嫌だったりする?」
「そ、そんなこと――」
「じゃ何も問題ないからオッケーだね」
「あっ」
しまった。なんか上手いこと誘導された気がする。
まるで悪戯を成功させた子供のように無邪気に笑う柏木さんを前に、してやられた僕はちょっとだけ肩を落とす。
やっぱ今日の柏木さんってば、いつもよりテンション高いよね。
――あぁ、でもそっか。
考えてみれば柏木さんがしたかったのって、買い食いなんだよね。ずっとぼっち生活送ってきた僕には経験ないけど、高校生の買い食いと言えばこうやってシェアとか友達とわいわい楽しくやるのもまた一つの醍醐味のはず。
うん、柏木さんのやりたかったことに付き合うって決めた以上、僕もしっかり彼女の期待に応えていかないと。
……それに、こんな美少女とデートとかたぶん僕の人生でこれっきりだろうし。ちょっとくらいいい思い出作っても罰は当たらないよね。
なんてことを考えている内に、僕達の買う番が回ってきた。
サラダクレープの方を買うことになった僕は、メニューが豊富でちょっと迷ったけど、初めてということでここは素直にオススメと強調されていたツナチーズを頼んでみることにした。ちなみに柏木さんが選んだのは王道中の王道であるチョコバナナクレープ。
出来上がったクレープを片手に僕達は公園のベンチへと移動する。
「さぁて、それではいただきます!」
ベンチに腰を下ろすやいなや、柏木さんはもう待ちきれないとばかりに自分の持つチョコバナナクレープに勢いよくぱくっとかぶりついた。
「ん~ほぃひい」
聞くまでもなく絶品なのが伝わってくるような蕩けて幸せそうな表情。
「よし、次はそっちだね」
クレープを咀嚼し終えた柏木さんが、目をきらんと輝かせて僕の手に持つツナチーズクレープをロックオンする。
と、次の瞬間、柏木さんはクレープを食べるのではなく、その場であーんと大きく口を開け始めて、
「へ? これってひょっとして僕に食べさせて欲しいとか――」
「うん、そだよ。ほら早くちょうだい。あーん」
僕は胸をドキドキさせながら、自分の手に持つクレープをあーんと大きく開いた柏木さんの口へと持って行く。
「んー。こっひもおいひいねー」
もぐもぐと咀嚼しながらにかっと至福の笑みを浮かべる柏木さん。
「さて、次は山代君の番だね。はい、あーん」
和やかな笑みと共に柏木さんが僕の顔の先にクレープを差し出してくる。
「あ、あーん」
僕は恥ずかしさと照れくささを覚えながら、怖ず怖ずと口を開いた。
ぱくっと口にしたクレープは、チョコとバナナの甘さと酸味がほどよく混ぜ合わさって絶品で、そりゃあ柏木さんもあんな顔になるよねと納得してしまう。
「お、美味しい……。僕、お世辞抜きにこんな美味しいクレープ食べたのきっと初めてです」
「でしょでしょ。――あはは」
僕の感想に満足そうに頷いていた柏木さんが、ふとおかしいとばかりに吹き出した。
「ど、どうしました? ひょっとして僕の口にクレープのクリームがついてたりとかします?」
「あいや、そういうのじゃなくってね。ドラマや漫画で見たシーンに憧れて半分ノリで提案した食べ合いっこだったけど、実際やってみたら恋人っぽさはんぱないなって。そう思ったら急に小っ恥ずかしくなってきたかも。えへへ」
頬を赤らめ、照れくさそうにはにかむ柏木さん。
「え、えと……」
照れと羞恥にプラスして妙な緊張間を覚えた僕は声がつまってしまう。
こういう時って場の空気を盛り下げないためにも、きょどるのではなく、気の利いた言葉を口にするべきだよね――よし。
「いいんじゃないですか。ちょっとくらいは恋人っぽさを感じたって」
「ほえ?」
「だって僕達は今日この街にデートしに来たんですよね? そこで恋人っぽさを感じられてるってことは、今楽しめてるなによりの証拠だと思いますから」
「……うん! そうだね!!」
数瞬驚いたような表情で固まっていた柏木さんが、嬉しそうに頬を綻ばせてぎゅっと僕の横に身体を密着させた。
瞬間、僕の心音がぐぐんと跳ね上がる。
「やっぱよかった。勇気だして山代君を誘ってみて。わたし今、とっても楽しい。悪い子万歳」
頬をほんのりと赤らめた柏木さんが、僕の目をじっと見つめてにこっりと微笑む
そんな彼女の姿を見ていると、僕までもが幸せな気分になるというか、世の男性達が柏木さんに勘違いしちゃうのもわかる気がしてきて――
「………………」
ぶるり。
刹那、突如としてまるで殺し屋にでも狙われたかのような強烈な殺気を覚え、僕の背中にぞくぞくと悪寒が走った。
びっくと身体を震わせた僕は思わず辺りをきょろきょろと見回す。
「ど、どうしたの?」
僕の突然の行動に困惑する柏木さん。
「いえ、なにも……」
い、今の悪寒は一体……? 単なる気のせい、なのかな?
「……………」
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